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中川輝光の眼

アトリエから見えてくる情景
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福助の傍が一番

2013-04-02 | 旅の記録

福助の傍が一番

金沢を散策していると、時折「奇妙な光景」に気付くことがある。黒い猫が「福助の傍が一番」と言いたげに、「ひなたぼっこ」をしている。春うららかな光景ではあるが・・・うらやましい、このように時間を過ごせればいいのですが。


中村孝平さんの個展から

2011-07-28 | 旅の記録

中村孝平さんの個展から

先日、京都に立ち寄った折に、中村孝平さんの個展会場を覗いてみた。和紙に鉛筆、丹念に制作された作品を少ない光源が照らし出している。地下鉄の長い通路を駆け抜ける、側面から鉛製の活字が転げ落ちる、そういった背景をふと見てしまう、感覚が優先されている表現行為に先はない。わたしたちは、時代状況から付かず離れず、適度な間隔を測りながら生きている。それでも目測を誤り、ぶつかりつまずきながらの走行になる。子どもの頃から何気なく手にしてきた鉛筆を、わたしたち絵描きは手馴れた用具として使い続けている、魅力的な用具として。中村孝平さんの鉛筆は、時間の集積とその意思の痕跡を、魅力的なマチエールとして見せてくれる。カメラで捉えるには難しいその表現に、戸惑いがあるとすれば、その素材が見せる危うさにあるのかもしれない。そして、そのことが「時代状況」そのものなのかもしれない。

      

 


大津の「三橋節子美術館」を訪れる

2011-07-25 | 旅の記録

大津の「三橋節子美術館」を訪れる

昨日は、大津の「三橋節子美術館」を訪れました。この美術館は、設立当初から数回立ち寄っていいます。わたしの推薦する、「小さな美術館」のひとつです。三橋節子さんの名は、日本画家としてよりも「絵本作家」として知られていました。梅原猛さんの著書「湖の伝説」で、より多くの人に知られるようになりました。でも、その悲しい物語(三橋節子さんの死)のほうが先行してしまい、作品への評価が定まらないままに置かれてしまうことになりました。繊細な白い線、意識して使われる暖かな顔料の配置、物の大小の表現に至るまで、その絵としての意味合いは大きく、そして魅力的です。ただ今回訪れてみて、この美術館を包む環境はお世辞にもいいとは言えません。一室での展示ですから、ここには作品だけを展示すべきです。作者周辺の写真や本・資料などは玄関ロビーに展示すべきです。確か、設立当初はそうだったと記憶しています。さらに、美術館周辺草木の野放図さには、怒りを通り越して呆れるばかりです(もう少し整備すべきです)。三橋節子さんの作品には美しい心が宿っています、扱いも丁寧にすべきです。

 

      

 


尾道の猫(千光寺)

2009-03-28 | 旅の記録

尾道の猫(千光寺)

わたしのブログには、尾道の街がよくでてきます。この街が、なんとなく好きでよく訪れるのです。この街には猫が似合う、観光の目玉になっている。そのせいか、妙に人懐こい、ここでもしっかり写真に納まってくれる。

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イタリアの建物と彫刻

2009-03-20 | 旅の記録

イタリアの建物と彫刻

日本は「木と紙の文化」、ヨーロッパは「石の文化」とよく言われます。NHKで法隆寺の「大改修」の特集をしていましたが、それを見ていて「ほんとうにそうだなァ」と思います。この写真は、イタリアの有名な教会ですが、このような石の建造物は風雨に強いですから、補修ぐらいで基本的には「放置」する。石と木の違いを耐久性でみるとそうなりますが、視覚(感覚)が受ける違いは相当に大きい。自然の力に負けまいとしている(周囲に抗っている)ように、わたしには見えます。このエネルギーが、ヨーロッパの歴史と文化を、そのままの姿で見せてくれています。悲しいまでに、それは力強いのです。

 


尾道のアメリカ雑貨店

2009-02-20 | 旅の記録

尾道のアメリカ雑貨店

「いっとく」さんの並びに、アメリカ雑貨店があります。ここは時々寄りますが、わたしにはあまりに似合わない。シャツの柄に合わせて、帽子でもと思い頭にのせると、これが似合いすぎて、かえって変です。まあ、ファッションなんてこんなものです。暇をもてあましている若い店員と世間話などして、そそくさと出る。

 


尾道の「いっとく」さん

2009-02-20 | 旅の記録

尾道の「いっとく」さん

尾道は好きな街のひとつで、よくふらりと行くところ。わたしもお酒が好きで、飲み屋のはしごもする。当然、酔うことでのとらぶるもあります。だから、元大臣中川さんの気持ちもわからないわけではありません・・・。特にイタリアの街ときたら、飲まずにいられないところです。尾道駅の裏にある、この「いっとく」さんも気になる1軒ですが、何故か横目で見やりながら、気がつくと前を過ぎている。昼日中、そっと覗いてみたりする。どうしてだろうか、考えてみたりする。

 


尾道を歩く19(紙芝居)

2008-11-16 | 旅の記録

尾道を歩く19(紙芝居)

尾道の商店街を歩いていると、紙芝居をしているではないか。懐かしさも手伝って、ついついお終いまで見てしまいました。落ち着きのない子どもたちも、それなりに楽しんでいます。いい情景ではありませんか、このようにお話を聞くのも、記憶に残るものです。

 


尾道を歩く18(古澤紙店)

2008-11-16 | 旅の記録

尾道を歩く18(古澤紙店)

尾道駅を降りて、左のほうへ2分ばかり歩くと、アーケード商店街に入ります。そこには、古き良き時代が偲ばれる店がいくつもあります。「古澤紙店」もそのひとつです。女将さんと話し込んでいたら、ついつい時間を忘れてしまいます。尾道の街を楽しく知るには、このような方と話すのがいいのです。紙のことはもちろんですが、尾道の文化にも詳しく、わたしの疑問にも丁寧に答えてくれてることがうれしいのです。若い人には、画材を買うだけでなく、雑談をすることで得られる「知恵」も買ってほしいものです。


てっぺんに残した 柿は 神のもの (寺本つねお)

2008-10-19 | 旅の記録

てっぺんに残した 柿は 神のもの (寺本つねお)

昔は、どこの家にも柿の木がありました。秋の風景には欠かせないものですが、「のどかさ」の象徴でもあり、見ていて飽きないもののひとつです。それにしても、この柿の木は大きいです。見上げていると、寺本さんの「てっぺんに残した 柿は 神のもの ・・・」などが、さわやかな風とともによぎります。