このブログでも何度も取り上げてきた、Pindyck先生の産業経済学だが、
個人的に最も面白く、考えさせられたのは、最後の授業のこのコメントだった。
「一社独占の産業と、競争の激しい産業では、どちらが研究開発への投資がなされ、開発が盛んになると思うか?」
この問いに対して、クラスの9割の学生が、「競争が激しい方が開発が進む」と答えたが、先生の答えはNoだった。
「実は、独占企業の方が、研究開発により多くのお金が投資し、その結果、技術開発も進む。」
これは一瞬、直感に反するよね。
独占企業は、競争がないのだから、わざわざ研究開発に投資する動機に乏しいんじゃないか、と思う。
逆に競争が激しいほど、研究開発に投資して、他社を先んじようとするのではないか、と直感的には思う。
ところが、歴史を見ても、研究開発により投資して来たのは独占企業なのだ。
実際、1970年代から世界の研究開発を引っ張ってきたのは、全て独占企業だった。
例えば、アメリカの電話産業を独占していた、AT&T(ベル研)。
メインフレーム市場を独占していた、IBM。
カメラフィルム市場を独占していた、Kodak。
コピー機市場を独占していた、Xerox (Parc)。
こういったところは、独占時代はいわゆる「中央研究所」を作り、多額の研究投資をし、ノーベル賞を大量に出し、現代のIT社会の基礎技術を作ってきた。
しかし、分割やら何やらで、独占的地位を失うとともに、研究開発費は圧倒的に削減されていった。
確かに、これらの例を見ると、市場独占の度合いと研究開発費は比例しているようだ。
授業では時間の問題でここまでだったのだが、興味があったので、更に調べたり、考えたりしてみた。
1.独占企業は、高い利益率のために、原資があるから、研究開発に多額の投資が可能。
一方で競争が激しい分野は、利幅が薄いので、研究開発に投資が出来ない。
AT&T、IBM、コダックといった企業が、研究開発に多額の投資が出来たのは何故か、を考えると、ひとえに独占であることで得られていた莫大な利益率のおかげだ。
往時のコダック社の、研究開発を除く営業利益率なんて、80%を超える(粗利は90%)というし、
IBMのメインフレームも60%近くに達していたという。
(数字は要確認。でも感覚的にはそんなにずれてないだろう。)
この莫大な利益率が、毎年収益の10%~20%などという、莫大な研究開発費を支えていた。
一方、競争の激しい産業では、当然価格競争も激しいから、高い利幅を維持するのが大変難しい。
その結果、研究開発費に収益の10%以上も掛けるなんて不可能だ。
複数社集まったって、割合が低いことには変わりない。
そうすると、単純に独占企業のいる産業では、産業全体の収益の多くを研究開発に投資できるが、
競争の激しい分野では、そもそも市場全体の収益のほんの一部しか研究開発に投資できない、ということになる。
また、今まで独占企業で利幅が大きかったために、研究開発に多く投資できていた企業も、
独占状態が解消されれば、AT&TやIBMがそうだったように、研究開発費を大きく削減していかなくてはならなくなるのだ。
2.独占企業は、自社の独占的地位を守るため、多大な参入障壁を築くために、研究開発に莫大な投資をする
調べてみたら、下記の著名な論文を発見。
独占企業は、研究開発に大量の投資が出来るぐらい儲かる独占的な地位を維持するため、参入障壁を築くために研究開発に投資するのだ、というのが、下記論文の趣旨。
Preemptive Patenting and the Persistence of Monopoly
Richard J. Gilbert and David M. G. Newbery
The American Economic Review, Vol. 72, No. 3 (Jun., 1982), pp. 514-526
30年前の論文だけど、今でも色んなところに引用され、学ぶところの多いものだ。
要は、今は独占状態であっても、いつ新規参入者が入ってくるか分からない。
だから、入ってこないように参入障壁を大きくするため、研究開発にいそしむのだという。
研究開発は、多くの分野では、実際の競争によって推進されるのではなく、「参入者が入ってくるかも」という脅威によって推進される、ということであった。
(もちろん例外もあり、それも他論文で議論されている)
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というわけで、単に研究開発を進ませる、という目的なら、実は独占状態の方が理想的なのだ。
それだけ投資できるお金があるからね。
たくさんのイノベーションを生んだ、ゼロックスのパロアルト研や、AT&Tのベル研のようなものが理想なら、
独占市場にもう一度ならなければ難しい、という、現代の競争志向とは全く逆の結論が出てくるのであった。
ちなみに、これを国を挙げてやってるのが中国らしい。
例えば携帯電話業界では、敢えて世界標準の技術ではなく、中国独自の技術を開発することで、他社の中国市場への参入を防ぎ、中国企業による、独占状態を作り出しているのだという。
しばらく独占状態を続けることで、中国企業に莫大な利益を上げさせ続ける。
こうすることで、5年後・10年後には、国からの援助がなくても民間だけで、世界の標準的技術をリードできるだけの、研究開発の原資を作ってあげてる、ということだ。
日本企業が、このような護送船団で、研究開発費を確保する方向に行くことはもうありえない。
しかし、これからも日本の製造業が勝ち続けていくためには、無駄な競争で研究開発の原資が減るようなことにならないよう、ある程度も業界再編も重要、ということだろう。
まあ、最もこれからはビジネスモデルのイノベーションが鍵、という話もあるからね。
むやみに研究開発費を投じることが真のイノベーションにつながるのか?というのは要議論。
追記)数々の破壊的イノベーションも、それ自体は、IBM、XeroxやAT&T、RCAなどの独占大企業から生まれてきたと言うことには注目すべき。
したがって、独占大企業が破壊的イノベーションを生みだせない、というよくある議論は間違い。
(HPのインクジェットプリンタ、Xeroxの数々、RCAの液晶、Kodakの有機EL然り)
これらの破壊的イノベーションは、実は独占企業の多大な研究開発費から生まれた基礎技術に拠っていることが多い。
問題は、彼ら自身はイノベーションを生みながらも、組織的な理由でそれを商品に出来ないこと。
→ 過去記事「自社事業を破壊するイノベーションが出てきたとき」参照。
追記2) ローゼンブルームの「Engines of innovation」に、米国の独占企業が研究開発に力を入れる理由には、Anti-trust法(独占禁止法)の脅威もある、とあります。
要は現状で利益を上げている独占事業が、いつAnti-trust法に引っかかって分割命令が出るか分からないので、新たな利益の柱を作らなければ、ということで研究開発にお金をつぎ込む、ということです。
独占していることが原因で研究開発が進むのだけでなはく、独占した結果研究開発が進みやすいということなのでしょうか?競争があったからこそイノベーションが生まれ独占企業となったということと、独占企業になったから研究開発がより進めやすくなる、というのはどちらも理屈上正しいのではないかと思います。物事には原因と結果がありはっきりと区別できると思われがちでありますが、実際には、原因と結果がフィードバックしていて、何が原因で何が結果なのかを定義することすら難しいということが少なくないと思います。たとえば、管直人氏が主張する第三の道と小泉竹中路線の考え方もどちらが間違いということはなく、需要と供給のフォードバックを考えれば理屈上、どちらの可能性も否定できないと思われます。しかしながら、どちらか一方は必ずケースバイケースで間違っているということではないでしょうか。研究開発の進歩と独占企業の関係もそのような原因と結果がフィードバックする一例ではないかと感じました。フィードバック速度が非対称であれば、どちらかが原因もしくは結果のどちらかにになるケースが多かったりするのかもしれませんが。
逆U字仮説の方が実証の当てはまりがいいよ
それができるのは多くの場合才覚のある個人です。
ビジネスモデルの場合も同じです。
組織論としてはどうやって才覚のある個人を見つけるか?
もしくはどうやってそれを生かすか?が問題になってきます。
既存のモデルとの整合性でイノベーションが起こせないのではなく
そもそもイノベーションの種である事がわかってない
つまり目利きできる個人がいないそういう問題だと思います。
はじめまして。
>独占していることが原因で研究開発が進むのだけでなはく、独占した結果研究開発が進みやすいということなのでしょうか?
えっと後者は「研究開発が進んだ結果独占が進みやすくなった」と書かれようとしたのかな?
(じゃなきゃ両者同じ意味デスヨ)
ええ、そうだと思います。
でも、そんな状態になっても、政府が「分割」の形で介入してくるのではなく、イノベーションのジレンマによって大企業自体が淘汰されていくことがあります。
>Willyさま
>独占のどこかに競争の要素が入るのがベスト
それは全くおっしゃるとおりで、基本競争環境だから、独占状態でもそれを維持するために努力しなくてはならないということです。
本当に競争がなかったらこうはならない。
>bbさま
はじめまして。
>シュンペーター仮説だね。
ええそうですね。シュンペーターは偉大です。
>逆U字仮説の方が実証の当てはまりがいいよ
ん?それって大規模になると効率が悪化してサチると言うことを言いたい?
その部分は要議論ですが、逆U字(規模が大きくなると研究開発の成果がゼロになる)にはならないんじゃないの?
よーく考えてみてください
>資本家さま
はじめまして。
>それができるのは多くの場合才覚のある個人です。
それは全くその通りだと思います。
しかし、
>既存のモデルとの整合性でイノベーションが起こせないのではなく、そもそもイノベーションの種である事がわかってない、つまり目利きできる個人がいない
これは本当にそうか?
数々の事例を見るに、イノベーションの種であることも分かり、それに投資を始めていながらも、結果としてイノベーティブな商品が世に出せない、ということの方が圧倒的に多いと思います。
クリステンセンの「Innovator's Dilemma」が良いまとめになっていると思います。
例外も多数あるが結果事実としては概ねそういうことなのでしょうね。
でも大企業についていえる(しかもアメリカの)ことで社会には中小企業も存在していますよね。
日本では中小企業が95%を占め、特定の分野で世界シェアの70%~80%を押さえている中小企業が多数存在していて日夜研究開発を行い日本の産業基盤を支えていますよね。でも個々の研究開発費は額では大企業と比べようもないほど微々たるものですよね。
(お向かいの国では1社がGDPの25%を占めていたりしますが日本では1%程度がせいぜいでこれだけの独占は現在では不可能だと容易に想像できます。資本主義経済でも全部を独占することもありうることの例です。ここでの独占とは意味が少し違いますが大部分を占めれば結果は同じことになります。)
グローバルになった現在社会では、世界の名立たる大企業が血道を上げて研究開発を行っていたにもかかわらず、最終的に技術開発に成功したのは日本の地方の中小企業であった日亜化学工業であり、今や世界に冠たる大企業になったなんて例もあります。
例外中の例外ともいえますが、元は水あめ屋さんで恐竜やチンパンジーの研究をしている企業が、食品、化粧品や医薬品に添加され今や全ての加工食品に添加されていると言ってもよいトレハロースの生産技術開発に成功したなんて、なんでもありの研究開発をしている林原のような企業も存在していますよね。水あめが斜陽になり倒産寸前であったものが研究開発が盛んであったため、起死回生を成し遂げた例ですね。中小企業ではぬるま湯の研究開発とはちょっと趣が違いますよね。(結果先行者優位で独占企業になり研究開発が更に盛んになった例とも解釈はできますが。)
これは確かにご指摘の通り。大企業と独占企業は分けて議論する必要がありますね。
記事中の例も、「大企業による独占」を書いてしまいましたが、引用した論文で書かれてるのは独占企業の話。
必ずしも大企業である必要はないわけです。
だから、例えば日亜が中小企業でも(今は巨大ですが)、青色レーザ・ダイオードの独占(最近は厳しいですが)を守るために、特許を出しまくる、そのために研究開発費を出しまくる、
というのがいい例だったのだと思います。
私のライフワークのテーマのひとつが、日本(もしくは東アジア地域)で、
イノベーションを起こし続ける仕組みを作るにはどうするか、と言うことなのですが、
そのためにどこでイノベーションが起こっているのか正確に把握する必要があるなとは思いました。
要は、大企業にイノベーションが起きるようにしていくのが解なのか、アメリカシリコンバレー型なのか。
目指す産業によっても違いますけど。
>資本主義経済でも全部を独占することもありうることの例
全く余談ですが、日本のM菱系列の企業を全部足すと日本のGDPの何%になるんでしょうね。
(Freedamさんに習ってイニシャルにしてみた)
それでも1%以下かな・・・日本は系列外の製造業が大きいですからね。
たしかに余裕がなければ研究費にお金は回せないですね。
競争のメリットは色々なアイディアでしょうかね。
研究者の気づきにくい小手先の技術。
(まあそれも大事ですが。おもしろいのはそっちだったりしますからね)
でも基礎的な技術はやはり研究の方が進むんでしょう。
あー、、国として支援してあげたい。
オレの払った税金そういうことに使ってもらいたい。。
製薬業界のユニークなのは特許によって、分野ごとに独占企業が現れることです。各社がそれぞれ本稿の独占企業のポジションを取る仕組みになっています。
さて、ここでイノベーションの源泉はこの業界でどこであるかという議論ですが、それは80年代以降ベンチャーと大学に移っています。研究開発型の代表格と見られるジェンザイムにおいても、シーズのインライセンス比率は50%を超えています。これはジェネンテックという今は武田を凌ぐ時価総額のベンチャーの功績が大きく、ベンチャーに投資しても「儲かる」ということがわかり、投資循環ができたことが要因となっていると思います。コメント欄に議論にあるような中小企業が特許ビジネスでは十分にイノベーションの源泉になる一例だと思います。
ただし、製薬業界モデルがイノベーションの成功事例かというと議論のあるところです。HBSでクリステンセンと同じ科目のイノベーションのジレンマを教えるゲーリー・ピサノは著書"Science Business"においてROIの観点ではバイオテックは成功した業界とは言えないと断じています。
ところでLilacさん、このピサノはイノベーション研究の中ではどういう立ち位置の人ですか?一応、クリステンセンと同じ講座を教えていますが、イノベーション研究でとりたてて自分の立ち位置を確立しているようにも見えないですが。最後に脱線で恐縮ですが教えてください。