My Life After MIT Sloan

組織と個人のグローバル化から、イノベーション、起業家育成、技術経営まで。

エジンバラのレストラン WHISKI -Scotland(13)

2008-12-05 05:56:52 | ●スコットランド旅行

博物館を出ると真っ暗だ。
ただ、流石に観光の街、全ての歴史的な建物が美しくライトアップされている。
さっき通ったCathederalも、夜のエジンバラに美しく映えている。

スコットランド最後の夜である。
標準体重より圧倒的に大きく、旨い食べ物には目がないJoからは、「今日は真剣にレストランを探すぞ」という意気込みが伝わってくる。

彼はわりと内向的な性格で、普段は話題を探すのに苦労しているタイプに見えるが、我が水を得たり、という感じでおしゃべりになる話題が二つある。
ひとつは、彼が人生をかけている、ライフサイエンスに関する話で、もうひとつが食べ物のことだ。

家でもいろいろ料理を作るらしい。
ただ食べるだけでなく、調味料などもいろいろ工夫していて、本当に食べるのが好きなんだなあ、というのが伝わってくる。

1時間くらい街中を彷徨って、いろいろ見繕ったが、結局Joが昨日からチラシで目をつけていた、ウィスキーが楽しめるレストラン、WHISKIに入ることにした。

結論から言うと、正直、サービスはあんまり良くなかったけど、食事は美味しかった。
(注文した料理がなかなか来なかったり、呼んでるのにウェーターが来なかったり)

食事は、二人とも、スコットランド名物、ハドック(小さな白身魚)の燻製のスープと、ハギス(Haggis)タワーという、ハギスが大量のマッシュポテトの山の上に乗っている料理を注文。
ハギス、とは、ひき肉やハーブなどなどを混ぜた、スコットランド独特の保存食。
しょっぱくて、肉っぽくて、美味しい。

すごいのが、宣伝どおり、すごいウィスキーの品揃え。
200種類くらいの常時そろえているコレクションに加え、レアものもそろっている。
値段もそんなに高くない。だいたい3ポンド(450円)くらいから標準的なシングルモルトが手に入る。
山崎や余市なんてのもリストにあってちょっと驚く。

これでもって、今回の旅行は終わり。
一番の収穫は、まずはネス湖に代表されるようなスコットランドの大自然を楽しめたこと、ウィスキーのことを改めて勉強できて、前より深く愛するようになったこと、スコットランドの歴史に詳しくなったこと。

あと、Joという、通常のSituationではなかなか友達になれないと思われるアメリカ人の友人が出来たことも大きいな。
4日も一緒に旅したので、戦友、という感じだ。
アメリカ人の習慣や文化について、日々私が疑問に思っていたことをいろいろぶつけてみたのは、彼にとっても、自分の国についていろいろ考える機会になったみたいだ。
私も、日本についていろいろ聞かれて、なるほどそういう視点で見られているのか、と勉強になった。

5日間の非日常にさらされて、すっかりリフレッシュして帰ってきた。
来週から期末試験が始まる。
しっかり休んだので、勉強のほうも頑張らなくちゃ。

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スコットランド王立博物館-Scotland(12)

2008-12-05 05:24:06 | ●スコットランド旅行

Whisky Heritage Centerを出ると、まだ外は明るい。
午後3時だから当たり前なんだけど。
というより、午後3時でこの暗さ、というのが本当はすごいことなのだけど。
4日もスコットランドにいる間に日が短いのにすっかり慣れてしまった。

とりあえず、一番近くにある、Royal Museum of Scotland(スコットランド王立博物館)に行ってみることにした。

エジンバラには、ほかにもNational Museum of Scotland(こちらは美術館)とか、似たような名前の博物館が複数あり、混乱する。
Joは、昨日車でエジンバラの街内を散々迷ったこともあって、「It's crazy. ウィスキーはいいが、こんなIllogicalな街は二度とごめんだ」などとお怒りの様子。
確かに、アメリカに比べると、道路標識も分かりにくいし、道路の名前の付けかたも全く論理的ではない。

でもそんなの、アメリカ以外の、普通に歴史がある国なら、当たり前のことなんだけどな。
と、Joに言ってみるが、理解しない。
エジンバラごときで腹を立てていたら、日本に来たら発狂するに違いない。

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王立博物館は、どちらかというとスコットランドの歴史に注力した展示。
スコットランド人がどこから来たのか、に始まり、どのような技術を生み出し、どのような変遷を経て、今のスコットランドがあるのか、というのを(ある程度)時系列に説明している。

スコットランドは、実は技術の国だ。
蒸気機関車を作ったJames Watsonはスコットランドの出身だし、ほかにも印刷機の進化や紡績機など、産業革命をドライブした技術の多くが、実はスコットランドから生まれている。

それだけじゃなく、橋を作る技術もすばらしいものだ。
14世紀ごろから、現在にもまだ残る強固な橋を作る技術があった。

エジンバラ名物のFirth of Forth Bridgeの素敵なデザインは、これらの技術の結晶とも言える。
あの綺麗な橋が実は19世紀にデザインされたものだとは、と驚く。

スコットランドは、Q-Celtic(Qケルト人)、Picts、そしてその後ノルウェーから入ってきたVikingが入り混じっている。
その中の、特にVikingは優れた造船技術をもつ人たちだ。
この技術力こそ、彼らが北欧を駆逐した力の源泉ともいえる。
そして、これがノルウェーやスウェーデン同様、スコットランドの技術の元になっているのかもしれない。

工芸品もまたすばらしい。

これは展示されているもののほんの一部だけど、デザインの緻密さ、大胆さ、そして上薬技術、どれをとっても、日本の九谷焼や有田焼に匹敵する、またはそれ以上かもしれない。

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この歴史博物館は、スコットランドがイギリスの一部である、というイデオロギーを植えつけるためにあるのではないか、と思える展示箇所が複数ある。

スコットランドが18世紀に財政難に陥って、イギリス王室の支援を受ける、もとい併合されてから、イギリスの全てに協力してきた、ということが強調されていた。
アメリカ独立戦争では、イギリス軍以上にたくさんの兵士を出して協力したこと。
その後の戦争でも、常にイギリス以上に先頭に立って、イギリス軍の戦略をサポートしてきたこと。
産業革命はもとより、あらゆる産業の側面で、イギリスが世界でトップに立つところに貢献してきたこと。

いったい誰がこの博物館のコンセプトをつくっているのだろう。
1950年にはイギリスから即位の石を「盗み返し」たり、1997年には住民投票でイギリス議会とは別のスコットランド議会が作られることが決まったり、何かと独立の兆しを見せ付けるこの国が、博物館のようなフォーマルな場で、「イギリスの一部」であるように振舞うのは何ともおかしな感じだ。

とはいえ、今はスコットランドを代表する二つの銀行は、どちらも財政難に陥って、イギリス政府の支援を受けていて、独立どころじゃないけどね。

RBS(ロイヤル・バンク・オヴ・スコットランド)って、去年まではオランダの銀行、ABNアムロの買収などで異常にアグレッシブに戦ってたけど、それがたたってサブプライムの影響をもろに受けて破綻寸前。
そしてイギリス政府の支援を受ける。

たしか、18世紀に財政難に陥ったのも、戦争のし過ぎでお金がなくなったときに、恐慌になって破綻しかけたからなんだよね。
そして隣国イギリスの支援を受ける。

この国は200年経っても変わってないのかね。

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ウィスキー・ヘリテージ・センター-Scotland(11)

2008-12-05 00:38:56 | ●スコットランド旅行

エジンバラ城のすぐ下にある、Whisky Heritage Centerという博物館に行ってみた。
入場料は7.5ポンド(約1,100円@現在のレートで)と高めだが、2種類のウィスキーの試飲と、テイスティンググラスひとつがお土産についてくるので、リーズナブルだ。

説明は、シングルモルトの作り方だけでなく、ブレンドの仕方、地域ごとの香りの特徴、というところまでやってくれるので、結構面白い。
たとえば、試飲室に4種類の香りの容器がおいてあって、それぞれ、ハイランド(アーモンド)、ローランド(マンダリン)、スペイサイド(メロンや花)、アイラ(ピート香)、の最も特徴的な香りが何かを教えてくれるなど、役に立つ系。

しかし、この博物館のすごいのは、バーだと思う。
バーには、300種類近くのウィスキーがそろっており、見たことがないウィスキーがたくさんある。

スコッチが所狭しと並んでいる。日本やアメリカで見たことのないウィスキーもたくさんある。
その中のひとつがこれ。

Islay(アイラ)のウィスキー、カオル・イラ。
試してみると、アイラらしくピートは割と強いが、ラフロイグやボウモアなどに比べてよりマイルドな香り、味わいだ。少し、メロンやレモンのフルーティなフレーバーもあり、普通のアイラとは全く違う。
特に18年熟成してるだけあって、
価格は、18年の割には割りと安いほうだ(44ポンド=6500円)。マッカランの18年が12,000円位するのに比べるとお得感がある。

バーテンダーによると、このウィスキーは最近になって、USへの輸出を始めたが、まだメジャーなショップでしか手に入らないという。
買って帰ろうか迷ったが、既にバルヴェニー蒸留所でウィスキーを2本購入していたし、寮の部屋にも5本以上ストックがあるので、やめた。今思うと一本くらい買っても良かったんだけど。

バーでの試飲価格は2ポンド(300円)~。もちろん20年、30年熟成モノもあるので、そういうものは、一杯30ポンド(4500円)とかだが。
でも、安いのは確かである。

安いだけでなく、バーテンダーはウィスキーの知識も豊富で、いろいろ教えてくれる。
この博物館に行ったら、必ずバーへ行くのがお勧め。

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エジンバラ城(続き)-Scotland(10)

2008-12-04 04:19:59 | ●スコットランド旅行

エジンバラ城で、面白い展示がもうひとつあった。

アメリカ独立戦争時の捕虜収容施設の博物館。
イギリスによるスコットランド併合後、このエジンバラ城が最初に使われたのがこの捕虜収容。

当時、イギリスはアメリカのみならず、アメリカ独立を支援するフランスやスペインなどの連合軍と戦っていたわけだが、そこで捉えた捕虜を堅牢なエジンバラ城に収容していたのだ。

こんなに綺麗なところなのに、なんてもったいない使い方、とも思う。

アメリカ人500名に加え、フランス、スペイン、たまにオランダなども入れて約1,000人が狭い施設に収容されていた。
当時捕虜たちが寝泊りしていたハンモックが再現されている。
かなりひどい。ちょっと胸が悪くなる。

展示はよく出来ていて、あちこちにスピーカーが仕掛けられ、まるで捕虜たちがお互いに喋っている中を、見学しているような気にさせられる。
喧嘩をしている声も聞こえる。

こちらは、捕虜たちが作った偽札。
当時Royal Bank of Scotlandが発行していた銀行券を巧妙にまねしている。

収容されてるのに、何のために偽札?と思うが、警吏に賄賂を渡すためのものらしい。
実際この偽札を作った捕虜は、より条件の良い別の収容施設に移してもらえたという
当時の法律では、偽札であっても、偽と知らないで受け取った善意の第三者にはお金を保証する、というのがあったので、それをうまく使って偽札を賄賂としたのだ。

こちらは、一部の捕虜が、収容されている期間の暇な時間を利用して作った工芸品。
国で待つ奥さんや娘のために作ったのだろうか、化粧箱とか、オルゴールなど、ない材料を工夫して作られており、ちょっと感動する。

同じ捕虜でも、ばくちにかまけて喧嘩ばかりしている者もあれば、偽札を作って抜け出そうという者、家族を思って器用に工芸品を作る者、リーダーシップをとって警吏と交渉する者。

どこに行っても人間というのは変わらないんだな、と思った。

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エジンバラ城-Scotland (9)

2008-12-03 23:58:51 | ●スコットランド旅行

Balvenie蒸留所を出たのが1時半。
そこからEdinburghを目指して長距離ドライブだ。
Edinburghのホテルにようやくたどり着いたのは日もとっぷりと暮れた7時ころだった。

4日目の朝。早速Edinburgh Castleへと向かう。
ホテルからバスに乗り、National musium前で降りて、坂を上っていく。
天然の要塞といえる立地に立つエジンバラ城は、街の中でも高いところに位置しているのだ。

エジンバラ城に向かうまでの町並みも、16世紀そのものだ。

ここの角を曲がるとエジンバラ城が見えてくる。

この日は、St. Andrews Dayという、スコットランドの守護天使を祭る祭日。
通常12ポンド(約2000円)の入場料がタダになっていたので、観光客以外でもにぎわっていたようだ。

門以外の三方が完全に岩に囲まれていて、本当に要塞として最高の立地だ。
実際一度も、敵の手に落ちたことのない、Virgin Castleだという。
18世紀に、スコットランドが極度の財政難に陥り、合えなくイギリスに併合されてしまったときも、イギリス人に城に入られるのを防ぐため、城壁以外の建物を全て破壊してしまったという。

中に入ると、ガイドが20分に一度、無料のツアーを開催してくれる。
もちろん全て英語(スコッチ訛りつき)だが、ゆっくりしゃべってくれるので、分かりやすい。

彼女に連れられて、城の高いところまで登っていく。

一番上には、1913年に立てられた、スコットランド戦争記念館(Scotland War Memorial)や、1996年に立てられたスコットランド王国の展示、そしてアメリカ独立戦争時に捕虜を囲っていた、War prisonなどの展示がある。

写真はスコットランド戦争記念館(Scotland War Memorial)。

小説ではニセモノ疑惑などいろいろ物議をかもした、即位の石(Stone of Destiny)も見学できる。
写真禁止なので、写真はなし。
ただの石に見えなくもないんだけど…

この石は、1714年にエドワード8世が、スコットランドを服従させる目的で、この即位の石を「盗んで」きていらい、ずっと英国王室にあった。
それが1950年のクリスマス、4人のエジンバラ大学の学生が、これをウェストミンスターから「盗み返して」来たのだ。確か、彼らは一度逮捕されたものの、容疑が不十分ということで釈放されたんだとおもう。
政治の絡んだミステリーで、結構面白い。
この話は同名の小説が詳しいので、興味のある方は是非。

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バルヴェニー蒸留所見学-Scotland(8)

2008-12-02 22:04:27 | ●スコットランド旅行

Glenfiddichの見学の後は、約100km近い道のりを、もう一度ネイルンへと戻る。
Nairnのホテルは、MaillaigのB&Bとは違って、ちゃんとホテル内にバーも備わっていて、レストランもある。
スコッチもSpeysideを中心にそれなりのものがそろっている。流石だ。

そして翌朝は早起きして8時半に出発。朝の運転はまた私。
まだ空が暗い。



途中の道で9時過ぎころにようやく日の出を迎える。
緯度が高いって大変だな。

10時に到着。
ついに愛しのBalvenie蒸留所が見られると思うと、どきどきわくわく。

バルヴェニー蒸留所は、グレンフィディックにて「Connoisseurs' Tour」というツアーを事前予約しないと見られない。
ちなみに一人あたり20ポンド。

ツアーをガイドしてくれる蒸留所のスタッフに「Balvenieが実は一番好きなウイスキーなんです」とわくわくして話すと、
"That's the word we love to hear the most" (それが一番聞いてうれしい言葉だよ)と言われる。

このツアーがとにかくすごいのは、通常の蒸留所見学では見られない製造工程が見られること。

ウィスキーの製造工程は主に5つに分かれる。
1. Molting(モルティング・発芽):まず麦を発芽させて、麦芽を作る
2. Mashing (マッシング・糖化):麦芽を砕いてお湯に混ぜ、麦芽糖に転化させる
3. Fermentation (アルコール発酵):イースト菌を加えて発酵させる
4. Distiliral (蒸留):ポットスチルで蒸留して、アルコール度数を高める
5. Maturization (熟成):樽に入れて熟成させる

そのうち、通常の蒸留所では、2のマッシング以降しか見られない。
1は現状、ほとんどが専門業者にアウトソースしてしまっているからだ。
この工程を伝統的なやり方で作っているのは、スペイサイド地区ではバルベニーだけだということだ。

オフィスにつくと、まずはコーヒーと、スコットランド名物のショートブレッドが出てくる。
うーん、普通の見学ではありえない、アットホームでゆったりした時間。

ゆっくりしたあと、早速1のモルティングの過程を見に行く。
まず、麦を2-3日間水につけて、十分に水を吸わせるところからはじまる。

水を吸わせた後は、空気を混ぜながら6日くらい置いて、発芽させる。
麦は、発芽の瞬間、糖度がもっとも上がる。でんぷんを糖へ自分で転化させ、発芽に必要なエネルギーを作るからだ。
その瞬間をうまく捉えて、アルコール発酵に使ってしまおう、という長年の人間の知恵。

発芽の瞬間は空気が足りなくなるのを防ぐため、定期的に混ぜる。

そして、発芽熱を抑えるため、スコップのようなものを使って、麦を飛ばす。見学者にもやらせてくれる。

左が3日後、右が5日後くらいの麦芽の写真。芽が出てきているのがわかる。

 

この状態になったものを、火をたいて乾かす。
乾かすときに使うのが、スコッチに独特のスモーキーな香りを与えるピート(泥炭)だ。
写真はピートを燃やしているところ。この上のほうに麦芽をためる容器があって、乾く仕組み。

とはいえ、スペイサイドのウィスキーは、あまりスモーキーじゃないのが特徴なので、ピートを使う割合は40~50%くらいに限られている。
残りは普通の燃料で乾かす。


ここで、ちょっとウィスキー製造工程を離れて、樽を作っているところを見に行く。
ウィスキーの樽は、シェリーやバーボンなどを熟成するのに一度使われた樽をもう一度組みなおして使うのが伝統だ。
そして、こうやって樽を自前で作っているのも、今ではスペイサイドではバルベニーだけだという。

常時5,6人の樽職人が働いていて、樽を作り続けている。

さて、ウィスキーの製造過程に戻る。
乾かした麦芽を、2.マッシングへ。粉砕してお湯に溶かす。そこでの所要時間は1,2日。
写真は昨日のGlenfiddichを参照。

麦汁を発酵槽に移して、イーストを加える。
どーっと、桶に流れる麦汁を、なめていいよ、とガイドがいうので、試してみる。
ほんのり甘い。
すでにカラメルのような芳香、ピートの香り。この時点でウィスキーの香りの一部があるのだ。

3日間発酵させて、アルコール度数を8%程度に高めたものを、ポットスチルに移して蒸留。
Glenfiddichでは、いろんな種類のポットスチルを使って味を調整していたが、Balvenieでは伝統的に一種類のスチルしか使わないそうだ。
モルティングにせよ、蒸留にせよ、頑なに伝統を守るBalvenie。
こんなところが、あの頑なだけど真っ直ぐで、優美でほろ甘いBalvenieの味を作り出しているのね…(←陶酔中)

貯蔵倉庫も見学。こちらも撮影禁止。
Balvenieでは、伝統的なホワイトオークとシェリー樽。ここでまず12年間はしっかり寝かせるのがバルベニー。

その後、別の樽に移したりすることで、いろんな味を作る。
12年寝かしたものを混ぜ合わせたのが、バルベニー12年。
ホワイトオークにそのまま15年間残したものは、私が大好きな、バルベニー15年シングルバレルへ。

最近になって使い始めたラムカスクやポートワインの樽。
ラムカスクは、最近リリースされた、Balvenie17年ラムカスクへ。
ポートワインカスクは、Balvenie30年に使われる。

最後に試飲。
使われる樽の種類によって、ウィスキーの色が全然違うのがわかる。

そして、味や香りも全く違う。
シングルバレルは、一つ一つ違う樽からリリースされる、というのが面白いのだが、2種類試させてくれて、
確かに樽ごとに香りが違うのがわかる。

30年は熟成を経て、ソフトでしっとりとしたエレガントな味わい。
いくつか飲んでみて、それでも私は15年のシングルバレルが好きだなあ、と思う。

自分の好きなウィスキーの故郷を訪れて、再度このウィスキーが好きになった。

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長文を読んでくださってありがとうございます。明日はエジンバラへ行きます。

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グレンフィディック蒸留所見学-Scotland(7)

2008-12-02 14:30:45 | ●スコットランド旅行

Invernessから国道A94を行く。
Nairn(ネイルン、とかいう。発音しにくい)を越え、13世紀から栄えていた街Elginに入る。
このあたりは、古い町並みが続いていて、まるでタイムスリップしたような気持ちになる。

Elginから、国道A941に入る。
この道は、Whiskyの本場、Speysideの蒸留所がひしめいている、銘酒街道とも言うべき道。
ボルドーの銘酒街道を走っているときの気分だ。
自分の好きなお酒たちが造られている地を真近に見ると、とうとうこの地に来たかー、という感慨を覚える。

時速60マイル(約100キロ)をキープして、30分ほど走ると、Dufftownの街に入る。
この街こそ、Glenfiddichをはじめとし、著名な蒸留所で賑わう、ウィスキーの街。
近くにはMacallanなどもある。

Dufftownに入る前あたりから少しわき道にそれ、バルベニー城を目指す。

Glenfiddichは、バルベニー城の脇にある、世界で一番大きな蒸留所。

Glenfiddichは、1887年、軍人の息子だったWilliam Gordonが、この地にやってきて、部下の石工と二人だけで作り上げた蒸留所だそうだ。
雨の日も、風の日も、一日たりとも休むことなく石を組み上げて、1年以上の歳月をかけて、発酵のための建物を作り、蒸留所を作り、ウィスキーを寝かせるための倉庫を作った。
それから100年たった今も、Gordonファミリーのオーナー企業であり続けている。
個人的な感想だけど、サントリー然り、酒の味を保つためにオーナー企業であることは大切だよな、と思う。

この建物が、最初に作られた建物だという。
現在改修中だが、屋根の上には、昔ながらの蒸留所らしい、火の見矢倉のような煙突が建っている。

Whisky好きの私は、日本ならサントリーの山崎蒸留所に2回、白州に1回行っているが、本場のスコッチウィスキーの蒸留所を見学するのはこれが始めて。
当時の鳥羽さんになった気持ちで、本場のウィスキーの作り方を学ぶ。
とは言っても、Glenfiddichの蒸留所の見学は、誰でも楽しめる1時間くらいのコースにまとめられているから、見られる内容はほとんどサントリーの見学と変わらないのだが。

まずはマッシング。
発芽させて乾燥したモルトを砕いてお湯に溶かし、麦汁を作る。
お湯に溶けることで、澱粉が糖化して、甘い原液ができる。

その原液を発酵槽(Washback)に入れて、イースト菌を入れて三日三晩かけて発酵させる。

2日目の終わりくらいが、一番発酵が激しく進み、大量のビールみたいになる。
香りは、ちょっとピートがかったビール、といったところだ。

3日たって発酵が終わった液は、スチル(Still)にかけられて蒸留される。
蒸留は約11時間。
最初の液はHeadと言われて、エステル分が多く華やかだが、アルコール度数が強くて使えない。
最後の液はTailと言われて、重い分子が多く残っていてオイリーだが、アルコール度数が弱くて使えない。
真ん中に取れる、Heartといわれる、アルコール度数約70%の部分だけを取り出して、樽へと移す。

これは、サントリーの蒸留所で何度も聞いた話なんだけど、スチルの形によって、蒸留後の原酒の味が変わるらしい。
突起が少ない、まっすぐのスチルからは、分子量の重い分子が昇りやすいので、スパイキーでオイリー、しっかりとした味わいのお酒が。
丸い蒸留器は、蒸発したアルコールが壁にぶつかって、元に戻り、というのを繰り返し、軽い原子が昇りやすいので、フルーティで華やかな味わいになるとか。
Glenfiddichは、いくつもの種類のスチルをそろえていて、マスターブレンダーが絶妙の感覚でブレンドする、という仕組み。

サントリーの蒸留所と違って、ここでは、スチルのそばと、熟成のための倉庫だけが撮影を禁止されている。
何故なのかは聞かなかったのだが、秘密を守るというより、おそらく、酒税に関する理由なのだと思う。
イギリスでは酒税法が厳しくて、お酒が直接出てくるところは、全てDuty Freeの看板が掲げられている。
この看板がないと、酒税が課せられてしまうのだ。
そんな話、日本の蒸留所ではあまり聞いたことがない。

倉庫では、ヨーロピアンオークでできたシェリー樽、アメリカンホワイトオークのバーボン樽、それぞれで熟成されたウィスキーの香りを比べる。
シェリー樽が、よりフルーティでレーズンのような香り、たまにチョコレートや紅茶のような香りがするのに対し、ホワイトオークはバニラの香り、トーストのような樽香が強い。
「スコッチ」と呼ばれるためには、最低3年寝かせなくてはならない、というのは有名な話だが、実際には最低で7年、長いものだと30年、50年と寝かされている。
ウィスキーはこのあと、これらの2,3種類の樽で熟成されたものをブレンドして、最終製品ができる。

最後に試飲。
これが楽しみなんだよね。

グレンフィディックは、Speysideらしく、華やかでフルーティ、アカシアなどの花の蜂蜜の香りもするし、バニラのような樽香も強い。
味は、アルコールの自然な甘みに加えて、割と酸味もある。

私が最も愛するウィスキーのひとつ、Balvenieはグレンフィディックの敷地内に蒸留所がある。
そこを見学できないのか聞いてみると、明日の朝10時に予約すれば、約3時間の専門ツアーをやってくれるという。
行かない手はないだろう。
というわけで翌日もこの蒸留所に戻ってくることになった。

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西部から北部-スコットランドの羊たち-Scotland(6)

2008-12-01 14:47:34 | ●スコットランド旅行

Mailliagは本当に"End of the world"-地の果て-という感じだった。
小さな漁村。

小さな湾に、男たちが漁に出るための小さな漁船が所狭しと並んでいる。
Puffins-日本でいう都鳥だろうか-が、寂しい鳴き声を発して、埠頭から飛び立っていく。

ボストンとの時差が5時間もあって深い眠りにつけないらしい。夜中に何度も目が覚める。
昨日のJoのアラスカに行ってしまったハーバード学生の話を思い出して、人生の目的について考える。
走馬灯のようにこの半年間アメリカに来てからの自分の言動について考えさせられる夢を見たりした。
こんな地の果てで一人で死ぬのはいやだなあ、と夢を見ながら思った。
起きてから考えるとちっちゃなことなのだが、夢の中では、ことさら大きな問題のように思える。
分けもなく反省して、無事アメリカに帰ることができたら、ちゃんとやろう、と思った。
こういうことを考えてしまうほどの、地の果てだった。

翌朝は、朝8時を過ぎてもまだ薄暗い。
本当は、朝早くおきてフェリーに乗り、Isle of Skye(スカイ)に行こうか、と晩ご飯を食べながら話していたのだが、あえなく寝坊してしまい、行けなかった。
オフシーズンの今は、朝8時と夕方16時の2回しかSkye行きの船が出ないのである。
地の果ての、さらに果てにはいったい何があるのだろう、と思ったが、怖い夢を見たばかりだったので、行かなくても良かったのかな、と思ったりした。

Skyeには、私の好きなスコッチの一つ、Taliskerの蒸留所がある。
今度スコットランド旅行をするときには、必ずSkyeに行こう、と心に誓って、Mailliagを出発。

MailliagからFort Williamまでの道のりは、岩盤が削られた地に、美しい針葉樹林が広がっていた。
昨日通ったときには、道がもう真っ暗で、全く見えなかったのだ。

朝は私が運転。
隣を見るとJoが寝てしまっていて、ナビをしてくれない。時差ぼけなのだろう。
Joは私の年子の弟とちょうど同い年で、誕生日も同じくらい。
弟みたいなもんだからしょうがないか、と思って一人で何とかInvernessまでたどり着く。

途中のLoch Nessで(ネス湖のこと)、素敵な朝の光景に出会う。
ちょうど、その光景をあらわす音楽が思い浮かぶ。
光栄のゲームの「三國志Ⅲ」で、内政をするときにかかる「蒼天黄土」という曲、と言っても誰もわからないと思うけど。
のどかな、水に囲まれた山々に昇る朝日。
朝日が水面に映りながら、じわじわと少しずつ昇っていく。

Invernessでまず、訪れようと思っていた蒸留所に電話。
Glenfiddichに連絡が取れ、何時来てもいいよ、ということになって、とりあえず一安心。

Invernessを越えると、晴れてきたこともあって、だんだん光景が変わってくる。
どこを見ても、羊、羊、羊。

羊。

また羊。

ここにも羊。
海が見える丘で、羊がずっと草を食んでいる。

隣で、Joが"Many sheep!"(「羊がたくさん!」)とか言って喜んでいる。
Sheepというのは不可算名詞だと思っていたので、"More sheep!"とかなのではとか思っていたが、Joによると不可算でもSheepとかはManyで良いらしい。
本当かな?中西部の訛りじゃないのか?とも思うが、Native Speakerが言うのだから、とりあえず大きな間違えではないのだろう。

夕方に通っても、羊は未だいる。まさか夜通しここですごすわけじゃあるまい。
いつ家に帰るんだろう、と不思議に思った。

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岩だらけのスコットランド西部を行く-Scotland(5)

2008-12-01 01:52:47 | ●スコットランド旅行

先ほどのInnを過ぎたあたりは、水の多い風景が広がっていて、まるで絵のようだ。

ここからあとは、岩ばかりの道。

天気も変わりやすく、晴れていたかな、と思ったら、すぐに空が翳って雨が降り出す。
空が晴れていてもずっと小雨のようなものが降っていて、ワイパーがずっと欠かせない。

グレートブリテン島の西から吹く、湿った風が、中央部の高い山にぶつかって、雨を降らしているのだろう。

そんな天気だから、さっきも書いたけど、すごい数の虹。
ここにもあそこにも。
2本くらい同時に見れることも。

下の写真は、実は虹が2本。
真ん中の大きな虹の右側に、うすく7色の虹が見えるだろうか。
写真だから、あんまりわからないのだが、実際にはくっきりと2本の虹が走っていて、目を奪われる。

景色はこんな感じ。
削られた岩の上に、長い時間をかけて苔むしたような地形がずっと広がっている。

浸食された岩盤が、さまざまな表情を呈している。

飛行機で読んだスコットランドの歴史の本によると、この辺はもともとケルト族の一部が住んでいて、首都もあったのだが、9世紀にノルディック・ヴァイキングに侵略された。
当時のスコットランドの王、Kenneth MacAlpenが、この地にある首都から、東部のDunbeeの方に首都を移してしまう。
その後は、ヴァイキングとケルト、そしてゲール族が共存し、交わり、共通の子孫が住んでいる土地らしい。

細長く、削られた地に水が溜まった湖がたくさんある。

場所によって、マイクロに気候が違うのか、針葉樹の茂る森となっているところもある。

スコットランドの西部は、こんな岩だらけの不思議な光景が、車で走って数時間、ずっとつづく。

Overnightのフライトで3,4時間しか寝ていない状態で、車を4時間近く走らせていると、私も完全につかれてきてしまう。
しかも、ここは緯度の高いスコットランド。4時半を過ぎると完全に真っ暗で、何も見えなくなる。
昔のエントリに書いた、黄色人種は白人の国では夜暗くて見えない問題もあり、危険なので、Joと運転を交代。

Mailaigに着いたときには、まだ6時半なのに、夜中の様相を呈していた。

JoとMailliagの港をレストランに向かって歩いていると、彼は自分の大学時代のクラスメートを思い出した、という。
彼は、UndergradはHarvard大学の出身で、Biochemistry(生化学)を専攻していた。
そのとき同じ学部にいたクラスメートが、突然大学をドロップアウトし、アラスカに行って漁師になってしまったという。
学部時代からストレスが多く、ふと嫌になってしまったのかも知れない、といっていた。

どこのトップスクールでもそうだと思うが、私の世代では生化学は一番競争が激しい学部だ。
それに加えて、ハーバードは、宿題、テスト、あらゆるところで、いろんなプレッシャーがかかる。
自殺者も絶えない。特に理系。

MITもそうらしいが、学部生が「IHTFP」と印字されたTシャツを着て歩いている、という。
「意味を知ってるか?」とJoが聞く。
I Hate This Fxxking Place、という意味らしい。
そういうジョークを言わないとやってられない、というくらい大変らしい。

「日本の大学じゃ、そういうのはありえないなあ、大学生は4年間遊びに行くっていう感覚の人が多いよ。」と話す。
「ただ、大学に入るのが大変で、高校生の時はすごい勉強するんだけどね。
たとえば、今DMDのクラスでやっている確率や簡単な線形最適化は、高校でやっちゃうんだよ、日本は。」
「へえ、じゃあちゃんとCompensateされてるんだね。アメリカの高校までの教育は腐ってるからね。どっちがいいかわからないもんだね。」とJoが言う。

アメリカ人はアメリカ人で、教育にいろいろ不満があるわけだ。
私は、今まで「アメリカで生まれ育って教育を受けていたら、飛び級とか出来て、違った人生だったかもしれないのに」とか思ったこともあったが、案外日本でちゃんとした基礎教育を受けられて良かったのかもしれない、と思った。

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スコッチ名物ハドックフライ-Scotland(4)

2008-12-01 01:41:34 | ●スコットランド旅行

スコットランド一日目は、エジンバラからグラスゴーを経て、メイライグ(Mallaig)という小さな港町に行く旅。

最初の運転は私の番。
アメリカ中西部オハイオ育ちのJoの方が、運転経験は長いと思うが、スコットランドは日本と同じ右ハンドルなのだ。
だから、慣れている私が先に運転。

エジンバラ空港からグラスゴーまでは、M8という高速道路で行く。
Glasgawを過ぎたあたりで、A82という国道に降りる

二人ともおなかがすいてくる。
昼食を食べたいと思うが、すでに寂れた道で、レストランのようなものは見つからない。
国道A82沿いに、一生懸命プロモーションしてるInnを発見。
そこなら、何かレストランがあるんじゃないか、ということで入ってみることに。

入ってみると、素敵なスコッチ専門のレストランがあった。
バーカウンターにはいろんな種類のスコッチウィスキーが並んでいる。
マッカラン、ボウモア、ラフロイグ、グレンフィディックなど、日本でもお馴染みの有名Distillaryのはもちろんのこと、このInnからもほど近いところにあるOban、Auchentoschen、それからIslay(アイラ)島のものもかなりの数がそろっている。
日本ではあまり見たことがないDistillayのものもある。
日本の銀座の普通のバーより品揃えがあるんじゃないか、と一人興奮。

というわけで、早速スコッチを飲みながらの昼食をとることに。

Joは、今までにスコッチウィスキーは2回しか飲んだことがないらしい。
一つはシーガスリーヴァスみたいな有名なブレンドウィスキーで、もう一つは、酔っ払って飲まされたから、なんだかわからない、ということらしい。
そういうわけで、今回はいろんなスコッチが飲めるのを楽しみにしてきたそうだ。

とりあえず、Joは店長のお勧めに従い、Obanを注文。
私は普通にLagavulin(ラガブーリン)を注文。

食事はHaddockという、この辺で取れる白身の魚をフライにしたものを頼んだ。
それに、フレンチフライが大量についていて、フィッシュ&チップスみたいな組み合わせになっている。

見よ、このハドックに纏う大量の衣を。
東京に住んでいたころは、こういう衣が多い系の油っぽい食事は受け付けなかったものだが、ボストンに来てからだいぶ慣れてしまったらしく、油ものも平気で食べられるようになった。
とはいえ、量が尋常じゃないので、3分の2くらいだけ食べて終了。

Islayのスコッチウィスキーというのは、原料のモルトを乾かす際にピート(泥炭)を大量に使っているので、タバコの煙のようなSmokyな香りが特徴。
また味わいもアタックが強いタイプのものが多い。
潮の香りがすることから、海産物と合わせて飲むことが多いスコッチだ。
NYのオイスターバーなんかに行くと、どこでもBowmore(ボーモア)というアイラのスコッチがメニューにある。

その中でも、Lagavulinというのは、Smokyなだけでなく、非常にリッチな味わいで、個人的には、こういう油っぽいシーフードにはとても合う、と思っている。

初日の昼から、いきなりスコットランドらしい食事とお酒を堪能して、大満足。

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スコットランド一周旅行-Scotland(3)

2008-11-30 21:51:16 | ●スコットランド旅行

では、何故スコットランドなのか、から。

Sloanの1年生で、ドミニカ共和国出身のPedroという学生がいる。
彼はSloanに着てから大量の旅行を企画。今までも連休があるたびに、アイスランド、ドミニカ共和国などなど。
で、今回もその旅行代理店のようなPedroが企画するスコットランド旅行だった。
全部で10人以上が参加を希望。
スコッチウイスキーを愛する私も、迷うことなく参加を希望。チケットも早いうちに確保しておいた。

ところが、11月に入った頃から、Thanks Givingの休み中のロンドン行きの航空券が17万円に跳ね上がり、まだチケットを確保していなかった人たちが、参加を断念。
Scotch partyを主催していて、私とも仲の良い2年生Mellisaも、私とアイラ島中心のツアーをしようと約束していたが、断念。
最終参加者が4人へ激減。

更に、渡航の前日、主催者のPedroから突然電話があり、「英国入国に必要なVISAが間に合わなかったので行けない」という連絡が。
そんなこと急に言われても、どの宿に泊まるのかも分からないし、蒸留所以外のことは何も調べていないよ。
しかも、一緒にいくことになっていた唯一の女性メンバーが、「Pedroが行かないなら私も行かない」といってキャンセル。
参加者が別のクラスのアメリカ人Joと、私だけになってしまった。いいのか、結婚してない男女が二人で旅行で・・・。

まあ部屋は別々なわけで、なんでもないのだが。

ともかく、我々二人はPedroが企画した旅程にある程度従いながら、Scotland一周旅行をすることになった。
一日200マイルは走ったんじゃないかと思う。3日間で600マイル、約1,000kmの旅。
二人で交代で運転。

割と旅行をしてる方の私も、こういう「一周旅行」は初めてだった。
考えたら、車がないとこういうことは出来ないから、とても若いころってお金がなくて出来ないんだよね。

一周してみて、同じ国の西側と東側で、土地の成り立ちや気候が全く違うのを肌で感じられた。

スコットランドの西側は、硬い岩盤で出来ていて、そこを流れる水が、シャープに土地を削って出来たようなところ。
地図で見てもわかるように、細長い湖とかがたくさんある。
対する東側は、もう少し水はけもよく、もうすこし肥沃な土地だ。

気候も全く違う。
雨が多い気候、というのは同じだが、西側のほうがよっぽど安定している。
東側は、雨が降ったり、晴れたり、晴れながら雨が降ったり。だから、虹がたくさん出る。


もうひとつは、こんなことでもなければ、特にワインなどの共通点もない、中西部出身のアメリカ人なんかと、友達になれなかったんじゃないかな、ということ。
4日間の旅で、今までの仕事のことや、将来何になりたいと思っているか、ということまでいろいろ話せたのは、とても良かった。

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飛行機から-Scotland(2)

2008-11-30 18:28:16 | ●スコットランド旅行

スコットランド旅行中、更新が滞り、ご心配おかけしました。
泊まってたのがB&Bで、インターネットが接続できるような環境じゃなかったりして。
今は、エジンバラのアパートメントホテルで漸く昨晩からネットがつながるように。
なので、ご報告を兼ねて、かるく更新。

私は飛行機の中から雲の写真を撮るのが好きで、いろんなコレクションがある。
飛ぶ時間や場所によって、全く雲の形が違うのがなんとなく面白いので。

今回はヒースロー空港からエジンバラに向けての空の上です。
そんなに高度上げてないはずなのに、大量の雲が。
これがイギリスの雨の多い気候を作っているのか。

ちなみに、朝食はこんな感じ。
乗り継ぎのあるフライトだと、飛行機を乗り換えるたびに何かを食べてる。

日本に住んでいた頃は、この手の油っぽい食事が大嫌いだったのだが、いつの間にか普通に食べられるようになってきてしまった。やばいかも。

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マイレージに感謝-Scotland(1)

2008-11-26 17:31:44 | ●スコットランド旅行

久々に航空会社に感謝。一人の客としては、航空会社には腹が立つことすらあれ、感謝するのは久しぶりな気がする。
今日は、米国に来て初めての「出国」。今はスコットランドへ向かう途中のロンドン・ヒースローだ。

Logan空港までの空前の交通渋滞。
仕方ないので降りて乗った電車が遅延。
さらに空港についてから、ターミナルで迷うという失態を犯し、チェックインカウンターに着いたときは1時間を切っていた。
国際線は2時間前にはチェックインするべきだというのに。

アメリカンエアラインのカウンターに走ってようやく着き、チェックインが全て自動化しているのを見て、ああ、やばい、と思う。
人様がチェックインしてくれる場合は、頼み込めば何とかなることがあるが、機械様は自動的にシャットオフしたりする。
案の定、自動チェックイン機に入れると、はねられてしまい、焦る。

ところが、係員に頼んでみると、文句も言わず、普通にチェックインしてくれた。
チケットを見ると、大きな字で「PRIORITY ACCESS SAPHAIRE」と印字してある。

要は、マイレージがたまっていて、ステータスがファーストクラス扱いだったので、ファーストクラスと同じ1時間前なら、問題なくチェックインしてもらえたということらしい。

それから、アメリカは日本やヨーロッパと違って、出国時にパスポートコントロールがないことも効いた。
「来るものは拒むが、去るものは追わず」なのだ、この国は。

とりあえず、何とかチケットを得て、飛行機に乗り込むことができた。

さてさて、なぜスコットランドなんかに行こうとしているのか説明しないとならない。
明日(水曜)からMITはThanks Giving Holidayに入るのでお休み。というわけで5連休。

なぜ、この寒いときにスコットランドに行くのか、というと事情がある。
ただそれを書いていると長くなるので、次のエントリーで。

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