長い一日が終わりました。
お弟子さん方は立派になりました。たった二年で本当に立派になりました。
踊りの上手下手は正直私はよく分かりませんが、
全員が素敵な踊りを見せてくれたと思います。
とびきり未熟で、踊りのことしか考えない、
本当にろくでもない私についてきてくれた皆に、本当に感謝です。
師匠が頼りないとよいお弟子さんが付く、これは真実だと思います。
そしてあらためて、お弟子さんを舞台にあげて、かつ自分が舞台に立つことの難しさを痛感しました。どんなに小さな舞台であっても、師匠の存在があって初めて自分の踊りを踊ることが出来る、師匠と弟子の関係というのは、そういうものなんだと、先生からも諭されました。お弟子さんの舞台に全神経を注いで、自分が納得できるほどに踊りきることは不可能。
今はまだ師匠が袖にいる舞台でしか、自分の踊りを踊ることが出来ない、これはなんだかとても情けない話に聞こえますが、実際のところ、今の自分の踊りというのはまず師匠ありきで成り立っているものだということです。この時点で、これは本当の私の踊りではない、ということでしょう。
師匠から受け継いだものを、一生懸命お弟子さんに注いで、ふと気がつくと、舞台に立った私には何も残っていない。
今までひとつひとつ重ねてきたものがすべて剥がれ落ちて、何も持たない自分にかえっている、そんな状態で何ができるでしょう。そんな状態で踊って自分に何が残るでしょう。残るのはむなしさと空虚感だけです。
自分で書いたナレーション原稿を読む岡野先生の声が、エアコンの風の向こうで聞こえ、屏風を背に、黒髪の衣裳を着て立っているのは、何も持たない裸の自分でした。違う、こんな空気じゃない、黒髪はこんな世界じゃない。こんなはずじゃなかった、自分にはもっと出来る、そんな悔しさと情けなさが残っただけです。お腹の中に、抱えきれないほどの思いを抱いてしか、踊りきれない世界でした。
その扉に手をかける間もなく、身動きが出来ず横たわっていたのは、ただの私の抜け殻でした。
師匠から伝わってきたものが、私という体を通ってお弟子さんに流れていく。それが実感できたとき、大きな喜びを感じます。美作流の踊りに嬉し涙を流しもします。でも、それに気がついたとき、同時にひどい空虚感に襲われます。成長した姿で、舞台の上で輝いているお弟子さんの傍らで、神経をすり減らしぼろぼろになっている自分がいる。何十人ものお弟子さんを抱え、それぞれを輝かせる踊りを作る美作のお家元とはくらべものにならないけれど、師匠はいつもこんな気持ちだったんだろうかと、やっと今振り返っています。そして、たとえぼろぼろになったとしても、それでも美作流の踊り手として見るに耐えうる踊りを踊れるよう、精進しようと心に誓った日でした。
自分の踊りを踊りたい、本当の自分の踊りを踊ってみたい、これほど強く思ったことはありません。
写真は、こどもチームとその保護者。
大人はなぜか遠慮がちに撮影隊。
女性たちの写真はまた次回