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アロマな日々

一条の光に誘われて歩くうちに、この世とあの世を繋ぐ魔法の世界に紛れ込んでいました。夢のワンダーランド体験を綴ります。

映像の中に見る‘気功’雑感

2005年08月13日 | 日々の泡
気功教室が始まる前に、ある人が「『スターウオーズ』は気功の映画だと思う。」という言葉をぽろっと洩らしたのです。通常なら、この手の映画を観るために劇場にまで足を運ぶなどということはまず絶対にない私ですが、‘気功’の映画を見逃すわけにはいかないと思い、心わくわくと映画館に出かけました。結果は、惨憺たるものでした。宇宙的な場面や、気功の世界を髣髴とさせる、それらしい言葉も時々は出てくるのですが、私にとっては、この映画は「大画面・大音響の豪華スペクタクル巨編」以外の何ものでもなかったのです。片や、「星になった少年」は、観る前は、さして期待もせずにいたのですが…予想に反して、その雄大さのレベルからみると衝撃的ともいえる感動的な映像の連なりの作品でした。一つの作品として、この映画を‘好き’かと問われれば、首を縦に振るには、いま一つちょっと違うものを感じてはしまうのですが…。何故なら、この映画の中で描かれている「家族愛」とか「少年の夢の実現」とか「動物たちとの触れ合い」とかのキャッチフレーズには、さして心が動かないからです。一つの作品として‘好き’なのではなく、一つの場面場面、一つずつの映像に限りない無限(夢幻)の美しさや宇宙的な雄大さを感じて、心が揺さぶられたということなのです。ランディという小象と出会ったことがきっかけで、少年は、自分が象の言葉や気持ちが読めることに気づき、象との交流にのめり込んでいくようになります。象は遠く離れていても、仲間の気持ちや仲間の危機を感じ取れる動物だそうです。ランディの顔面には3つの白斑があります。私には、それは単に色素が抜けただけにしか見えないのですが、少年にはその白い部分が3つの星に見えて、ランディの顔に宇宙を感じ取るのです。少年の母親が「あの子はどんどん普通ではなくなっていく。」とつぶやく場面があるのですが、私はその時思いました。人が本質に近づいていけばいくほど、世俗の見方からすると、普通でなくなっていくのは当たり前のことかもしれない、と。この少年は、象使いになるために、タイのチェンマイ北部に1年半強滞在するのですが、1年半経ってやっと「少しは神様と仲良しになれた気がする。」と語ります。しかも、彼は「ただ好きなだけじゃダメなんだ。生きていくための(人間との共存のための)ルールを教えなくては…」という、象に対する愛ある厳しい一面をも忘れてはいません。こちらの映画の方がよほど、‘気功’の世界を感じさせてくれる内容でした。私はこの映画の筋を追うつもりはありませんので、説明不足だらけで、結局何が言いたいのかが不明確で申し訳ないのですが、一つだけはっきりと言えることは、柳楽優弥君の見事な象使いぶりを見られるだけでも、この映画を必見の価値ありと推薦できる気がしているのです。とにかくすごい!チェンマイでの象の背に乗っての、象使いたち(その中の一人に柳楽君がいます。)のゆったりとした川下りの場面は圧巻です。それにもう一つ、坂本龍一氏の音楽の素晴らしさも見逃せません。悠久の時の流れを感じさせてくれます。タイトルがまたいいのです。「星になった少年Shining Boy & Little Randy」なのですから…。星になった主人公の哲夢君は本当にShining Boyとしか言いようがありません。

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