

私が現在、愛用しているアロマは、日本においては、唯一無二のものです。広く一般に市販されているものとは違い、ディフューザーという燻蒸器で液体状のアロマを空気中に燻蒸するものです。

このアロマと、私との出会いは、極めて自然なものでしたので、何の躊躇もなしに使い始めました。最初は単なる愛用者に過ぎなかったのですが、ほどなく、このアロマの背後には‘ビジネス’が拡がっていることを知るようになりました。長いこと、組織の中で生きてきた私には(今も生きていますが)、投資の概念や経営感覚などは皆無でしたので、いくら、このビジネスにおけるシステムの素晴らしさを説明されても、マーケティングの知識に弱い人間に付け込もうとしている、世の中によくある、結局は実りの少ないビジネスの一つに過ぎないのではないか、私は彼らのかっこうの餌食に過ぎないのではないか…という判断の域からは一歩も外へ出ることが出来ないでいました。

けれど、騙されたつもりで、勉強会に出続けているうちに、そして、恐る恐る活動の真似事を繰り返しているうちに、自然と、私はこの仕事の魅力にアクセスできる瞬間を体験できるようになっていったのです。

この事業は、確かに、基本的には、そんなに簡単なことではありませんが、いままでにはまったく知り得なかった世界を知るようになったことによって、この世の中には、これまでの私には想像も出来なかった価値観や人々が存在していることを学ぶようになりました。そのことによって、これまでは決して味わうことの出来なかった、生きることの楽しさや悦びを感じ取れるようにもなってきているのです。一番の不思議は、自分は無力だとか寂しいとか虚しいとかの気持ちに襲われることが非常に少なくなったいうことです。人に対する自然で暖かい思いやりの気持ちも蘇ってきたのです。この事業に関わっていると、ある意味、すごく原始的に生きていくことが出来るのです。組織の中で生きることの過酷さや遣りきれなさを骨の髄まで味わってきたからこそ、この事業のコアの特質を感じ取れているのかも知れません。新しい体験に触れる度に、意識もどんどん変化していくのです。絶対出来ないと思っていたことが、段階を踏むたびに、もう出来ないことではなくなっていくのです。そうした意識の変化と共に、人と人との関わりにおいても、いろいろな不思議なことが起こってきます。恐らく、その体験はこの事業に関わる人によってさまざまなものになるのだとは思いますが、少なくとも、誰にとっても、この事業に出会う前の生き方からは絶対に生まれてはこないような性質のものであるために、その魅力の核にコミットできた人はそれぞれに生き生きとした雰囲気を醸し出すようになっていきます。

私は、いつの頃からか、「もう頑張らない!」という姿勢を持つようになっていました。現在の職業生活の中で、頑張ろう!という前向きの姿勢を持つことは、自分の本質に深いダメージを与えてしまいかねないことを察知していたからです。どんなに力を尽くそうと、それで自分が満足するのならいいとしても、そのことで何かの見返りを求めようと考えるのならば、それは命取りにもなりうる危険な行為だとも分かってしまっていたからです。こうして、私は少しシニカルになり、皮膚移植が必要なほどのケロイドを心に作ってしまわないような術を覚えていきました。

ところが、この事業の世界には、そんな虚しい気持ちを駆り立てる仕組みや要素が見当たらないのです。私の心が拡がっていけばいくだけ、そこに展開していく世界も拡がりをみせてくれるようになっています。私が、私のために頑張ることが私自身のためになるばかりでなく、私のチームのすべての人の豊かさにも繋がっていくというシステムで成り立っているのです。

事業そのものに、模索期・発展期・爆発期があるように、個人の活動にも、模索期・発展期・爆発期という段階があるようで、模索期には、やることなすことが上手く行かないことが多いのですが、ある時、ふっと、風がこちらに向かって吹いてくるような瞬間が訪れます。もちろん、模式図どおりには行かないでものですので、それぞれの段階にも、小刻みにいろいろな波は押し寄せてはくるのですが、とにかく、生きている…という実感が伴う、極めてプリミティブな生き方が実現してくるのです。

出し抜いたり、追い越したりということが不可能なシステムの中で、私たちはチームの総合力で、相乗効果を発揮しながら、この事業の発展を目指していきます。たぶん、こうした人間の思いが結集する‘場’には、人間が成長を遂げる時に必要とされる種々の条件や要素が発生してくるのだと思います。その点についての分析はこれからになりますが、私は、思いがけずも、自分の中の柔らかな心をしっかりと守ってくれる盾を、今、期せずして手にしているという気持ちに包まれているのです。