goo blog サービス終了のお知らせ 

南の島で幼稚園の先生になろう!

活動から19年。現在も現地の教え子や家族から連絡があり、素敵な人と出会えた青年海外協力隊生活に感謝しかない。

元現地の教え子の最近

2007年08月27日 | ミクロネシアの小学校
写真は学校の校門?前にあるよく生徒がたむろするところ。

そこになんと?僕の昨年の教え子の1年生が早速、たむろしてました。

10時過ぎの休みに買い食いして、ラーメンを食べるなど(ここでは、普通のお湯で炊いて食べるラーメンを袋の上から叩いて、粉々にしてベビースターラーメンのようにしておやつ代わりに食べています)、かなり学校の自由な生活を満喫?しているようです。

学校の休み時間は、先生も完全休業で子どもを見ることがないので、子ども達のある意味し放題かな?

ルールもあるのかないのか小学校のことは分かりませんが、先生自体がおやつ食べたりしているから、しょうがないかな?

教え子の全てがこの学校に来ている訳ではなく、私立に行く子ども、前にも話したように今年はもう一年家にいて、来年なり再来年なりに学校に行く子どもなど様々です。

5歳の幼稚園、6歳に入学できますが、絶対ではないので、家庭の事情や考え方で入学する時期は変わります。

日本の考え方からすると?って思うかもしれませんが、同じ学年に異年齢の子どもがいても、別気にせず(いや分かってなかったりして)仲良く遊んでいるから、問題ないのかもしれません。

逆に親が子どもの状態を見て、この子はもう一年学校へ行くの遅らせた方がいいかなって、子どもの状態を見れる良さもあると思います。
確かに幼稚園で、ゆっくりペースだった子どもが、あまり小学校にきていないように思います。

基本的に学校は無料ですので、家庭の経済的事情で行くのを遅らすことは少ないように思います。もちろん鞄やノート、鉛筆は家庭で買わなくてはいけませんが。

今日もタクシーに乗って山の脇道に入っていくと、小学校にまだいっていない元教え子の姿も見えて、手を振ると元気に振り返してくれました。

昼休みになると僕は、昼食を食べに家に帰るのですが、その時も時間が一緒だと、元教え子の1年生と一緒に歩いて帰ります。

みんな一回りも二回りも大きく見えます。
どこの国でも、子どもの大きくなりたいと言う願い、成長したことの喜びが自信へとつながっていくのは、同じだなって思います。

大人になってもその輝きをずっと持ち続けていて欲しいです。

またそんな大人になるために、ほんの少しでも力になれればと微力ながら思います。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

広域研修4日目

2007年08月03日 | ミクロネシアの小学校
今日は広域研修4日目。

昼にはマーシャル隊員が飛行機に乗るので、今日は午前中のみ。

修了証書を所長から1人1人に手渡してもらいました。

その直前に鳴門教育大学が作った本を所長が全員に配布してくださることに。

その後、隊員で集まってドミで広域研修の降りかえりをして、昼からはPICKUPにのって、ポンペイ一周旅行のガイド。
PICKUPの後ろに乗っていただけだけど。ナンマドール・ケプロイ・パリキールと数少ないポンペイの見所を案内して、ダッシュでドミトリーへ。
でも乗りながら仕事。それは今日新調整員の歓迎の曲を作らないといけないから。

なぜなら新しい調整員の歓迎会が開かれるから。
今回はローカル仕様にしようと、途中で立ち寄った農園でバナナの皮を食卓に引き詰めて。
歓迎会始まってからメンバーと練習して、ぎりぎりセーフで曲披露。

新しい調整員のかたから、「曲も良いけど、詞がとてもいいって」言ってもらいました。

曲作りって難しい。1週間ー2週間かけてもできないときあるし、すぐに作れることもある。

こうして曲を次々披露する度に
僕がハワイに行っている間に帰国した愛すべき仲間に曲を披露できなかったこと(実際はつくったんだけど)が悔やまれます。

ほんとに2人ともごめんなさい。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

広域研修3日目

2007年08月02日 | ミクロネシアの小学校
今日は、広域のメインのポンペイで一度開催したオープンクラスをリニューアルして、広域研修の場で発表します。
今回子どもはいないので、参加者の先生が子ども役になって。

オープンクラスをするローカルの先生は、真面目でいつも一生懸命。
尊敬すべき存在です。

以前のオープンクラスでは、かなり観客に飲まれていたけど、今回は堂々たる物です。

生徒役の先生もちょっと脱線しそうになったけど、理解が難しい子ども役になったりと子どものことをちゃんと理解していることが改めて分かりました。

大学の先生からもこのようなワークショップが開かれることに驚きましたとコメントを頂きました。

昼からは、これから各国がどのようなワークショップをおこなっていくかをアクションプラント言う形で発表。

夜は、教育局が急遽、このワークショップのために開いてくれるパーティーに参加。

僕たちのワークショップが現地にも認知されていること、そして歓迎されていることがわかって、嬉しい一日でした。

そのあと、この国の算数スペシャリストであり、今僕たちと一緒にワークショップを開催している責任者とお酒を飲みながら、これからのワークショップの展望、またこのワークショップの意義を再確認。
こうして、一歩ずつ現地の人と理解を深められるのは嬉しい限りです。
僕の本来の幼稚園の仕事ではなく、小学校ワークショップでのことですが。

これでいいのかな?もっと本来の仕事で力を発揮すべきなのか?悩みは尽きませんが。
今やれることを精一杯しないとね。と自分に言い聞かせながら
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

広域研修2日目

2007年08月01日 | ミクロネシアの小学校
いよいよ今日から2日目。広域突っ走ります。

午前はカントリーレポート。僕もコメントするはずだったのですが、諸事情でバトンタッチ。まあ輪を大事にしないとね。大事にもして欲しいけど。

カントリーレポートは、ローカルティーチャーと一緒に考えて、作りました。
時間は掛かったけど、その分急遽、ローカルティーチャーがコメントを変えたりと意欲がひしひしと伝わってきました。

昼からはJOCVとカウンターパートに分かれて話し合い。

それぞれが悩んでいることを話し合うことができました。

夜は、マーシャル隊員がどこにも行けないので、この島一番のロケーションがいいホテルで食事会。
今回マーシャル隊員には申し訳ないことしたけど、どうかこれでご勘弁って感じです。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

みんなで野球をしよう in ミクロネシア

2007年03月01日 | ミクロネシアの小学校
このポンペイでBASEBALLのことを「YAKYU」と言います。そう「野球はやきゅう」そのまま。このようにポンペイには太平洋戦争(あえて第二次世界大戦ではなく)までの日本統治時代の言葉がたくさん残っています。

今日の本題は「YAKYUU」。
普段はとても厳しい校長先生なのですが、とても子ども達が大喜びする事を考えてくださいました。
それは学校内の野球大会。それも7年生8年生(ポンペイの小学校は日本で言う小学1年生から中学2年生までの8学年制です)の子どもと先生達が同じチームに混ざって6つのチームを作って、トーナメントで戦います。

僕は第2チームにちゃんと名前のスペルを少し間違えられながらも、ちゃんと書いてくれました。今日僕のチームと戦うチームの子どもは「僕が勝つからね」と言ってくれたり、普段話しかけてくれることのない同じチームの先生と話をしたりと、学校中がなんだか楽しそうです。

いつも準備をするのがゆっくりな先生も、2時15分開始30分前にはバッターボックス(白い粉などないので砂浜の砂)やベース(お米の袋に砂を入れた物)を用意しています。

正直、子どもを楽しませると言うより、自分が野球がしたくて仕方がないからですが。

先生達って良いように言うと子どもの心を持ちすぎているくらい純粋です。
ただそれが行き過ぎて先生なのに、子どもに分かるように教えるという部分まで欠けてしまっては困るのですが・・・

この島の野球熱の凄さは、先生全員、男女関係なくみんな好きですし、上手です。

もちろん子ども達も男女が入り交じっていますが、みんな野球が出来ます。
野球をすることが出来る人口比率は、間違いなく世界でNO1です。

授業はいつも3時までありますが、今はもちろん2時15分、いや2時にはおわっているなあ。子どもはもちろん、先生がそわそわしているから。

今日は僕のチームが戦い、僕はショートで5番で出場。このメンバー表も2人の先生が「これメンバー表だけどこれでいい」と僕に確認に来てくれました。これってもしかして、いや確実に授業中に書いたんだよね?
凸凹のグランドでボールの処理を謝りミスをするとすかさず、生徒から「先生はセンター守って」とセンターと交代。ヒット性のフライも捕ったし、2打数一応2安打だし、ホームベースも踏んだから一応合格かな?

試合が終わった後も今日出ていない先生達中心に練習開始。

僕は子どもや他の隊員とキャッチボールして遊んでいたけど、本当に野球に対する思いはかなり熱いです。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

感動

2007年02月23日 | ミクロネシアの小学校
今日は午後から仲間の隊員4名と行っている現地の小学校の先生向けの算数ワークショップ。今日で3回目です。

ワークショップの内容は、現地の先生が算数の授業の教え方を向上させるために、実際に子どもがいる状態で実際の授業を行うオープンクラス形式。

1回目、2回目と我々の仲間の隊員が行ってきましたが、今回は、ローカルの先生が授業を行いました。

昨年9月にこのプロジェクトに私は参加し、このポンペイで初めてであろう公開授業を皆で力を合わせて実現でき、そして次の隊員もそのバトンを受け継ぎ2回目のワークショップを行い、とうとうローカルの先生が私達がサポートしながら授業公開してくれたと思うと、授業が始まるときに涙こそ出ませんがジーンとこみ上げてきました。

そして参加者の先生達も1回目2回目とどんどんこのワークショップの主旨を理解してくれ、聞く姿も真剣そのもの。その姿、ワークショップの雰囲気にもますますジーンときました。

ECEでの活動は、このワークショップのようにすぐに結果が現れるものではありませんし、悪戦苦闘?していますが、このみんなで力を合わせたワークショップは本当にいろいろなハプニングもありながら(実はローカルの先生が病気になったり、他の先生が出産になったりと一時は開催が危ぶまれていました)実現できました。

もちろんたくさんの人間が集まればそれぞれの考えが違うこともあるし、それぞれの役割も異なり、みんなが自分が自分がと前に出ていては収拾がつかなくなります。

そういう意味でも僕達4人は、それぞれが持っている力を良いように出し(僕以外は)、1人では考え付かないことを皆がいることで様々な知恵やアイデアを出し合って、ここまで漕ぎ着けることが出来ました。

もちろん100点満点なんてありえませんが、予想外の出来にとても満足しています。

これからも常に新たなるもの、このミクロネシアにとって何が必要なのかを4人で力を合わせて活動することができればいいなあと思っています。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

野球チーム優勝 でも複雑な心境

2006年12月14日 | ミクロネシアの小学校
今日、午前中に急に電話があり、「明日予定だった決勝戦が今日に変更」。

急いで校長先生や校長代理の人、子どものいる各教室、バスの手配などばたばたして、用意をしました。
僕の一番重要な水を持って行くことも。

前に戦って勝った相手でしたが、今回はかなりの接戦で1点差で勝ちました。

やったー優勝だと言いたいところですが、子ども達の顔もあまりさえない。

今回は村対抗だったので、隣の小学校との合同チーム。今日は11人いるレギュラーのうち、僕の学校の子どもは、1人だけ。

いつもは2-3人出ているのですが、メンバーの書き間違えでいつもレギュラーだった子どもまでもでられなくなって、「変更してくれ」って隣の学校の先生に話したら「分かったそうする」と言いつつ最後まで変更なし。

隣の学校の方が、グランドも大きくて、練習もいつでも出来るし、上手な子が多いので、レギュラーが多いのはしょうがないけど、正直最後まで隣の学校の先生にはかなり不信感。
メンバーを決めるときもいつも「BEST OF BEST」といいつつ、決めようとすると「後から決めよう」とはぐらかされて、いつの間にか殆ど自分の学校。

「この子の方が上手いよ」と言っても「わかったいつでもメンバーは代えられるから」と言われつつそのまま。

今日は僕の学校の先生まで怒ってしまいとうとう切れてしまいました。優勝したはずの喜びのバスが先生達の怒りの渦。

それはコーチの名前を書く欄に7人も名前が書いてあるのですが、全員隣の学校の先生の名前。これって隣の学校だけでやったってこと?

僕はそれよりも心配なのは子ども達のこと。

確かに僕の指導不足や子ども達本来の力不足もあったけど、僕が学校の野球の責任車になったことで、本来試合に出られる子どもまで、試合に出られなかったのではないかということ。

つまり僕が日本人だからって向こうの先生に相手にされていなかったのではないだろうかということ。そしてそのことが子どもに影響していたら、凄く申し訳ない気持ちでいっぱいです。

子ども達も、「Hiroがコーチだから僕たちは試合に出られない」って感じているのではないかなと。

いつももっと小さな子どもを相手にしているので、大人の問題に直接影響することが少ないのですが(小さい子どもの方が敏感なのですが)、大きな子どもになると今日のように大人の人間関係が直接表面化してしまうので、難しい。

そして、試合に出る出ないにかかわらず喜びを分かち合えなかった子ども達をみて、大事なことを伝えられなかったなあと思いました。

自分なりに合同練習の手配をしたり、保護者の承諾書をもらったり、枚か入れsんしゅうするのに校長の許可をもらったり、男女一緒に出来るように同僚に助けをもらったり、手を尽くしたつもりだったのですが、まだまだ力不足だったなあと実感しました。

一生懸命したつもりが、逆の結果を生んでしまうこともあるのかな?と

難しいですが、でも現状維持ではなく、自分で出来ることをやってみながら答えを出していくしかないです。自分の力不足も含めて。
コメント (3)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

教えるより自分やりたいポンペイの人たち

2006年12月13日 | ミクロネシアの小学校

金曜日に野球の決勝戦を控え、ドライバーのごたごたもあるので、隣の学校に行くことは難しく、でもモチベーションを保つためには練習しないと。

今日はいつも色々チェックされる校長先生も留守だし、子ども達に2時30分から練習するからねと各教室を廻って練習開始。

なぜだか選手じゃない子どもも混じっているけど「まあいいか?」って感じで、練習しました。

最初はキャッチボール・そしてノック、最後はバッティング練習。

そこで登場したのが、僕の同僚のセニータ。

「今日練習を一緒にしようよ」と声を掛けたけど、「あなたがすればいい」と言われたけど、僕たちの姿を見てやりたくって仕方なかったみたいです。

もうひとり司書でいつもボールは何個あるの?グローブは?とチェックするも彼女もいつのまにやら守備についていました。

自分が子どもに教えるより、自分が一緒に楽しみたい。
そして自分で野球を始めるのは、何かあったときに責任が生じるから嫌だけど、誰かがしてくれるなら参加したいっていうポンペイの方々の性格が非常にわかりやすくでていた一コマでした。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2nd ステージで2連勝で全勝だけど優勝はしてませんでした。

2006年12月12日 | ミクロネシアの小学校
幼稚園教員での派遣なのですが、今はもっぱら野球隊員?

今日は朝から校長先生は親戚のお葬式で不在で、昨日からもめている学校に2人いるドライバー同士のもめ事?を上手く納めて、どうにか町まで子ども達を試合に連れて行ってもらわなくては・・・

どちらにも話をして、一応解決かな?

雨で試合は何度も中断し、一度は8点差くらい負けていたけど大量10点を取り、11-10で勝ちました。

これで有償化と思いきや、なんとこの2ndステージに勝ち残った4チームの全勝チームと僕たちに負けたチームがもう一度戦って勝った方がまた僕たちと対戦する模様?たぶん。
でも今度勝たないと優勝でないことだけは確かです。

幼稚園の仕事もこなしていますが、今は朝から試合に行くときなどは、ドライバーに交渉して、各生徒に集合時間を連絡して、子どもの担任の先生には「選手は早く家に帰してご飯を食べらられるようにしてください」っていわないといけないし、
雑事に追われています。
でもこの学校では、それをするのが僕の仕事でもあります。

正直技術移転には、ほど遠いですが、子ども達がベストで物事に挑めるように、大人の都合で子どもを少しでもあたふたさせたり、がっかりはさせたくないです。

本当にただそれだけでやっています。

まさしく自分で言うのも何ですが裏方そのものです。
一応これでも学校の野球のボスってことになっているのですが???

金曜日、勝敗にもこだわりたいですが、子どもが野球していて良かったと思えるようにドライバーの手配から道具運び、18リットルの水を用意したりとマネージャー業に精を出します。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

野球連戦連勝です。

2006年12月11日 | ミクロネシアの小学校
この写真が何で野球って感じですが、これは町の野球場に試合へ向かうためにトラックの荷台に乗っている写真。
一緒にいるのは、隣の小学校の子ども達。

この野球大会は、島の村対抗で、僕のウー村は2つの学校が一緒になって戦います。(村には2つしか学校がないので)

今日は、試合に行く為、学校のドライバーにお願いしていたのですが、何か手違いがあり、ドライバーは怒ってしまって僕を乗せてくれないので、隣の学校の子ども達と一緒に試合場へ。

この大会では色々勉強になりました。

僕は僕の学校の一応代表のコーチで、学校で練習するのも、合同で連取する手配をするのも、選手を決めるのも、子どもが参加できるように親に承諾を手紙でとるのも、道具を管理するのも全部僕の仕事です。これが本当に一筋縄ではいかないのです。この島の難しさを実感。一言で言えば、間際までしない、誰かに頼る、何かトラブルと僕の責任に何故かなるって感じです。

練習はもちろん、試合も子どもを集めて野球場に行ってさあ始めるぞって時になって、急遽中止になったりしたこともありました。

ここで思ったのが、こんな事をしていたら子どもは大人のことを信じなくなる、一生懸命してもどうせ駄目なんだってっていう気持ちに陥ってしまうと心配になりました。

まだまだ今回の野球のコーチでももっと僕が努力したら子ども達が練習する機会を持てたなあと反省していますが、いつも子どもの味方でいようと。

でも練習が上手くメイキング出来なかったときなどは、子どもはその背景になる様々な大人の理由は分からないので「HIROどうしてできないんだ」などなどかなりきついことも子どもに言われたこともありました。

決して現地の先生には言わないであろう言葉だと思います。
でもそれが彼らの本音なのだと思います。そして「練習したいんだ」という気持ちを僕にぶつけてくれることは今になって、彼らのまだまだもっている未知の可能性なのだと感じられるようになりました。

正直、一生懸命練習をしようとしても、周りの先生の了解が取られなかったり、一所懸命やってもからまわり、そして子どもは僕にいらだつという悪循環の時期もありました。

僕は幼稚園の先生なんだから、こんな小学校の仕事を頑張って子どもに当たられたのではあまりにもむなしすぎるって思ってしまったこともありました。

でも今は、不戦勝も含めて3連勝で明日はいよいよ決勝戦。

試合のメンバーも隣の学校の生徒がたくさん出て、僕の学校のメンバーはなかなか試合に出してもらえず、これって僕が日本人で、同じチームの隣の学校のコーチは現地人だからなのだ。「ごめんな僕の学校の子ども達」と思うこともありますが、
でもとりあえず今、彼らは勝つことの喜びを感じています。

また隣の学校の仲間と一緒に戦う喜びも。

僕がなにもしなくてももちろん実現したことでしょうが、頑張ったら頑張っただけの答えは返ってきたのかな?と自分では考えています。

隣の学校の子ども達とも仲良くなるなど、何かを始めると新たな出会いがあり、そこには必ず喜びや学びがあるのだと改めて感じています。

野球の試合のことを書くはずが、ここまで至る経過を事細かに書いてしまいました。

常に勉強。そのためには何事もやってみる。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

心は空にように晴れやかではないけど・・・

2006年11月06日 | ミクロネシアの小学校
今日は、午前中はスキップジャンケンをしたり、数字の8を教えたりと子どもと楽しく過ごせましたが・・・

10時からの学校の休みの時間になると先生達が「HIRO、野球の練習をしないのか?」「もうそろそろ隣の学校と合同で練習してメンバーを決めないといけないよ」と。

あなたも野球チームのコーチなんだから人ごとみたいに言わないでくれよ。

早速、校長に話をして、今日は会議がないので、隣の学校に子どもを連れて行って良い、授業も野球選手の子どもは2時15分でいいよと言ってくれました。

本当は2時30分だったんだけど、前に校長先生ともめて、その時「特別だぞって2時15分にしてもらいました」(まだあの約束は生きていた)

次は隣の小学校に電話を同僚にしてもらいましたが、隣の小学校の校長先生にも僕から電話をしてくれって同僚が言います。???

結局同僚は隣の小学校の校長とアポがとれず、僕が電話すると「良いよ」と一言で済みました。
後はバスの運転手さんに2時15分に子どもを連れて行ってもらうようにお願いして、今度は各クラスを廻って「選手の子は2時15分に集まって。隣の小学校に練習に行くよ」というと大喜びの子ども達。

こういう姿見ると、やっぱり頑張ってしないといけないなあと思いますが、
むこうについてからも同僚は「ボールはいくつあるんだ?」「子どものバックがなくなっているけど、あなたが持っているんでしょう?」「バットはどこにあるの?」などちょっとは自分でしてくださいよ。そしてなんでも僕に責任かぶせないでくれよってかんじです。

正直、責任取るのはいや、全部あなたがしてくれるなら私もするっていう感じがみえかくれします。

こんな風にぼやいてみても仕方ないですが。

こうして、現地のことを良い意味でも、そうでない意味でも感じていくのだと思います。

動けば動くほど、自分の気持ちが落ち込んでしまうことがありますが、落ち込む前に次に進むようにします。

折角来たんだから、なんでもトライしなきゃね。

180度の虹を人生で初めて見ました。
感動です。

嫌なことがあってもすぐに良いことが待っているこの島はやはり楽園なのかも?
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

頭を抱えるメンバー発表

2006年11月01日 | ミクロネシアの小学校
昨日は、実は野球チームの出場選手の締め切り日でした。


まだ子どもの名前も覚えていないけど、急に今日中に出さないと駄目って言われて、せめてもう一度練習して顔と名前が一致してからっていったけど、校長先生に「時間がないから駄目」って言われて、周りの先生に相談して決めました。

張り出したら、急に一緒に決めた先生から「これはだめ、こうして」と2-3人の変更を余儀なくされたり、子どもから「どうして僕じゃないの?」ってきかれたり、
辛かったです。

でもこれは最終ではありません。村対抗なので、隣の学校と合同で1チーム作る為のメンバーを絞り込まないといけません。

今回選ばれた子ども達一緒に頑張ろう。選んであげれられなかった子ども達、試合には出られないけど、また一緒に野球しような。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ワークショップ準備

2006年10月23日 | ミクロネシアの小学校
今日は、朝からコロニアで働きました。

今日は、ポンペイの公立幼稚園・小学校は1学期が終わったので子どもたちは休みです。(4学期制)

コロニアで朝から金曜日に行うワークショップの準備です。

朝はまず、授業案などを印刷したり、分数のときに使うペットボトル(先生が作る用に120本)などを買いに行きました。

そして、会計などの書類を書いて、昼からペットボトルを空にする作業です。

ペットボトルを分数の1に見立てて、水を入れるので、一度中を空にしておく必要があります。
問題は120本のペットボトルの水。
捨てるのはもちろんもったいないので、事務所の大きなミネラルウォーターのボックスに入れましたが、それでも余ってしまい、事務所近くのお店に空の大きなボックスを探して、やっとみつけた法律事務所の空のボックスに水を入れることができました。

あとは荷造り、金曜日の午後に授業のために残ってもらうときに食べるランチを予約してほぼ終了。

2ヶ月前に急に計画が立ち上がったこのワークショップ。
算数の小学校隊員2人と僕と高校の算数教員と普段はばらばらに活動していますが、こうしてポンペイの算数をどうにか向上したい、もっと先生たちに子どもの立場に立って教えてほしいという願いをもって活動しています。

こうして順調に進んでいるのは、なによりも人間関係が円滑だということです。

4人ともとても仲がいいので、仕事を分担するのも話し合いをするのも、意見を出し合いながらもスムーズに進んでいきます。

それは、この国で現地の先生との関係でも言えることだと思います。

人間関係・信頼関係こそが、活動の原動力だということです。

しかし、人間関係を良好に築くのはたやすいものではありません。

互いに文化・習慣・言語が違うもの同士がどう築いていくか?

同じ日本人同士でも難しいことが多々あるのに・・・

でも逆に違うからこそ近づける、築けることもあるように思います。

やはり、相手の気持ちに近づくことだと思います。それも自分の信念や思いをしっかり持ちながら。

単に自分の考えのおしつけでもだめですし、相手に同調するだけでもだめ。
お互い同化する事はないかもしれませんが、違いを認めつつ近づく、近づきたいと思う気持ちが大切だと。

このことを肝に、命じて活動をしていきたいと思います。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

子どもの気持ちをわかる人に

2006年10月04日 | ミクロネシアの小学校
スポーツアクティビティー
11月にあるポンペイのスポーツ大会。島にある5つの村の対抗戦です。
僕は学校で野球チームのコーチをします。

子どもたちが「練習したい」というので、「じゃあ、今日から放課後しよう、みんなグローブ持っている子はもってきて、ない子で友達から借りられる子は、借りてきて」と言ったものの、他の先生からクレームが・・・

この国では、放課後子どもが残るとき、またこういう行事に参加するときは、保護者のサインがいるそうです。なんということだ。
この時間にルーズな国にそんなシステムが存在するなんて・・・
そこで妥協策は、ランチタイムに子どもと一緒に野球をすること。
ランチタイムなら、大丈夫だと。
それで昼食を早く食べて、すぐに学校に戻って子どもと練習をしました。

せっかく子どもがしたいと思っているときにこそしなければ。

職場でも小学校でも、僕はなにがあっても子どもの立場に一番近い人でありたいと思います。同僚ともうまくやっていかなければなりませんが、自分を偽ったり、ごまかしたりせずに、いつも子どものことを第一に考え行動できる人で居続けたいと思います。
コメント (3)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

とりあえず、昼休みに行動開始

2006年10月04日 | ミクロネシアの小学校
スポーツアクティビティー
11月にあるポンペイのスポーツ大会。島にある5つの村の対抗戦です。
僕は学校で野球チームのコーチをします。

子どもたちが「練習したい」というので、「じゃあ、今日から放課後しよう、みんなグローブ持っている子はもってきて、ない子で友達から借りられる子は、借りてきて」と言ったものの、他の先生からクレームが・・・

この国では、放課後子どもが残るとき、またこういう行事に参加するときは、保護者のサインがいるそうです。なんということだ。
この時間にルーズな国にそんなシステムが存在するなんて・・・
そこで妥協策は、ランチタイムに子どもと一緒に野球をすること。
ランチタイムなら、大丈夫だと。
それで昼食を早く食べて、すぐに学校に戻って子どもと練習をしました。

せっかく子どもがしたいと思っているときにこそしなければ。

職場でも小学校でも、僕はなにがあっても子どもの立場に一番近い人でありたいと思います。同僚ともうまくやっていかなければなりませんが、自分を偽ったり、ごまかしたりせずに、いつも子どものことを第一に考え行動できる人で居続けたいと思います。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする