わが輩も猫である

「うらはら」は心にあるもの、「まぼろし」はことばがつくるもの。

花束外交の現実性=伊藤智永

2009-01-31 | Weblog




 連載「アメリカよ 新ニッポン論」で、日米の首脳同士が広島と真珠湾を相互訪問するアイデアを紹介した(1月3日朝刊)ところ、各紙に同じ意見が掲載され、意を強くした。

 慶応大学の渡辺靖教授(米国研究)は16日の日経新聞「経済教室」への寄稿で、「理想と現実の二兎(にと)を追う」オバマ政権の大幅な核軍縮を目指す決意に応え、日米首脳が広島・長崎と真珠湾で「献花し合うことが提案されてもよい」と提言した。

 25日の読売新聞では、米ブルッキングス研究所研究員の飯塚恵子政治部次長が「今、オバマ氏周辺では、大統領訪日の機会があれば広島を訪れるべきだとの声がある」と報じている。

 だが、外務省の反応は鈍い。理由は「大統領を広島に呼ぶには、自衛隊のアフガン派遣くらいの条件を出さないと……」「首相は真珠湾へ行く前に靖国神社参拝を、というナショナリズムを刺激してしまう」など。

 半世紀前の日米安保改定で、官僚たちが旧条約の本体を残す微調整で乗り切る準備を進めていたのに対し、岸信介首相はひそかに全面改定を構想し、米国に新条約を持ちかけた。

 外務省は仰天したが、米国は応じた。冷戦の進化に伴い、日本と新たなパートナーシップを結ぶべきだという時代認識を持ったのと、保守合同を成し遂げ、政権をつかみ、総選挙に勝利した岸に、同盟転換のリーダーシップを認めたからだ。

 外交は内政と連動し、時に官僚の小才を超えて動く。次の総選挙後、「対米関係を重視するが追随一辺倒はやめる」という民主党が勝ったら、意外に花束外交が日米のダイナミズムを突き動かすかもしれない。(外信部)





毎日新聞 2009年1月31日 東京朝刊


アブダビ流=福本容子

2009-01-31 | Weblog




 ホーサニー君は5歳。現在、ひらがなの読み書きに挑戦中だ。この日はサ行をおぼえた。横書きで「しお」「すいか」「あさがお」。傘の絵の隣に書いたのは「さか」? 母国語が右から左に書くアラビア語だから、たまには間違う。ご愛嬌(あいきょう)。

 アラブ首長国連邦(UAE)の首都アブダビで日本人学校の幼稚園を訪ねた。園児26人中、ホーサニー君を含む4人がアブダビの子供だ。「1年前は座らせるだけで大変でしたが、最近は教えていない日本語も知っていたりで、驚きます」。森本裕子先生がうれしそうだ。

 優秀な人材を育てるには国際教育が大事。そう言ってムハンマド皇太子が発案したそうだ。フランス、中国、ドイツのアブダビ校にも、同じくUAEの子供の受け入れを頼んだという。

 何でも自前、ではなくて、海外の優れたものを片っ端から取り入れながら、レベルアップを目指すのが今のアブダビ流か。経済企画庁で国家の長期戦略を練る高官はシンガポール出身。昨年、発刊した英字高級紙の編集長は、英デーリー・テレグラフ紙の元編集長。伝統文化のタカ狩りを支える鳥類の治療研究機関もドイツ出身の専門家が所長を務める、といった具合である。

 英語は当たり前。国立大や多くの高校は、一般科目も英語による授業だ。最近は国立の幼稚園でも英語を教え始めた。するとアラビア語がおろそかになる心配が出てきて、国語教育も頑張らないといけなくなった。

 外国語、国際化って熱を入れると、国語力が衰えたり、国民らしさを失ったりする。そんな意見を日本でもよく聞く。だけどそれは、熱を入れすぎた国が心配すればいい話。(経済部)





毎日新聞 2009年1月30日 東京朝刊


まゆつばモノの定数削減=与良正男

2009-01-31 | Weblog



 「国民生活が苦しい時に国会議員も身を削る努力を」と自民党が次の衆院選マニフェストに議員歳費や定数の削減などを盛り込む検討を始めたそうだ。麻生太郎首相が指示したという。

 一見、「その通りだ」と言いたくなる話だ。しかし、歳費削減はいいとしても、定数減らしは相当くせものである。なぜか。それは選挙制度の変更とセットになっているからだ。

 衆院で考えてみる。小選挙区の300人を減らすためには合区などが必要。苦労して当選した人があぶれるようなマネをするだろうか。比例代表180人を減らすのは手っ取り早いが、小選挙区での当選が容易でない同じ与党の公明党は猛反対するに違いない。

 となると選挙制度を変えるしかない。実は自民、公明両党の利害が一致して狙っているのは中選挙区制の復活だと思う。それには「ちょっと待て」だ。

 自民党の派閥ごとに候補者も資金も集めて争うのではなく、政党・政策本位の選挙にし、政権交代可能な仕組みにする。そう言って小選挙区制は導入されたはずだ。ところが、いざ小選挙区で負けそうで政権交代が現実味を帯びてくると、再びもとに戻そうというのだ。これを世間ではご都合主義という。

 「小選挙区制になって政治家は選挙ばかり気にして小粒になった」と言うベテラン議員は多い。でも、そう語る人たちは、よほどのことがない限り自分は安泰だった中選挙区時代が懐かしいのだ。つまり、自分は落選せず、しかも、政権交代などせずに、永遠に与党でいたいということである。

 まゆにつばを付けて今後の議論を見ていこう。(論説室)





毎日新聞 2009年1月29日 東京朝刊


こころの元気+=磯崎由美

2009-01-31 | Weblog



 心が健康な人もそうでない人も、日々暮らす中での悩みに違いはない。今日も友達や恋人と、ささいなボタンの掛け違い。職場も家族も私をどれだけ必要としているんだろう。そもそも生きる意味って、何?--。

 精神保健福祉の現場で「リカバリー」という言葉が注目されていると聞く。患者を弱者に追いやっている社会を変えようといった運動とは異なり、患者本人が人生の主導権を握り、自分らしく生きていく意味という。

 この精神から生まれたのが日本で唯一の患者向け雑誌「こころの元気+(プラス)」だ。NPO法人地域精神保健福祉機構・コンボ(電話047・320・3870)が発行する定期購読の月刊誌。病との付き合い方や人間関係など、300人の読者ライターが投稿し、悩み相談にも体験をもとに答える。表紙はプロの写真家が撮る読者の笑顔で、引きこもりの若者などモデル希望者が後を絶たない。

 編集責任者の丹羽大輔さん(45)はかつて公務員から全国精神障害者家族会連合会(全家連)に飛び込み、家族向け機関誌を編集してきた。そこで思いもかけぬ出来事が待っていた。自らもうつ病を経験したうえ、全家連は補助金目的外流用が問題化し、07年4月に解散した。

 失意の中でコンボ設立に加わった。患者の目線で物事を見ることを心がけ、紙面を作る。「面白い現象があるんです」。事務局に購読をやめる人から届いたはがきの束があった。「元気をもらいました」「卒業します」。読むうちに心が安定したという感謝の言葉が続く。

 「読者が減るって、普通は残念な事ですよね」と丹羽さんがちょっと誇らしげに笑った。(生活報道センター)




毎日新聞 2009年1月28日 東京朝刊