本論は13章からなっている。
一読したところで想起されてきたのが、「丸山真男、音楽との対話」(中野雄;文春新書)のエピローグ『執拗低音とシャコンヌ』にて紹介されている逸話なのだ。

丸山真男が世を去る前年であったと思う。音大だけではなく、普通科大学で教養科目としての「音楽講座」を担当させられることになった私は、そのことの報告かたがた吉祥寺の自宅を訪れた。
たわいないオーデイオ談議に花を咲かせたあと、話題が執拗低音パッソ・オスチイナートに移った。・・・通奏低音パッソ・コンテイヌオとの区別を教えなければなりません。説明しにくいですよ。
「通奏低音はあくまでも主旋律の和声的下支えでしょう。音楽としては補助的な役割。演奏中よく聴こえるし、即興も許されるけれども、主旋律をもり立てこそすれ邪魔したり、歪曲したりすることはないです。
執拗低音になると、しばしば姿が見えなくなることもあるからね。旋律線メロデー・ラインはあるけれど、聴いていて鮮明というわけではない。動機モチーフって説明している文献があるけれど、楽理的には主題テーマと言った方が正しいんじゃないかな。たしかに譜面で説明したり、音で解説したりするのは難しいかもしれませんね」
真面目に相談したわけではない。半分冗談のつもりである。
私が上目使いに表情を探ると、丸山がかすかに微笑み、小さく首を縦に振るのが見えた。
「主客転倒ですか」
呟きのトーンが意外に明るく、上機嫌でなんとなくホットした想い出が残っている、別れはそれから1年足らずの間にやって来た。
1996年8月26日、純白の花に包まれた遺影を前にバッハのシャコンヌが演奏された。
「1挺のヴァイオリンで宇宙を描いた」といわれ、空前絶後の名作と讃えられるこの音楽は、私たちが恩師丸山真男の霊に捧げる密やかな感謝と追悼のメッセージであった。
かくのごとき執拗低音が、ここではフロジストンを巡る歴史でありラボアジェの「化学」でもあるかのように私には感じられたのであった。
MARUYAMA HEADLINE
一読したところで想起されてきたのが、「丸山真男、音楽との対話」(中野雄;文春新書)のエピローグ『執拗低音とシャコンヌ』にて紹介されている逸話なのだ。

丸山真男が世を去る前年であったと思う。音大だけではなく、普通科大学で教養科目としての「音楽講座」を担当させられることになった私は、そのことの報告かたがた吉祥寺の自宅を訪れた。
たわいないオーデイオ談議に花を咲かせたあと、話題が執拗低音パッソ・オスチイナートに移った。・・・通奏低音パッソ・コンテイヌオとの区別を教えなければなりません。説明しにくいですよ。
「通奏低音はあくまでも主旋律の和声的下支えでしょう。音楽としては補助的な役割。演奏中よく聴こえるし、即興も許されるけれども、主旋律をもり立てこそすれ邪魔したり、歪曲したりすることはないです。
執拗低音になると、しばしば姿が見えなくなることもあるからね。旋律線メロデー・ラインはあるけれど、聴いていて鮮明というわけではない。動機モチーフって説明している文献があるけれど、楽理的には主題テーマと言った方が正しいんじゃないかな。たしかに譜面で説明したり、音で解説したりするのは難しいかもしれませんね」
真面目に相談したわけではない。半分冗談のつもりである。
私が上目使いに表情を探ると、丸山がかすかに微笑み、小さく首を縦に振るのが見えた。
「主客転倒ですか」
呟きのトーンが意外に明るく、上機嫌でなんとなくホットした想い出が残っている、別れはそれから1年足らずの間にやって来た。
1996年8月26日、純白の花に包まれた遺影を前にバッハのシャコンヌが演奏された。
「1挺のヴァイオリンで宇宙を描いた」といわれ、空前絶後の名作と讃えられるこの音楽は、私たちが恩師丸山真男の霊に捧げる密やかな感謝と追悼のメッセージであった。
かくのごとき執拗低音が、ここではフロジストンを巡る歴史でありラボアジェの「化学」でもあるかのように私には感じられたのであった。
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