瀬戸内(たまに大阪)鉄道雑記帳

管理人はね、転向してしまったんだ。

ニッチなものついで

2015-09-18 15:42:35 | 廃車体レクイエム
前回ものすごいニッチな話題を載せたついでに、発表する機会を失っていたニッチなネタをもう一つ。



大阪は堺市の金岡公園西側の住宅街の一角にあるこの三角地。

これ、まぎれもなく鉄道廃線跡なんです。


線路の名前はキャンプ・金岡専用線。

戦中に陸軍が、当時演習地だった現・金岡公園一帯への物資輸送のために阪和線金岡(現・堺市)駅の南方から分岐する形で敷設した路線で、戦後は演習地とともに米軍に接収されたようです。

廃線の時期は不明ですが、1950年ごろにはすでに線路ははがされていたようで、しばらくははっきりと残っていた線路跡も60年前後からの周辺の宅地化で急速に失われていきます。

この辺は国土地理院が公開している航空写真でも見て取れます。


で、この場所だけがなぜこんな形で残ったのかは不明ですが、これが線路跡だと断言できるのには理由がありまして、



実はこの三角地の数区画先に一軒だけ、周辺の区割りに対して若干斜めに向いて建っている住宅があるのです。

この写真では左手前の白いフェンスが周辺の区割り、それに対して赤で補強したブロック塀が若干角度をもって建っているのがわかると思いますが、その家はブロック塀の向かいに立っています。

この塀の延長線が最初の三角地の斜辺とぴったり一致するのです。

これに気づいたときは鳥肌が立ちましたがw

あと、現地調査の際たまたま話を聞けた地元の方の証言もあってこれは間違いのないものだと。




周辺にはそれ以外の痕跡は全く残っていません。

写真は阪和線との分岐疑定地で、線路はフェンスの切れ目あたりから急カーブを描いて赤いテントの住宅のほうへ入っていったものと思われます。




本当にマイナーすぎる話ですが、こんな路線もあったのだと。

気になる方は地理院の航空写真などと照らし合わせてみてください。


以上です

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