日毎の糧

聖書全巻を朝ごとに1章づつ通読し、学び、黙想しそこから与えられた霊想録である。

苦悩のどん底から 

2009-02-22 | Weblog
   詩88編

 嘆きの詩編。

  1節「マハラト」苦しみ、憂鬱な気分という意味か。歌の調子、楽器名の説がある。「レアノト」は病という意味

  2~8節 最初の叫び
「主、わたしの救いの神よ、昼間わたしは叫び、夜あなたの前に(居ます)。あなたの面前にわたしの祈りが届きますように、わたしの叫び声に耳を傾けてください」(2~3節)。絶望の中で神の御顔を仰いで叫ぶのである。瀕死の状態である(4節)。

 「穴に下る者のうちに数えられ、力の失せた男のように…死人たちの中に放たれ…殺された者らのように墓に横たわっています」(5~6節直訳)。「放置された」ホフシーは束縛から放たれ、自由になるという意味で、重い皮膚病の者らが送られた状況が描かれている。「地の底の穴」「影に閉ざされた所」「暗闇の世界」(7節)は同じ所。
  「あなたの憤りがわたしを押さえつける」(8節)原語サメハー:神の憤りがのしかかるのである。

  9~13節 悩みに満たされて
「親しい者をわたしから遠ざけられました」(9節)。病人が社会から隔離されるのは、衛生的な蔓延を防ぐことより、社会的制約を加える処置に近い。「わたしの目は苦悩によって衰え、主よ、日毎に、あなたに向かって両手を伸ばします」(10節直訳)。「手を伸ばす」原語シタフティ両手を拡げること、祈りを示す態度。11~13節は逆説的な問い掛けになり、その答えは「否」である。

  9~17節はヨブ記からの引用と思われる箇所が多い。9節・ヨブ記19章13、19節、10節・ヨブ記11章13節、13節・ヨブ記10章22節、15節・ヨブ記13章24節、17節・ヨブ記6章4節

  14~19節 暗黒の只中における信仰
「なぜ」を繰り返す。これは神義論の問い掛けであり、ヨブ記と共通の主題。
「わたしは若い時から苦しんできました。今は死を待ちます」(16節)。岩波訳「わたしは乏しく、若いときから息も絶え絶え…わたしは絶望だ」。
「愛する者も友も遠ざけてしまわれた」(19節)。9節と同じである。

  人生には、必ず苦しみが付きまとうもの。神はこの苦悩の中から「昼も夜も」(2節)、「来る日も来る日も」(10節)、祈り求める者とされる。神との不断の信頼を呼び覚ます、厳しい試練といえよう。誰かこれに耐え得るものがいるだろうか。


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