日毎の糧

聖書全巻を朝ごとに1章づつ通読し、学び、黙想しそこから与えられた霊想録である。

主は御心に適う人を求める 

2018-03-31 | Weblog
 サムエル記上13章 

 14節「しかし、今となっては、あなたの王権は続かない。主は御心に適う人を求めて、その人を御自分の民の指導者として立てられる」(新共同訳)。

  1節「サウルは王となって一年でイスラエル全体の王となり、二年たったとき~」。口語訳では「三十歳で王の位につき、二年イスラエルを治めた」となっているが、原文(ベン・シャーナー)は「息子の年」で、一つの区切りを表わしている。当初彼は一部族の王だったが、一年後イスラエルの王となったのである。二年後彼は対ペリシテ戦で鋭兵三千人を対戦に向かわした。その内千人をベニヤミンのギブアでヨナタンのもとに置きペリシテの守備隊を打ち破った(2~3節)。ヨナタンはサウルの息子である。サウルは国中に角笛を吹き鳴らし、ギルガルに集め、ペリシテから憎しみをかうことになったことを伝えた。
  5節「ペリシテ軍は、イスラエルと戦うために集結した。その戦車は三万、騎兵は六千、兵士は海辺の砂のように多かった。彼らは上って来て、ベト・アベンの東、ミクマスに陣を敷いた」。「戦車三万、騎兵六千」とあるが、口語訳は「戦車三千、騎兵六千」。ヘブライ語の数字の読み方は難しい。余りの兵の多さにイスラエルは圧倒され、危険が迫っているのを見て、洞窟、岩の裂け目、岩陰、穴蔵、井戸などに身を隠し、河を渡ってガドやギレアドの地に逃げ延びた者もあった。然し、サウルはギルガルに踏みとどまり、従う兵は皆、彼の後ろで慄いていた(6~7節)。
  8節「サウルは、サムエルが命じたように、七日間待った。だが、サムエルはギルガルに来なかった。兵はサウルのもとから散り始めた」。堪りかねたサウルは兵に命じて燔祭と酬恩祭(口語訳)を献げた(8~9節)。献げ終えた時、サムエルが到着したので、サウルは彼に挨拶しようと迎えに出た。約束をいつしたのかは不明であるが、サムエルは何をしたのかと質した。七日待っても来られないので、兵は散りはじめ、敵はミクマスに集結しているので、嘆願しようと燔祭を献げているのですと応えた(10~12節)。祭壇に献げ物をする祭儀はレビ族サムエルの権限で、これは、11~12章で示されていた王の権限を逸脱したことを指す。彼の短慮が犯した失敗である。ベニヤミン族のサウルには祭儀の権限は与えられていなかった。サムエルはサウルに「あなたは愚かなことをした。主がお与えになった戒めを守っていれば、あなたの王権をいつまでも確かなものとしてくださった」と告げた(13節)。
サウルの兵士は約六百人オフラに通じる道からシュアル(ベテル北東方面十キロ)、一隊はベト・ホロンに通じる道(ギブオン北西八キ)、残る一隊は荒れ野の方角から国境エルサレム南東で、波状攻撃を掛けて混乱を起こす戦略であったと思われる(14~18節)。この戦闘で決定的に不利なのは、イスラエル軍には鍛冶屋がいなく鋤や鍬や斧や鎌を研いで、剣や槍に打ちかえることが出来なかった為に、戦場で用いられなかったことである。
  22節「こういうわけで、戦いの日にも、サウルとヨナタンの指揮下の兵士はだれも剣や槍を手にしていなかった。持っているのはサウルとその子ヨナタンだけであった」。鉄製の武器が無かったことは戦闘の不利となったことは確かであるが、ここで問題なのは、王が祭儀・宗教を支配しようとする政治的な誘惑が、唯一絶対なる神に対する背反となるからである。これは15章でも起きている。箴言16章32節に「自分の心を治める者は城を攻め取る者にまさる。」とある。サウルの短慮は王位を失う原因となった。

今日、主が救いの業を行われたのだ

2018-03-28 | Weblog
 サムエル記上11章 
  
  13節「しかし、サウルは言った。「今日は、だれも殺してはならない。今日、主がイスラエルにおいて救いの業を行われたのだから」(新共同訳) 

  1節「さて、アンモン人のナハシュが攻め上って来て、ギレアドのヤベシュを包囲した。ヤベシュの全住民はナハシュに言った。『我々と契約を結んでください。我々はあなたに仕えます』」。小見出し「」サウルの勝利と即位」。契約の内容を聞いて驚く。それはお前たち全員の右の目をえぐり出すのが条件だという。これは完全な支配と服従を意味する。そこでヤベシュの長老たちは、七日間の猶予を願い、使者はサウルのいるギブアに行って、事の次第を民に報告した。民のだれもが声をあげて泣いた。牛を追って畑から戻って来たサウロは、その理由を民から聞いた(2~5節)。
  6節「それを聞くうちに神の霊がサウルに激しく降った。彼は怒りに燃えて~」。まるで士師サムソンのようだった(士師14章19節)。一軛の牛を捕らえ、それを切り裂き、使者に持たせイスラエル全土に送りつけた。そしてサウルとサムエルについて出陣しないなら、この牛のようになると檄をとばした。民は主への恐れにかられ、一丸となって出陣した。彼がベゼクで彼らを点呼すると、イスラエルが三十万、ユダが三万であった(7~8節)。
  9節「彼らはヤベシュから送られて来た使者に言った。「ギレアドのヤベシュの人々にこう言うのだ。『明日、日盛りのころ、あなたがたに救いが来る。』」使者が帰って来てそう知らせると、ヤベシュの人々は喜び祝った」。翌日、サウルは民を三つの組に分け、朝の見張りの時刻にアンモン人の陣営に突入し、日盛りのころまで彼らを討った。生き残った者はちりぢりになり、二人一緒に生き残った者はいなかった(10~11節)。この時、『サウルが我々の王になれようか』と侮った者らを引き渡してくだされば殺すと言ったが、サウルは言った。「今日は、だれも殺してはならない。今日、主がイスラエルにおいて救いの業を行われたのだからとこれを否定した。このサウロを侮った出来事は、10章27節にあり、「ならず者」(口語訳「よこしまな人々」)となっている。彼が内紛を避けたことは王の資格として賢明だった。内部で争う国は滅びる。ヤベシ・ギレアドの住民がサウルに抱いた温情は忘れることは無かった(31章11~13see)。
  14節「サムエルは民に言った。「さあ、ギルガルに行こう。そこで王国を興そう」。この指示に従って民はギルガルに行き、そこでサウルを王として主の御前に立てた。和解の献げ物(酬恩祭)を主の御前にささげ、サウルもイスラエルの人々もすべて、大いに喜び祝った。

 王に相応しい資格は柔和と謙遜である。それはロバに乗ってエルサレルに入城される平和の王に示されている(ゼカリヤ書9章9節。マタイ福音書21章5節)。

神に心を動かされた勇士たち

2018-03-27 | Weblog
  サムエル記上10章 

 26節「…神に心を動かされた勇士たちはサウルに従った」(新共同訳)
  
  1節「サムエルは油の壺を取り、サウルの頭に油を注ぎ、彼に口づけして、言った。『主があなたに油を注ぎ、御自分の嗣業の民の指導者とされたのです』」。9章27節につながっている。サムエルは主から告げられた通り(9章16節)、若者サウルの人間性を見極める前に王の任職を示す頭に油を注いだ(サムエル記上16章3節=ダビデ、列王記上1章39節=ソロモン)。これは秘密時になされた。サムエルは彼にベニヤミン領のツェルツァにあるラケルの墓の脇で二人の男に出会い、ろばが見つかったこと、父親が気遣ってどうしたものかと言っていると告げる。更にタボルの樫の木まで行くとベテルに神を拝みに上る三人の男に出会い、子山羊三匹とパン三個、ぶどう酒一袋を持っていて、挨拶し、二個のパンをくれる。次にペリシテ人の守備隊がいるギブア・エロヒムに向かい、琴、太鼓、笛、竪琴を持った人々を先頭にした預言者の一団に出会い預言状態(恍惚状態を指す)になっている。主の霊があなたに激しく降りあなたも預言する状態になり、あなたは別人のようになる。この三つのしるしを示された(3~6節)。
 7節「これらのしるしがあなたに降ったら、しようと思うことは何でもしなさい。神があなたと共におられるのです」。そして先にギルガルに行き、燔祭と酬恩祭を献げて七日間待つようにと言った。サウルはサムエルと別れて帰途についた時、神は彼の心を新たにされ、以上のしるしはすべてその日に起こった(8~9節)。その第三のしるしがこの後細述されている。ギブアに行くと預言者の一団が彼を迎え、神の霊が彼に激しく降り、サウルは彼らのただ中で預言する状態になった。サウルを知っていた人々がこれを見てキシュの息子に何が起こったのだ。サウルもまた預言者の仲間かと言った(10~11節)。この言葉が19章24節にもあることから、サウルを形容する文言となったようだ(12節)。預言の状態から覚めサウルは聖なる高台(5節see)に上った。そこで伯父に会い、何処に行っていたか。サムエルは何と言ったかを問われた。王位のことについては話さなかった。1節の頭に「油を注がれた」ことは秘密裏になされたからである(13~16節)。サムエルはミツパで主のもとに民を呼び集め、イスラエルの人々に、エジプトから導き、救い出し、圧迫するすべての王国からも救い出した主、あらゆる災難や苦難から救われたあなたたちの神を退け、『我らの上に王を立ててください』と主に願っている。部族ごと、氏族ごとに主の御前に出なさいと呼び掛けた(17~19節)。
  20節「サムエルはイスラエルの全部族を呼び寄せた。ベニヤミン族がくじで選び出された」。更にベニヤミン族を氏族ごとに呼び寄せ、マトリの氏族がくじで選ばれた。次にキシュの息子サウルがくじで選び出されたが、彼は荷物の間に隠れていた。連れて来たところ、民の真ん中に立つと、だれよりも肩から上の分だけ背が高かった(21~23節)。これは9章2節にあった。
  24節「サムエルは民全体に言った。『見るがいい、主が選ばれたこの人を。民のうちで彼に及ぶ者はいない』。民は全員、喜び叫んで言った。『王様万歳』。」サムエルは民に王の権能について話し、書に記して主の御前に納めた。サウルもギブアの自分の家に向かった。神に心を動かされた勇士たちは、サウルに従った。
 しかし、ならず者は、こんな男に我々が救えるかと言って侮ったが、サウルは何も言わなかった。 王様万歳という喚声は、付和雷同の嫌いがあるが、「神はサウルの心を新たにされた」(9節)ことと、「神に心を動かされた勇士たちはサウルに従った」(26節)ことがせめてもの救いである。

 預言者を先見者と呼んだ 

2018-03-26 | Weblog
サムエル記上9章

  9節「昔、イスラエルでは神託を求めに行くとき、先見者のところへ行くと言った。今日の預言者を昔は先見者と呼んでいた。」(新共同訳)

  1節「ベニヤミン族に一人の男がいた。名をキシュといい、家系をさかのぼると、アビエル、ツェロル、ベコラト、ベニヤミン人のアフィアに至り、勇敢な男であった」。小見出し「サウル油を注がれて王となる」。本章は王として選ばれるサウルの紹介から始まる。この一人の男とはキシュの息子で名をサウルといった。彼は美しい若者で誰よりも背が高かった(2節)。美しく背が高いことが王に相応しいということにはならない。ある日キシュは、ろばが数頭いなくなったので、サウルに探すよう言いつけた(3節)。彼はエフライムの山地からシャリシャの地に行ったが、ろばは見いだせず、シャアリムの地を越えてもそこにはおらず、ベニヤミンの地を越えても見つけ出せなかった(4節)。ツフに来た時サウルは供の若者に父が気遣うので帰ろうというと、若者はこの町に神の人がおられます。尊敬されている人で、恐らく進むべき道について、何か告げてくださるに違いありませんと言った。ここに四分の一シェケルの銀があり、これを神の人に差し上げて教えて頂くことを提案した(5~8節)。彼らは神の人がいる町に向かい、水汲みに出て来た娘たちに出合い、先見者つまり預言者に居場所を尋ねた(9~11節)。娘たちは「この先におられます。今日、この町に来て聖なる高台で犠牲をささげられます」と答えた。二人が町に入って行こうとしたとき、サムエルも聖なる高台に上ろうと向こうからやって来た(12~14節)。ここでサウルとサムエルの出会いがあった。これは前日主からサムエルに告げられていたことであった。それは一人の男をベニヤミンの地からあなたのもとに遣わす。彼に油を注ぎ、わたしの民イスラエルの指導者とせよ。この男がわたしの民をペリシテ人の手から救うということであった(15~16節)。
  17節「サムエルがサウルに会うと、主は彼に告げられた。「わたしがあなたに言ったのはこの男のことだ。この男がわたしの民を支配する」。城門の中でサウルはサムエルに先見者の家はどこかと尋ねた。サムエルは「わたしが先見者です。先に聖なる高台へ上って行きなさい。今日はわたしと一緒に食事をしてください。明朝、あなたを送り出すとき、あなたの心にかかっていることをすべて説明すると告げた(18~19節)。更に三日前に姿を消したろばのことは、心にかける必要はない。すでに見つかっている。イスラエルの期待はあなたにかかっていると言った(20節)。
 21節「サウルは答えて言った。『わたしは答えて言った「わたしはイスラエルで最も小さな部族ベニヤミンの者ですし、そのベニヤミンでも最小の一族の者です』」サウルはなぜそのようなことを言われるのかとサムエルに訊ねた。この後、サウルは広間に招かれ、三十人程の上座に着き、料理人に命じた料理をサムエルは持て成した。それは最上の料理だった(22~25節)。翌朝サムエルはサウルと一緒に外にでて町外れまで見送って次のように告げた。
  27節「…『従者に、我々より先に行くよう命じ、あなたはしばらくここにいてください。神の言葉をあなたにお聞かせします』」。サウルにメシアとしての「油注ぎ」を行うのであるが、それは秘密裏になされる。いなくなったロバを探しに出掛け、神の人の存在を聞いて逢いにいった時サムエルと出会った。サウルには偶然であるが、サムエルは前日に神から告げられていた。たかがロバ、されどロバ。神は様々な出会いを通して、その聖意を進められる。偶然と思えることでも、「今は判らないが後でわかる」(ヨハネ13章7節)という経験をする。この神の御手の働きを、キリスト者もしばしば与えられるのである。

民の言葉をことごとく聞き、主の耳に入れた

2018-03-24 | Weblog
 サムエル記上8章 

 20節「サムエルは民の言葉をことごとく聞き、主の耳に入れた」(新共同訳)。

  1節「サムエルは年老い、イスラエルのために裁きを行う者として息子たちを任命した」。小見出し「民、王を求める」。新しい王制国家の誕生であるが、そのきっかけは士師であり指導者であるサムエルの老齢から来ている。
2節「 長男の名はヨエル、次男の名はアビヤといい、この二人はベエル・シェバで裁きを行った。」彼は二人の息子をその後継者に任命したが、彼らは父の道を歩まず、不正な利益を求め賄賂を取って裁きを曲げた(3節)。エリの息子と同じようである(2章)。イスラエルの長老は全員集まって、サムエルに息子たちが士師として相応しくないことを告げ、今こそ他の国々のように裁きを行う王を立てて下さいと願い出た(4~5節)。二人の息子がサムエル亡き後、不正な士師として立つことを回避しようとしたのである。
 6節「裁きを行う王を与えよとの彼らの言い分は、サムエルの目には悪と映った。そこでサムエルは主に祈った」。彼らの高慢さと安直な解決を求める危険と、主なる神がイスラエルの唯一の王なる支配者であることを拒否し忘れさせることを感じたからである。しかし神は彼らの要求を退けなかった(7~8節)。
9節「今は彼らの声に従いなさい。ただし、彼らにはっきり警告し、彼らの上に君臨する王の権能を教えておきなさい。」。王政を敷くとはどのようなものかを以下八項目列挙する。
①あなた達の息子を徴用する。戦車兵や騎兵にして王の戦車の前を走らせる(11節)。
②千人隊長、五十人隊長として任命し、王の為に耕作や刈り入れに従事し、あるいは武器や戦車の用具を造らせる(12節)。
③あなたたちの娘を徴用し、香料作り、料理女、パン焼き女にする(13節)。
④あなたたちの最上の畑、ぶどう畑、オリーブ畑を没収し家臣に分け与える(14節)。
⑤あなたたちの穀物とぶどうの十分の一を徴収し、重臣や家臣に分け与える(15節)。⑥あなたたちの奴隷、女奴隷、若者のうちのすぐれた者やろばを徴用し、王のために働かせる(16節)。
⑦あなたたちの羊の十分の一を徴収する。こうして、
⑧あなたたちは王の奴隷となる(17節)。
 18節「その日あなたたちは、自分が選んだ王のゆえに、泣き叫ぶ。しかし、主はその日、あなたたちに答えてはくださらない」。それにもかかわらず民はサムエルの声に聞き従わず「我々にはどうしても王が必要なのです」と主張した。そして他のすべての国民と同じように王が裁きを行い、陣頭に立って進み、戦かうと言った(19~20節)。
21節「サムエルは民の言葉をことごとく聞き、主の耳に入れた」サムエルは民の言葉をことごとく聞き、主の耳に入れた」。やがてイスラエルの歴史には暴君的な王が登場するが、これはその予告となるのである。

 新約聖書にも王の存在を否定していないが、それは義と公平の神に服する限りに於いてであることを明確にしている(ローマへの手紙13章1~4節)。

人々は車に使われた木材を割り献げ物として主にささげた

2018-03-21 | Weblog
 サムエル記上6章 

 14節「車はベト・シェメシュの人ヨシュアの畑に着くと、そこに止まった。そこには大きな石があったので、人々は車に使われた木材を割り、雌牛を焼き尽くす献げ物として主にささげた。」(新共同訳)

 I節「主の箱は、七か月の間ペリシテの地にあった」小見出し「神の箱の帰還」。ペリシテ人はこの箱をどうしたものか、送り返すにはどうしたらよいかと、祭司や占い師らに相談した。彼らは賠償の献げ物と共に返すことで、そうすれば病はいやされ、神の手が離れなかった理由が判ると告げた(2~3節)。口語訳「咎の供え物」で箱を奪ったことを償おうとした。神々を恐れ災禍の元となった箱を返して事を収めようという訳である。それは領主の数に合わせ五つの金の腫れ物と五つの金のねずみ(模型)であった(4~5節)。金の腫れ物がどんなものか不明。不潔な体の一部分? 祭司と占い師らは、これでイスラエルの神に栄光を帰すなら、かつてエジプトの王ファラオがイスラエルを去らせたように(出エジプト12章31~33節see)、この災禍を去らせるだろうと説得した(6節)。この時新しい車と、輛をつけたことのない乳牛二頭を用意し、主の箱と償いの箱を車に乗せて送り出すことにした。子牛は小屋につないで置く。車が真っ直ぐ国境の町ベト・シュメシュに向かって行くなら、災難を起こしたのは彼らの神であるが、乳牛が引き離された子牛を慕って反れるようなら、災難は偶然起きたことが分かると言った(7~9節)。人々はその通りにした。雌牛はべ卜・シェメシュヘの広い道をまっすぐに進み、歩きながら鳴いたが反れることはなかった。箱の返還に際し、雌牛が乳を求める子牛の方に引かれないで、鳴きながら右にも左にも反れず真直ぐ国境に向かったので超自然の神の手の働きを認めたという訳である。
 13節「ベト・シェメシュの人々は谷あいの平野で小麦を刈り入れていたが、目を上げると主の箱が見えた。彼らはそれを見て喜んだ。」。ベト・シェメシュの所有するヨシュアの畑で車が止まったので、収穫のため平野にいた民は大いに喜んだ。 レビ人達は主の箱と、金の品物の大きな箱とを下ろし、大きな石の上に置いた。そ
して、車に使われた木材を割り、雌牛を焼き尽す献げ物(播祭)として主にささげた (14~1節)。祭壇の燃えぐさとなった車と犠牲の雌牛はイスラエルの宗教の優位性を示すものである。
 17節「ペリシテ人が、主に賠償の献げ物として送った金のはれ物は、アシュドドのために一つ、ガザのために一つ、アシュケロンのために一つ、ガトのために一つ、エクロンのために一つである。」レビ人の町べ卜・シェメシュの人々が「主の箱」の中を不用意に覗きみた為に、主はべ卜・シェメシュの人々の五万のうち、七十人の民を打たれた(19節)。
20節「ベト・シェメシュの人々は言った。「この聖なる神、主の御前に誰が立つことができようか。我々のもとから誰のもとへ行っていただこうか。」」ペリシて人と同じ箱の扱いをして神の力を畏れたのである。キルヤト・エアリムで、シロでなかったのは、ペリシテ人に破壊されていた為といわれる。ここからサムエル記下六章まで出て来ない。
 神の箱の物語は、神の求められる聖性が人の側にないことを示すのである。人は
安易に即物的な神を求めて偶像にはまってしまう。ここで詩51篇12節「神よわたしの内に清い心を創造し、新しく確かな霊をさずけてください」が示される

主の御手は人々の上に重くのしかかり

2018-03-20 | Weblog
 サムエル記上5章 

 6節「主の御手はアシュドドの人々の上に重くのしかかり、災害をもたらした。主はアシュドドとその周辺の人々を打って、はれ物を生じさせられた。」(新共同訳)

 1節「ペリシテ人は神の箱を奪い、エベン・エゼルからアシュドドへ運んだ」。ペリシテは戦利品として神の箱を奪い、アシュドドにあったダゴン像の神殿に置いた。彼らはその箱の威力を噂に聞いていたが、今はそれが無力な箱と侮っていたのかも知れない(4章8節)。しかし翌朝ダゴンは箱の前にひれ伏して倒れていた(3節)。
4節「その翌朝、早く起きてみると、ダゴンはまたも主の箱の前の地面にうつ伏せに倒れていた。しかもダゴンの頭と両手は切り取られて敷居のところにあり、胴体だけが残されていた。」また、主の御手はアシュドドの人々の上に重くのしかかり、災害をもたらし、アシュドドとその周辺の人々にはれ物を生じさせられたとある(5~6節)。イスラエル敗北の原因となった神の箱はペリシテにも災禍をもたらした。可視的な単なる箱でしかないが、その背後に厳しい審判を下す見えない神の存在を示す物語であろう。
 7節「アシュドドの人々はこれを見て、言い合った。「イスラエルの神の箱を我々のうちにとどめて置いてはならない。この神の手は我々と我々の神ダゴンの上に災難をもたらす」。「神の手」とあるが、ここには箱を偶像視し、神を持ち運び利用する人間の愚かさをみる。ペリシテの領主が全員集まり、ダゴンの神殿から、災禍をもたらすこの箱を他所に移そうと話し合い、ガドに移された(8節)。すると主の御手がその町に甚だしい恐慌を引き起こした。町の住民は、小さい者から大きい者までも打たれ、はれ物が彼らの間に広がった(9節)。
10節「彼らは神の箱をエクロンに送った。神の箱がエクロンに着くと、住民は大声で叫んだ。「イスラエルの神の箱をここに移して、わたしとわたしの民を殺すつもりか。」やむなく、ペリシテの領主たちが集まって、元の所に戻ってもらおうということになった。エクロンの町全体に死の恐怖で包まれていたからである(11節)。「アシュドト」「ガド」「エクロン」はペリシテ五大都市に数えられる町であるが、「ガザ」「アシュケロン」にも及んだと思われる(6章4節)。これは「大地を荒すねずみ」(6章5節)が神の箱と結びついてペスト菌を持ち運んだ出来事と考えられている。死を免れた人々もはれ物で打たれ、町の叫び声は天にまで達したという(12節)。
  ヨーロッパでも近代に各地で都市化が進み、多くの森林が伐採された為にくまねずみが町にペスト菌を持ち運び、死の町を引き起こした歴史がある。十年毎に開催されているドイツのオーバーアマガウは、この歴史を背景にして起こったキリスト受難劇で、半年間村民あげて出演し、世界各地から観劇に訪れている。

  人は偶像礼拝の誘惑に陥り、神はこれを試練によって裁かれる(ヤコブ1章13節)。



神の箱は奪われました

2018-03-19 | Weblog
 サムエル記上4章 
 
 17節「知らせをもたらした者は答えた。『イスラエル軍はペリシテ軍の前から逃げ去り、兵士の多くが戦死しました。…神の箱は奪われました』」(新共同訳)

 1節「サムエルの言葉は全イスラエルに及んだ。イスラエルはペリシテに向かって出撃し、エベン・エゼルに陣を敷いた。一方、ペリシテ軍はアフェクに陣を敷き~」。小見出し「神の箱奪われる」 これは6章まで続く神の箱の物語である。「サムエルの言葉は全イスラエルに及んだ」とは、神の箱の出来事を通して、預言がなされたということである。つまり2章34節、3章11節に示された事柄が実現するのである。
 2節「イスラエル軍に向かって戦列を整えた。戦いは広がり、イスラエル軍はペリシテ軍に打ち負かされて、この野戦でおよそ四千の兵士が討ち死にした」。先制パンチを食らったのである。対ペリシテ戦で敗北したイスラエルは、その原因は神の箱を戦場に持ち運ばなかったことだと理解し、今度こそ契約の神が戦勝をもたらすと言ってシロからエリの二人の息子らも付き添って運び再度戦いに挑む(4~5節)。この時イスラエル軍は大歓声を上げた。それを聞いてペリシテ軍は驚き恐れたが、逆に士気があがった。
 9節「ペリシテ人よ、雄々しく男らしくあれ。さもなければ、ヘブライ人があなたたちに仕えていたように、あなたたちが彼らに仕えることになる。男らしく彼らと戦え」。この台詞はまるでイスラエルの神が告げているようだ。イスラエル軍はまたも敗れ、神の箱は奪われ、歩兵三万人と、箱の側にいたエリの息子二人も殺された(10~11節)。ダブルパンチでノックダウンしたのである。この敗北の知らせをベニヤミン族の男が衣は裂け、頭には塵をかぶった有り様で、その日のうちにシロに行って伝えた。この時、町全体から叫び声があがった(12~13節)。
14節「エリは叫び声を耳にして、尋ねた。「この騒々しい声は何だ。」男は急いでエリに近寄り報告した。」。彼は95歳になり、老いて眼が見えなくなっていた。城門のそばの席でその状況を聞き息子たちも死んだことを知り、ショックであおむけに倒れ首を折って死んだ。彼は四十年民を裁いたという(15~18節)。
  19節「エリの嫁に当たる、ピネハスの妻は出産間近の身であったが、神の箱が奪われ、しゅうとも夫も死んだとの知らせを聞くと、陣痛に襲われてかがみ込み、子を産んだ」。彼女もこの悲しい知らせで陣痛が起き、子を産んだ。神の箱が奪われ、しゅうとも夫も死に、栄光はイスラエルを去ったと考えて、彼女は子供をイカボド(栄光は失われた)と名付けた。
22節「彼女は言った。「栄光はイスラエルを去った。神の箱が奪われた。」 敗北と悲劇の原因は戦力の相違ではない。ペリシテ側には確かにペリシテの職業軍人と強固な戦力を保持していたが、神の箱が奪われるという宗教的信仰的な事柄であることを思い知らされる出来事である。「栄光はイスラエルを去った」との言葉がそれを示す(21節)。神の箱を担ぎ出すのではなく、「主の御声に聞き従う」ことこそ求められているのである(15章22節see)。

 広島、長崎原爆投下により敗虚となった日本は、15年戦争が終結し、再び戦争の無い国になった。かつて天皇を神に祭り上げ、「日ノ丸」の旗を掲げ「君が代負」を歌い、天皇の写真に最敬礼をして、戦勝祈願をした天皇神話を完全に払拭することこそが、十五年戦争後のepoch makingであった筈だが、不死鳥のように再興しつつある。何ということであろう。


どうぞお話しください。僕は聞いております 

2018-03-17 | Weblog
  サムエル記上3章 

  10節「主は来てそこに立たれ、これまでと同じように、サムエルを呼ばれた。『サムエルよ。』サムエルは答えた。『どうぞお話しください。僕は聞いております』」 (新共同訳)
  
 1節「少年サムエルはエリのもとで主に仕えていた。そのころ、主の言葉が臨むことは少なく、幻が示されることもまれであった」。小見出し「サムエルへの主の呼び掛け」。祭司を通して語られる主の言葉が少ないのは、エリと一族による祭司の働きの後退を指す。エリは老いて眼がかすんで見えなくなっていた(2節)。
 3節「まだ神の灯火は消えておらず、主の箱が安置されていた主の神殿で寝ていた」。灯火が消えていないのは、未だ夜明けではないことだが、主の言葉が臨むことが少ないけれども、望みはまだあることの象徴的な意味を読み取ることもできる。エリは自分の部屋だったが、サムエルは神殿で休んでいた。
 4節「主はサムエルを呼ばれた。サムエルは、『ここにいます』と答えて~」。エリの許に行ったが「わたしではない。戻って休みなさい」と言われた。二度目も同じであった(5~7節)。三度目に呼ばれた時、お呼びになったのは主だから『主よ、お話しください。僕は聞いております』と応えるようにとエリはサムエルに告げた(8~9節)。彼は言われた通りに寝ていると主の言葉を聞いた(10節)。三度の呼び掛ける声でエリとサムエルは「主の言葉」であることを知る。口語訳「サムエルよ、サムエルよ」と訳す。強調する呼び掛けで、パウロが聞いた時も「サウロ、サウロ」だった(使徒言行録9章4節)。この時の少年サムエルの聖画がある。教会教育の原点がここに示される。ユダヤ教では12歳は現代でもバル・ミツワー(成人式)が行われ、律法の義務を負うという。神の言葉の啓示は、人の呼び掛けと異なることを知りたい。彼は「しもべは、聞きます。お話しください」(口語訳)と応える。
 11節「主はサムエルに言われた。『見よ、わたしは、イスラエルに一つのことを行う。それを聞く者は皆、両耳が鳴るだろう』」。サムエルに告げられた言葉は祭司エリと一族に対するものであった(12節)。
13 節「わたしはエリに告げ知らせた。息子たちが神を汚す行為をしていると知っていながら、とがめなかった罪のために、エリの家をとこしえに裁く、と」。朝まで眠り、主の家の扉を開いたが、エリは起きてきてサムエルに、主が何を語られたかを、包まず告げるようにと求めた。もし隠し立てするなら、神が幾重にも罰するようにと言った (14~17節)。                                         
 18節「サムエルは一部始終を話し、隠し立てをしなかった。エリは言った。「それを話されたのは主だ。主が御目にかなうとおりに行われるように」。神の言葉は曲げることは出来ない。サムエルの包み隠さない神の言葉を、エリは受け入れねばならなかった。この姿勢が、彼の成長によって一層明確なものとなり、主が彼と共におられることを実証した(19節)。主の預言の言葉は一つたりとも地に落ちることはなかった(イザヤ 55章11節see)。イスラエルのすべての人々は、サムエルが主の預言者として信頼するに足る人であることを認め、主は引き続きシロで御自身を現されたのである(20~21節)。

 ミッション・スクールでは、幼児教育だけでなく、小中高生の教育の見直しが求められている。今日のキリスト教会の盲点かもしれない。


口を大きく開き御救いを喜び祝う

2018-03-16 | Weblog
サムエル記上2章 
   
 1節「ハンナは祈って言った「主にあってわたしの心は喜び、主にあってわたしは角を高く上げる。わたしは敵に対して口を大きく開き御救いを喜び祝う」(新共同訳)。

 1節「ハンナは祈って言った。「主にあってわたしの心は喜び 主にあってわたしは角を高く上げる。わたしは敵に対して口を大きく開き 御救いを喜び祝う」小見出し「ハンナの祈り」。神への讃歌であるが、「マリア讃歌」(ルカ福音書1章47~55節)はこれを下敷きにしたと言われる。マリア讃歌と同じ神の救いを喜び祝うことから始まる(ルカ福音書1章47節)。
 3節「驕り高ぶるな、高ぶって語るな。思い上がった言葉を口にしてはならない。主は何事も知っておられる神。人の行いが正されずに済むであろうか」。傲慢を戒め、すべてを見通される神の前に謙虚になること。これはルカ福音書1章50~51節「主はその腕を振るい、思い上がる者を打ち散らし~」に通じている。
 5節「食べ飽きている者はパンのために雇われ 飢えている者は再び飢えることがない」。ルカ福音書1章53節「飢えた人を良い物で満たし~」である。貧しい者を塵の中から立ち上がらせ、芥の中から高くあげ、主に逆らう者を闇の沈黙に落とされるという逆転が起きる(8~9節)。ルカ福音書1章52節に示されている。これはサムエル記に伺える主題となる事柄である(サウルとヨナタンの生涯、エッサイの息子の中から選ばれたダビデ)。
 10節「主は逆らう者を打ち砕き 天から彼らに雷鳴をとどろかされる。主は地の果てまで裁きを及ぼし王に力を与え 油注がれた者の角を高く上げられる」。メシアの到来が予告される箇所である。
 12節「エリの息子はならず者で、主を知ろうとしなかった~」。小見出し「祭司エリに仕えるサムエル」サムエルは祭司職の幼少教育を受けることになるが、その環境は甚だしく悪い。祭司の下働きは規定を破る違反行為をする。彼らは釜や鍋であれ、鉢や皿であれ、そこに肉刺しを突き入れた。そして突き上げたものをすべて、祭司のものとした(13~14節)。また祭司が献げる肉の脂肪を取る前に、生肉を要求した(15~16節)。更にエリの二人の息子は臨在の幕屋に仕える女たちと度々性的な関係を持った。彼らの不品行の噂をエリは耳にした。最早祭司の働きは失われていた(22~25節)。
 25節「一方、少年サムエルはすくすくと育ち、主にも人々にも喜ばれる者となった」。俗悪な環境にあっても、それに染まることなくサムエルが成長したことを明らかにしている。神の守りがあったからだ(26節)。
 27節「神の人がエリのもとに来て告げた。『主はこう言われる。あなたの先祖がエジプトでファラオの家に服従していたとき、わたしは自らをあなたの先祖に明らかに示し~』」。先ずエリの祭司職への選びが回顧される。この特権と選びにも関わらずその聖なる職務を放棄している(28~30節)。そこで神は祭司の家系すべての腕を切り落とす日が来る(短命で終わる)。二人の息子ホフニとピネハスは同じ日に死ぬ(33~34節)。
  35節「わたしはわたしの心、わたしの望みのままに事を行う忠実な祭司を立て、彼の家を確かなものとしよう。彼は生涯、わたしが油を注いだ者の前を歩む」。これはやがて登場するサムエルの予告である。エリ一族は物乞いをする(36節)。これはヨシア王宗教改革に直面した出来事と考えられる(列王記下23章8~9節see)。

 環境に支配されない人間形成は容易ではない(ローマの信徒の手紙12章2節)。


御前に心からの願いを注ぎ出しています

2018-03-09 | Weblog
 サムエル記上1章  

 15節「ハンナは答えた。『いいえ、祭司様、違います。わたしは深い悩みを持った女です。ぶどう酒も強い酒も飲んではおりません。ただ、主の御前に心からの願いを注ぎ出しておりました』」

 1節「エフライムの山地ラマタイム・ツォフィムに一人の男がいた。名をエルカナといい、その家系をさかのぼると、エロハム、エリフ、トフ、エフライム人のツフに至る」。小見出し「サムエルの誕生」。本章はサムエル誕生の記事である。エルカナにはハンナとペナニという二人の妻があった。ペニナには子供があったが、ハンナには子供がなかった(2節)。シロの祭司エリ一家については、2~3章に出てくる(3節)。エルカナは毎年シロの祭壇に献げ物をし、妻たちと子供らに酬恩祭の会食(レビ記3章、7章11節以下)を共にしたが、ハンナには一人前で、ペナニには、子供らの分け前をも頂いていた(4節)。
  6節「彼女を敵と見るペニナは、主が子供をお授けにならないことでハンナを思い悩ませ、苦しめた」。何故ペナニがハンナに敵対感情を抱いたか判らないが、ヤコブ物語で、子を授かるレアと不妊のラケルを思い浮かべるが、夫婦の関係が絡んでいるのかも知れない(創世記29章31節see)。泣いて、何も食べようとしないハンナを見て、夫エルカナはなぜ泣いて食べないのか。なぜふさぎ込んでいるのかと問い質した(7~8節)。食事が終わり、ハンナは悩み嘆いて主に祈り激しく泣いた。
  11節「そして、誓いを立てて言った。『万軍の主よ、はしための苦しみを御覧ください。はしために御心を留め、忘れることなく、男の子をお授けくださいますなら、その子の一生を主におささげし、その子の頭には決してかみそりを当てません』」。彼女の誓願は、男子を授かるなら、その子を「ナジル人」として献げると言うものであった。長く主の前に祈っているハンナの口元をエリは注意深く見て、唇は動いていたが声は聞こえなかったので、彼女が酒に酔っているのだと思い、「いつまで酔っているのか。酔いをさましてきなさい。」と咎めた(12~14節)。ハンナは、「違います。わたしは深い悩みを持った女で、堕落した女だと誤解なさらないでくださいと言った。「主の御前に心からの願いを注ぎ出して祈る」は、詩62編2~3、8~9節に示されている祈りである。ハンナの祈りを見倣いたい。
 20節「ハンナは身ごもり、月が満ちて男の子を産んだ。主に願って得た子供なので、その名をサムエル(その名は神)と名付けた」。
 21節「さて、夫エルカナが家族と共に年ごとのいけにえと、自分の満願の献げ物を主にささげるために上って行こうとしたとき」小見出し「ハンナ、サムエルを捧げる」。しかしハンナはこの子が乳離れしてから、一緒に主の御顔を仰ぎに行きますと申し出た。彼女の誓願は、主にサムエルをナジル人として献げることであったからである。夫エルカナは、これに同意した(22~23節)。
 24節「乳離れした後、ハンナは三歳の雄牛一頭、麦粉を一エファ、ぶどう酒の革袋を一つ携え、その子を連れてシロの主の家に上って行った。この子は幼子にすぎなかったが」、誕生から三年目乳離れしたサムエルを伴って、母ハンナはシロの神殿に行き祭司エリと会う。ハンナは、この子供が主に祈って授かった子ですと告げる(25~27節)。
  28節「『わたしは、この子を主にゆだねます。この子は生涯、主にゆだねられた者です』。彼らはそこで主を礼拝した」。


主をたたえよ。主はあなたを見捨てることはない

2018-03-07 | Weblog
 ルツ記4章 

  14節「女たちはナオミに言った。「主をたたえよ。主はあなたを見捨てることなく、家を絶やさぬ責任のある人を今日お与えくださいました。どうか、イスラエルでその子の名があげられますように。」(新共同訳)

 1節「ボアズが町の門のところへ上って行って座ると、折よく、ボアズが話していた当の親戚の人が通り過ぎようとした。「引き返してここにお座りください」と言うと、その人は引き返してきて座った」。物語の終盤である。「折よく」とは、ゴーエールの責任を果たす人物と出会ったことだが、人間の計画の背後に神の手が働いていることを指す。Good Chanceである。ボアズは町の門の広場で、10人の長老を呼んできて、その親族に向かって、モアブから帰国したナオミが、エリメレクの所有する畑地を手放そうとしていると先ず語った(2~3節)。そこでゴーエールとなるべき法的責任はあなたにあるので、この裁定の座にいる長老たちと民の前で責任を果たし、土地を買い取ってください。そうでないなら、わたしが次の者ですから考えますと告げた(4節)。名前は伏せられているが、この人物は責任を果たしましょうと言った。
 5節「ボアズは続けた。「あなたがナオミの手から畑地を買い取るときには、亡くなった息子の妻であるモアブの婦人ルツも引き取らなければなりません。故人の名をその嗣業の土地に再興するためです」。その人はボアズの言葉に対して、土地を買い取るという責任は果たせるが、そこで未亡人ナオミの嗣業地を絶やさない義務(レビラート婚=ここではルツを娶る)は負い切れないと拒んだ(6節)。ここで不動産譲渡の認証方法は履物を脱いで手渡すことが求められていると記されている。彼は「あなたが引取ってください」と言って、履物を脱いだ(7~8節)。
 9節「ボアズはそこで、長老とすべての民に言った。『あなたがたは、今日、わたしがエリメレクとキルヨンとマフロンの遺産をことごとくナオミの手から買い取ったことの証人になったのです』」。公の手続きを終了し、ボアズはゴーエールの責任を果たし、ルツとの約束(3章13節)通り妻に迎えた(10節)
11節「門のところにいたすべての民と長老たちは言った。「そうです、わたしたちは証人です。あなたが家に迎え入れる婦人を、どうか、主がイスラエルの家を建てたラケルとレアの二人のようにしてくださるように。また、あなたがエフラタで富を増し、ベツレヘムで名をあげられるように。」小見出し「神の祝福と人びとの祝福」。主がこの若い婦人によってあなたに子宝をお与えになり、タマルがユダのために産んだペレツの家のように、御家庭が恵まれるようにと告げた(12節)。
 13節「ボアズはこうしてルツをめとったので、ルツはボアズの妻となり、ボアズは彼女のところに入った。主が身ごもらせたので、ルツは男の子を産んだ」。神の計画の実現である。ベツレヘムの女たちは、姑ナオミに「主を讃えよ、主はあなたを見捨てることなく~」と祝福のことばを贈った(14節)。ここでナオミはルツの産んだ乳児を自分のふところに抱き上げて、養い育てた(16節)。それはモアブの娘の子ではないと証言しようとしたのであろう。然し、事実は消されない(マタイ福音書1章5節see)。「近所の婦人たちは、ナオミに子供が生まれたと言って、その子に名前を付け、その子をオベドと名付けた。オベドはエッサイの父、エッサイはダビデの父である」。
 18~22節は物語の付録であり、ダビデの家系に組み込まれ、本書の目的が示される。新約聖書ではイエス・キリストの系図に記され、メシアの到来として民衆に呼ばれている(マタイ1章5~6節、マルコ11章9~10節)。


わたしの娘よ、心配しなくていい

2018-03-06 | Weblog
 ルツ記3章 
   
  11節「わたしの娘よ、心配しなくていい。きっと、あなたが言うとおりにします。この町のおもだった人は皆、あなたが立派な婦人であることをよく知っている」(新共同訳)

  1節「しゅうとめのナオミが言った。『わたしの娘よ、わたしはあなたが幸せになる落ち着き先を探してきました』」。既にボアズがゴーエール(家を絶やさない責任ある人物)でることを、姑ナオミはルツに示していた(2章20節)。ナオミはその確認に出掛けてボアズが親戚であることを確認して帰り、今晩彼の麦打ち場に行くように言った(2節)。そして体を洗って香油を塗り、肩掛けを羽織って、食事が終わるまでボアズに気づかれないようにし、夜休む時に、彼の衣の裾で身を覆って横になるようにと指示した。これは床を同じにするという意味である。ルツは姑の命令通りにした(3~6節)。「わたしの娘よ」と呼び掛け、いささか強引に性的関係を結んで婚約することを求めたのである。この様な方法や行動が日常生活で是認されていたかどうか判らないが、旧約時代には血統を絶やさない思想は、創世記38章ユダとタマル物語、申命記25章5~10節(レビラート婚という)などにも出ている。
  8節「夜半になってボアズは寒気がし、手探りで覆いを捜した。見ると、一人の女が足もとに寝ていた」。お前は誰だと問うと、ルツである身分を告げ、あなたは家を絶やさぬ責任のある方=ゴーエールですと言った(9節)。ボアズも「わたしの娘よ」と(二回も)呼び掛け、ルツをふしだらな女とは見ないで、「真心」のまさることを告げ、自分がゴーエールであること認めた(10~12節)。「真心」(ヘセド)は「誠実」「親切」(口語訳)」を表わす言葉である。ルツを「立派な婦人」と呼んでいる(11節)。然しボアズはゴーエールとなる一番近い親族がいることを伝え、その人が責任を果たすことを好まないなら、わたしが引き受けるので、夜明けまで休むようにと語った(13節)。彼はルツの姑ナオミに対する切実な気持ちをくみ取ったのである。
 14節「ルツは、夜が明けるまでボアズの足もとで休んだ。ルツはまだ人の見分けのつかない暗いうちに起きた。麦打ち場に彼女の来たことが人に知られてはならない、とボアズが考えたからである」。夜明け前に人目につかない内に帰らせる温情をボアズは示した。これも彼女に対する真摯な対応である。ボアズは羽織ってきた肩掛けの中に大麦を六杯量って背負わせて別れを告げ、ルツは姑の許に帰った(15節)。姑ナオミは「娘よ、どうでしたか」と尋ね、この大麦は姑に贈る物だと言い、ボアズがしてくれた一部始終を伝えた(16~17節)。この時、ナオミはボアズが「今日のうちに、決着をつけるでしょう」と言っているが、これは彼がゴーエールの責任を果たすことを指している(18節)。
 ヘブライ人への手紙10章22~23節「信頼しきって真心から(口語訳「信頼の確信」)、神に近づこうではありませんか。約束して下さったのは真実な方なのですから公に言い表した希望を揺るがぬようしっかり保ちましょう」が思い浮かぶ。

心に触れる言葉をかけていただいて~慰められました

2018-03-05 | Weblog
 ルツ記2章 
   
 13節「ルツは言った。「わたしの主よ。どうぞこれからも厚意を示してくださいますように。…心に触れる言葉をかけていただいて、本当に慰められました」(新共同訳)

 1節「ナオミの夫エリメレクの一族には一人の有力な親戚がいて、その名をボアズといった」。小見出し「ボアズの好意」。この有力な人物ボアズがまず登場する。「有力な」(ハイル) は「非常に裕福な」(口語訳)である。ルツは落ち穂を拾いに収穫期になっている畑に出掛けると姑ナオミに申し出た。そして刈り入れをする農夫たちの後について落ち穂を拾ったが、そこはエリメレクの一族のボアズの畑地であった(2~3節)。新共同訳は「たまたま」とあるが、口語訳「計らずも」のほうがよい。そこでボアズとの出会いが起きたのであり、人の計画を越えた神の御手が働いたのである。神は時と場所と人物を備えられた。ベツレヘムからボアズがやって来て、農夫たちと祝福の挨拶を交わし、監督している召し使いに、そこの若い女は誰の娘かと聞いた(4~5節)。するとあの人はモアブからナオミと一緒に帰って来たモアブの娘で、朝から今までずっと立ち通しで働き、今、小屋で一息入れているところだと答えた(6~7節)。
 8節「ボアズはルツに言った。『わたしの娘よ、よく聞きなさい。よその畑に落ち穂を拾いに行くことはない。ここから離れることなく、わたしのところの女たちと一緒にここにいなさい』」。「わたしの娘よ」と呼び掛けられ、ルツはひれ伏して言った。「よそ者のわたしに何故これほど目をかけ、厚意を示してくださるのですか」と尋ねると、夫が亡くなった後も、姑に尽くし、全く見も知らぬ国に来たことなど、何もかも伝え聞いていたと答えた(9~11節)。狭いベツレヘムの町で噂になっていたである(1章19節see)。
12節「どうか、主があなたの行いに豊かに報いてくださるように。イスラエルの神、主がその御翼のもとに逃れて来たあなたに十分に報いてくださるように」。これは神の慈愛深さを表わしている(詩36篇7節、57篇1節)。彼女は、心に触れる言葉をかけていただき、本当に慰められたと感謝を表わした。14~16節にこの厚意を続いて受けることになる。ルツは日が暮れるまで落ち穂を拾い集め、また穂を打って取れた大麦一エファ程で、二三リッターだから大量でそれを背負って町に帰り姑に差し出した(17~18節)。大麦一エファはある。厚意を寄せた人物が誰かを尋ねたのでルツはボアズと名乗る人だと告げた(19節)。
 20節「ナオミは嫁に言った。『どうか、生きている人にも死んだ人にも慈しみを惜しまれない主が、その人を祝福してくださるように』。ナオミは更に続けた。『その人はわたしたちと縁続きの人です。わたしたちの家を絶やさないようにする責任のある人の一人です』」。そのボアズが、縁続きの人であるということは、死別した夫や寡婦の自分に慈愛を賜わる主であることを「生きている人にも死んだ人にも慈しみを惜しまない主」であると告白する。そして、彼が「家を絶やさないようにする責任者」(ゴーエール)だと判った。ゴーエールは「買い戻す」「贖う」という動詞の分詞形である。これはレビ記25章23~25節にある。
 21節「モアブの女ルツは言った。「その方はわたしに、『うちの刈り入れが全部済むまで、うちの若者から決して離れないでいなさい』と言ってくださいました」。ナオミは「わたしの娘よ。すばらしいことです。そこで働く女たちと一緒に畑に行けるとは。」と語った(22節)。物語は「モアブの女ルツ」でなく「嫁ルツ」になる。ルツとボアズとの結婚(ゴーエール婚)が3~4章で展開されることになる。それは神が結び合わせた出会いである(マタイ福音書19章5~6節)。

あなたの民はわたしの民 あなたの神はわたしの神

2018-03-03 | Weblog
 ルツ記1章  

  16節「…わたしは、あなたの行かれる所に行き、お泊まりになる所に泊まります。あなたの民はわたしの民 あなたの神はわたしの神」(新共同訳)
 
  1節「士師が世を治めていたころ、飢饉が国を襲ったので、ある人が妻と二人の息子を連れて、ユダのベツレヘムからモアブの野に移り住んだ」。死海の東モアブはかつて性的邪悪と偶像礼拝(民数記25章)の異邦の地で、士師記3章12~14節では18年敵対関係であった。然し時代が変わり交通の往来があったようだ。表題の「ルツ記」は、旧約書では諸文書(ケスビーム)に分類されるが、最初の「士師」という語と結尾の「ダビデの系図」から、ここに置かれている。「ある人」の名はエリメレク(わが神は王)、妻はナオミ(快い)、二人の息子はマフロン(病い)とキルヨン(衰弱)と言いユダのベツレヘム出身であった(2節)。名は体を表わしていることが判る。エリメレクは死んだが、二人の息子たちはモアブの女のオルパ(雌鹿)とルツ(友情)を妻にした。十年程暮らしたが、そこで二人の息子も死んだ(4~5節)。夫と息子を亡くした寡婦となったナオミは子孫の絶えた悲惨な現実と向き合い、帰郷を決心した。
  6節「ナオミは、モアブの野を去って国に帰ることにし、嫁たちも従った。主がその民を顧み、食べ物をお与えになったということを彼女はモアブの野で聞いたのである」。ベツレヘムへの帰途、同行しようとした二人の嫁にモアブに残るよう説得する(7~8節)。そして二人に新しい嫁ぎ先を主が与えられるようにと祈る(9節)。しかし二人は声をあげて泣き、一緒に行くと言ったが、ナオミは再婚など出来ないし、もし嫁いで子を産んでも、その子を待つつもりかと質し、無理なことを承知させた(10~13節)。オルパは姑と別れをつげたが、ルツは自国での平穏な生活を願わなかった(14~15節)。
 16節「わたしは、あなたの行かれる所に行き、お泊まりになる所に泊まります。あなたの民はわたしの民 あなたの神はわたしの神」。人生の再出発にどう決断するか岐路に立っている。ルツの態度は、ここでは最早モアブの女性ではなくなる。アブラハムが召命を受けた時のようである(創世記12章4節)。
 17節「あなたの亡くなる所でわたしも死にそこに葬られたいのです。死んでお別れするのならともかく、そのほかのことであなたを離れるようなことをしたなら、主よ、どうかわたしを幾重にも罰してください」。これは神への誓約であり、ナオミの家系に加入すること。これは2章以下に展開する物語の伏線になる。特に「あなたの神はわたしの神」とはイスラエル共同体に帰属する信仰告白である。これによって、神の救済史の要に置かれる女性となる。
 19節「ベツレヘムに着いてみると、町中が二人のことでどよめき、女たちが、ナオミさんではありませんかと声をかけてくると~」。口語訳「町はこぞって、彼らの為に騒ぎ立ち…」とある。町の女たちが興奮ぶりに出迎えたのは、寡婦となったナオミがモアブの嫁を伴って帰国したことにあった。彼女は町の女らに「ナオミ(快い)などと呼ばないでマラ(苦い)と呼んでください」と言った。そして名前とは反対に不幸に落とされた全能者なる神の理不尽な取り扱いを訴えている(20~21節)。ベツレヘムに帰って来たのは。春の収穫である大麦の刈り入れが始まるころであった。これに続く神のなされる出来事には、二人はまだ知らないのである。 
  ルツ記から神の選びを読み取ることが出来る(ヨハネ福音書15章16節)。