サムエル記上19章 サウルの殺意は遂に公になる。
サウルの殺意の実行が繰り返されるが、主が共にいるダビデを殺すことは出来ないことを語っている。
息子ヨナタンが王の真意を質した時に「罪なき者の血を流す」(申命記21章8節)罪を犯さないと告げているが(1~6節)、それは本来の王の自覚である筈。しかし悪しき霊に囚われたサウルの本心は変わっていない(9~10節)。
第1回はダビデの家を見張り、翌朝捉えようと使者を遣わすが妻ミカルの気転で難を逃れる(11~17節)。
家を出たダビデを捕らえようと追っ手を送ったが、サムエルを先頭にした預言者集団にその使者も巻き込まれてしまい目的を果たせない。三度も追っ手を送るが失敗し、サウロ自身が出掛けるが、彼も恍惚状態になってしまう(18~24節)。
これはサウルがサムエルから油を注がれて王に選ばれた時に起きた状態(10章9~13節)と同じであるが、19章24節はその時の言葉である(12節)。
この意味は不明だが、王の働きが終焉したことを示すのかもしれない。しかし殺意はなおも続く。
殺意に取り囲まれた時の祈りはこうである。
「わたしの力と頼む神よ/あなたにほめ歌をうたいます。神はわたしの砦の塔。慈しみ深いわたしの神よ。」(詩59篇18節)
写真 備後イースター・フェスティバル
サウルの殺意の実行が繰り返されるが、主が共にいるダビデを殺すことは出来ないことを語っている。
息子ヨナタンが王の真意を質した時に「罪なき者の血を流す」(申命記21章8節)罪を犯さないと告げているが(1~6節)、それは本来の王の自覚である筈。しかし悪しき霊に囚われたサウルの本心は変わっていない(9~10節)。
第1回はダビデの家を見張り、翌朝捉えようと使者を遣わすが妻ミカルの気転で難を逃れる(11~17節)。
家を出たダビデを捕らえようと追っ手を送ったが、サムエルを先頭にした預言者集団にその使者も巻き込まれてしまい目的を果たせない。三度も追っ手を送るが失敗し、サウロ自身が出掛けるが、彼も恍惚状態になってしまう(18~24節)。
これはサウルがサムエルから油を注がれて王に選ばれた時に起きた状態(10章9~13節)と同じであるが、19章24節はその時の言葉である(12節)。
この意味は不明だが、王の働きが終焉したことを示すのかもしれない。しかし殺意はなおも続く。
殺意に取り囲まれた時の祈りはこうである。
「わたしの力と頼む神よ/あなたにほめ歌をうたいます。神はわたしの砦の塔。慈しみ深いわたしの神よ。」(詩59篇18節)
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