音次郎の夏炉冬扇

思ふこと考えること感じることを、徒然なるままに綴ります。

リプレイ(やり直し)雑感

2008-03-20 18:36:08 | 本・雑誌
秋田連続児童殺害事件の判決要旨を読みました。一人目の我が子殺害に至る経緯の件に「彩香がいなければ違った人生を送れたかもしれないとの思いにとらわれ、疎ましさを感じることもあった。」とあります。中・高といじめに遭っていたという被告は、どこまで戻ってやり直したいと思っていたのでしょうか?

私は今、乾くるみの『リピート』を読んだのを機に「昔の自分に戻って人生をやり直す」というジャンルの小説にはまっているところです。同書にも登場し、世界的ヒット作として知られるケン・グリムウッドの『リプレイ』に続いて、西澤保彦『七回死んだ男』、北村薫『ターン』も既にアマゾンで仕入れ済みで、これから読むところです。

『リピート』の主人公である大学生は9ヶ月半前の時点に戻り、『リプレイ』の43歳の主人公は25年前の18歳にバックすることになります。前者はリピートまでに準備期間が与えられたため、図書館であらゆる新聞記事を頭に叩き込んで、2度目の人生航路に乗り出しますが、途中でとんでもない事態に・・・。後者は43歳になるたびに何度も戻ってしまうので、そのうちだんだん退廃的な人生になっていきます。

リプレイできるとすれば、誰もが真っ先に思い浮かべると思うのは競馬と株ですよね。これは非常にわかりやすい。実際『リピート』の毛利は競馬でしこたま儲けますし、『リプレイ』のジェフもケンタッキーダービーの大穴を当てるとともに、歴史的な大番狂わせだった1963年のワールドシリーズ(ヤンキースVSドジャース)で、誰も予想しなかったドジャースの4タテを的中させ、巨利を得ることになります。2度目以降の人生では、当然ながら投資家として成功し、経済的には全く不自由しないようになります。

でも、いいことといえばそれくらいなんですよね。むしろ苦労することが多く、未来がわかっているゆえの災厄やストレスも色々あるようです。私も頭の中で自分の半生を振り返りシュミレーションしてみたのですが、どの地点にでも戻れるといわれても、そのオファーはたぶん受けないだろうと思います。失敗や挫折も含めて今の自分があり、うまくやり直す自信がないのです。それにどうなるかわかっている未来を進むのは味気ないというよりも苦痛でしょう。卑近な例でいうと、留年したり同じ予備校で2浪した人が、ちょっとした「リピート」の体験者といえます。4月の授業で去年と同じ講師の同じ板書とジョークにげんなりした覚えがあるんじゃないでしょうか。

カオス理論や歴史の復元力ということからすると、大きな流れは個人では変えることができません。このエントリーでも書いたのですが、時間というのは常に動いているわけで、人は過去の失敗を教訓にして、それを無意識に血肉化して「次」に挑んでいるわけです。リプレイしたことで、たとえ小さい災難やトラブルをうまくかわして要領よく振る舞えたとしても、それが一体何になるのだろうかと。 先がわからなくて、1回限りであるからこそ人生は面白く美しいのです。ゴルフでも、納得いくまで何度も打ち直していいスポーツだったら、こんなに沢山の人が熱中するでしょうか。

例外として、原因が明確で重篤な病気になるとか、または重大な事故や犯罪の加害者や被害者になってしまった場合は、リセットしてその前の時点からやり直したいと痛切に願うことになるのでしょう。取り返しのつかない事象、女性の場合は望まない妊娠などもこれに含まれます。そういう欲求がないとすれば、それは幸せの証しだといえるかも知れません。

以前であれば、入試や就職といったいわゆる「勝負どころ」の前に戻ってやり直すというのが、最も効果的な投資だったのでしょうが、これからはそうではなくなっていくことが予想されます。既に終身雇用の時代は去っており、キャリア転職が当たり前の世の中になっています。そうなると就職のパスポートとして有効だった学校歴の価値も下がり、実力を伴わずして入試だけを切り抜けることの意味がなくなってくるでしょう。

というわけで、「人生やり直し」は頭の体操としてはなかなか面白いので、興味のある方にはおすすめします。『リピート』文庫本巻末の大森望氏の解説が、記憶そのままに時空をわたり以前の肉体にそれが宿るという、このジャンルの色々な読み物についてのきめ細かいガイドになっています。

一部を抜粋し紹介すると、

TVドラマ
『君といた未来のために ~ I'll be back ~』(99年)
堂本剛演じる大学生の無限ループの青春ストーリー

『プロポーズ大作戦』(07年)
山Pが幼馴染の長澤まさみに正しいプロポーズをリトライするラブストーリー

映画
『時をかける少女』 ご存知、原田知世主演、大林監督作品

『うる星やつら2 ビューティフルドリーマー』 押井守監督の劇場映画

恋はデジャ・ブ』(93年)
ビル・マーレイ主演

漫画
『代紋(エンブレム)TAKE2』(90年連載開始)
流れ弾に当たって死んだ下っ端ヤクザが十年前の自分に戻って、過去の経験を活かし切れ者ヤクザとして大活躍するというリプレイもの

『未来の想い出』藤子・F・不二雄の作品で、スランプのベテラン漫画家がデビュー前の若い自分に戻るリプレイもの

小説
『知識のミルク』(ハヤカワ文庫SF『スローバラード』所収)
イギリスのSF作家、イアン・ワトスンが82年に発表した短編

『砂読み』(新潮文庫『薬菜飯店』所収)
この分野の大御所、筒井康隆大先生の初期の作品

これ以外にもたくさんありそうです。


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