マル鉄回顧録

鉄道写真・鉄道模型を始め、バスやトラックなど、乗り物中心のブログです。昔の写真はマル鉄鉄道写真館で再編集しています。

EF65 500番台 「あさかぜ」

2007-08-28 01:04:00 | ブルートレイン:機関車・客車
こんばんわ。

今日もEF65500番台シリーズで、ブルトレの老舗「あさかぜ」をご紹介したいと思います。「瀬戸」の500番台の写真が見つからないので、ひょっとしたら最終回になるかもしれません。

「あさかぜ」についてはご紹介するまでもありませんね。初めて20系固定編成客車寝台を使用した、日本初のブルートレインです。
最盛期には、東京~博多間2往復と東京~下関間1往復の計3往復体制でした。(うち1往復は14系14型寝台車)
新幹線の博多開業により、東京~博多間の1往復が廃止となっています。

本来であれば、東海道ではこの「あさかぜ」が一番撮るチャンスがあったのですが、何故か無いんです。というか、写りが悪すぎるのです。と言うことですので、少ししかご紹介できません。



昭和51年頃 東京駅にて EF65510「あさかぜ」

まぁ、何とも構図の悪い写真で申し訳ないのですが、リコーのオートハーフで撮った写真です。せっかくブレてないのに頭がキレてます。当時はこんなのでも満足してたんですね。





昭和53年8月 東京駅にて EF65506牽引「あさかぜ」

同じような構図なのですが、上の写真は到着のシーン、そして下の写真が機回しして連結にかかるところのシーンです。下の連結直前のシーンは一旦停止しているので、落ち着いてしっかり撮れている様子がわかります。


ブルトレの始祖である「あさかぜ」なのに、何でかマトモな写真がありません。確かに20系が24系25型に変更になった頃でもありましたので、一気に興味が薄れていた可能性もあります。
そして、まさかの廃止。「あさかぜ」が廃止されるなんて、この頃は夢にも思っていませんね。たった30年位前の写真ですが、世の中ずいぶん変わったことを実感します。
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EF65 500番台 「出雲」

2007-08-27 09:15:17 | ブルートレイン:機関車・客車
こんばんわ。

今日はまた東京発着のブルトレシリーズで、EF65500番台牽引の「出雲」をご紹介したいと思います。

当初、東京から唯一の山陰方面への直通列車として誕生した「出雲」ですが、昭和47年までは急行列車として設定されており、同改正で特急に格上げされています。
特急になった当初は20系寝台客車の使用で、電源車・1~7号車までの基本編成が東京~浜田間、付属編成の8~11号車までが途中の出雲市止まりとなっていました。

牽引機は、東京~京都が当初からEF65500番台、山陰本線内はかの有名なDD54が担当していました。しかし、DD54は故障が多かったため、直ぐにDD51に変わっています。

今日ご紹介いたします写真は、EF65500番台末期の頃のものです。


昭和50年頃 東京駅にて 発車を待つEF65527牽引「出雲」

ポケットカメラでの撮影なので、構図・画像とも大荒れでスミマセン。
多分、鉄道写真を始めて最初に見た「出雲」です。他では白や青を基調としたヘッドマークデザインが多い中で、鮮やかな赤をベースとしたヘッドマークが非常にカッコよく感じられました。



昭和52年頃 東京機関区にて 夕方までお昼寝中のEF65507「出雲」

東海道線か横須賀線電車の車内から覗いて撮った写真です。この位置にヘッドマーク付きの機関車が停まっていることは珍しかったと思います。しかも、早朝着夜間発の「出雲」は子供の頃にはGETし難い列車でしたので、非常にラッキーでした。



昭和53年9月 東京駅にて 機回し中11番線に停車中のEF65512「出雲」

東京駅に到着し、品川客車区へ回送のために機回し中のEF65512。
通常、東京着のカマが機回しを行う際、この方向ではヘッドマークが反対サイドについているのですが、この「出雲」だけは、東京~京都~東京と即時で折り返してくる運用だったため、常に前後にヘッドマークを付けていました。よって、本運用でも回送でも普通に撮影できた唯一の特急でした。


昭和53年10月の改正より、特急「いなば」の運転区間延長により誕生した2往復目の「出雲」がありますが、前身となる急行「銀河1号・紀伊」からの流れにより終始宮原機関区のEF58がその運用に当たっていたため、EF65500番台が運用を担当したのは1往復のみでした。
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京葉線で鉄ってきました

2007-08-26 18:37:25 | 写真撮影
先程の記事でご報告のとおり、今日は辰巳へ行ってきたのですが、会場となる辰巳国際水泳場の直ぐヨコには、運河を渡る京葉線の高架があります。「ということは、新木場って近いんだな。」と思ったりすれば、帰りは有楽町線の辰巳に戻らず、反対方向の新木場へ行ってみました。
しかし、新木場駅の順光方向は障害物が多く撮影が困難なため、5年振りくらいに「葛西臨海公園駅」に行ってきました。


撮影は、すべて本日(平成19年8月26日)、葛西臨海公園駅にて

スカイブルーの201系と赤いラインの205系。
ほぼ同時のシャッターチャンスになってしまい、中途半端な構図に・・・。



元山手線、クハ205-1を含む編成


元山手線、クハ205-3を含む編成
最後の「国電」の雰囲気を残す編成で、昔のままの雰囲気が何となく好きです。



201系普通電車。


201系快速電車。


葛西臨海公園の大観覧車と201系のツーショット。3年後ぐらいに思い出の風景に・・・?


中央線ではその数をかなり減らしつつある201系。京浜東北線の状況次第で今後の同車の動向も決まりそう。今しばらくは大丈夫でしょうか。



255系特急。ヘッドマークが無いから何だかサッパリ分からん。


257系「わかしお」と205系の出逢い。
房総特急2態。183系が無くなってからのコンビですが、両方とも初めて撮りました。何か、デジカメの手軽さって何でも撮れるので、記録がどんどん増えそう・・・。良いことですよ。

オマケ画像!

武蔵野線からの乗り入れ。205系快速
って・・・前に撮ったとき休日は「むさしのドリーム号」じゃなかったっけ?!?!?


ということで、結構撮れたので1時間もいなかったのですが、今首都圏の国電区間で一番面白い線区かもしれない「京葉線」でした。あと貨物が走っていれば、ね!
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娘のジュニアオリンピックカップ(水泳)

2007-08-26 14:37:45 | ノンジャンル
昨夜は子供の町会連合のお祭りで焼き鳥屋をやり、会場の撤収も含めて21時近くまで働かされました。もうヘトヘトです。

という状態なのに、わが娘が水泳でジュニアオリンピックへ出場が決まっていたため、本日、朝4時起きで東京「辰巳」にある会場まで行きました。

初めは「どうせタイムの良い人だけが集まる自慢大会のようなもの」と思っていたのですが、まあ、お祭り騒ぎというか、本当に将来のオリンピック選手となるかもしれない子供たちの公式の記録会であったわけです。ですから、会場も世界水泳が行われるのと同様の設備をそのまま使用しているわけで、メッチャ驚きました。








わが娘は50m自由形に出場したのですが、まぁ結果的には96人の参加者中95位か96位であったのではないかと思います。

※ビデオを静止して画像化したのでチト見づらいですが、真ん中の水色がわが娘です。


しかし、我が家では代々全国的な「大会」に出られるような者は過去1人もいないはずなので、そういった意味では我が家の家系では一番運動神経の良い人物なのかもしれません。まして水泳ともなれば、パパ(私ですけど)なんて大嫌いな部類のスポーツですから。

結果はアレですけど、娘が帰ってきたらお祝いをしてあげよう・・・。

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14系寝台客車:スハネフ14「みずほ」

2007-08-25 23:25:50 | ブルートレイン:機関車・客車
こんばんわ。

明日は娘が水泳のジュニアオリンピックに出場するため、なんと、朝4時起きです。
ですので、今日は早めに更新して、お休みさせていただきます。

本日、EF65500番台の「みずほ」をアップいたしましたので、続きということで14系寝台客車の写真をアップしたいと思います。

「みずほ」の客車の変遷に付きましては、先日アップいたしました「さくら」「はやぶさ」のときにご紹介させていただいておりますので、今日は割愛させていただきます。


昭和52年8月 東京駅にて

「みずほ」の文字マーク時代です。24系と比較すると、電源車のバラエティーが無いので寂しい感じがします。
隣の11番線にいるクモユニ74の大目玉も懐かしいですね。



昭和53年9月 田町駅にて

熊本・長崎へ向け加速して走り去る「みずほ」。
当時、望遠レンズを初めて手にした頃で、ピント合わせや構図決めがなっていないですね。



昭和54年3月 東京駅にて

品川客車区から回着して機回し待機中の「みずほ」。
この時間の東京駅12・13番線はブルトレ専用ホームとなり、他のホームに比べて格段に旅情溢れるシーンを展開していました。現在はそのホームすらなくなってしまったわけですが。
バックに写っているスカ色113系は横須賀線の列車であり、まだ総武快速線とのスルー運転実施前の時代であります。


その後は「列車写真」主体の撮影方法に変わってしまい、「みずほ」のイラストマークはどうも撮っていないようですね。キチンと「記録を残す」ということが如何に難しいことか思い知らされます。
コメント (2)
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