満月倶楽部

大阪発のハープとアコーディオンのデュオです。

南海電鉄天王寺支線跡めぐり1

2011年05月20日 | おさんぽ
そんなわけで、突如始まりました。廃線跡をたどる旅でございます。今回は、大阪で最もディープな場所、西成にある、多分家から一番近い廃線跡。



地図の左下から右上に向けて斜めに横切っている空き地、おわかりになりますでしょうか。このように、地図にもくっきりと跡を残しています。
手元の資料、宮脇俊三編著「鉄道廃線跡を歩くV」によると、1900年に開通したこの支線、営業を終了したのが1993年、つまり18年前という事になります。当時はまだJRに新今宮駅もなく(1966年新設だそうです。俺より若い)、もちろん地下鉄堺筋線もありませんでしたので、それなりに存在価値があったわけでしょう。



午後一時過ぎ、地下鉄で天下茶屋駅着。むっちゃ晴れ。
ここ天下茶屋は南海天王寺支線の始発駅でもありました。初めて降りたのですが、案外大きな駅です。
天王寺支線は、少しの間南海本線と並行して北へ向かったあと、右へとそれていきます。本線と別れたあたりは、駐車場になっていました。
A地点からの写真。



中に入る事は出来ません。
大通を横切り、やや右に曲がりながら電車はすすみます。

B地点。



なんと中は畑になっていました。畑の様子を見に来たおばちゃんに聞きますと20年ほど前まで電車が走っていたそうです。実際には18年前なので、おばちゃんの記憶はけっこう正しい事になります。それにしても、土地の所有権はどうなっているのでしょうか。

そして、C地点。



遠くに滑り台や鉄棒などが見えます。と言うことは、子供達が遊ぶ場所なのでしょう。しかし、中に入る事は出来ませんでした。右側に広がる空き地は、おそらく駅の跡ではないかと思いますが、どうなんでしょう。

ここから北東すぐの所に三角公園があります。三角公園といっても、アメ村のそれとはだいぶ違います。ここはホームレスジョブレスピープルの聖地。昼から地べたに座り込んでカップ酒を飲む人たち、一日千円以下のホテル、300円からの古着屋、激安の惣菜屋。そういったものが混沌として街を形作っています。ちょっとカメラを向けるのもはばかられるような雰囲気です。
廃線跡地は、緑豊かでとても快適そうな場所が多いのですが、立ち入り禁止にしないと、あっという間に彼らに占拠されてしまうのでしょう。(そしてまたつづく)
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