※ネタバレをなるべくしないように書きますが、ネタバレを好まない方はこの先をお読みになりませんように。
今回も義経くんのエキセントリックというか、トリッキーというか、空気読めない感が騒動を大きくしていきます。
嫡男が産まれるっておおごとなんですねぇ。
鎌倉に現存する段葛という参道は、政子ちゃんの安産祈願で造成されたと言われていますが、今回はその造成シーンがありませんでした。
このシーンは描かれるかと私は思っていただけに、ちょいと肩透かしにあった気分です。
でもりく様の嫉妬がなんともねぇ。
大人気ないというか、思わぬ結果になってしまって焦って政子ちゃんとともに頼朝くんを責め立てたら、これまた思わぬ方向に転がって行っちゃいましたけれど。
それにしてもここにきて義時くんが江間姓を名乗り始めて、これまた北条氏の嫡男問題勃発です。
私は鎌倉時代にあまり興味を持っていなかったので北条氏がある時期から北条氏得宗家と呼ばれるのはなぜか?を深く考えていませんでした。
得宗家は、義時くんの出家した時の名前が得宗だったために、義時くんの血筋を引く北条氏という意味だと気がついたのは昨年暮れのこと。
つくづく北条氏は嫡男が早々に亡くなったことで、嫡男問題がつきまとっていたことを強く感じさせられました。
さてこれまで頼朝くんを支えてきたゴッドマザー比企尼が、今後どのように行動するのかもとても気になるところです。
乳母の役割の大きさと、生涯に渡る支援を考えると当時の乳母の存在が大きすぎないか?と改めて考えさせられました。
そしていよいよ武士を支える公家達も登場してきました。
今の時代に言い換えれば、都の貴族社会との交渉をする交渉官にあたると言えます。
上総介殿のようにあまり文字を書く機会もなかった御家人も多かったようですから、組織を作るとはまさにこういうことなのでしょう。
梶原景時くんも東国武士の割には知識人なのですが、景時くんでは貴族社会のしきたりは頼りにならず、ホンモノの公家を迎え入れる訳ですが。
それにしても景時くんは万能武士だな、とは思っています。
さて牧宗親が髻(もとどり)を切られてしまったのですが、これは恥ずかしい!
烏帽子を脱ぐことも恥辱として有名ですが、髻を切られることはそれ以上です。
この辺りは現代人には全然分からない感覚です。
もう少し丁寧に解説しないとこの恥辱が伝わらないだろうな、と思うことの1つでした。
今後、亀さんはどうなっていくのかも見所の1つになりそうです。
今後の展開も楽しみです。
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