口をついて出た言葉。
ぼくは、状況を顧慮して本心とは異なる妥協した応答をした結果の、一生つづく内面のあとあじのわるさを知っている。
ふつうの妥協者は、それから逃れるためか、無理にでも自己正当化したいためか、じぶんとは関係ない他者にまで、〈妥協〉を強要して敷居を無視した言動にはしる。 実存思想(呼び名はどうでもよい)とは一片の縁も無い者たちである。人間の節操が崩れている。
現在の微々たる例を挙げれば、マイナンバーカードを保険証として使わざるをえない状況をつくっておいて、提出書類には「自らの意志で申請する」と活字化している。この文言をみたとき、私のペンは止まった。もう、あの妥協の生むあとあじのわるさを再び経験したくない。そう思っていたら、「後悔しても良いから自分らしく生きる」というこの節題の言葉が内心からおのずと形として出るという不思議な経験をしたところなのだ。良心のお告げの経験をここに記す。
最初に経験した、ぼくの内面に深刻な跡を残した妥協経験は、ドイツ留学中の出来事であり、前大戦中の日本をドイツと同列に置いた教授の、〈日本はドイツと同じ舟に乗っている〉という吐き気のする誤認識に、状況への配慮から、わざと肯定的に応じた、自己欺瞞の経験である。この跡はぼくの内心から一生消えない。マイナンバーカードの事象はこれとは種類は全く異なるが、同じ自己不同一を生むものであり、その跡は一生つづくことは明瞭である(この世での余生の時間的長さなど全く問題ではない)。こんな経験を国民にさせる行政は、全く異常であることを、ここではっきり言っておく。良心が麻痺している。