良い子、悪い子、こまりん子

幼児教育20余年。多くの子ども達を育て、ママ達の悩みに耳を傾けてきました。辛口アドバイスも含め、子育ママ達にエールを!

「おでかけセット」のすすめ

2014-10-13 15:52:20 | すてきパパママにご提案
 おでかけセット・・・何ですか?と聞かれそうですね。
子ども達も独立し、特に食事の面で気楽になった私は、よく一人でも外食をします 特に、朝ごはんやブランチを外で食べ、時間に余裕のある時には、20分ほど食事の後に本を読んだり、携帯で済ませられる雑用をします。
 こんなことを書いたら、「子育て渦中の私達に、何て酷いことを言うのだろう」と叱られるかもしれません。でもね、私だって、2人の我が子を育てていたのですよ まさに、髪振り乱して、怒鳴ったり、腹を立てたり・・・ でも、日々、子ども達は成長し、親の手から巣立っていく日に向かっているのです。そして、子育て渦中のみなさんにも、今の私のような時間が必ずやってきます
 
 さて、話を元に戻しましょう
 そうです、私が外食をしている時、とても気になるのが同じように食事をしている親に連れられて来ている「1、2歳から4,5歳くらいの子ども達の様子」です
 最初のうちは、小さな子は子ども用の椅子に座り、持参のエプロンをつけて・・・幼稚園児くらいになると、大人の椅子でちょっと自慢そうに・・・それなりに食事をしているのですが、問題はその食事が終わった後、なんですよねえ

 最近、一番多く見かけるのが「親のスマホでアニメ(その類)を見る」子達です。
親はその横でぺちゃくちゃとおしゃべり。子どもが食べている時には、「こぼさないで!」と注意をしたり、「食べなさい!」と叱ったりと、子連れなりの忙しさはあるようですが、いざ食べ終わり、我が子がアニメの虜になると・・・
 ママはもう完全に「自分モード」全開です。だって、少なくとも30分程度は子どもは小さな画面に釘付けですからね・・・テレビ番組ではなく、アプリのアニメサイトならば、1時間以上もママはおしゃべりができます。ラッキ~ってところでしょうか。

 でも、これでは子どもは賢くはなれませんよ
「賢い子どもを育てたい」という親達が多い今の時代、自分達でそのチャンスの芽を摘み取ってしまっては、何にもなりません

 10年くらい前までは、私は「子どもが小さく、まわりにご迷惑をかけそうな時期には、ファミリーレストラン以外での食事は諦めなさい」と話していました。でも、今はそんなことを言うと、絶対に「時代遅れ」だと反対に叱られてしまいそうです。
 であるならば、せめて、子どもが食べ終わり、待つ時間を利用して、騒いでまわりにも迷惑をかけず、子どもの想像力を育て、自分で工夫をして楽しく遊べるチャンスとするべきでしょう

  1歳~3歳くらいまでの子どもの場合には・・・
「お気に入りのミニカーや電車」「小さなお人形、ぬいぐるみ」等を持たせましょう。そして、「A4くらいの紙を数枚、色鉛筆」をママ用に持っていきます。
 紙には、ミニカーを走らせる道路や駐車場、電車が走る線路や駅を描いてあげます
この時に「書くのは1回だけね」と言うのも忘れずに。(実際には、数枚、紙の用意はありますので、もう1回くらいは描いてあげても良いでしょうね)
 お人形やぬいぐるみの場合には、お家やお部屋(間取り図)を描いてあげれば、そこで遊ぶことができるでしょう?

 3歳~5歳くらいまでの子どもの場合には・・・
「折り紙」「小さなお絵描き帳」「水性のクレヨンか短めの色鉛筆」を持たせます。こちらは、自分でお絵描き、折り紙が出来ますよね。(水性のクレヨン、と指定したのは、油性クレヨンでは、お店のテーブルや壁を汚し、お迷惑になる可能性があるからです) もちろん「今日はママに教えて!とかママ描いて!はダメよ。一人で静かにね!」と声をかけましょう

 そして、1歳~3歳までの一式も、3歳~5歳までの一式も、すべて「お出かけセット」として、決まったリュックやバッグに入れておきます 
 子ども達にも、出かける時には、必ず『これ』を持って行く、と認識させ、大人を待つ時には「静かに、まわりに迷惑をかけないで待つ」ことを教えるのです。

 この習慣をつければ、電車の中やレストランの中で、キーキーとおサルちゃんチックに泣いたり、寝転んでゴリラちゃんチックに騒ぎ、まわりから顰蹙をかう、恥ずかしい親子になってしまうこともグンとすくなくなるでしょう
 そういう動物園親子の横で、「お出かけセット」からお利口グッズを取り出し、静かに待てる子ども そんな我が子に笑顔でうなずくママ 
 いかがですか?こんな優越感を味わうのは、決して悪くはありません。だって、子どもを賢く、道徳心のある子どもに育てようとする工夫をした、賢い親、なんですものね



素直な子どもを育てるには・・・

2014-09-22 23:15:06 | つぶやき
素直な子どもを育てる・・・新幹線の中で、私は思わず考えてしまいました。
月一の帰省のため、私は毎月、東海道新幹線を利用します。片道2時間半の間には、大抵、1度は車内販売のコーヒーを飲みます。昔と違って、今では車内販売のコーヒーも、すてたものではありません

 その車内販売。
売っているものは同じでも、売り手、つまり、ワゴンを押しながら「お弁当にお茶、サンドイッチ、ホットコーヒーはいかがですか?」と乗客に声をかけるお兄さんやお姉さんによって、かなり印象が違ってきます頻繁に乗るようになると、一人一人の「ワゴンを押すスピードや売り声」によって、その人の人柄や、その日の気分・・・なども見えてくるようになります。
 ディズニーリゾートのアトラクションのキャストなどとは違い、売り子さん達のセリフ?はすでに決まっているようですから、「今日の人の売り方は面白かった」なんてことはありません。でも、言うことが決まっているからこそ、その人の個性が見えてくるのかもしれません
 
 すこぶる愛想が良くても、ちっとも心がこもっていない人。言葉に「言霊」がないので、売り声と満面の笑顔だけがワゴンと共にむなしく通り過ぎます。
 仏頂面で、声にも張りがなく、仕事だから仕方なくやってます・・・みたいな売り子さんもいます。
 口を開けないで話すから、「おえんとうに、おや、あんどいっち、おっとおーいはいああ・・・」みたいに、何を言っているのかよく聞こえない、という人もいます。
 まあ、誰だって新幹線の車内販売が何を売りに来ているか?は知っているので、それでも困りはしませんが・・・
もちろん、本当に気持ちの良い売り子さんも大勢いて、それがほんの一瞬でも、ワゴンが通っていく時には、「旅気分」を味わえ、心和む時もあります

 今月の月初め、私は父の介護施設の方と午前中に面談のお約束があったので、いつもよりもかなり早い時間の新幹線に乗りました 駅でサンドイッチを買って乗ったので、できればすぐにコーヒーを買い、朝食を済ませたいと思っていました。
 ところが、新横浜を過ぎても来ず・・・やっと来たかと思ったら、何と!あっという間に通り過ぎてしまったのです 要するに、いつもの「お弁当にお茶・・・」という声が、全く聞こえなかったうえに、通り過ぎていくワゴンのスピードも、まるで急ぎ足で歩いている人のゴロゴロのスーツケースのようでねえ・・・さすがにその速さでは、後ろ姿に声をかけることもできませんでした

 何だかガッカリしてしまい・・・とにかくサンドイッチだけを食べ始め、ワゴンが戻ってくる時、待ち構えて買いましょう、と決めました。
10分ほどしたら、帰ってきました、帰ってきました。でも、やっぱり今度もスピードは新幹線並みで、売り声は「ささやき」級。
 すると、彼女が通り過ぎたあと、車両の前方(ワゴンがすでに通ってきたところ)に座っていたオバサン達が彼女を追いかけてきました そして「ホットコーヒーをください」と声をかけたのです。
 彼女がバックでオバサンの席まで戻っていこうとしたら、今度は、また次の人が席を立ってきて「ジュースか何かはありますか?」とたずねられました。すると彼女は「オレンジジュースがございます。ホットコーヒーとジュースですね」と答えました。
 ・・・と、その男性は「ちがいますよ。僕はあの人達とは違う席です」と言い、席に戻っていきました。スピードが速いのはワゴンだけではなく、お嬢さんは何に対しても慌て者のようでした。
 
 要するに、私と同じように、「買い物をしたかったけれど、彼女に声をかけられなかったお客が複数組いた」ということでした。私もその一人、ですからね、勇気を持って彼女を呼び止めなければ、少なくとも、その車両だけでも3組の人が欲しいものが買えず、彼女自身、3組ものお客様をみすみす逃したことになります

 ホットコーヒーをオバサン達に、オレンジジュースをオジサンに販売した彼女は、私の席あたりまで進んできましたが、またまた勢いよく通り過ぎて行きそうだったので、私は大きな声で「お願いします」と叫びました。彼女は、ハッとしてワゴンを止めました。

 ホットコーヒーを注文し、彼女が紙コップに入れて私の前に差し出した時、私がコーヒーの回数券で払おうとパスモの入ったカードケースを取り出したとたん、彼女はすかさず「現金のみとなっております」と言うではありませんか。
 私は、「いえいえ、私はパスモを出そうとしたんじゃないのですよ。回数券をお出ししますね」と声をかけると、彼女は真っ赤になり、失礼しました、と言って、回数券を受け取り、1回分をちぎってくれました。

 私は、意地悪を言うつもりは毛頭ありません。文句を言いたいわけでもない・・・
彼女が仕事に慣れていない新米さんで、羞恥心も克服できず、余裕を持って車内販売に臨めていないことはよくわかりました。だからこそ、一日でも早く、立派な車内販売員さんになってもらいたい と心から思ったのです。
 とにかく、現時点では最低限、「お客様を相手に仕事をするなら、客を立ってこさせて、注文を受けないといけないような仕事の仕方」は改めるべきですし、回数券の時も然り、焦らず、心の中で深呼吸でもして、お客様に相対することを覚えないといけない、とも思いました。

 何だかね、私は、彼女の手を握り、「大変なお仕事よね。きっと揺れている車内ではコーヒーを入れるもの大変でしょう?横柄なお客様もいるかもしれない・・・でも、がんばって あなたはもう、このお仕事のプロなんだから、がんばらないと!応援してるわ」と言いたい気分になってしまったんですよねえ・・・

 もちろん、お仕事中の彼女に、そんなことは言いませんし、手も握りませんでしたよ。ただ、彼女がコーヒーの回数券を返してくれる時、言ったのです。
 「私ね、あなたが先頭車両のほうに向かって通っていらした時、本当はコーヒーをお願いしたかったのよ。でもね、お声がかけられなかったの。私が思うには、きっと、あなたがワゴンを押すスピードが、ちょっと速いんじゃないかしら。お声も少し小さいし・・・ね、だから、さっきの女性も男性も、あなたをわざわざ追いかけていらしたでしょう?ちょうどあなたが席の横を通られた時には、お声をかけられなかったのだと思うのよ、速すぎて。私もそうだったもの。」と言いました。

 私は、彼女がどんな反応をするのか?は、想像できませんでした。ただ、お節介であったとしても、どうしても言っておきたい、と思ったのでした。
 すると・・・です。

 彼女は私に残りの回数券を返してくれたその後、しっかりと私の顔を見て、「すみませんでした」と言ったのです。
注意されたことがきっと恥ずかしかったのでしょう、耳まで真っ赤にして・・・でも、その声のトーンと彼女の眼差しが、決して拗ねたり、適当な受け答えをしているのではなく、ということが伝わってきました そして、その後は、「教えていただいた、ありがとうございました」と言って、頭を下げられたのです。
 
 正直、その行動は「意外」でした。そう、嬉しい「意外」でしたねえ・・・
『ああ、このお嬢さんは、まっすぐに育てられたのだろうなあ』と思いました。
親や、先生や、周りの人の言葉に素直に耳を傾け、それを受け止め、かけられた言葉に感謝をする・・・なかなか出来ることではありません。
 世の中、老若男女を問わず、大抵、人は「誉められる、賞賛される」ことは嬉しいことで、日頃は仏頂面をした人でも、評価されれば口元がほころびます
 でもその一方で「注意を受ける、叱られる」ということに対しては身構え、顔がこわばり、多くの場合には「ムカッとする」ものです。親の場合は、それが自分の子どものことであれば、その「ムカッ」は一層つのるようで、ほとんど心の中では「でも」と言い訳を考えるものでしょう。

 けれど・・・
「注意を受ける、叱責される」ということは、本当は人として成長できる大きなチャンス、なのですよね・・・その場では、当然、気持ちは良くありませんし、もし周りに人がいたならば、恥ずかしいという強い思いも湧いてきます。
 けれど、人は単純に「知らないから、間違ったことをしたり言ったりしている」場合も多いですし、「まあいっかの精神で、画竜点睛を欠く残念な行為を自分に許していること」もありますよね。
 しっかりとマイナスを指摘されることで、「そうだったのか」や「やっぱり、詰めの甘いことはやめよう」などなど、自分がちょっと上等になれる・・・ステキなことだと思います。

 人から評価を受けたいため、人から誉められたいためにがんばることも大事なことですが、自分自身が常に向上心を持って生きていく、ということは、人間としての値打ち、品格を上げる尊い行為だと思います

 きっと、このワゴン販売のおねえさんは、幼い頃から「きちんと叱ってもらい、そのつど、成長してきた」素敵な女性なのだろうな、としみじみと思いました。だからこそ、受け入れがたいかもしれなかった私からのアドバイスに、至極素直に反応してくれたのだろう、と実感したのです。

 最近の子ども達は、グダグダと母親にうるさく言われることは多くでも、ピシャリとお父さんやお母さん、おじいちゃんやおばあちゃんに叱られた経験が少ないようで、自分が今、「注意されている」「叱責されている」ということにさえ気づかず、平気で笑っていたり、ほとんど堪える様子もない・・・ということが多いです
 白紙で生まれてきた子達が、叱られることもなく、ちょっとしたプラスの行為だけで大層に誉められ、ご満悦で育っていくとしたら・・・行きつく先は「傲慢で、我がまま。学習意欲のない、成長できない人間」になっていくのは目に見えています

 次にワゴンが回ってきたのは、あと数分で新大阪に到着する、という時でした。
降りるための身支度をしている私に、笑顔で会釈し、「ゆっくりと」ワゴンを押していく彼女を見た時、私は本当に嬉しい気持ちになりました。
 ガンバレ 応援しています 彼女の後姿に静かに声をかけました。



海水浴での風景

2014-08-21 07:18:59 | すてきパパママにご提案
 お盆の休みに海水浴に行ってきました とは言え、私はビーチパラソルの下のデッキに座り、本を読んでいただけで、水着には着替えはしたものの、結局、今年も泳ぎませんでした
 毎年、夏の終わりにある3キロの遠泳大会に出場する夫の練習のため、本番の前の週に海水浴に行くのがここ数年の恒例行事になっていて、私は毎年、夫が泳いでいる間、浜辺でじっくりと「親子観察」をするのがとても気に入っているのですよねえ・・・

 いやいや、今年も楽しませていただきました
まず、最初に私の目に留まったのが「オロナミンちゃん」。3歳から4歳という年齢の女の子でね、真っ黒なビキニ姿の、今時ママと一緒でした。私が初めてその子に気づいた時、彼女は腰に手を当てて、オロナミンCを飲んでいて・・・何だかその姿が愛らしく・・・  そのあとは、彼女を秘かに「オロナミンちゃん」と命名し、ずっと彼女を観察しました。

 オロナミンちゃんは果敢に波打ち際に行き、キャーキャー言いながら遊んでいます 彼女とママの「真っ黒加減」から見て、たぶん、頻繁に海に遊びに来ているのでしょう。ただ、彼女の遊んでいる姿からは、決して「海に慣れているから楽しそう」という感覚ではなく、遊ぶことが楽しくて仕方がない、遊び上手な子ども、というふうに見えました
 ママが砂浜に上がってしまってからも、オロナミンちゃんはイチゴみたいな小さなバケツを持ち、砂を入れてきたり、海水を入れてきたり、何度のママのところと波打ち際とを行ったり来たり・・・次々と遊ぶ内容を替えてはキャッキャとはしゃいでいます。寝そべるママの足に砂団子を積み上げたり、海水をママの足にかけては乾いた砂を振りかけたり・・・すこぶる楽しそうなのです

 その一方で・・・
次に目に留まったのが、3兄弟とパパ、ママの5人組。全員が長袖の黒いUVケアのシャツ姿。日焼け対策は万全です 今の陽射しは強いですからね。子ども達の日焼けは侮れません。親の無知が、幼い子ども達の「日焼けと言うヤケド」を引き起こすのですから
 3兄弟は、7歳、5歳、3歳、というところでしょうか。3兄弟は、まずはお昼ごはんを食べ始めました。その日は大層風の強い日でねえ。ビーチパラソルは、砂浜に埋めるだけでは飛ばされそうで、海の家のオジサン達は、深く掘ってパラソルを立てるだけではなく、別に飛び防止になる裏ワザを一緒に埋めてくれていました

 黒シャツ家族は、ご自分達のビーチパラソル持参。でも、裏ワザはないので、結局はパパがずっと手で支えることになりました。3兄弟は行儀よく並んで座り(ド・ミ・ソ、という感じ)、ママが一人ずつに配ったおにぎりを手に持ち、ママの「さあ、どうぞ」の合図で食べ始めました
 食べ終わると、ママがウエットティシュ―を一人ずつに配り、手と口元を拭き終ると、ママが差し出すゴミ袋に捨てます。大荷物でちょっとびっくりしましたが、ママのバッグはドラえもんのポケットのように、いろんなものが出てくるようでした
 ド・ミ・ソ君は、両腕に浮き輪を付け、ママに促されていざいざ海へ

 でも・・・波がやってくると大慌てで逃げ、茫然と波打ち際に立って、なかなか海には入っていきません それを6,7回繰り返したでしょうか・・・すると、ママはパラソルを支えるパパのところに戻ってきて、小さなバケツとスコップを持ち、再びド・ミ・ソ君のところに戻りました。
 どうも、海に入るのは諦めたようです (風は強かったのですが、幸い、その日の波は決して高くはありませんでした)ママとド・ミ・ソは、波打ち際からかなり離れたところで砂山を作り始めました。
 
 小一時間ほどして、再び私がオロナミンちゃんを見た時には、何と彼女は午前中とは違う水着を着て、またまた遊んでいました どうも、海の家でママとお食事をした後、お色直しをしたようでした。
 ド・ミ・ソ君とママは、お昼ごはんの時と同じように並んで座り、ウエットティシュ―で手を拭いていました。そして、ママが順番に配った小袋のお菓子を食べようとしていました。

 上手く言えませんが・・・私は、何とも切なくなってしまったのです・・・
きっと、本当はド・ミ・ソ君達も、十分に海水浴を楽しんでいたのだと思います。とても嬉しそうな笑顔でしたから。遊ぶ様子は違っても、ちょうど同じくらいの年に見えるオロナミンちゃんとド君は、楽しい時間を過ごしていた・・・
 でもね、やっぱり私はどちらが「良い」とか「悪い」ということではなく、「海での時間を満喫する」という意味では、ド・ミ・ソ君のママには「言いたい」と思うことがたくさんありました。
 
 ド・ミ・ソ君のママは、たぶん「マッチは危ないから、絶対に触ってはいけませんよ」と怖い顔で教えいるのだろうなあ、と思いました。マッチは、確かに発火のために使う道具です。でも、発火のためにこすり合わせなければ、そのままでは決して危険ではないものです。マッチそのものを禁止しなければ、息子達はマッチ棒を並べ、自由自在に形を作り、遊ぶ楽しみも味わえるだろうに・・・と思いました。
いやいや、私の勝手な思い込みからの単なる想像ですから、ド・ミ・ソ君は遊び道具が身近にない出先などで、上手にマッチ棒で電車を作り、遊んでいるかもしれません

 家庭それぞれの教育方針があります。また、その家庭そのものにもともと課せられた、代々受け継がれ守るべき格やレベルというものもあるでしょう。
でも、それらを十分に守りながら、それでも尚!子ども達の「人間的な幅を広げる」とでもいうのでしょうか、そんな豊かな育て方を求めれば、子ども達はもっともっと賢くなり、もっともっと楽しい毎日が送れるのではないか、と強く感じた出来事でした。

 電車に乗ると、ド・ミ・ソ君達はとてもお利口で、公共でのマナーをしっかりと守る良い子に違いありません もしかしたら、オロナミンちゃんは電車の中でも大はしゃぎで、靴のままで座席に座り、窓のほうを向いて座るのかもしれません

 すべての意味で「賢い子ども」に育てることは至難の業ですね でも、まわりのいろいろな家庭を見ながら、時にはご自分達の家庭教育や教育方針を見直し、その都度、TPOを鑑みつつ、マイナーチェンジすることも大事なのではないかな?と思いました



親が教え、大切にすべきこと

2014-05-28 19:06:48 | すてきパパママにご提案
 今年もホノルルトライアスロンの応援に行ってきました お天気にも恵まれ、すこぶる楽しい大会でした。

 さて、そのホノルルに到着し、飛行機を降りる時のこと。私は、何とも言えない情けない気分になったのでした
 それはね・・・
すでに機外に降りていった乗客達の「座席の汚さ」を見たから、です。
 枕は床に落ち、膝掛けのブランケットはくちゃくちゃ。使ったヘッドフォンは座席から落ちかかっていたり、座席前のポケットから半分飛び出してぶら下がっていたり・・・
 空っぽのペットボトルは座席に置き捨てられ、機内用のスリッパはあちこちに散らかっている・・・

 ホノルル空港到着のアナウンスで、もう気持ちはすぐに機外に向き、一刻も早くハワイの空気を吸いたかったのかもしれません。ナイトフライトで疲れた身体では、自分の座席を整える気分など微塵も生まれなかったでしょうか
 でもね・・・ほぼすべて、というほどの空っぽの座席の状態があまりにひどく、私は本当に泣きそうでした

 どうしてブランケットをたたもうと思わなかったのしょう?たたんだとしても、ほんの30秒ほどですよね。
 席を離れる時、たたんだブランケットの上に、ポンと枕を置くことは大儀ではないはず。ペットボトルだって、ちょっと持って出て、ゴミ箱に捨てればいいだけ。使ったスリッパも、座席下に揃えて置くなり、捨てるなり・・・

 私は、よく教室の生徒達に話します。
「あなたは、人から見られているのよ」と。幼い頃から「人の目を意識する」ことによって、自分の行い、言動に気遣うようになるから、です。
 わずか4歳、5歳の子どもだって、お利巧な子ども、賢い子ども、かっこいい子ども、というふうに人から見てもらいたい、という欲求はあるのですよ
 こういう意識によって「正しい行い」「きれいな言葉遣い」「美しい所作」は育っていきます。それが、ひいてはその子の「品性、品格」として育っていき、知らず知らずのうちに、恥ずかしい行為、みっともない行いに対する羞恥心や嫌悪感が生まれます

 誰が見ていなくても、誰がほめてくれなくても、自分の使った座席をきれいにして、その場を離れられる品性の高い人が、増えてくれればいいなあ、と心から思いました
 JALやANAの機内は、さすが日本人そう思ってもらえる、日本古来の高い品格、立派な文化が若い子ども達に受け継がれていくこと・・・子どもを育てる親、大人には、その責任があると思っています


発音チェックのすすめ

2014-04-03 12:27:17 | 悪い子、悪い親?
 幼児期からの外国語教育・・・大流行り、です。
私自身、結婚前は「5歳児から中学生までに英会話を教える」という仕事をしていた手前、「外国語教育は必要ない」とは言えません
 ただ、やみくもに「21世紀の国際社会では、絶対に英語が必要!」と、まともに日本語も話せない子どもに外国語教育をするのもどうなのだろう???と考えているのが本音です。
 早期の外国語教育を絶賛するご家庭では、特に「発音が大事だから、最初からネイティブの先生に教えてもらわないと意味がない」とおっしゃいます。
 発音・・・確かに大事ですね。
だからこそ、今日は「発音」ということについて提案をしたいと思います。
 いえいえ、今日のお話は「外国語の発音」ではありません。母国語である「日本語の発音」についてのご提案 いえ、本心では、警告というほうが正しいかもしれませんね・・・

 我が子の発音・・・あまり気にしていない、ってこと、ないですか?
子どもも3歳くらいになれば、すっかりおしゃべりも上手になり、時には一緒に「パパの悪口」なんかにも付き合ってくれちゃったり

 でも、案外、しっかりと気を付けて聞いていなければ、子どもが話している時の「発音」がおかしいことが多々あります。

  ぱれる → たべる
  すたべきー → スパゲティー
  てべでぃ → テレビ
  すれびだい → 滑り台

 これらは、すべて実際に私の教室の生徒達「年中児」が間違って使っていた言葉です。これらはほんの一例にしかすぎません。彼らは大真面目にこの発音で話し、日々、家庭生活をしていた、ということです。
 食べるも、スパゲティーも、テレビも、滑り台も、子ども達が普段の生活の中で、よくよく使う言葉であり、決して「難しい言葉」であったり「なかなか使わない言葉」ではありません。
 このように頻繁に会話の中で使っている言葉・・・言い換えれば、親は頻繁に自分の耳でこれらの言葉を聞いているはず、ですね。
 でも・・・彼らは、残念ながら家の中ではこの発音の間違いを指摘されることもなく、平然と暮らしていた、ということになります 子どもが悪いわけではない
 これらの発音の間違いを、彼らとの会話の中で気づいた私は、自尊心を傷つけないように()矯正していきます。

 こういう発音の間違いは、「ラ行が言えない」とか「サ行がタ行になってしまう」というものではありません。舌や口の動かし方が未発達のために、なかなか特定の音や今日が正確に発音できない、ということはめずらしいことではありません。
 しかし、上記のような発音の間違いは、単純に「最初から間違って覚えてしまい、間違いを指摘されなかったため、それを正しい言葉と認識して使い続けている」ということ、なのです

 是非、たまには我が子との会話に、耳を澄ませてみてくださいね
かなり大きくなってから、発音を直すのには時間がかかりますし、何より「間違ってずっと使ってたんだ」「だから、時々、お友達が笑ったりしたんだ」と、すっかり自尊心を傷つけてしまうことにも成りかねません。

 外国語学習も大事ですが、まずは母国語「日本語」の習得に、大真面目に取り組んでくださいね