今年第一回の講座受講しました。
知多半島のいろいろを教えて頂くのです。 この日(16日)は
其の一:知多は酪農発祥の地、
其の二:半田で生まれたお酢の「ミッカン」の歴史
其の三;この地の大石が名古屋城築城のため加藤清正により運ばれた、
其の四:送り状((江戸時代の身分証明書)が原本で残っていた、
その他etc・・・・
成岩城の歴史も。 今は住宅地の中に石碑があるのみ↓
一番心に残ったのは「明暦の大火」の中の一逸話です。
知多半島とは関係ないと思いますが?
江戸の三大大火で(振袖火事)よく知られています。
大火が起きた時、小伝馬町の牢屋奉行である石出帯刀は
焼死しそうな罪人を哀れみ、
独断で「必ず戻ってくるように」と伝えて解き放った。
罪人たちは帯刀に感謝し、火事が収まって全員が戻ってきた。
万一一人でも戻らなかったら、帯刀は責任を負って切腹させられたでしょう。
その後、帯刀は「罪人たちの義理深さに免じ、罪一等減じてやってほしい」と
老中に進言、受け入れられた。
小説の中で知った記憶もかすかにありますが、
いま改めてとてもいいお話しと感じ入り心に残りました。