甘い生活 since2013

俳句や短歌などを書きます! 詩が書けたらいいんですけど……。

写真や絵などを貼り付けて、二次元の旅をしています。

釣りのオジサンと朝のひかり

2021年12月01日 21時57分20秒 | 海と水辺と船と

 いつ撮ったんだか、もう忘れてしまいましたけど、最近は少し慣れっこになってきて、朝の海を前にする感動がなくなっていました。

 まあ、イチイチ感動してても、魚は釣れるわけじゃないから、クールにどこで、どんなことをしたら、どんなエサにしたら、そんなことを計算しながら、浜からの釣りはやんなきゃいけないんでしょうね。

 私は、釣りを全くしていないから、釣りの何たるかもわからないし、おもしろさも感じられていません。そして、自分で釣ったサカナをさばくこともできないし、料理だって何十年もしたことがなかった。

 何にもしないのは昔からでしたね。その点は父と同じ?

 いや、父は実はこまめな人でしたよ。たくさんの植木鉢を抱え、植え替えしたり、土を買ってきたり、肥料を上げたり、母と歩いて来て、その辺で野草みたいなのを取ってきて、自分の鉢で育てて見たり、何かを徹底してやったというのではないけど、園芸全般をほとんどこなしていました。

 盆栽と植木と、オジンくさいのはしていなくて、どちらかというと、草花専門でした。それも、母が喜ぶから、母のために花を咲かせていたような気がします。

 パチンコやさんは近所に二つあって、こちらに行って少し儲けて、よせばいいのにハシゴしたり、ダメだったから、別のところでリベンジしたりとか、ひまがあるとお仕事のようにパチンコやさんに出かけていました。

 でも、仕事を辞めてからは、一切行かなくなって、健全にゲートの世界に入り、審判資格を取ったり、選手ではなくて審判で大阪城のグランドに出向いたり、審判専用の帽子を持ち、週末は忙しいくらいでしたっけ。

 他には、普段の日はホームグラウンドで練習があったり、練習が済んだら、少しだけお酒をいただいたり、のんびりとした老後を送ってた時もありました。

 それもどれくらい続いたんだったかな。十何年でしょうか。

 大工仕事も得意。毎日克明に日記を書く。時には遠く離れた息子の私に手紙を書いてくれたり、他には父がやってたこと? ゴミが多くなったら、七輪でゴミの焼却したり、そんなこともしてました。こっそりだから、苦情もこなかったのかな。

 すべて、現在の私ができていないことです。

 アウトドアの趣味もない。家であれこれするマメさもない。ボーッと昼寝したり、テレビ見たり、たまに本読んだり、コロナでどこにも行かないし、こんなだらしなさでは、とてもこの先が不安です。

 マメさを獲得しなくては! って、また口ばっかり。


1 父みたくなれないものを無理をして歩くつもりの父の坂道

2 夢の中そこにいるのに顔みえぬ何か伝えたいことあったんだろか

3 リュックには道で助けた草眠る帰宅後すぐに植えてやる父

4 父が何か言おうとするとき怖かった別に悪いことしていなくても

5 父の寝息してもしなくてもすぐ不安孝行息子になれない私は


 何だかわけもなく、お父さん短歌作りました。短歌とは言えないですけど。

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