
今朝は近所の出合いがありました。夫婦で参加した私たちは、クタクタで何か建設的なことがなかなかできません。これはたぶんお昼ゴハンを食べるくらいまで、もしかすると夕方まで、何だかボンヤリして過ごすかもしれません。朝なのに紫外線は強くて、もうヘロヘロです。
そんな時、5月の2日に見た朝日でも思い出して、ふたたびやっていく気持ちに自分をふるいたたせないといけないです。あの朝日はステキでした。奥さんも呼んだらよかったけれど、彼女は旅行前から20年ぶりのカゴシマで睡眠不足になっていたので、起こしませんでした。ザンネンでした。
それに帰りもチャンスがあるからと、無理には起こしませんでした……。帰りは日の出は見られなかったんですけどね。

お腹の赤が目立ったフェリーは、ずーっとエンジンをかけたままです。ですから、乗船手続きをしていても、クルマの列に並んでいても、船からエンジン音が聞こえます。しみじみ船を見上げることなんかできなくて、とにかく船はずっと稼働中でした。
17時過ぎに港に到着して、手続きをして、妻たちは歩いて先乗りをしてしまいました。クルマの列の中の私は、トレーラーが船内に入っていくのを横目に見ながら、ずっと待たされていました。
乗用車が動き出すと、バイクのオッチャンたちよりも早く船内に入れて、よかったと喜んだら、なんと私は地下3階まで通されて、しかも壁に前向きに駐車したので、出るときはたぶんバックで出なくてはいけなくて、それを思うと少し暗い気分です。またずっと待たされるだろうし、早く入れたから早く出られるのではなくて、後から着いた人たちが出たあとに出ることになりそうで、何だか納得がいきませんでした。

まあ、仕方がありません。気分を切り替えて、暮れていく神戸の町を見上げました。ハーバーランドの観覧車がとてもきれいでしたが、私のカメラでは限界があります。やはり動画にしなきゃいけません。でも、そんな余裕はなくて、下手くそな1枚だけです。

船体は白と赤、煙突は青で、フランス国旗みたいな配色です。いや、少し青が少ないので、インドネシア国旗みたいな、あるいはポーランド国旗みたいな感じかな。
展望デッキのまんまえには青い煙突があって、ここから轟音が出ています。
展望デッキはどんどん人が少なくなって、明石海峡大橋が見えなくなったら、関空も、友が島も、和歌山の町も、淡路島の洲本温泉も、もうどうでもいいや、とにかく明日早起きしなくちゃ、という感じです。

何度も浅い眠りから覚めて、その旅に星を見上げたり、四国の岬を探したり、そんなこんなをしながら、やっと夜が明けて、午前四時半になりました。
ちょうど太陽が太平洋の向こうから出てくるところで、それをめあてにたくさんの乗客のみなさんが船の後ろから見ています。

そうした人々の姿をとらえなきゃと、もう1枚撮りました。

かくして、私の旅は2日の夜明けを迎えていました。私は、今回特に目的があるわけではなくて、とにかく父のお骨を墓の中に納めるイベントをして、指宿の温泉につかり、指宿は食べ物はあまりおいしいものはないので、食事よりも町の雰囲気があじわえたらいいと思いつつ、朝日を見つめていました。
そうでした。妻がよく眠れて、大阪から夜通しクルマで走るという弟たち家族の無事も祈っていました。そんなこんなの海の上の夜明けでした。
太平洋の夜明けって、いつ見たでしょうね。あまりそういう経験はないはずですね。名古屋と仙台の間を船で何回か通ったことはありますが、はたして海から朝日を見たのかどうか。
感動より何より、写真を撮ることばかりに気を取られて、感動は後回しにしていたような気がします。いけないですね。

そんな時、5月の2日に見た朝日でも思い出して、ふたたびやっていく気持ちに自分をふるいたたせないといけないです。あの朝日はステキでした。奥さんも呼んだらよかったけれど、彼女は旅行前から20年ぶりのカゴシマで睡眠不足になっていたので、起こしませんでした。ザンネンでした。
それに帰りもチャンスがあるからと、無理には起こしませんでした……。帰りは日の出は見られなかったんですけどね。

お腹の赤が目立ったフェリーは、ずーっとエンジンをかけたままです。ですから、乗船手続きをしていても、クルマの列に並んでいても、船からエンジン音が聞こえます。しみじみ船を見上げることなんかできなくて、とにかく船はずっと稼働中でした。
17時過ぎに港に到着して、手続きをして、妻たちは歩いて先乗りをしてしまいました。クルマの列の中の私は、トレーラーが船内に入っていくのを横目に見ながら、ずっと待たされていました。
乗用車が動き出すと、バイクのオッチャンたちよりも早く船内に入れて、よかったと喜んだら、なんと私は地下3階まで通されて、しかも壁に前向きに駐車したので、出るときはたぶんバックで出なくてはいけなくて、それを思うと少し暗い気分です。またずっと待たされるだろうし、早く入れたから早く出られるのではなくて、後から着いた人たちが出たあとに出ることになりそうで、何だか納得がいきませんでした。

まあ、仕方がありません。気分を切り替えて、暮れていく神戸の町を見上げました。ハーバーランドの観覧車がとてもきれいでしたが、私のカメラでは限界があります。やはり動画にしなきゃいけません。でも、そんな余裕はなくて、下手くそな1枚だけです。

船体は白と赤、煙突は青で、フランス国旗みたいな配色です。いや、少し青が少ないので、インドネシア国旗みたいな、あるいはポーランド国旗みたいな感じかな。
展望デッキのまんまえには青い煙突があって、ここから轟音が出ています。
展望デッキはどんどん人が少なくなって、明石海峡大橋が見えなくなったら、関空も、友が島も、和歌山の町も、淡路島の洲本温泉も、もうどうでもいいや、とにかく明日早起きしなくちゃ、という感じです。

何度も浅い眠りから覚めて、その旅に星を見上げたり、四国の岬を探したり、そんなこんなをしながら、やっと夜が明けて、午前四時半になりました。
ちょうど太陽が太平洋の向こうから出てくるところで、それをめあてにたくさんの乗客のみなさんが船の後ろから見ています。

そうした人々の姿をとらえなきゃと、もう1枚撮りました。

かくして、私の旅は2日の夜明けを迎えていました。私は、今回特に目的があるわけではなくて、とにかく父のお骨を墓の中に納めるイベントをして、指宿の温泉につかり、指宿は食べ物はあまりおいしいものはないので、食事よりも町の雰囲気があじわえたらいいと思いつつ、朝日を見つめていました。
そうでした。妻がよく眠れて、大阪から夜通しクルマで走るという弟たち家族の無事も祈っていました。そんなこんなの海の上の夜明けでした。
太平洋の夜明けって、いつ見たでしょうね。あまりそういう経験はないはずですね。名古屋と仙台の間を船で何回か通ったことはありますが、はたして海から朝日を見たのかどうか。
感動より何より、写真を撮ることばかりに気を取られて、感動は後回しにしていたような気がします。いけないですね。
