
深夜アニメだった“GAD GUARD”。画像はそれの原作本。調べてみると第1巻は、2003年の発売だったとあるので、年月が経ったなと思う。深夜アニメ観続けて10年をようやくこえた計算になるが、何の自慢にもならず、なんだお前?で終わるのは言うまでもない。
↑“GAD GUARD”の登場キャクター達。こんなのあったなぁと思うばかりでも、この作品を知った後、今にして思えば、自慢をしても何もなりゃしないが宝を見つけたような感覚でいる。キャクターデザインも嫌いじゃない。
このアニメを最終話まで観て思った事は、「この作品の主人公はその当時の現代社会を何とはなしに生きる、ティーンネイジャーの姿を表したものだな」と言うものだった。折しも私も学生末期の頃で、何となく当時の心境にあっていたな、と思えた。そんな主人公が、「ライトニング」と言う重機に出会い、変わり行く日常が作品の中では描かれ、「何かしらの出会い」や「きっかけ」があれば、つまらない日常、変わり行かず、なんとはなしで生きる日常が変わり行き、生き生きとする、と言うことを感じたのはそれからだいぶたった今時分だったりする。
2003年の当時も、何とはなしに生きていた日常であっても、まだまだ目に映るものの中に、拓ける、という3文字はあった様に思うが、その先の未来をみすえる目は、今もなお養われぬままで。
がむしゃらだったと言えばそうかもしれないが、すべては活きず活かさせずで、あの頃はなんだったんだろうと思う。時間の浪費をしていたに過ぎない、と書けば、なんと情けない話ではあるが、事実。その頃の心のままに私は今ここにある。
何とはなしの日常に、これまで感じ得ないような新しく楽しくこの先を明るく照らすものに、願わくば、この“GAD GUARD”の主人公、真田ハジキがライトニングと出会い胸弾む様な変わり行く日常を過ごしてみたいと思う私の心はいまだにあの頃のままだな、と思うけれど、何とはなしの日常から脱し、胸を弾ませる様な日常を過ごしたい気持ちは嘘ではない。

このアニメを最終話まで観て思った事は、「この作品の主人公はその当時の現代社会を何とはなしに生きる、ティーンネイジャーの姿を表したものだな」と言うものだった。折しも私も学生末期の頃で、何となく当時の心境にあっていたな、と思えた。そんな主人公が、「ライトニング」と言う重機に出会い、変わり行く日常が作品の中では描かれ、「何かしらの出会い」や「きっかけ」があれば、つまらない日常、変わり行かず、なんとはなしで生きる日常が変わり行き、生き生きとする、と言うことを感じたのはそれからだいぶたった今時分だったりする。
2003年の当時も、何とはなしに生きていた日常であっても、まだまだ目に映るものの中に、拓ける、という3文字はあった様に思うが、その先の未来をみすえる目は、今もなお養われぬままで。
がむしゃらだったと言えばそうかもしれないが、すべては活きず活かさせずで、あの頃はなんだったんだろうと思う。時間の浪費をしていたに過ぎない、と書けば、なんと情けない話ではあるが、事実。その頃の心のままに私は今ここにある。
何とはなしの日常に、これまで感じ得ないような新しく楽しくこの先を明るく照らすものに、願わくば、この“GAD GUARD”の主人公、真田ハジキがライトニングと出会い胸弾む様な変わり行く日常を過ごしてみたいと思う私の心はいまだにあの頃のままだな、と思うけれど、何とはなしの日常から脱し、胸を弾ませる様な日常を過ごしたい気持ちは嘘ではない。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます