司馬さんにとって須田画伯がどんな存在の人だったのか、改めて分かったような奈良散歩。
興福寺の項では、廃仏毀釈の愚政を批判しつつも、阿修羅の表情を『無垢の困惑』と表現していて、読み応えがある。
中盤、仏教の解説が高じて、奈良に居ながらにして、インドや中央アジアの話が続く。
なんとなく理解はするが、すぐに消化しきれず忘れてしまった。
しかし後半、東大寺お水取りに対しての思い入れが伝わってくるのがいい。錬行衆のごく間近でその所作を見届けた司馬さんの文章は、清らかな愛に包まれている。須田画伯と東大寺の関わりも嬉しいし、過去帳の故事も楽しいし、良弁を語る言葉もいい。
それらよりなにより、司馬さんと若い僧のふれあいが、悲しくもないのに涙腺を刺激する。
司馬さんは言う。
『様変わることが常の世の中にあって、千年以上も変わることがないということが一つでもあったほうが、-むしろそういうものがなければ- この世に重心というものがなくなり、ひとびとはわけもなく不安になるのではあるまいか。』
僕は、司馬さんの知の洪水に溺れそうである。
もう一遍の「近江散歩」は未読。
10点満点中オススメ、奈良散歩だけでも高水準9.5★★★★★★★★★☆
興福寺の項では、廃仏毀釈の愚政を批判しつつも、阿修羅の表情を『無垢の困惑』と表現していて、読み応えがある。
中盤、仏教の解説が高じて、奈良に居ながらにして、インドや中央アジアの話が続く。
なんとなく理解はするが、すぐに消化しきれず忘れてしまった。
しかし後半、東大寺お水取りに対しての思い入れが伝わってくるのがいい。錬行衆のごく間近でその所作を見届けた司馬さんの文章は、清らかな愛に包まれている。須田画伯と東大寺の関わりも嬉しいし、過去帳の故事も楽しいし、良弁を語る言葉もいい。
それらよりなにより、司馬さんと若い僧のふれあいが、悲しくもないのに涙腺を刺激する。
司馬さんは言う。
『様変わることが常の世の中にあって、千年以上も変わることがないということが一つでもあったほうが、-むしろそういうものがなければ- この世に重心というものがなくなり、ひとびとはわけもなく不安になるのではあるまいか。』
僕は、司馬さんの知の洪水に溺れそうである。
もう一遍の「近江散歩」は未読。
10点満点中オススメ、奈良散歩だけでも高水準9.5★★★★★★★★★☆
街道をゆく〈24〉近江・奈良散歩 (朝日文庫)司馬 遼太郎朝日新聞社このアイテムの詳細を見る |