昨日のブログで紹介した生徒諸君の保護者が高校生の頃の懐かしいエピソード。この話題がきっかけとなって親子の会話がはずめばええかなと思い、第2弾を掲載したい。
とにかく今よりはるかに生徒数が多かった。クーラーもなかった。
現在、教室の机の並びはクラスにより違いはあるが、教卓から見て「677776=40」というのが一般的だろう。最初の「6」は教室の出入り口であるから。最後の「6」は掃除道具入れがあるから。
保護者の時代は48人学級だった。机の並びは教卓から見て「7777776」だったと記憶している。さすがに掃除道具入れのある最後の「6」を「7」にすると、一番前の席の生徒は黒板が全然見えない。ということは最初の「7」の一番後ろの机は、教室の出入り口をふさぐようにしてあり、生徒はその机をギリギリよけるか、またいで出入りするか踏み越えるかである。そこに座っている生徒は、休み時間に安眠をむさぼることは許されないのだ。
当時は暖房用にガスストーブを使っていた。昨年の冬、食堂に3台か4台設置されたタイプのやつだ。ガス栓が教室前の出入り口付近にありストーブをつけると、その真ん前の生徒は授業中に「熱い」「靴下が溶ける」「消してくれ」などと文句を言うが、そのはるか対角に座っている生徒は「寒い」「寒い」と凍えていた。
とにかく机がたくさん並んでおり、一番後ろの席のすぐ背後は教室の壁で行き来ができなかった。強引に向こうへ行こうとして、椅子の後ろの金具でズボンを破ったことが何度かある。
始業式や全校集会でも大変だった。柴島の体育館の広さはだいたい府立高校の標準だろう。保護者の時代の府立高校は一学年「48人×12=576人」。現在、柴島高校は「40人×7=280人」。ざっと倍以上の生徒が一学年に在籍するのである。
ということは体育館での集会も今の2倍の生徒がおるということ。そら窮屈極まりなく、学校によっては並ぶのも一苦労、いざ始まっても私語はそこかしこで聞こえ、夏の暑い時期など気分が悪くなって保健室に行く生徒も多数いた。
当時は今のように男女混合の名簿ではなく、出席番号は男子が先、女子が後だった(学校によって違いあり)。出席番号順で並ぶと、身体の大きい男子が前半分に座るので、それはさすがにあかんと女子が前半分に座っていた。その男女の間に立って仁王立ちして「静かにせんか」と怒鳴った瞬間、めまいがして倒れそうになったこともある。
そんな劣悪な環境の中で集会をしていた時代を知る者にとって、今の集会での静寂は天国のように思える。
遠足や修学旅行の集合も大変だった。学校によっては早くからクラス別でやっていたところもあるが、保護者の時代は一学年が同時に移動するパターンが多かった。
春の遠足で、梅田の紀伊国屋前が集合場所だったことがある。遠足の日程というものは他校と重なるのが当然で、運悪くざっと見ただけでも4校が集結しているではないか。紀伊国屋前は通勤ラッシュ並みの混雑ぶりで出席点呼なんてできるわけがない。
ところがそこに救世主が現れる。バリバリの体育教師であった同僚が、突然、梅田の地下街へ降りる階段の柵の上に立ち、拡声器を持って「○○高校は向こう」「○○高校はあっち」と仕切り始めたのだ。もし足を踏み外せば、階段を利用している通勤サラリーマンの頭上に落下する危険をものともせず、「誰かがやらなあかん」という使命感にかられたのだろう。
不思議なことに他校生もどこの誰かわからん体育教師の指示に従いはじめ、移動を開始。数分後には見事に4つの学校が別々に集合して事なきを得た。
現在、本校ではクラス別の遠足が恒例となっているが、保護者の時代は学年単位で動いていたことが多かった。学校によってそれぞれ事情の違いはあるが、生徒の問題行動があったときの対応を考えると、教師のパワーが分散するより全員で対処する方がいいという「大人の事情」があったのかもしれない。
大学進学の倍率もすごかった。今より大学数や学部数が少なかった時代ゆえに、当然倍率も高くなる。今はおそらく定員割れをしているであろう某大学の一般入試で「50倍」とかいうのもあった。保護者の時代は今よりはるかに大学進学が難しかった。
48人学級時代と比べて現在の40人学級はなにかとゆとりがある。それに加えて、本校は総合学科ゆえに普通科より1.5倍の教師数が確保され、1クラスを2人の教師で担当している。
日常の高校生活の中で生徒諸君に何か問題があれば、教師の目が行き届きやすいのでこちらから声をかけたり、保護者に連絡してすぐに対応することもできる。保護者が高校の頃と比べて、はるかに生徒対応は丁寧にできるようになったと思う。
しかし、生徒諸君が社会に出たとき、現在本校でやっているような「丁寧な対応」はほとんど期待できない。大学や短大、専門学校でもしかり。「丁寧な対応」を最大のウリにしているようなところは、どんな学校なのかとかえって疑ってしまう。
年齢に応じた「丁寧な対応」があるのが当然であり、高校では「ええよ」「かめへんよ」と許されることが、今後人生でずっと許されるはずはない。
そのことを知って高校生活を送るか、知らないまま送るかで、卒業後に大きな違いがでる。
この3年間で、改めるべき点は改めて卒業してほしいのもだ。「丁寧な対応」は高校が最後かもしれんよ。
第2弾の作品は、一眼レフの単焦点レンズで撮影したもの。個性的な構図がイケてます。