県警白バイ死亡事故 30日高裁判決 双方の見解 隔たり大 捜査側 動いていたバスに衝突/弁護側 スリップ痕証拠ねつ造
2007.10.28 朝刊 29頁 社3 写図表有 (全2,764字)
昨春、吾川郡春野町でスクールバスと県警交通機動隊の白バイが衝突して、隊員=当時(26)=が死亡した交通事故をめぐり、業務上過失致死罪で起訴され、一審で禁固一年四月の実刑判決を受けた元運転手、片岡晴彦被告(53)=同郡仁淀川町=の控訴審判決が三十日、高松高裁で言い渡される。被告側は「県警に証拠をねつ造された」として無罪を主張しており、「警察のねつ造疑惑」を軸とする同被告の支援活動がインターネットなどでも盛んに繰り広げられている。事故の経緯と裁判の争点を検証、整理する。
▼最大の争点
事故が起きたのは、昨年三月三日午後二時三十五分ごろ。仁淀中学校の卒業遠足でバス運転手を務めた片岡被告は、春野町弘岡中の国道56号沿いのレストランで食事を終えた生徒二十二人、引率教諭三人を乗せ、駐車場から右折して国道に進入する途中で、右側から来た白バイと衝突した。
隊員は胸を強く打ち、約一時間後に死亡。バス側にけが人はなかった。
同被告側は「左右の安全を十分に確認してから国道に入った。右折先の車線を来る車をやり過ごすため、道路中央で停止中に白バイが高速で衝突してきた。過失がないので、罪は成立しない」と主張。
一方、検察側は「安全確認を怠り、国道の中央分離帯に向けて低速で進行中だった」とし、公判では、バスが衝突時に動いていたか、それとも止まっていたかが最大の争点となっている。
検察側は事故後、同被告の逮捕前に撮影したとする現場写真を公判に提出した。そこには、バス前輪が路面に付けたとみられるスリップ痕(長さ約一-一・二メートル)や、衝突後に白バイがバスに数メートル引きずられたような擦過痕が写っており、検察側は「バスが動いていた証拠」としている。
しかし、同被告側は事故時、「バスは停止中で急ブレーキはかけていない」と反論。事故後の実況見分の際、同被告は現場でスリップ痕を見ていない上、警察官からも確認を求められず、「逮捕から約八カ月後の検察の取り調べ段階になって初めてスリップ痕を見せられた」とする。
また、ほぼ同型のバスと車体重量を用いて独自に実験を行った弁護側は「相当の速度が出ていないと一メートル以上のスリップ痕はつかない」と主張。スリップ痕がつくほどの急制動を事故時に感じた生徒はおらず、スリップ痕などは「身内をかばう県警が白バイ側の過失をなくすため、偽装、ねつ造した」と訴え、具体的には「何らかの液体をタイヤや路面に塗ったか、写真を加工した」としている。
本紙はバスに乗っていた生徒のうち、二十人から対面で話を聞いた。
事故の瞬間の明確な記憶が残っていない生徒も多いが、三人が「バスは止まっていた」とする一方で、同数の別の生徒が「バスはゆっくりだが、動いていた」と答えており、弁護側の主張に全面的に沿ったものとも言えなかった。
事故から約一時間十五分後に本紙記者が現場で撮影した写真にもバスのタイヤ痕ははっきり写っている。
一審の高知地裁判決は「マスコミなど衆人環視の中、スリップ痕などがねつ造される可能性はなかった」とし、白バイの破片の散乱状況なども検討した上で、「バスは時速五-十キロで進行中だった」と判断した。
▼白バイ速度は?
一方、衝突した白バイの速度も大きな争点。
一審は、衝突前の白バイの速度を「時速約六十キロ、あるいはそれを若干上回る程度」と判断。その根拠は▽県警科学捜査研究所がバスの損傷状況などを基にはじいた「衝突時には時速約三十-六十キロ」という算定▽事故直前、反対車線を走っていた同僚隊員の「(事故をした白バイは)時速約六十キロで走っていた」という目撃証言-だ。
しかし、弁護側はこれにも真っ向反論。事故バイクの後方を車で走っていた男性が法廷で、バイクは「時速百キロほど」だったと証言しており、バスに乗っていた生徒の中にも「白バイはかなりのスピードだった」とする声は複数ある。
先の同僚隊員は、白バイとバスをほぼ同時に視認してから衝突するまでの時間を「三、四秒」だったと証言している。裁判所が認定した通り、白バイが時速六十キロ程度で走行していたとすれば、この時、バスと白バイは五十-七十メートル離れていたことになる。
訓練を積んだ白バイ隊員が「時速五-十キロ」で進入してくるバスを、この距離で避けきれなかったのか。この疑問に対し、一審は「白バイにも前方注視義務が課せられる状況だった」と事実上、隊員側の「過失」も指摘し、速度論に合理性を持たせている。
ただ、この認定は「隊員が前を注視していなかった可能性がある」ことを前提にして成り立つ。しかし死亡した隊員が前方にきちんと注意を払って運転していたとすればどうなるのか。
前を見ながら走行し、五十-七十メートル手前で視認できうるバスに衝突したのなら、一審が認定した「時速約六十キロあるいはそれを若干上回る程度」よりも速い、相当な速度だった可能性も否定できなくなる。
一審は、第三者の目撃者である弁護側証人の話を「感覚的」「表現が必ずしも正確ではない」と退けているが、認定された白バイ速度にはなお疑問の余地も残っている。
▼実刑判決の重さ
一審判決は「証拠はねつ造と主張し、反省の情がない」とし、片岡被告に禁固一年四月の実刑を言い渡した。
弁護人の梶原守光弁護士は「停止していたと信じる被告人がそれに沿って主張するのは当然。それを『反省がない』とするのは刑事裁判の否定」と批判する。
今回の裁判には、一部捜査関係者からも「遺族の処罰感情が峻烈(しゅんれつ)とはいえ、過去に同種の重大事故を起こしたこともなく、量刑は重い気がする」という声は出ている。
その一方、道交法は道路外の施設から道路に進入する際はほかの交通をさまたげてはならないと規定しており、今回の場合、バスが走行していたか停止していたかにかかわらず、白バイの直進を妨げた時点で過失は問われる。
さらに、最近は交通事故の厳罰化傾向が顕著で、過失の割合が高い当事者が死亡した事故でも、もう一方に過失が認められれば原則的に起訴されている。
高松高裁での控訴審判決は三十日午後。片岡被告は「隊員と遺族に申し訳ない気持ちは変わらないが、事故の真実は分かってもらいたい」と話している。
【写真説明】
(上)スクールバスと白バイの衝突現場付近で、車体の損傷状況などを調べる警察官(18年3月3日午後5時ごろ、春野町弘岡中)(下)本紙記者が事故から約1時間15分後に撮影した写真。路面にはバスのタイヤ痕がはっきり写っている(同日午後3時50分ごろ)
【図】 事故現場状況