おっぱいとわたし 2016.12.3右乳癌告知 HER2(3+)ホルモン陰性浸潤径1.5cmステージ1

告知時、37歳独身 卵子凍結済
時々糖質制限、栄養療法ネタあり😸

異変から告知まで②

2017年01月21日 11時12分34秒 | 告知前のこと
繊維線種と言われてから

10年が過ぎようとしていた。

転職先は、老人ホーム。

お年寄りとの触れ合いは、とても楽しかった。

ただ、どうやら仕事内容(総合職の事務)と風土が私にはあっていなかったらしい。

事務長が率先して、誰かの悪口を言う。それに同調(ごますり?)しないといけない空気。

いつも誰かが、誰かを監視して、事務長に告げ口。
独り悪者を作って、みんなの輪が保たれていた。

ま、仕事なんていいことばっかじゃないけどね。

当時、私はお見合いも始めていた。

悪いことは重なる。

結婚相談所の仲人と私の相性は最悪。

なんで、高飛車にそして、早口でまくし立てられて

決め言葉は「あなたは結婚できない」なのだろう。
すごく焦っていた私は、素直に信じて言いなりになっていた。
(私は恋愛経験がこの時点で、なかった(恥)。純粋過ぎる私)
ま、それはおいといて、すごく好きになった人とのアレヤコレヤがありました。(これは落ちついたら書きたい)

そして、職場のパワハラは。

じわじわと入職当時から私を追い詰めていった。(被害者は私だけじゃないという^^;なんて職場。)

ついに、張り詰めていたものが臨界点に達した。
(これと並行して、ナンヤカンヤ継続中(笑))

2年前の4月。辞めろと言われた日から、転職活動も始めていた。
内定も貰ったが、決めかねていた。

ある日・・・急に声が出なくなった。(すぐに戻ったけど)

心療内科にて「心身症」。


仕事は、もう辞めるつもりだった。

そこから半年。(現在も、薬だけもらいに行ってるが、実はあまり飲んでない。)
※傷病手当金がほしいので、通ってます。
っていうか、今や乳がんだから、そっちでもらっとけばよかったよね。

すぐに復職できる。と主治医に言われたはずなのに、
半年経っても、体調はすぐれなかった。

だるくて、熱はないのに熱感があった。

なんかおかしい。

リワークという復職支援のプログラムにも午後からやっと出席というありさま。


なんかおかしい。主治医に訴えた。「薬があっていないのでは?」「なぜ治らない?」
「薬は必要なのか?」

Drは、あせらないこと、様子を見ることを繰り返した。


どうしたんだろう

不正出血が続いていた。

そうだ。折角暇だし、気になることは調べてみよう。

産婦人科に予約を入れた。

異変から告知まで①

2017年01月21日 10時48分34秒 | 告知前のこと
元々、私は20代後半(10年くらい前)から、乳腺繊維線種を持っていた。
(現在の病巣とは関連なし。が、乳腺繊維線種の人はリスクは高まると当時言われていた)

これが、時々痛かった。Drは、痛ければ鎮痛剤を飲めばいいよ。と言われた。

当時は、癌なのでは?と怖くて怖くて、セカンドオピニオンまで受けた。
結果が出るまで、ひとりで泣いた。

結果が出ても、納得できずにセカンドオピニオンを受けた。
「その若さで、癌になるはずはい。」そう言われた。(でも、その後19歳でも乳がんになった方がいることを知る)

当時は、大学病院に事務として勤めていたので、「ほんとは検診は大学病院ではしないんだよ~」とDrに言われながらも、こっそり経過を見ていた。

セルフチェックはしなかった。

というか、怖くて触れなかった。それは今も同じ。おっぱい怖くて触れない。

その後、激務に耐えかねて転職。

・・・・・・・・・・放置した。


どこに転職しても、私はいつもなんだか激務だった。

契約職員から正規職員にどうしても成りたくて、採用試験の勉強。
加えて老猫3匹の看病・通院・介護が始まった。

寝る間を惜しんで、こなしたなぁ。

いつも疲れてた。エナジードリンクを1日2本飲むことも多かったなぁ。

重度貧血になったり、不正出血があり産婦人科には通っていた。

冷え取りもやっていた。



胸の痛みは常にあった。時々ズキンと刺すような痛み。痛みがなんだか、イヤなものに成ってるように感じた。

でも、なぜだか私は、産婦人科系の心配ばかりしていた。

その間、右額に帯状疱疹、百日咳、謎の(専門病院をいくつも受診した)長引く激しい咳・・・

今思えば身体はSOSを発していた。

乳がんの検診のことは
頭の片隅にいつもあった。


でも、大学病院で検診できないでしょ?
繊維線種もちで、エコー(30代だから)受けたら、引っかかるでしょ?

どこ言ったらいいんだろう?

今思えば、エコー受けとけばよかったよ。

経過観察っていう考えに至らなかった。


それからさらに数年後

ようやく乳がん検診を受けようと思う。

が!

全然、市の受付窓口に電話がつながらない。(-_-;)

やっとつながったと思ったら、

いちいち長時間保留で、待たされる。

やっと電話口に出てくれたと思ったら、数カ月先まで予約が埋まっているという。

福祉業界で転職したばかりの私。
数か月先の休みを確保する勇気がなく。
またしてもくじけることとなる。