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ゲバラの手紙

2009-09-23 | 映画
今日、『チェ 39歳別れの手紙』を観ました。三週間くらい前に『チェ 28歳の革命』を観てますから、もともと四時間二十分以上ある一本の作品である『チェ』を全て観たことになります。


いやあ、しかしカッケーな、ゲバラは!カッケーよ本当に!
痛風持ちのオジサンがこういうと「脚気」に聞こえるかもしれませんが、チェ・ゲバラという人は本当にカッコイイ!

弱く貧しい人たちの生活を見て義憤を感じ、それを強いている支配階層を懲らしめようと思う。
こういうことは、多くの人が考えますね。
でもたいていは考えるだけで、実際には行動に移せないし、移したとしても大きな成果は生み出せない。
でもチェ・ゲバラは、自分には徹底的にストイックに、弱きものに対してはあくまで優しく接しながら激しく行動を続け、ついに革命まで起こした人でした。

彼はアルゼンチンの裕福な家庭に生まれ医学部に進みましたが、学生時代にバイクで南米を回るうちに、南米中に圧制に苦しむ貧しい人々がいかに多いかを知ります。
医療も教育も満足に受けられない人々。そして、その背後にアメリカがいることも知ります。
ゲバラは、為政者が自国民を犠牲にしてアメリカの傀儡になっていることに、なんたることゾ!と怒り、義憤に燃えまくるワケです。


27歳のとき、ゲバラはメキシコに亡命していたフィデロ・カストロと出会います。
そしてキューバにボートで上陸し、独裁を敷いていたバティスタ大統領政権に対してゲリラ闘争を二年以上続け、ついに首都ハバナを陥落させます。
ここまでを描いたのが『28歳の革命』。

キューバ革命後、閣僚になりますが、1965年に、カストロ、父母、子供に宛てた手紙を残して姿を消してしまう。
そして、南米大陸の中央部にあるボリビアでまた革命のためのゲリラ闘争を開始します。しかしキューバのようにはいかず、政府軍に捕らえられ銃殺されます。
この最期の二年が『39歳 別れの手紙』で描かれています。


チェ・ゲバラは理想主義を貫いた人でした。こういう人は政治家には向きませんね。妥協を知らないから、ずっと革命運動を続けるしかない。

でも、ゲバラが殺伐とした軍人としてではなく、民衆を解放するカリスマとして今でも世界中で愛されているのは、彼自身が弱きものに対して「愛」と表現するしかない形で接し続けたからでしょう。


ゲバラは、五人の幼い子供たちにつぎのような手紙を残しました。


愛するイルディータ、アレイディータ、カミーロ、セーリア、そしてエルネスト。
もしいつかお前たちがこの手紙を読まなくてはならなくなったとき、パパはもうお前たちの間にはいないから、お前たちはもう私を思い出さないかもしれない。
特に小さい子供たちは何も覚えていないかもしれない。
お前たちの父はいつも考えた通りに行動してきた人間であり、みずからの信念に忠実であった。
すぐれた革命家として成長しなさい。それによって自然を支配することのできる技術を習得するためにたくさん勉強しなさい。
また次のことを覚えておきなさい。
革命は最も重要なものであり、またわれわれ一人ひとりは(ばらばらである限り)何の価値もないのだということを。

とりわけ、世界のどこかである不正が誰かに対して犯されたならば、それがどんなものであれ、それを心の底から深く悲しむことのできる人になりなさい。
それが一人の革命家のもっとも美しい資質なのだ。
さようなら、わが子たち。まだ私はお前たちに会いたいと思う。
しかし今はただパパの最大のキスと抱擁を送る。

                                   父


どうです?私はこれを読んで思わず泣いてしまいましたよ(泣き虫だなア)



ゲバラを知っていくと、その姿がイエス・キリストにだぶってきました。

ゲバラは筋金入りのマルクス主義者であり、戦闘で多くの敵を殺し、キューバ革命の直後には、旧政権のたくさんの政治犯を処刑しました。
そんな男がイエスだって?と、怒る方もいらっしゃるでしょう。

でも私は、イエスの弱きものに対する優しさや愛に、しばしば「激しさ、強さ」を感じるのです。
ゲバラは中南米の民衆には今でも神格化された存在のようですし。

そんなこんなを思った一日なのでした。




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