キツネノマド

松岡永子
趣味の物書き
(趣味とはなんであるか語ると長くなるので、それはあらためて)

不意に音楽がとぎれ、

2009-08-29 07:27:36 | 掌編
【午後】
 ふいに音楽がとぎれ、砂嵐のような雑音。その透き間から気象予告が聞こえてくる。遠いところからやってきた低い声。
――今夜半から嵐が始まります。戸締まりを確認し外出はひかえてください。ものを屋外に出さないでください。くりかえします。今夜半から嵐です。外出はしないでください――
 始まったときと同じく突然声はやむ。雑音がやみ、ふたたび穏やかな音楽がCDデッキから流れ始める。
 今夜は嵐か。
 声がそう言ったのだからそうなのだろう。窓から、木立の向こうにひろがっている白い空を眺める。
 ここでは砂が降る。
 細かな砂がたえまなく降りつもり、家を庭を木を、埋めていく。川を谷を埋めてゆく。いつのまにか世界を静かに埋めていく。砂の降る静寂の音と色のない香りはあまりに穏やかで、とろとろと眠りに誘われる。
 そのまどろみを揺り起こすように嵐が来る。警告に従って鎧戸をおろす。空はかすかに赤みをおび黄色い虹がかかっている。

【夜】
 いつものまどろむような静寂とは違う、空っぽの闇のように上下もなくなる一瞬。そして轟音。音はそのまま耳鳴りのようにつづき、もう音がしているのかどうかわからない。
 今、砂が空へと降っているのだ。
 何日も、何週間も、何箇月もかかって世界を埋めた砂が空へと還っていく。空から地へ降るときとはちがって、空へと降る砂はすさまじい音をたてる。
 鎧戸をおろしたまま、耳を塞いで耳を澄ます。音はまだつづいているのか? 轟音と静寂はよく似ている。聞きわけられない、ないので耳を澄ます。

【朝】
 壺の底を覗くように崖のふちから谷を覗きこむ。道は切岸に刻まれている。夜明け前。警告はまだ解除されていないが亀裂を見にいく。まだ日は昇っていない。空全体が薄く発光している。この夜明けは青く染まらない。崖に刻まれた道を降りていく。
 崖の切り口には地層が見える。粘土の層、小石の層、礫の層、白い粘土の層…これは火山灰の層だろうか。ゆうべの嵐で地層はいっそうくっきり浮き出している。いちばん低いところ、いちばん砂がたまっていたところまでおりていく。埋めていた砂がなくなった剥きだしの場所。忘れ去られた古代生物が化石になって眠っている。
 地層の中に鮮やかな赤が一筋。ここでは、傷はいつも新しい。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿