窓をあけていたのが失敗だった。
帚星がにぎやかな唸り声をあげながら一直線に落ちてきたかと思うと、いきなりジョッキに飛び込んだ。
そのあとの奴のはしゃぎっぷりったらなかった。いや、その前からご機嫌だったにちがいない。きらきらの尻尾をひきずりながら部屋中を跳ねまわる。目がチカチカするし、つかまえてやろうと思ったんだが、こっちもほろ酔いなんでうまくいかない。そのうちどうでもよくなってきた。むこうも . . . 本文を読む
前にアップしたのと同じ、昔同人誌に書いたもの。文字遣いなど一部訂正しているが基本的にそのまま。(袁○(イに参)は出なかった)
中島敦の『山月記』はよく教科書に載っている。
都合がいいから、だろう。適当な短さの小説だし、難しい漢字がたくさん出てくるから試験問題を作りやすいし、なによりわかりやすいし。なぜ自分が虎になったのかを分析的に告白する、という形で語られるから、「なにかわけのわからな . . . 本文を読む
落ち葉で朱く染まった石段。乾いた石ののぞいているところを選んで座る。
ふたつ後ろの段に気配が静かに腰をおろす。
さびしい。
この気配は、鬼だ。
落ち葉が音を立てる。甲高い声で鳥が渡っていく。わたしは気づかないふりをして午後の木洩れ日をみあげる。気づかれてはならない、わたしが気づいたことに。彼は鬼なのだ。
わたしが気づいてはならない。
彼が鬼なのだ。 . . . 本文を読む
しゃがみこんで、というよりほとんど寝ころがってほおづえをつく。そうして露地を見おろす。
窓からの風景は、明度も彩度もみるみる落ちていく。ビーズをばらまくような音。ビーズの粒はどんどん大きくなっていって、もう自分がなにを言っているのかも聞こえない。ここでの記憶は雨ばかりだ。
この店は焼け残った戦前の建物を使っているらしい。二階のギャラリー――二階とは名ばかりの、立ち上がったら頭をぶつけてしまう . . . 本文を読む
部屋を整理していたら、昔同人誌に書いたものが出てきた。出てきてしまったのでここにアップしておくことにした。文字遣いなど一部訂正しているが基本的にそのまま。
昔、とっても潔癖だったわたしには、光源氏の恋愛に対する態度がふまじめにみえてしかたがなかった。複数の恋愛を同時進行させることなどではない。「形代の恋」というやつだ。
本当に好きな女性は手の届かないところにいるので身代わりで我慢する、とい . . . 本文を読む
図書館が開くまで、駅前の喫茶店でモーニング。客のほとんどはお年寄りで、みんな常連さんらしく、座っただけでコーヒーやジュースが出てくる。だいたい座る場所も決まっているようだ。こんな時間に喫茶店にはいったことがなかったから知らなかった。
ドア近くに座っていた男が携帯電話でしゃべりながら出ていく。営業マンだろうか、忙しそうだ。
夏休みで遊びにきていたいとこが興奮したようすでささやく。
「すごいね . . . 本文を読む
――切ってしまおうと思ったのよ、何度も。
わたくしの髪は太くて多くて、くせもあってすぐにひろがってしまう。強情で手におえないの。でも…
薔薇窓を模した喫茶店のウインドウを背に彼女が語る。その声を聞いているうちに今朝の夢を思い出した。
窓から射すいっぱいの光にびしょぬれになりながら彼女を見あげる。優美な尾が床を打ち、彼女の背丈がすっと伸びる。気高く美しく、無慈悲なほほえみに溢れて彼女は見下ろす . . . 本文を読む
丘の上に望遠鏡を据える
――月は毎年地球から三・五センチメートル離れていきます。――
繊月は獰猛な獣の眼のようだ
――月の明るく見える面は太陽の光を反射しています。
月の暗く、見える面は地球の光を反射しています。――
レンズを通って月の姿は大きくなる 星々は明るさを増す
天空を眺める望遠鏡のレンズ
鉱物を観察する顕微鏡のレンズ
――硝子は結晶構造を持ちません。 . . . 本文を読む
まっしろな乳からチーズができるように、そしてチーズの塊に自ずから蛆虫が湧き出るように天使たちは出現した。天界は天使で満ちた。世界には羽ばたきの音が溢れた。
いや、神はまだ生まれてはおらず、世界はまだない。ここはからっぽだ。世界はまだ夢をみていないのだ。
これから生まれる天、地、海、空気、深淵と地獄、すべてが神である。神は自分が神であると夢みたゆえに神となる。蛆虫の前に蝿がいたわけではない。 . . . 本文を読む
昼間っからいいご身分だなって?
俺だって働いてないわけじゃないんだぜ。まあおかげで楽させてもらってるけどさ。気立てがよくって働き者で、おまけに器量よしで。
ごちそうさま? そんなこといっても何も奢らないよ。俺もだいぶ腹が出てきたが、お前も気をつけるようにいわれてるんだろ。その点、うちのやつは全然変わらないからなあ。今も長い髪が真っ黒で。白髪なんか一本もないだろ?
え? 見たことがないから . . . 本文を読む
〈募集要項〉
本文中に、実在する本のタイトルを入れること。
う゛ぁーごノ月二七日
カネテヨリ探シ求メタル「夢の本」ヲ追ツテ、深夜、大図書館ニ侵入ス。地下書庫ハ古書籍ノ海ニテ時モ凪イダリ。殊ニ雅ヤカニ荘厳サレタル一角在リ。創造者ガ珍ラカナル書ヲ封ジタルト見ユ。一冊ヲ手ニ取ルト、其ハ完全ナル零本ニシテ無残ナル姿哉。僅カニ残リタル扉ぺーじニ精妙ナルExlibris存リ。古代女王ノ似姿ナリ。
総テ . . . 本文を読む
きざしたばかりの芽の形に合わせた掌を、おやゆびの側からゆっくりと開く。柱の立ち並ぶ礼拝堂を思わせる指の形の、その間になにかが凝る気配がある。
「……。近いです。」
「ああ。すまない。」
夢中になって女の掌に息がかかるほど顔を近づけてしまっていた。
老成した手際に比して幼い口振りだな、わざとそんなふうに思って自分を静め、椅子に深く座り直す。女は再び自分の掌に目を落とす。集中が深まっていくのが傍 . . . 本文を読む
早仕舞いした日の夜更け、お月さまは二丁目のカフェでお茶してるんだって。見にいこうよ――と言ったのは、もちろんきみを誘うための口実。そんなの都市伝説さ。
だいたいお月さまってやつはいけすかない。気取り屋で気まぐれ。小指を立てて紅茶を飲むんだ。ぼくが豆板を食べてたら
「フン。駄菓子は口に合わないんだが。ま、たまにはいいか」
なんていばって言いながら、勝手につまみあげて頬ばりやがった。ずいぶんこど . . . 本文を読む
「あっ、しまった」
蓋が緩んでいたのだろう、落とした缶からドロップが飛び出した。色とりどりの雫がにぎやかに石段を跳ねていく。ぽかんと眺めていると、足下で声がした。
「きれいねー」
「きれいだねー」
「ねー」
こどもがふたり、さらにちびっこいのがもうひとり、ドロップのかけらを拾っていた。
「いいなー、きれいだなー」
「いいねー、きれいだねー」
「ねー」
掌一杯の七色のドロップと、僕の顔を見較べ . . . 本文を読む