「ヒャァァァァッホォォォー!」
久方ぶりの繁華街の汚れた空気!
スーツに身を包んで、満員電車に揺られ、営業先に門前払いされ、
しがないリーマン生活を退屈に浪費していた平日も、今日で終わりだ!
頭のツルピカ具合がとんでもねえ嫌味な上司におべっか使って!
態度と口のなってねえ新人の部下どもに愚痴を毎日こぼされて!
それでもデスクの係長にしがみついている俺が、蝶のようにヒラヒラと躍り出る週末!
せがまれたサービス残業を蹴ってまで手に入れた、最高のアフターファイヴ!
金曜日の夜だぜ!
「さて、今日も可愛い子ちゃんを探しに行きますか!」
街に出た俺は、早速週末を一人でエンジョイするために、手軽な女探しを始めた!
おっと、ご紹介が遅れたな、俺の名前は伊達太郎(だてたろう)!
渋みと若さの中間を保ち、そこらのガキんちょどもには絶対出せねえ味を持つ29歳!
身長182cm、体重71kg!
誰の体でも抱きとめられる長い腕に、超理想的なボディを支える長い足、
キメた黒い革靴のサイズは27cm!
「週末限定しか開かない、このショットバー。なんでだか毎回、いい女が居るんだよなぁ」
俺は、週末お決まりの出会いの場、ちょっと洒落たショットバーのバーカウンターに座って、お決まりのカクテルを頼む。
「マスター、いつもの」
「またですか?毎度毎度…もう初心者じゃないんですから、勘弁してくださいよ」
気の良いマスターがグラスに赤い液体を注ぐ。
俺の頼んだカクテルの名前は、バージンマリー。
度数の高いカクテル『ブラッディマリー』からアルコール成分のウォッカを抜いた、いわゆるバー初心者用のブラフの酒。
ま、簡単に言うと、小細工して酒のように見せたトマトジュースだ。
「へへっ、相手が見つかる前に潰れちゃ嫌だからな」
「また内に来る女の子目当てですか。よくやりますよ」
ちなみに俺は花の独身。
自由な独り身生活を満喫するフリーダム・メェン!
おおっと、そこの人。
独身だからって勘違いしちゃ困るぜ!
おめえらが思ったほど、俺は女には不自由してねえ。
馬鹿で見かけばっかりの女の一人や二人、ブラフの酒で引っ掛けるのは簡単簡単。
なんでって?そりゃおめえ…
「あら、お兄さん。カッコイイわねぇ。どう私と火傷してみない?」
これだもの。
女のほうからホイホイ声をかけてくるなんてしょっちゅう。
自惚れるわけじゃねえが、親から貰った顔のつくりにも自信がある。
「姉さんみたいな美人が声かけてくれるなんてな。でも俺との夜は火傷じゃすまないぜ」
「あらあら、それじゃ救急車でも用意しておこうかしら」
「救急車じゃダメだな、パトカーでも足りねえよ」
「あら、なぜかしら?」
「俺が姉さんを、誰も届く事の出来ない遠くに連れていっちっまうからさ。姉さんが逃れられないくらいの底なしの恋の泥沼へな」
「うふっ…それは楽しみだわ」
おまけに口もまわるほうで。
顔が良くて、体も完璧、そんでもって口説きが巧いとくりゃ、
どんな女でも、このカクテルと同じ色で頬を染めちまう。
まるで初めて…処女(バージン)みてえに恋にのぼせ上がっちまえばイチコロよ。
まったく罪作りだぜ、俺って奴はよ。
だが、そんな俺にも誤算はある。
「あれ、もうだめなの?ダメねえ。もう一杯いけるでしょ?」
「へへ…火傷が過ぎたぜ。もうだめだ」
今日捕まえた女は、たしかに涎(よだれ)が出るほど肉欲的な美人だったが、
最終的には俺の肝が冷えそうなぐらいの、ブラッディマリー(血まみれマリー)だったぜ。
「マスター、モスコミュールもう一つ」
「お客さん、もう二十杯目だよ。いやしかし強いねえ」
強ぇ…この女、俺が思ってた以上に、めちゃくちゃ酒に強ぇ…!
度数の高いウォッカベースのカクテルをガンガン飲んでも、まだ酔いの口って感じだ。
こちとらはマスターに目配せして、カクテルの度数を弱めてもらってるってのに、
この女なんだ!射撃場で参弾銃の弾丸装填してんじゃねえんだぞ!
俺の誤算は、この女に眼をつけられた所から始まっていたのかもな。
「ご馳走様、火傷は程ほどにしないとね」
カクテルグラスに残ったエックスワイズィーを飲み干すと、
女は席を立って、店のドアを開ける音と供に、俺の前から去っていった。
カクテル、X-Y-Z(エックスワイズィー)。
『もう終わり』って意味だ。
「大丈夫かい?」
優しく声をかけるマスター。
だが俺の前に残ったのは飲み干されたカクテルグラスの山と、
見たくもない膨大な数字の書かれた領収書だった。
後でマスターから話を聞くと、あの女は鹿児島出身の酒豪で、
毎回酒の弱そうな奴に勝負を持ちかけては、自分の飲んだ代金を奢らせるんだと。
ちくしょう!
腕っ節も酒も強い薩摩隼人(さつまはやと)ってのは聞いたことあるが、
男と飲んで酔わねえ薩摩御前なんて聞いたことねえよ!
「マスター悪ぃが」
「わかってますよ。ツケですね。ちゃんと払ってくださいよ」
「ああ…あと」
「水ですね。はい」
俺はマスターに心を読まれてるみてえだった。
だけど、気の良いマスターの用意したキンキンに冷えたグラスの水は、
俺の頭を冷やさせるにゃ十分な代物だった。
頭の冷えた俺は、バーカウンターからチラチラと回りを確認した。
さっきみてえな『すれ』た奴とは違って、世間知らずの良い女が居ねえかなと思ってテーブルの隅々まで見た。
居た。華奢な体に、背伸びした格好でオドオドしてる羊が一匹。
奥の席に、一人っきりで。
照明が暗くてもすぐわかる。紛れもねえ綺麗な白い肌。
見れば見るほど、すげえ美女…いや、世間知らずの美少女ってとこか。
なんで世間知らずって判るんだ、って?
そりゃおめえ、姿かたちは勿論のこと、持ってるカクテルがそうだからよ。
バージンマリー。俺と同じブラフの酒さ。
「お嬢さん。誰かを待ってるのかい?」
「ボク、誰も待ってないの」
「へぇ、君みたいな可愛い子が一人?」
「ボク一人なの。お兄さんは?」
「奇遇だね。俺も一人なんだ。どう?静かに飲みたいなら無理強いはしないけど。一人同士、一緒に飲むってのも楽しいもんだぜ」
「ふぅん、そういうもんなの?」
「そりゃそうさ。若い頃は一人酒ってのも悪くないが、大人は皆誰かと飲みたいから飲むのさ。一人になることを怖がるのさ、俺みたいに」
「お兄さんも一人で寂しいの?じゃあボクと一緒に飲むの!」
おいおい、酔い覚めにしちゃあ眩しすぎるぜ。
目の前の狼さんに、こんなにアッサリついてくるとは、
親に隠れて背伸びしたい箱入り娘か?それとも計算か?
いや、計算づくで演技したとしても、こんな狼と狐が化かしあう場所じゃ
それも意味がねえ。
「お譲ちゃん、何飲む?」
「あのね、ボク。こういうところ初めてで…お酒、まるでダメなの。お兄さん、お酒で何が美味しいか教えてなの」
「別に酔わなくても。雰囲気さえ味わえればいいんじゃないの?」
「だめなの!お酒を飲みたいの!」
「ったく、しかたがないな。じゃあ、マスター。ピニャ・コラーダを一つ。あ、初心者の『お嬢さん』用にね」
「お、お兄さん。ピ…ピニャ・コラーダってなんなの?」
「飲みやすい、お酒さ。甘酸っぱい一夜のお供」
「ふ、ふぅん…なの」
ドンピシャだぜ!
この反応!この答え方!この制御できねえ無意識の大人への憧れ!
こりゃそこらのアバズレが使うような演技じゃねえ、マジもんの天然素材だ!
そりゃ俺だって最初は疑問に思ったさ。
自分のことをボクって言うのも意図的に見えたり、
「なの」っていう幼さの残る語尾がワザとっぽく見えたりもした。
だがちげえ。断じてちげえ!
運ばれてきたカクテルの飲み方を見て、俺には見えたんだ!
小さなカクテルグラスを両手でガチガチに掴みながら、
唇に何度も近づけては離す素振り。
そして真顔で飲んだ時の、隠し切れない彼女の動揺を。
「ふ、ふうう。あ、案外、お酒って甘くて美味しいの!」
俺がマスターに頼んだ代物は、本物のピニャ・コラーダじゃない。
ラムを極限まで抑えた、ノンアルコールのヴァージン・コラーダに近い物だ。
だが、彼女は酒だと思って飲んだらしく、ほのかに顔を赤くして、
背伸びしきった風に胸を張って、実に可愛いじゃないか。
俺は、自分の牙に毒を注入し始めた。
今日の獲物は、この世間知らずの天然だ。
「カクテルなんて美味しくなけりゃ誰も飲まないさ。そうだろ?…ええと」
「ボク沙織(さおり)!乙姫(おとひめ)沙織って言うの!」
「乙姫って、可愛い苗字だね。乙姫ちゃんって呼んでもいい?いや…乙姫さんかな?」
「沙織で良いの!お兄さんには、ボクの名前で呼んで欲しいの」
「わかったよ。沙織ちゃん」
「…って、お兄さんの名前はなんていうの?」
「俺?俺は伊達太郎。今はこんな風に格好つけてるけど、いつもは毎月のしがない給料で暮らす貧乏サラリーマンさ」
「じゃ、じゃあ!ボクも太郎さんって呼ぶの」
「へ?え、ああ。別にいいけど」
「太郎さんは、ここで何をしてるの?」
「誰かを待っている…ってのもおかしいか。ようは、一夜の相手を探しているのさ。寂しい俺と付き合ってくれる誰かをね。自分が格好悪いのは承知の上でね…」
「そんなことないの!ボクから見ても太郎さんはカッコイイの!」
「君みたいな可愛い子に言われると光栄だね。たとえお世辞だとしても嬉しいよ」
「お世辞じゃないの!本当にカッコイイの!」
ははっ!見ろ!
狙い通りに毒が回って、彼女のスイートハートはゲットレディ!
俺のグッドラックは、口にも回ってきたぜ!
最初は強気な感じで見せてみて、適度に相手を褒めつつ、
謙虚な自分をアピールして、ニヒルさを失わせない笑顔で見つめる。
毒蛇が相手を毒で弱らせてから食べるのと同じ、
相手を俺にのぼせさせるための得意の毒牙さ。
「沙織ちゃんは、何でこんな所に居るの?」
「えっと、ボクはね。うーん。なんでだろ?」
しかも相手は、何も知らない極上の天然だ。
俺の口説きテクニックにかかれば、これほど都合が良い女も他にいねえ。
世間知らずの小娘を口八丁手八丁に落とすのなんざ、朝飯前。
俺はマスターに頼んで、徐々にカクテルのアルコール成分を高めさせた。
男が女を落とすのには、キッカケが必要さ。
共犯が手伝ってくれる、からくり仕掛けのキッカケがな。
「あれぇ、ボク。なんだか眠たくなってきちゃったのぉ」
「仕方ないな。じゃあ今日は、さよならだね」
「ねえ太郎さん。一人じゃ立てないよ。ねえ、ボクを送っていってなの」
「いいのかい?俺だって男だぜ。狼さんに食べられて文句言っても知らないよ」
「どういう意味なの?ボクわかんなーい」
「沙織ちゃんには無理か。まあ俺も心配だし、駅まで送ろうじゃないか!」
「きゃ!」
「マスター、この分もツケといてくれ。さあ佐織ちゃん。しっかり僕に掴まってるんだよ」
「え?えええ?」
すっかり泥酔してしまった沙織の華奢な体を、
俺は本人の意思の確認もせずに負ぶさった。
顔を真っ赤にする彼女は嫌がりながらも、グッと俺の体にしがみついた。
俺は自分と彼女の荷物を片手に持つと、逆の手でバーのドアを開け、
駅に向かってゆっくり歩き始めた。
道行く風が、俺の心の中の勝利の声にも聞こえた。
道行く奴等が、負んぶした俺たちの姿をチラチラ見てくる。
「太郎さん。み、みんな見てるのぉ」
「気にするなよ。見せ付けてやろうじゃない沙織ちゃん」
「降ろしてなの、ぼ、ボクも歩けるから」
「ダメダメ。沙織ちゃんは相当酔ってるから、男の俺が送らなきゃ。そうだろ?君みたいな綺麗で可愛い子を、こんな危ない街にホッポリ出すほど、俺は薄情じゃないぜ」
「そ、そんな…」
口を交わす度に背中の沙織の鼓動が聞こえ、
赤面した顔を隠そうと俺の背中に強くしがみつく。
ふふふ、勿論これも計算通りの計画なんだな。
女というのは特殊な生き物だから、口では嫌がっていても、
羞恥心を煽る事で興奮し、その間に囁かれた自分への甘い言葉は、良く響く。
そのうちに特別な感情を抱くものさ。
そう、ここが攻め落とす最後のチャンスであり、
最大にして最高のイレギュラーポイントでもあるのさ!
「ねえ、太郎さん。ボク、重たくないの?」
「ちょっと重たいかなぁ」
「えぇ!?」
「俺には重過ぎるよ。君みたいな可憐で綺麗な女性が、俺みたいなのの背中に負い被さるなんて、考えただけで重いさ。でも、ずっと負ぶっていたい、心地良い重さなんだ」
「そ、そんな…嘘なの」
「嘘じゃないさ。今日出会ったばかりだけど、俺には見えたんだ。君が、ダイヤモンドなんだってことぐらい」
「ダイヤモンド?なの?」
「そう。ダイヤモンド。君は世界で何万分の一、いや何億分の一って確率で生まれてきた、大きくて価値のある綺麗なダイヤモンドなのさ。でも、まだ誰も見つけちゃいない。誰も触っちゃいない。何故だかわかる?君には小さな石が張り付いて、本当の光が見えないからさ」
「小さな…石なの?」
「勇気というか…まあようは誰かが側に居て、磨いてやらないといけないのさ。沙織ちゃんというダイヤモンドを輝かせるためには」
「ふーん…なの」
ここだ…!切り札…!
理論で固めた千載一遇の雰囲気…!
いわゆる口説きポイント…ッ!
「なあ沙織ちゃん。こんな時に言って悪いけど、聞いてくれるかな?」
「なんなの?」
「俺が、磨いても良いかな?沙織ちゃんを。君が好きだから。ね?」
「えっ…」
「はは、嫌だったら別に良いんだけどね。俺が君みたいな綺麗な子に一方的に恋してしまったことが悪いんだし」
「ぼ、ボクも…」
「いや、やっぱいいや!今のは聞かなかったことにしてくれよ。沙織ちゃんと俺じゃ、どう俺が背伸びしても、つりあわないよ。忘れてくれ!」
「そんなことないの!ぼ、ボクも太郎さんの事、す、好きだから!」
よっしゃあ!決まったァァァァッ!!
ここまでくれば、もうなし崩しに落ちたも同然!
帰り道を送る素振りをして、後はどこかに連れ込んでウルフになるだけ!
へへへ、ここまで来て嫌がる女なんていやしねえ!
後は俺の決まり文句でフィニッシュだ!
「じゃあ、沙織ちゃん。俺の事好きって十回言ってみて」
「え…そんなの…」
「言えるよね。俺のこと本当に好きなら、言えるよね?言ってよ」
「わかったの!言うの!」
来た!
耐えかねた羞恥心の限界を超えたときに発生する、恋愛感情の噴出し口!
世間知らずの娘の心をちょいと動かせば、耳元で大きな声で喋るのさ!
「好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き!」
いやーまったく恥ずかしげもなく大声で、良く言ってくれるぜこのお嬢さんも。
だが、俺は、ここで最後の付け足しを忘れない!
最後の詰め!いわゆるビッグバンを!
「俺も好きだよ。君が言った何百倍も」
どっひゃああああ!銀河系を脅かすビッグバーーーン!
はい。俺、苦しいです。
彼女の腕がギューッと俺の体を締め付けるわけですから、
そりゃもう苦しいったらありゃしない。
でも、もう彼女の心は俺から離れられない、
羞恥心と告白のダブルパンチを食らってすでにメロメロ!
勿論この時、ちゃっかり聞こえないように恥ずかしそうな感じを
隠し味程度のエッセンスに加えて、小声で言うのがポイント!
さて、そんなこんなで、二人は予想通り済崩されたまま、
駅近くのホテルへチェックイーン!
「だめ、ボクが先にシャワー浴びるの」
生娘にしちゃあ、なんてまあ慣れた風な語り口。
変なドラマでも見すぎたってくらい、慣れてるのが不思議だったが
まあそこは、可愛らしいということでイーブン!
「ふん~ふんふふふん~♪」
で、まあ、浴室で鼻歌なんか歌っちゃってまあ、俺の心をこの娘は良く知ってること!
まあ恐ろしいぐらいに、くすぐる、くすぐる!
もう俺の中のウルフさんは、手は届かないけど足は届く距離で、
シャワーを浴びる美味そうな羊を見て、涎だらだら。
若気の至り?慣れてない?勘違いするんじゃねえ!
誰だって初めてのこの気持ちを忘れちゃいけねえんだよ。
期待と不安が織り交ざって、ワクワクとドキドキがミキシングした、この感じ!
わかるかなぁ?わかんねえだろうなぁ!
オジン臭い?うるせえ!
それに人間、なんでも慣れて来た時が一番危ない。
たとえそれが下心丸出しの下世話な話でも、最後の詰めの大詰めで迂闊を演じて、事仕損じることもあり!つまり、誰でも初心忘れるべからず!ということ、だ。
「ねえ、太郎さーん。ボクと一緒に入ろうなの!」
おうおう、積極的でよろしい事で。
そりゃまあ可愛いあの子が、そんなに濡れ肌見せてくれるとなりゃ、
俺も男だ。据え膳食わぬは何とやら、やらいでか日本晴れ!
早速上も下も脱いで、丸裸になって、湯煙のムードの中へと洒落込もうじゃないの!
「ぐししし、沙織ちゃ~ん」
扉を開けて、某怪盗風三世風の猫なで声でうねうね動く指先を湯煙の中へ延ばす俺!
開けっ放しの浴室の戸から、煙はどんどん外に出て、だんだん彼女の華奢なシルエットが晴れてくる。
もう、手の平一つ分に見える湯を受けた柔肌が見える。
ひゃあー!もう我慢できねーぜ!うおお、今夜は寝かせないぜー!
俺は、濡れることも構わずに、彼女の肌にソッと触れた。
ムニュ
「ひゃん!」
ムニュムニュ
「ひゃぁぁん!もう、太郎さんったらやめるの!」
まったく期待通りのいい声で鳴きやがるぜ、この生娘さんはよ!
肩と二の腕の肌をちょっと触っただけで、恐ろしい感度だぜ!
それに、ハスキーボイスっていうのか?
今まで引っ掛けてきた女よりも若干低い声が、またたまらねえ。
どうやら俺は、いつにも増して、目の前の生娘にお熱をあげてるらしいぜ!
無意識の内に口から最後の武器が飛び出してた!
「君がいけないんだ。肌が、綺麗すぎるから」
「そんな…」
ムニュ!
「ああっ!」
次第に嫌がる素振りも見せなくなった彼女に、俺は執拗に攻めまくった。
腰、首筋、腿、手首、胸、尻、と、あえて唇を残して攻める。
これこそが俺のスキンシップオブジョイポイント!
そう、女の口から、最後に言わせるんだ。あの言葉を。
自分から「してください」とせがむように言われた時の、
従属感、全身が震えるほどの支配による幸福感は、何物にも変えられない!
さあ、言え、言うんだ!
「私を奪ってください」というんだ!
だが、俺は、この時気付くべきだった。
この瞬間にも、晴れてゆく湯煙の中、露になった彼女の体の一部を。
ムニュ…
「え、これ…」
気付いたのが遅すぎた。
もだえて震える彼女の体の一部。
俺の視界に見えた怒張した『モノ』が俺の手の平に触れてしまった。
そう、女であれば絶対にあってはならないものが、そこには介在していたのだ。
「沙織ちゃん…これ」
「もう、太郎さんがボクを触りすぎるからなの…」
ジーザス!ガッデム!オーマイゴッド!
へい、ガイズ!俺は、とんだクレイジーキャッツを捕まえちまったみたいだぜ!
「君!?男の子!?」
「は、はい、なの」
世間知らずのレディだと思ってたこいつは、筋金入りのナチュラルボーイだった!!
クレイジー&ミステリー!!
体といい、顔といい、声といい、こんなキュートな成りして、
股間の近くにゃ俺と同じもんが、おっ立ってるなんて、にわかにはブレイブしにくいぜ!
「どうしたの?早く続きをしましょうなの。ずっと待ってたの。太郎さんのこと」
「はははははは、う、嘘だろ。だって沙織って、女の子の名前じゃ」
「お父さんがどうしても女の子が欲しくて名前を…でも、今は感謝してるの。背も低くて体も小さいから、こうやって女装しても怪しまれないなの。だから、好きになってくれる人も多いの」
「い、いやあ…好きになってくれるって…みんな男だろ…それはどうなんだ…」
こいつ、相当の食わせモンだ!
ホテルに入ってから、なんだか慣れてる調子だったのも頷けるぜ!
こいつは最初から、誰かを待ってたんじゃない。俺の事を待ってたんだ。
俺のようなノンケを捕まえようと、あんなアルコール無しの飲み物で、
ジリジリと誘ってやがったんだ!恐ろしい奴!
「初めてなんでしょ?大丈夫。ボクが教えてあげるの」
「い、いやいやいやいやいや…」
言い寄るってくるんじゃねえ!
俺は残念ながら、そっちの趣味はねえんだよ!
ノーマルにちと飽きてたのは事実だが、
アブノーマルに手を出すほど、俺はイカれちゃいねえ!
その掴んだ手を離しやがれ!
「なんで逃げようとするの?ボクが男だからダメなの?毎週毎週あんなに女を攫ってゆくのに」
「き、君も居たのか!」
「居たよ。ずっと太郎さんのこと、見てたの」
「悪いが俺には、そんな趣味はないんだ。他の相手を見つけてくれよ」
「やなの!」
こいつ…!とんでもねえ、とんでもねえ計画性の持ち主だ。
毎週毎週、
俺は他の女に眼を光らせてたのに、
こいつは俺の尻ばかり追いかけてたわけか!
俺が週末だけ羽ばたく蝶だと知っていて、
こいつは蜘蛛のように糸を引いてたわけだ!
「放せ!変態野郎!」
「きゃあ!」
俺は、とりあえず速攻で逃げようと、
この変態野郎に掴まれた腕を放して、浴室へ出た。
ガツッッ
だが俺は、焦った余りに浴槽の段差にケッつまずいて部屋へ音を立てて転がった。
素早く出てきた肌色の影が、転んで身動きが取れない俺の手を素早く、細縄で縛る。
そして、恐怖の夜が始まった。
「ね、ボクが教えてあげるの。一度味わったら二度と抜け出せないの。さあ、身をゆだねてなの…」
終わった。俺は新しい快感に目覚めた。
「アーッ!」
教訓:生娘(ヴァージン)より難しいものはない
【完】
============
縛りプレイ。疲れた。
もう二度と書けない。
硬いものを書くわ。
オチはタイトル参照。
■設定
・伊達太郎
強気な気障(キザ)。血液型A型。繊細で綿密。細やかな気配り。女好き。伊達男。
・乙姫沙織
ド天然の男。血液型AB型。女装癖。語尾に「なの」をつける。
久方ぶりの繁華街の汚れた空気!
スーツに身を包んで、満員電車に揺られ、営業先に門前払いされ、
しがないリーマン生活を退屈に浪費していた平日も、今日で終わりだ!
頭のツルピカ具合がとんでもねえ嫌味な上司におべっか使って!
態度と口のなってねえ新人の部下どもに愚痴を毎日こぼされて!
それでもデスクの係長にしがみついている俺が、蝶のようにヒラヒラと躍り出る週末!
せがまれたサービス残業を蹴ってまで手に入れた、最高のアフターファイヴ!
金曜日の夜だぜ!
「さて、今日も可愛い子ちゃんを探しに行きますか!」
街に出た俺は、早速週末を一人でエンジョイするために、手軽な女探しを始めた!
おっと、ご紹介が遅れたな、俺の名前は伊達太郎(だてたろう)!
渋みと若さの中間を保ち、そこらのガキんちょどもには絶対出せねえ味を持つ29歳!
身長182cm、体重71kg!
誰の体でも抱きとめられる長い腕に、超理想的なボディを支える長い足、
キメた黒い革靴のサイズは27cm!
「週末限定しか開かない、このショットバー。なんでだか毎回、いい女が居るんだよなぁ」
俺は、週末お決まりの出会いの場、ちょっと洒落たショットバーのバーカウンターに座って、お決まりのカクテルを頼む。
「マスター、いつもの」
「またですか?毎度毎度…もう初心者じゃないんですから、勘弁してくださいよ」
気の良いマスターがグラスに赤い液体を注ぐ。
俺の頼んだカクテルの名前は、バージンマリー。
度数の高いカクテル『ブラッディマリー』からアルコール成分のウォッカを抜いた、いわゆるバー初心者用のブラフの酒。
ま、簡単に言うと、小細工して酒のように見せたトマトジュースだ。
「へへっ、相手が見つかる前に潰れちゃ嫌だからな」
「また内に来る女の子目当てですか。よくやりますよ」
ちなみに俺は花の独身。
自由な独り身生活を満喫するフリーダム・メェン!
おおっと、そこの人。
独身だからって勘違いしちゃ困るぜ!
おめえらが思ったほど、俺は女には不自由してねえ。
馬鹿で見かけばっかりの女の一人や二人、ブラフの酒で引っ掛けるのは簡単簡単。
なんでって?そりゃおめえ…
「あら、お兄さん。カッコイイわねぇ。どう私と火傷してみない?」
これだもの。
女のほうからホイホイ声をかけてくるなんてしょっちゅう。
自惚れるわけじゃねえが、親から貰った顔のつくりにも自信がある。
「姉さんみたいな美人が声かけてくれるなんてな。でも俺との夜は火傷じゃすまないぜ」
「あらあら、それじゃ救急車でも用意しておこうかしら」
「救急車じゃダメだな、パトカーでも足りねえよ」
「あら、なぜかしら?」
「俺が姉さんを、誰も届く事の出来ない遠くに連れていっちっまうからさ。姉さんが逃れられないくらいの底なしの恋の泥沼へな」
「うふっ…それは楽しみだわ」
おまけに口もまわるほうで。
顔が良くて、体も完璧、そんでもって口説きが巧いとくりゃ、
どんな女でも、このカクテルと同じ色で頬を染めちまう。
まるで初めて…処女(バージン)みてえに恋にのぼせ上がっちまえばイチコロよ。
まったく罪作りだぜ、俺って奴はよ。
だが、そんな俺にも誤算はある。
「あれ、もうだめなの?ダメねえ。もう一杯いけるでしょ?」
「へへ…火傷が過ぎたぜ。もうだめだ」
今日捕まえた女は、たしかに涎(よだれ)が出るほど肉欲的な美人だったが、
最終的には俺の肝が冷えそうなぐらいの、ブラッディマリー(血まみれマリー)だったぜ。
「マスター、モスコミュールもう一つ」
「お客さん、もう二十杯目だよ。いやしかし強いねえ」
強ぇ…この女、俺が思ってた以上に、めちゃくちゃ酒に強ぇ…!
度数の高いウォッカベースのカクテルをガンガン飲んでも、まだ酔いの口って感じだ。
こちとらはマスターに目配せして、カクテルの度数を弱めてもらってるってのに、
この女なんだ!射撃場で参弾銃の弾丸装填してんじゃねえんだぞ!
俺の誤算は、この女に眼をつけられた所から始まっていたのかもな。
「ご馳走様、火傷は程ほどにしないとね」
カクテルグラスに残ったエックスワイズィーを飲み干すと、
女は席を立って、店のドアを開ける音と供に、俺の前から去っていった。
カクテル、X-Y-Z(エックスワイズィー)。
『もう終わり』って意味だ。
「大丈夫かい?」
優しく声をかけるマスター。
だが俺の前に残ったのは飲み干されたカクテルグラスの山と、
見たくもない膨大な数字の書かれた領収書だった。
後でマスターから話を聞くと、あの女は鹿児島出身の酒豪で、
毎回酒の弱そうな奴に勝負を持ちかけては、自分の飲んだ代金を奢らせるんだと。
ちくしょう!
腕っ節も酒も強い薩摩隼人(さつまはやと)ってのは聞いたことあるが、
男と飲んで酔わねえ薩摩御前なんて聞いたことねえよ!
「マスター悪ぃが」
「わかってますよ。ツケですね。ちゃんと払ってくださいよ」
「ああ…あと」
「水ですね。はい」
俺はマスターに心を読まれてるみてえだった。
だけど、気の良いマスターの用意したキンキンに冷えたグラスの水は、
俺の頭を冷やさせるにゃ十分な代物だった。
頭の冷えた俺は、バーカウンターからチラチラと回りを確認した。
さっきみてえな『すれ』た奴とは違って、世間知らずの良い女が居ねえかなと思ってテーブルの隅々まで見た。
居た。華奢な体に、背伸びした格好でオドオドしてる羊が一匹。
奥の席に、一人っきりで。
照明が暗くてもすぐわかる。紛れもねえ綺麗な白い肌。
見れば見るほど、すげえ美女…いや、世間知らずの美少女ってとこか。
なんで世間知らずって判るんだ、って?
そりゃおめえ、姿かたちは勿論のこと、持ってるカクテルがそうだからよ。
バージンマリー。俺と同じブラフの酒さ。
「お嬢さん。誰かを待ってるのかい?」
「ボク、誰も待ってないの」
「へぇ、君みたいな可愛い子が一人?」
「ボク一人なの。お兄さんは?」
「奇遇だね。俺も一人なんだ。どう?静かに飲みたいなら無理強いはしないけど。一人同士、一緒に飲むってのも楽しいもんだぜ」
「ふぅん、そういうもんなの?」
「そりゃそうさ。若い頃は一人酒ってのも悪くないが、大人は皆誰かと飲みたいから飲むのさ。一人になることを怖がるのさ、俺みたいに」
「お兄さんも一人で寂しいの?じゃあボクと一緒に飲むの!」
おいおい、酔い覚めにしちゃあ眩しすぎるぜ。
目の前の狼さんに、こんなにアッサリついてくるとは、
親に隠れて背伸びしたい箱入り娘か?それとも計算か?
いや、計算づくで演技したとしても、こんな狼と狐が化かしあう場所じゃ
それも意味がねえ。
「お譲ちゃん、何飲む?」
「あのね、ボク。こういうところ初めてで…お酒、まるでダメなの。お兄さん、お酒で何が美味しいか教えてなの」
「別に酔わなくても。雰囲気さえ味わえればいいんじゃないの?」
「だめなの!お酒を飲みたいの!」
「ったく、しかたがないな。じゃあ、マスター。ピニャ・コラーダを一つ。あ、初心者の『お嬢さん』用にね」
「お、お兄さん。ピ…ピニャ・コラーダってなんなの?」
「飲みやすい、お酒さ。甘酸っぱい一夜のお供」
「ふ、ふぅん…なの」
ドンピシャだぜ!
この反応!この答え方!この制御できねえ無意識の大人への憧れ!
こりゃそこらのアバズレが使うような演技じゃねえ、マジもんの天然素材だ!
そりゃ俺だって最初は疑問に思ったさ。
自分のことをボクって言うのも意図的に見えたり、
「なの」っていう幼さの残る語尾がワザとっぽく見えたりもした。
だがちげえ。断じてちげえ!
運ばれてきたカクテルの飲み方を見て、俺には見えたんだ!
小さなカクテルグラスを両手でガチガチに掴みながら、
唇に何度も近づけては離す素振り。
そして真顔で飲んだ時の、隠し切れない彼女の動揺を。
「ふ、ふうう。あ、案外、お酒って甘くて美味しいの!」
俺がマスターに頼んだ代物は、本物のピニャ・コラーダじゃない。
ラムを極限まで抑えた、ノンアルコールのヴァージン・コラーダに近い物だ。
だが、彼女は酒だと思って飲んだらしく、ほのかに顔を赤くして、
背伸びしきった風に胸を張って、実に可愛いじゃないか。
俺は、自分の牙に毒を注入し始めた。
今日の獲物は、この世間知らずの天然だ。
「カクテルなんて美味しくなけりゃ誰も飲まないさ。そうだろ?…ええと」
「ボク沙織(さおり)!乙姫(おとひめ)沙織って言うの!」
「乙姫って、可愛い苗字だね。乙姫ちゃんって呼んでもいい?いや…乙姫さんかな?」
「沙織で良いの!お兄さんには、ボクの名前で呼んで欲しいの」
「わかったよ。沙織ちゃん」
「…って、お兄さんの名前はなんていうの?」
「俺?俺は伊達太郎。今はこんな風に格好つけてるけど、いつもは毎月のしがない給料で暮らす貧乏サラリーマンさ」
「じゃ、じゃあ!ボクも太郎さんって呼ぶの」
「へ?え、ああ。別にいいけど」
「太郎さんは、ここで何をしてるの?」
「誰かを待っている…ってのもおかしいか。ようは、一夜の相手を探しているのさ。寂しい俺と付き合ってくれる誰かをね。自分が格好悪いのは承知の上でね…」
「そんなことないの!ボクから見ても太郎さんはカッコイイの!」
「君みたいな可愛い子に言われると光栄だね。たとえお世辞だとしても嬉しいよ」
「お世辞じゃないの!本当にカッコイイの!」
ははっ!見ろ!
狙い通りに毒が回って、彼女のスイートハートはゲットレディ!
俺のグッドラックは、口にも回ってきたぜ!
最初は強気な感じで見せてみて、適度に相手を褒めつつ、
謙虚な自分をアピールして、ニヒルさを失わせない笑顔で見つめる。
毒蛇が相手を毒で弱らせてから食べるのと同じ、
相手を俺にのぼせさせるための得意の毒牙さ。
「沙織ちゃんは、何でこんな所に居るの?」
「えっと、ボクはね。うーん。なんでだろ?」
しかも相手は、何も知らない極上の天然だ。
俺の口説きテクニックにかかれば、これほど都合が良い女も他にいねえ。
世間知らずの小娘を口八丁手八丁に落とすのなんざ、朝飯前。
俺はマスターに頼んで、徐々にカクテルのアルコール成分を高めさせた。
男が女を落とすのには、キッカケが必要さ。
共犯が手伝ってくれる、からくり仕掛けのキッカケがな。
「あれぇ、ボク。なんだか眠たくなってきちゃったのぉ」
「仕方ないな。じゃあ今日は、さよならだね」
「ねえ太郎さん。一人じゃ立てないよ。ねえ、ボクを送っていってなの」
「いいのかい?俺だって男だぜ。狼さんに食べられて文句言っても知らないよ」
「どういう意味なの?ボクわかんなーい」
「沙織ちゃんには無理か。まあ俺も心配だし、駅まで送ろうじゃないか!」
「きゃ!」
「マスター、この分もツケといてくれ。さあ佐織ちゃん。しっかり僕に掴まってるんだよ」
「え?えええ?」
すっかり泥酔してしまった沙織の華奢な体を、
俺は本人の意思の確認もせずに負ぶさった。
顔を真っ赤にする彼女は嫌がりながらも、グッと俺の体にしがみついた。
俺は自分と彼女の荷物を片手に持つと、逆の手でバーのドアを開け、
駅に向かってゆっくり歩き始めた。
道行く風が、俺の心の中の勝利の声にも聞こえた。
道行く奴等が、負んぶした俺たちの姿をチラチラ見てくる。
「太郎さん。み、みんな見てるのぉ」
「気にするなよ。見せ付けてやろうじゃない沙織ちゃん」
「降ろしてなの、ぼ、ボクも歩けるから」
「ダメダメ。沙織ちゃんは相当酔ってるから、男の俺が送らなきゃ。そうだろ?君みたいな綺麗で可愛い子を、こんな危ない街にホッポリ出すほど、俺は薄情じゃないぜ」
「そ、そんな…」
口を交わす度に背中の沙織の鼓動が聞こえ、
赤面した顔を隠そうと俺の背中に強くしがみつく。
ふふふ、勿論これも計算通りの計画なんだな。
女というのは特殊な生き物だから、口では嫌がっていても、
羞恥心を煽る事で興奮し、その間に囁かれた自分への甘い言葉は、良く響く。
そのうちに特別な感情を抱くものさ。
そう、ここが攻め落とす最後のチャンスであり、
最大にして最高のイレギュラーポイントでもあるのさ!
「ねえ、太郎さん。ボク、重たくないの?」
「ちょっと重たいかなぁ」
「えぇ!?」
「俺には重過ぎるよ。君みたいな可憐で綺麗な女性が、俺みたいなのの背中に負い被さるなんて、考えただけで重いさ。でも、ずっと負ぶっていたい、心地良い重さなんだ」
「そ、そんな…嘘なの」
「嘘じゃないさ。今日出会ったばかりだけど、俺には見えたんだ。君が、ダイヤモンドなんだってことぐらい」
「ダイヤモンド?なの?」
「そう。ダイヤモンド。君は世界で何万分の一、いや何億分の一って確率で生まれてきた、大きくて価値のある綺麗なダイヤモンドなのさ。でも、まだ誰も見つけちゃいない。誰も触っちゃいない。何故だかわかる?君には小さな石が張り付いて、本当の光が見えないからさ」
「小さな…石なの?」
「勇気というか…まあようは誰かが側に居て、磨いてやらないといけないのさ。沙織ちゃんというダイヤモンドを輝かせるためには」
「ふーん…なの」
ここだ…!切り札…!
理論で固めた千載一遇の雰囲気…!
いわゆる口説きポイント…ッ!
「なあ沙織ちゃん。こんな時に言って悪いけど、聞いてくれるかな?」
「なんなの?」
「俺が、磨いても良いかな?沙織ちゃんを。君が好きだから。ね?」
「えっ…」
「はは、嫌だったら別に良いんだけどね。俺が君みたいな綺麗な子に一方的に恋してしまったことが悪いんだし」
「ぼ、ボクも…」
「いや、やっぱいいや!今のは聞かなかったことにしてくれよ。沙織ちゃんと俺じゃ、どう俺が背伸びしても、つりあわないよ。忘れてくれ!」
「そんなことないの!ぼ、ボクも太郎さんの事、す、好きだから!」
よっしゃあ!決まったァァァァッ!!
ここまでくれば、もうなし崩しに落ちたも同然!
帰り道を送る素振りをして、後はどこかに連れ込んでウルフになるだけ!
へへへ、ここまで来て嫌がる女なんていやしねえ!
後は俺の決まり文句でフィニッシュだ!
「じゃあ、沙織ちゃん。俺の事好きって十回言ってみて」
「え…そんなの…」
「言えるよね。俺のこと本当に好きなら、言えるよね?言ってよ」
「わかったの!言うの!」
来た!
耐えかねた羞恥心の限界を超えたときに発生する、恋愛感情の噴出し口!
世間知らずの娘の心をちょいと動かせば、耳元で大きな声で喋るのさ!
「好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き!」
いやーまったく恥ずかしげもなく大声で、良く言ってくれるぜこのお嬢さんも。
だが、俺は、ここで最後の付け足しを忘れない!
最後の詰め!いわゆるビッグバンを!
「俺も好きだよ。君が言った何百倍も」
どっひゃああああ!銀河系を脅かすビッグバーーーン!
はい。俺、苦しいです。
彼女の腕がギューッと俺の体を締め付けるわけですから、
そりゃもう苦しいったらありゃしない。
でも、もう彼女の心は俺から離れられない、
羞恥心と告白のダブルパンチを食らってすでにメロメロ!
勿論この時、ちゃっかり聞こえないように恥ずかしそうな感じを
隠し味程度のエッセンスに加えて、小声で言うのがポイント!
さて、そんなこんなで、二人は予想通り済崩されたまま、
駅近くのホテルへチェックイーン!
「だめ、ボクが先にシャワー浴びるの」
生娘にしちゃあ、なんてまあ慣れた風な語り口。
変なドラマでも見すぎたってくらい、慣れてるのが不思議だったが
まあそこは、可愛らしいということでイーブン!
「ふん~ふんふふふん~♪」
で、まあ、浴室で鼻歌なんか歌っちゃってまあ、俺の心をこの娘は良く知ってること!
まあ恐ろしいぐらいに、くすぐる、くすぐる!
もう俺の中のウルフさんは、手は届かないけど足は届く距離で、
シャワーを浴びる美味そうな羊を見て、涎だらだら。
若気の至り?慣れてない?勘違いするんじゃねえ!
誰だって初めてのこの気持ちを忘れちゃいけねえんだよ。
期待と不安が織り交ざって、ワクワクとドキドキがミキシングした、この感じ!
わかるかなぁ?わかんねえだろうなぁ!
オジン臭い?うるせえ!
それに人間、なんでも慣れて来た時が一番危ない。
たとえそれが下心丸出しの下世話な話でも、最後の詰めの大詰めで迂闊を演じて、事仕損じることもあり!つまり、誰でも初心忘れるべからず!ということ、だ。
「ねえ、太郎さーん。ボクと一緒に入ろうなの!」
おうおう、積極的でよろしい事で。
そりゃまあ可愛いあの子が、そんなに濡れ肌見せてくれるとなりゃ、
俺も男だ。据え膳食わぬは何とやら、やらいでか日本晴れ!
早速上も下も脱いで、丸裸になって、湯煙のムードの中へと洒落込もうじゃないの!
「ぐししし、沙織ちゃ~ん」
扉を開けて、某怪盗風三世風の猫なで声でうねうね動く指先を湯煙の中へ延ばす俺!
開けっ放しの浴室の戸から、煙はどんどん外に出て、だんだん彼女の華奢なシルエットが晴れてくる。
もう、手の平一つ分に見える湯を受けた柔肌が見える。
ひゃあー!もう我慢できねーぜ!うおお、今夜は寝かせないぜー!
俺は、濡れることも構わずに、彼女の肌にソッと触れた。
ムニュ
「ひゃん!」
ムニュムニュ
「ひゃぁぁん!もう、太郎さんったらやめるの!」
まったく期待通りのいい声で鳴きやがるぜ、この生娘さんはよ!
肩と二の腕の肌をちょっと触っただけで、恐ろしい感度だぜ!
それに、ハスキーボイスっていうのか?
今まで引っ掛けてきた女よりも若干低い声が、またたまらねえ。
どうやら俺は、いつにも増して、目の前の生娘にお熱をあげてるらしいぜ!
無意識の内に口から最後の武器が飛び出してた!
「君がいけないんだ。肌が、綺麗すぎるから」
「そんな…」
ムニュ!
「ああっ!」
次第に嫌がる素振りも見せなくなった彼女に、俺は執拗に攻めまくった。
腰、首筋、腿、手首、胸、尻、と、あえて唇を残して攻める。
これこそが俺のスキンシップオブジョイポイント!
そう、女の口から、最後に言わせるんだ。あの言葉を。
自分から「してください」とせがむように言われた時の、
従属感、全身が震えるほどの支配による幸福感は、何物にも変えられない!
さあ、言え、言うんだ!
「私を奪ってください」というんだ!
だが、俺は、この時気付くべきだった。
この瞬間にも、晴れてゆく湯煙の中、露になった彼女の体の一部を。
ムニュ…
「え、これ…」
気付いたのが遅すぎた。
もだえて震える彼女の体の一部。
俺の視界に見えた怒張した『モノ』が俺の手の平に触れてしまった。
そう、女であれば絶対にあってはならないものが、そこには介在していたのだ。
「沙織ちゃん…これ」
「もう、太郎さんがボクを触りすぎるからなの…」
ジーザス!ガッデム!オーマイゴッド!
へい、ガイズ!俺は、とんだクレイジーキャッツを捕まえちまったみたいだぜ!
「君!?男の子!?」
「は、はい、なの」
世間知らずのレディだと思ってたこいつは、筋金入りのナチュラルボーイだった!!
クレイジー&ミステリー!!
体といい、顔といい、声といい、こんなキュートな成りして、
股間の近くにゃ俺と同じもんが、おっ立ってるなんて、にわかにはブレイブしにくいぜ!
「どうしたの?早く続きをしましょうなの。ずっと待ってたの。太郎さんのこと」
「はははははは、う、嘘だろ。だって沙織って、女の子の名前じゃ」
「お父さんがどうしても女の子が欲しくて名前を…でも、今は感謝してるの。背も低くて体も小さいから、こうやって女装しても怪しまれないなの。だから、好きになってくれる人も多いの」
「い、いやあ…好きになってくれるって…みんな男だろ…それはどうなんだ…」
こいつ、相当の食わせモンだ!
ホテルに入ってから、なんだか慣れてる調子だったのも頷けるぜ!
こいつは最初から、誰かを待ってたんじゃない。俺の事を待ってたんだ。
俺のようなノンケを捕まえようと、あんなアルコール無しの飲み物で、
ジリジリと誘ってやがったんだ!恐ろしい奴!
「初めてなんでしょ?大丈夫。ボクが教えてあげるの」
「い、いやいやいやいやいや…」
言い寄るってくるんじゃねえ!
俺は残念ながら、そっちの趣味はねえんだよ!
ノーマルにちと飽きてたのは事実だが、
アブノーマルに手を出すほど、俺はイカれちゃいねえ!
その掴んだ手を離しやがれ!
「なんで逃げようとするの?ボクが男だからダメなの?毎週毎週あんなに女を攫ってゆくのに」
「き、君も居たのか!」
「居たよ。ずっと太郎さんのこと、見てたの」
「悪いが俺には、そんな趣味はないんだ。他の相手を見つけてくれよ」
「やなの!」
こいつ…!とんでもねえ、とんでもねえ計画性の持ち主だ。
毎週毎週、
俺は他の女に眼を光らせてたのに、
こいつは俺の尻ばかり追いかけてたわけか!
俺が週末だけ羽ばたく蝶だと知っていて、
こいつは蜘蛛のように糸を引いてたわけだ!
「放せ!変態野郎!」
「きゃあ!」
俺は、とりあえず速攻で逃げようと、
この変態野郎に掴まれた腕を放して、浴室へ出た。
ガツッッ
だが俺は、焦った余りに浴槽の段差にケッつまずいて部屋へ音を立てて転がった。
素早く出てきた肌色の影が、転んで身動きが取れない俺の手を素早く、細縄で縛る。
そして、恐怖の夜が始まった。
「ね、ボクが教えてあげるの。一度味わったら二度と抜け出せないの。さあ、身をゆだねてなの…」
終わった。俺は新しい快感に目覚めた。
「アーッ!」
教訓:生娘(ヴァージン)より難しいものはない
【完】
============
縛りプレイ。疲れた。
もう二度と書けない。
硬いものを書くわ。
オチはタイトル参照。
■設定
・伊達太郎
強気な気障(キザ)。血液型A型。繊細で綿密。細やかな気配り。女好き。伊達男。
・乙姫沙織
ド天然の男。血液型AB型。女装癖。語尾に「なの」をつける。
面白かったけど、最後はやっぱダレたねって当たり前だわ。これを男どうしで書けっていったらそれこそ本物の拷問ですよ。
2次書くか…。