しかぜきょうこの1日1枚+

スペイン在住フラメンコ研究家/通訳コーディネーターによるフラメンコCD紹介

第35回 マカマホンダ

2005-12-19 10:59:23 | カンテ
フラメンコのルーツに関しては昔からいろいろいわれているわけです。
アンダルシア自体、フェニキア、ローマ、ユダヤ、アラブとさまざまな文化があったとこですし
フラメンコというジャンルが成立していく時代のスペインの流行歌や
中南米やアフリカとの関わりも見逃せないわけだし
ま、そーゆーいろんなものがまざりあってできた、と、そーゆーことですね。

で、アラブ。
アンダルシアに何百年もいはったわけですから(なぜか関西弁だ)
もちろんその影響も少なくはない、と。
ヘラルド・ヌニェスに聞いた話ですが、ヘレスには独特のビジャンシーコ(クリスマスソング)が
多く残っているんですが、このメロディとおんなじもんがモロッコにもあるとか。
面白いですよね。
でもつい数百年前まで同じ文化圏だったんでま、自然なことなのでしょうね。

フラメンコとアラブのフュージョンというのもけっこーあります。
有名なところではレブリハーノ。
最近だした新譜でもモロッコのバイオリン奏者と共演していましたが
その前にも「カサブランカ」というモロッコ録音のアルバムだしたり
もっと前にヒットした「アル・アニージョ」という曲(ちょっと古いファンならきっと知ってる)は
この曲のはいった「エンクエントロ(出会い)」というアルバムで
オルケスタ・アンダルシ・デ・タンヘルという、モロッコはタンジェルの楽団と共演していました。
最近ではセグンド・ファルコンがやってましたよね、たしか。

1983年に発表されたこのアルバム「マカマホンダ」でも
フラメンコたちがモロッコはテトゥアンの楽団と共演してます。
ホセ・エレディア・マジャによってつくられ、舞台作品として各地で上演されたもので
このアルバムではセビージャのファミリア・モントージャの故フアン・モントージャ(踊り手)と
その妻でアルジェリア生まれのヒターナ、ラ・ネグラ(ローレの両親ですね)や
グラナダの歌い手、エル・ポラコ、ハイメ・パロン(マリナ・エレディアの父)と
グラナダのギタリスト、パコ・コルテスとミゲル・オチャンド、ヘレスのニーニョ・ヘロらが
マリキージャ、マノレーテらの踊り手とともに参加していますが、
もともとはエンリケ・モレンテもでていたそーな。
そーいわれてみれば2曲目のセラーナなんてもろエンリケっぽいかも~。
私は残念ながら舞台はみていないのですが、音楽の構成とかでなんとなく目にうかぶような気が。
すごく映像的な音楽、っていうのかな。ま、たぶんライブ録音(?)というせいもあるのかもだけど。
個人的にはネグラの熱唱が大好きでとくに、ブレリアの、最初、無伴奏のとことか
もう圧倒されちゃいますね。
ファミリア・モントージャの録音でもおなじみのメロディにモロッコ楽団の伴奏がぴったりあってる
タンゴもいいし、最後のラ・タララにいたるまで、のりもいいし、
モロッコ音楽・楽器とのバランスもいいし、ほんとおすすめの1枚でありまする。

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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
なつかしい!!! (h)
2005-12-20 18:45:32
なつかしい!!!引出しの奥から掘り起こさなくては・・・。



クレジットを見てこの時代(80年代初頭)になぜこのアルバムができたのだろうと不思議に思いつつ、よく聞いておりました。グラナダ、セビージャ、ヘレス、マドリ各地のアルティスタがそろってますね。アルバムもしくは公演の成立したきっかけ(もしくは音頭をとッたアーティストやプロデューサーとかご存知でしたら教えてください。



記憶の中に埋もれていたアルバムを思い出せてくれるアルバムセレクトありがとうございます。
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なつかしい!!! ()
2005-12-20 18:49:01
なつかしい!!!引出しの奥から掘り起こさなくては・・・。



クレジットを見てこの時代(80年代初頭)になぜこのアルバムができたのだろうと不思議に思いつつ、よく聞いておりました。グラナダ、セビージャ、ヘレス、マドリ各地のアルティスタがそろってますね。アルバム(公演)の成立したきっかけ(もしくは音頭をとッたアーティストやプロデューサー)等はわかりませんが、いろいろ興味のつきないアルバムのひとつです。



記憶の中に埋もれていたアルバムを思い出せてくれるアルバムセレクトありがとうございます。
返信する
すいません (h)
2005-12-20 18:51:12
しかぜ様、

コメントの記入に不慣れで2つ投稿してしまいました。見苦しいようでしたら、削除いただけますか?

すみません。

h
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ホセ・エレディア・マジャ ()
2005-12-21 10:02:17
hさん こんにちは はじめまして!

書き込みありがとうございますです。

この作品、ホセ・エレディア・マジャという、マリオ・マジャ舞踊団の「カメラモス・ナケレール」も書いた人の作品です。

で振付がラファエル・アギラールと意外な人がやっているんで、ひょっとするとグラナダ音楽祭かなにかの制作なのかもしれません。

(スペインに帰ったら調べてみますね)

ちなみに数年後の「ディケラ・デ・アランブラ(アルハンブラの砦)」もラファエル・アギラールの振付け。これもマリキージャがでていて、当時生徒だったジェルバブエナもでてたそうです。。。

アルティスタですが、おそらくグラナダゆかりの人でやろうと思ったのでは?ただ、アルジェリア生まれということもあり、当時注目されていたラ・ネグラをもってきたのではないかと。ギターのニーニョ・ヘロはネグラら、ファミリア・モントージャの伴奏をずっとやっていたのでネグラがつれてきたにちがかいありません。

ネグラはフランスにも住んでいたこともあり、フランス語も話しますし、アラビア語でタンゴとかもうたっちゃいますね。ちなみに、娘ローレもアラビア語でローレ・イ・マヌエル時代に一曲録音しています。(この原曲のCDをアメリカのアマゾンで買った。。。)

75年のフランコの死以降の自由な時代の空気がこういう作品の登場にも影響しているのではないかな、と思います。。。

なーんてことはともかく、とにかく“いい”作品ですよね。
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