気まぐれ翻訳帖

ネットでみつけた興味深い文章を翻訳、紹介します。内容はメディア、ジャーナリズム、政治、経済、ユーモアエッセイなど。

イスラエルの圧力に屈した『ニューヨーク・タイムズ』紙

2019年11月28日 | メディア、ジャーナリズム

前回と同様、体調が悪いままなので、今回も短めの文章です。

内容は、前回に引き続きイスラエルがらみ。

原題は
The New York Times Called a Famous Cartoonist an Anti-Semite. Repeatedly. They Didn’t Ask Him for Comment.
(『ニューヨーク・タイムズ』紙、著名漫画家を「反ユダヤ主義」と重ねて批判するも、本人への確認はいっさいせず)

『ニューヨーク・タイムズ』紙がイスラエル勢力の圧力に屈したらしく、言語道断の対応をしています。

初出は『カウンターパンチ』誌。10月3日に掲載されました。

書き手は、Ted Rall(テッド・ロール)氏。著名な風刺漫画家であるとともに、文章もよくする才人であるらしい(末尾の「その他の訳注・補足など」を参照)。


原文サイトはこちら↓
https://www.counterpunch.org/2019/10/03/the-new-york-times-called-a-famous-cartoonist-an-anti-semite-repeatedly-they-didnt-ask-him-for-comment/


(例によって、訳出は読みやすさを心がけ、同じ理由で、頻繁に改行をおこなった)


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2019年10月3日

The New York Times Called a Famous Cartoonist an Anti-Semite. Repeatedly. They Didn’t Ask Him for Comment.
『ニューヨーク・タイムズ』紙、著名漫画家を「反ユダヤ主義」と重ねて批判するも、本人への確認はいっさいせず


by Ted Rall
テッド・ロール



今年の春、ポルトガルの風刺漫画家、アントニオ・モレイラ・アントゥネス氏は、史上屈指の物議をかもした政治漫画をものした。
米国とイスラエルの関係をあつかったこの漫画はたいへんな騒動を引き起こし、国際版で4月にこれを掲載した『ニューヨーク・タイムズ』紙は、同社専属の漫画家2人を解雇する決定に至った。この2人はこの件に何のかかわりも持っていないにもかかわらず。さらには、同紙の風刺漫画のコーナーを永遠に封じてしまった。

アントゥネス氏をもっとも手ひどく非難したのは、ほかならぬ『ニューヨーク・タイムズ』紙である。当該の漫画の掲載は同紙編集部自身が元々決定したことであるが、その後、同紙は半狂乱になって姿勢を転換した。記事や論説5つの中で、客観的報道で名高い同紙は臆面もなくアントゥネス氏の漫画を「反ユダヤ主義的」と形容した。他の米国メディアもこれに追随した。

「私は反ユダヤ主義者ではありません。反シオン主義者です」(訳注・1)。こう、アントゥネス氏は私に語った。
「私はイスラエル・パレスチナ紛争に関して、『2国家共存』を支持するとともに、イスラエルによる土地併合のいっさいに反対です」。
このようなアントゥネス氏の立場を、『ニューヨーク・タイムズ』紙は読者に伝えなかった。

問題の漫画は、比喩的な表現手法の一例で、イスラエルのネタニヤフ首相の顔をした盲導犬が、盲目の表象である黒いサングラスをかけたトランプ大統領をひもでみちびいている図である。
はたしてこれが「反ユダヤ主義的」であろうか。
この問いはそもそも主観的な問題であるし、おおいに議論の余地がある。
「あの漫画は『反ユダヤ主義』ではありません。けれども、一部の政界や宗教界に属する多くの人々にとっては、イスラエルの政策を批判することは『反ユダヤ主義』のカテゴリーに入ってしまうのです」。アントゥネス氏はあるインタビューでこう語っている。

親イスラエル派はこのような見方に同調しない。
一方、多くの漫画家たちは、アントゥネス氏の漫画におかしな点はみじんもないと考えている。

しかし、『ニューヨーク・タイムズ』紙のあつかいはそうではなかった。複数の記事の中で、アントゥネス氏の漫画は立て続けに「反ユダヤ主義的」と形容された。これは客観的な事実である、ワシントンが米国の首都であるのと同様に、この漫画が「反ユダヤ主義」であることは疑う余地がないという調子であった。

「弊紙は、反ユダヤ主義的な漫画を掲載したことについてお詫び申し上げます」。こう、4月28日付の紙面には大きく載った。

「反ユダヤ主義的とされた漫画」ではない。

「反ユダヤ主義的と非難された漫画」でもない。

4月30日付の論説では、「胸の悪くなるような政治漫画」、「いちじるしく頑迷な漫画」と評している。
また、掲載の経緯を説明して、「当該の漫画は、提携先同時配信サービスによって送られてきたものの中から、弊紙のあるプロダクション・エディターが選びました。その際、漫画の反ユダヤ主義的な側面を見逃してしまったのです」と述べた。
ここでも、「反ユダヤ主義的と見なされ得る側面」などという言い方にはなっていない。

この件をめぐり、さらに2つの文章が5月1日に掲載された。
一つは、「反ユダヤ主義的漫画に係る、弊紙の編集者に対する懲戒措置および漫画掲載契約の打ち切り」と題するもの。
(この「懲戒措置」とは何を意味するか分明ではない。いずれにせよ、漫画家とは異なり、編集者は解雇されていない)
もう一つは、「反ユダヤ主義的漫画の掲載を契機に、改革への取り組みを表明」というもの。
この2つの文章においても、アントゥネス氏の漫画は自明的に「反ユダヤ主義的」と形容されている。

6月10日には、同紙における政治漫画の掲載を取りやめることを明らかにした。その文章の中では、淡々とした調子で、アントゥネス氏の漫画が「反ユダヤ主義的イメージ」をふくんでいたと述べている。

政治漫画家を「反ユダヤ主義」と難じるのははなはだ由々しい問題である。であるから、同紙のアントゥネス氏の漫画に対するたび重なる「反ユダヤ主義」とのレッテル張り、穏当さのかけらもない物言いに接して、私はふと気づくものがあった。
アントゥネス氏の言い分はどうなっているのか。

「『ニューヨーク・タイムズ』紙は一度も私に連絡を取ったことがありません」、とアントゥネス氏は私に明かした。

この点について、私は同紙に確認しようとした。そして、なぜアントゥネス氏と直接話をしなかったのか、また、いかなる理由であの漫画が反ユダヤ主義であると判断したのか、とたずねた。
論説面担当編集者であるジェイムズ・ベネット氏-----漫画掲載の打ち切りを決め、おそらくは上記の論説のいくつかを書いた当人である-----は、私の何度かの回答要請にもかかわらず、返事を寄こさないままである(一週間近い時間的余裕を伝えていたのであるが)。アントゥネス氏をめぐる記事を書いた他の2人の記者も同様である。

もっとも、4月28日付の文章を書いたステイシー・カウリー記者からは、私は返事をもらえた。それによると、
「ネットでいろいろ探してみました。が、アントゥネス氏の連絡先はどうしてもわかりませんでした」。
「私の知るかぎり、アントゥネス氏は連絡先を公の場にかかげていません。また、記事を書いた時点で、同氏は自分の漫画について他のいかなる報道機関にも意見を表明していませんでした(もしそうしていたら、その報道機関のサイトを示すとともに、同氏の意見を引用していたでしょう)」。
同氏の故国ポルトガルの地元紙の編集者にも連絡を取ろうとしました、とカウリー記者は言う。自分はきびしい締め切りスケジュールに沿って仕事をしています、とも念を押した。

私はフェイスブックを介してアントゥネス氏と接触した。電子メールで返事が来た。

記事の対象となった人物に接触を図り、コメントを入手するのはジャーナリズムの基本中の基本である。高校の学校新聞を制作する生徒にも教え込まれる基本的心がけである。記事が批判的なものであればなおさらだ。

『ニューヨーク・タイムズ』紙の「誠実性ガイドライン」には次のように書かれている。
「本紙の記者にあらためて想起させる必要はまずないことながら、本紙記事中で批判されたいかなる人物に対しても、本紙は意見を求め、それを公表する」、と。
そして、
「批判が苛烈な場合はとりわけ、批判の射程を明確にし、それに対する当人の意見を十分に表明させる義務を本紙は負う。批判の対象となったいかなる人物も、新聞が発行された際に、不意打ちをくらう形となってはならない、もしくは、反論その他の意見を表明する機会がなかったと感じさせてはならない」。
アントゥネス氏に向けられた批判の険しさを考えれば、『ニューヨーク・タイムズ』紙は、みずからの基準を大きく踏み外していると思わざるを得ない。

なるほど、カウリー女史は締め切りに追われていた、と。では、他の記事に関してはどうであったか。それらの記事が出たのはずっと後になってからだった。ある記事は6週間ほど経ってからのものだ。アントゥネス氏は別に世捨て人ではない。それどころか、欧州で突出して名高い風刺漫画家の一人である。私は同氏と連絡を取ることができた。他の新聞社ももちろん。

『ニューヨーク・タイムズ』紙は、アントゥネス氏の漫画を買い入れることになった、ニューヨークに本拠を置く提携先同時配信サービス会社に問い合わせることができたはずである。同社には同氏の連絡先情報が録されている、他の作品提供者も皆そうであるように。

今回の件で精神的な苦痛は味わいましたが、生活が立ちゆかなくなったわけではありません、とアントゥネス氏は語る。
「米国のメディアはポリティカル・コレクトネス(差別的表現の使用忌避)、右傾化の潮流、ソーシャル・メディアなどのとらわれ人となっています。欧州ではもっと寛容です」。

浮き彫りになったのは、『ニューヨーク・タイムズ』紙がおどろくほど不遜なやり方でアントゥネス氏を犠牲に供したということである。こうした行状はあまりにありふれたものとなっていたので、それが同紙の風刺漫画コーナー打ち切りへの道筋をととのえることになった。

『ニューヨーク・タイムズ』紙はアントゥネス氏に謝罪すべきである。また、解雇した2人の漫画家を復職させるとともに、遡及的給与を支払うべきである。政治風刺漫画も紙上のしかるべき場所で継続されることが至当だ。

そして、最後になるが、『ニューヨーク・タイムズ』紙は読者に対して保証すべきである。今後二度と「フェイク・ニュース」(虚偽報道)の甘い誘惑に負けて、倫理的に不当な中傷・迫害に手を貸すことは致しません、と。


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[その他の訳注・補足など]

■補足・1
筆者のテッド・ロール氏について。

原文サイト下部の筆者紹介文によると、同氏は、
「シンジケート・ライター(注: 提携先同時配信サービス会社と契約し、多数の新聞、雑誌などに文章が同時掲載される文筆家)であり、「ア・ニュー・ドメイン・ネット」サイトに寄稿している漫画家。NSAの内部告発者スノーデン氏の伝記も執筆した」
とあります。

その筋ではすでに有名な人であるらしく、次のようなサイトで論じられています。

コミック・ジャーナリズムと戦争表象-----スピーゲルマン以後のアメリカン・コミックス 中垣恒太郎
file:///C:/Users/yoshidashu/AppData/Local/Packages/Microsoft.MicrosoftEdge_8wekyb3d8bbwe/TempState/Downloads/KJ00008139819%20(1).pdf



■訳注・1
「反ユダヤ主義」と「反シオン主義(または「反シオニズム)」の違いはやっかいなので、ここでは説明を控えさせていただきます。ウィキペディアなどの記述を参考にしてください。

ウィキペディアの「反シオニズム」
https://ja.wikipedia.org/wiki/反シオニズム



■補足・2
『ニューヨーク・タイムズ』紙がイスラエル勢力の圧力に屈したことは、本文から推察するにほぼ自明ですが、問題は、同じようなやり方を使えば他の勢力もこのように報道を歪曲できるという点です。

外国政府の影響のみならず、『ニューヨーク・タイムズ』紙が自国政府の圧力に屈しやすい事情-----CIAや国務省とのなれあい-----などは、以前のブログの回でも紹介しました。
たとえば、

『ニューヨーク・タイムズ』紙の腐敗
https://blog.goo.ne.jp/kimahon/e/e65b803d9cd1f4369f6c8b5bfc09a9f8

米国のメディア監視サイト-----(ニューヨーク・タイムズ紙と政府当局の協力関係)
https://blog.goo.ne.jp/kimahon/e/a2b3768913ba3585c4d806cda51b8fa6



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