気まぐれ翻訳帖

ネットでみつけた興味深い文章を翻訳、紹介します。内容はメディア、ジャーナリズム、政治、経済、ユーモアエッセイなど。

米国のメディア監視サイト・2-----ウクライナをめぐる英米メディアの偏向

2014年05月14日 | メディア、ジャーナリズム

前回は主にクリミアの住民投票に焦点を当てた文章でしたが、今回もクリミアを含め、ウクライナ全般に関する英米メディアの偏向がテーマです。

もっと早くアップするつもりでしたが、中途で忙しくなり、いったん訳出をやめていました。ずいぶんタイミングが遅れてしまいましたが、せっかく取りかかった作業なので、遅ればせながらも掲載することにします。

前回の英国のメディア監視サイト『Media Lens』(メディア・レンズ)さんの文章は、英国メディアが対象であると共に、イラク戦争時の報道と対比する形で、引用を多用し、細かいところに焦点が当てられていました。

それに対して、今回の米国のメディア監視サイト『The New York Times eXaminer(NYTX)』(ニューヨーク・タイムズ・エグザミナー)の文章は、もう少し総合的、一般論的な書き方をしており、よくまとまっていて、参照しやすいタイプの文章です。


書き手は Jason Hirthler(ジェイソン・ハースラー)氏。

タイトルは
Anatomy of a Perversion
(歪曲の解剖)

原文はこちら
https://www.nytexaminer.com/2014/04/anatomy-of-a-perversion/

(なお、原文の掲載期日は4月5日でした)


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Anatomy of a Perversion
歪曲の解剖


April 5, 2014
2014年4月5日

By Jason Hirthler:
ジェイソン・ハースラー


善良なイメージを身にまとうべく、帝国は事実の歪曲に懸命


ある話に含まれる事実を歪曲するには、それらを文脈から切り離すのがもっとも簡便なやり方である。そうすれば、既存のほぼどんな理念であろうと、事実をその裏づけとして利用することができる。何かを熱狂的に信じる人間たちはこの手法を実にうまく利用している。キリスト教徒やイスラム教徒はもちろん、同等の情熱を持ってこれにあらがう敵対者たちも例外ではない。しかし、理念は、世の中に登場するあらゆる言説に顔を出す。宗教はその代表的な例であるが、米国社会では、政治的理念もこれに負けていない。この政治的理念とは、民主党や共和党のそれではなく、米国自身のそれである。

この、文脈から切り離す手法は、世界有数のプロパガンダ紙である『ニューヨーク・タイムズ紙』が米国の「教義体系」に忠実であらんとして採用する代表的な手法である。この「教義体系」は基本的にこう要求する-----アメリカは世界における「善を促進する力」として描写されるべきだ、と。イスラム教や共産主義、社会主義、全体主義、等のあやまった主義・信条により正道から逸脱し、善悪の区別のつかなくなった者たちが自由や人権をおびやかす時、いつでも名乗りをあげてこれらを守ろうとする存在として。このような観念は、軍のPR放送では常に明確に打ち出されている。目のパッチリした、邪気のない、若いアメリカ兵士が、油でよごれた顔で、防水仕様の装備に身を固め、沼地を進み、見知らぬ対岸にM16ライフルの照準をあわせる。ここで、ナレーターは熱く語る、米軍兵士は平和のために戦っています、と。また、米海軍は、広報用のキャッチフレーズとして、「善を志向する世界的戦力」という言葉さえ用いている。

しかしながら、ときに、このような積極的なイメージは、ある地政学的なシナリオを再構築する際の枠組みとしては有効ではない。このような場合には焦点がずらされる。米国は今度は国際社会における善意の第三者として描かれるのだ。国際法や国際的な慣習に反する遺憾な事態にたまたま遭遇した、受身的な存在として。そして、それから、どうしてもなんらかの行動に出ざるを得ない存在として-----しばしば、憂鬱な、気の進まない態度の。それもこれも、合衆国憲法上支持することになっている高貴な価値がおびやかされているので致し方なく、という具合である。


[控えめで公平な第三者]

この後者のイメージ-----自由の控えめな擁護者-----こそ、目下のウクライナをめぐる事象において、米国を描写する際に用いられた手法であった(この文章で、私が「米国」と記す時、それは大方「合衆国政府」を意味しており、「米国民」の意ではない点に留意していただきたい)。
この典型的な例は、ニューヨーク・タイムズ紙の土曜日の記事に見出すことができる。それは、まことに巧妙な描き方であった。第一面の右側の、「米露、ウクライナ危機をめぐり協議の意向」と題する記事である。

この記事では、表向き、プーチン大統領の「予想外の手」を報じている。プーチン氏がオバマ大統領に対して、「ウクライナにからむ国際的対立を平和裡に解決する手立てについて協議する」ことを呼びかけたからである。西側のイデオローグたちにとって、これは驚くべきことであった。というのも、彼らの見方では、「欧州および世界の大方をおののかせる、激烈化した対立の淵」に臨むのがロシアのこれまでのやり方だったのだ。記事は続けて、ロシアが数週間にわたって「挑発的なふるまいを示した。たとえば、ウクライナとの国境に軍を威嚇的に増派した」ことなどを伝えている。

これらの事実はいささか芝居がかった言い方であり、議論の余地もあるものの、一応正確である。
第一に、ロシアはクリミアの併合に関して理屈の上では国連憲章にそむいている。そもそも、まず、黒海における艦隊駐留を可能にしたウクライナとの1997年の協定を破っている。ウクライナ政府の同意なしにこの協定の枠外の地域に軍を派遣することで、ロシアは国連憲章の規定する侵略行為を行ったと非難される種をまいた。第二に、クリミアの住民投票は、外国勢力の占領下における分離・独立派の決定という点で、ジュネーブ条約に違反している。ロシアはウクライナとの軍事協定を破っているため、クリミアを占領しているという解釈が成立するわけである。
一方、別の見方も存在する。ロシア側は、当時の大統領であるビクトル・ヤヌコビッチ氏からの軍事介入を要請する書簡を提示した。もしこれが事実であるならば、上の議論は無効になるかもしれない。また、一部の人間はこう示唆する。クリミアの地方政府は、ロシア軍が介入しようとしまいと、なお国連憲章における自決権を保持する、と。さらには、ロシア軍の存在は、ウクライナの非合法で暫定的なナショナリスト政権に対する、歓迎すべき抑止力であるとさえ主張するかもしれない。この新政権は、言語上の少数派にとって大切な法を撤回し、クリミアの住民を挑発するような動きをすでに見せていた(訳注1)。また、ロシア擁護派はコソボの例も引き合いに出す。コソボはセルビアから一方的に独立を宣言した。そして、これは、後に国連総会によって追認されたのである。国際法が、自治や併合をあつかう場合、きわめて曖昧な点を残すことはどうしても認めなくてはならない。これらの問題に関して、国連は論理的な一貫性を欠いているように感じられる。

けれども、米国の代表的新聞について特記すべきより重要なポイントは次の点である。わずか2段落に満たないこの文章によってニューヨーク・タイムズ紙はロシアを東欧における攻撃的で「威嚇的な」国と印象づけることに成功した。確かにロシアは一方的、かつ、ひどく攻撃的なやり方で動いた。しかし、注意していただきたいのは、これと対照的に、米国に発する動きはいっさい書かれていないことである。オバマ大統領が大統領執務室の受話器を取り上げた-----ただこれだけ。米大統領が、困っている他国の政治指導者と胸襟を開いて話し合うという、実にアメリカ的な寛容精神の発露を示す図である。「善意の第三者」という位置づけにぴったりの書き方である。

記事は、それからさらに進むと、米国を「懐疑的な第三者」として提示する。「プーチン氏が協議の内容に本当に興味があるかどうかは不透明」だとする。この評はおなじみのものだ。ロシアは信頼に値しないのである。それどころか、プーチン氏はひそかに「外交上の得点」を稼ごうとしているのかもしれない-----ロシアは目下、「国際的に孤立している」のであるから …… 。とはいえ、この最後の表現はまちがいではない。国連は、その総会において、クリミア併合を違法とする決議案を広い支持の下に採択した。100ヶ国以上が賛成し、反対票を投じたのは11ヶ国にとどまった。

しかし、ついにわれわれはより深い内容を示唆する一節に出会う。プーチン氏がウクライナの「過激派」についてオバマ大統領に不満をもらしたと伝えられるのだ。この事実は第3段落に何の説明もなく登場する。なぜかと言えば、説明することはパンドラの箱を開けることであり、それはただちに現状況に対する不都合な背景をあらわにするからである。すでに述べたように、文脈、事態の経緯、背景事情を無視することが、ロシアをならず者国家とし、米国を私心のない仲裁者とするイメージを刻印し、維持するためには不可欠なのである。

過激派の問題が詳細にふれられず、手短になにげなくあつかわれることで記事の目的は達成される。普通の読者は得心するのだ、ロシアが-----しょうこりもなく-----おかしなことをやらかし、米国は、自分の意に反して起こった出来事に関して、ただその沈静化を願っているだけなのだ、と。


[事実の半分を閑却]

黙殺されているものは何だろうか。わずかとはいえ、この記事には重要な要素が欠けている(すでに述べた法的な曖昧性に関しては言及されているが)。
以下にそれをかかげてみよう。

・米国が後押ししたクーデター
まずわれわれはこの燎原の火をもたらした最初の火花について考察しなくてはならない。つまり、米国が働きかけた、ファシストによるクーデターのことである。しかし、この点は報道から排除されている。事実として、米国は何十億ドルもの資金を拠出し、ウクライナ国内の反政府勢力を手助けした。これが、キエフでの過激なネオナチのグループによる暴動にまっすぐにつながっている。米国の支援の手口は、たとえば、米国民主主義基金やCANVAS等のにせのNGOを介して、ウクライナの自由党等の右翼勢力の支持者に資金を供与することであった。欧州議会による最近の調査報告では、この党の排外主義的、人種差別的傾向が大きく取り上げられている。党のリーダーである Oleh Tyahnybok 氏は「ユダヤ人の一派」がウクライナ政府を牛耳っていると発言した人物である。ロシアへの編入を「是」とする票がクリミアで投じられたのは、こうしたナチのシンパたちによる、米国が後押ししたクーデターであったからこそ、である。

・NATOの拡大
また、冷戦を終了させようとしたゴルバチョフ氏の報われない努力以来の、西側諸国の絶えざる軍事的挑発についても見逃すわけにはいかない。ゴルバチョフ氏は軍の縮小、兵器の削減、ドイツ統一の受け入れ等々に尽力した。これに報いる形で、同氏は当時の米ブッシュ大統領から約束を取りつけた。NATOは、ソビエト軍の撤退とワルシャワ条約の解消により東欧に生じた軍事的真空を埋めるべく、乗り出すことはない、と。ところが、NATOは、その後、果敢に東へ触手を伸ばした。ポーランド、チェコスロバキア、ハンガリー、エストニア、ラトビア、リトアニア、スロバキア、スロベニア、ブルガリア、ルーマニア、クロアチア、アルバニア-----これらを次々と傘下におさめたのである。これは、ロシアを軍事的に包囲する戦略の一環として広く認知されている。今では、NATOは、バルト海、黒海のいずれにも軍を展開する足がかりを得ている。ところが、ロシアが、完全に国際的な協定の範囲内でウクライナとの国境に軍を集結させると、それは領土拡張主義の「威嚇的な」力の誇示として非難されるのである。約束を反故にした西側の厚顔無恥も、西側メディアの偽善的なダブル・スタンダードもみじんも取り上げられない。それが常態なのだ。

・西側による過去の侵略
まさしく、それが常態なのであり、それにとどまらず、ニューヨーク・タイムズ紙は、ロシアに対する西側諸国のファシスト的、帝国主義的侵攻という歴史的事実をも自分に都合よく閑却している。ロシア革命にひき続き、西側の4ヶ国がロシアに侵攻しており、その中には黒海からの進撃もあった(訳注2)。また、ナチス・ドイツはソビエトに侵攻し、このためにロシア人の犠牲者は数百万もの数字に達している。連合国が枢軸国に勝利するためにロシアは多大な犠牲をはらった。これらの歴史を無視することはできない。とりわけ、留意すべき点は、ヒトラーやムッソリーニの思想的流れをくむ、西側の支援を受けたウクライナのファシストたちが、ロシアと境を接する国で権力をにぎり、敵対的で二枚舌のNATOに加わる見込み、また、セヴァストポリからロシアの黒海艦隊を締め出す動き、を示していることである。

・黒海の宝
ニューヨーク・タイムズ紙が無視しているもうひとつの大きな事実は、ウクライナが莫大な化石燃料を秘めた、資源の豊かな黒海に接している国という点である。この地政学上の宝物は、世界の強国の多くが手に入れたがっているものだ。

・ネオリベラリズム(新自由主義)の拡大
ニューヨーク・タイムズ紙はまた、次の事実も閑却している。民主的に選ばれ、現在は失脚したウクライナの大統領ビクトル・ヤヌコビッチ氏がそもそも追放の憂き目に会ったのは、同氏が、緊縮政策の採用を条件とするIMFからの巨額の融資をことわり、ロシア政府からのよりゆるい条件の申し出を選んだのと同時期だったことである。


これら、背景事情の意図的な閑却と不都合な事実の排除は、ニューヨーク・タイムズ紙と米国の知識人たちの偏向をまざまざと示している。ところが、外交政策をめぐる中央の思考の大半は、この両者によって育まれている。また、「善意の第三者」である米国が「ならず者国家」の悪行によりやむなく行為に出でざるを得ないという教理的見方は、彼らによって一層強固なものにされている。その結果、全体像はいちじるしくゆがんでしまう。事実は、この危機において、米国が「最初の行為者」だったのであり、一連の出来事の発端となったクーデターを幇助し可能ならしめたのは米国だった。より広い文脈を知らされていれば、米国市民もロシアとロシア政府に関してかなり異なった見解を抱くようになるであろう。しかし、以上のような近視眼的、国粋主義的な見方が執拗に提供され続けるかぎり、米国市民が自分たちの上に投げられたこの網から脱することのできる見込みはほとんどない。それは、市民のうちのもっとも政治に無関心な層にさえ偏ったものの見方を植えつけているのである。


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[訳注と補足と余談など]

今回訳出した文章の掲載元である米国のメディア監視サイト『The New York Times eXaminer(NYTX)』(ニューヨーク・タイムズ・エグザミナー)については、以前の回を参考にしてください。

米国のメディア監視サイト-----(ニューヨーク・タイムズ紙と政府当局の協力関係)
http://blog.goo.ne.jp/kimahon/e/a2b3768913ba3585c4d806cda51b8fa6

今回の書き手のハースラー氏は、ニューヨーク・タイムズ紙を「世界有数のプロパガンダ紙」と、バッサリ斬り捨ててますね。^^;


■訳注1

新政権が公式文書でウクライナ語以外の使用を禁止する法律を導入したことを指します。クリミアはロシア系住民が多く、主にロシア語が使われています。


■訳注2

おそらく、下記のウィキペディアの文章に書かれている事態を指すと思われます。

「反革命派(白衛軍)の攻勢が強まり、さらにチェコ軍団救出を口実にイギリス・フランス・アメリカそして日本の連合国が干渉軍を派遣し、ソビエト政権はしばしば危機に陥っている。」

この詳細は、

ロシア帝国の歴史 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%82%B7%E3%82%A2%E5%B8%9D%E5%9B%BD%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2

をご覧ください。


■文中に書かれている
「米国が後押ししたクーデター」
と言えば、悪名高い前例がありました。
南米チリのアジェンデ政権の転覆です。米CIAが大きな役割を果たしたことは常識となっています。


■文中の
「ネオリベラリズム(新自由主義)の拡大」
と関連する、経済的な観点からの分析は、
Jack Rasmus(ジャック・ラスマス)氏の以下の文章が非常にまとまっていて、参考になります。

Who Benefits From Ukraine’s Economic Crisis? (Hint: Not Average Ukrainians)
https://www.commondreams.org/view/2014/03/17-8
(ウクライナの経済危機から利を得るのは誰か?(ヒント: ウクライナの一般庶民ではない))

この文章もぜひ訳出したいものですが、ちょっと長いので時間が取れそうにありません。^^;

(そのほかにも、訳出したい文章はたまる一方です。スポンサー(翻訳料を寄付してくれるような方)を募集したいところです ^^;)