おはなしきっき堂

引越ししてきました。
お話を中心にのせてます。

落とし穴

2008年09月13日 | ショート・ショート
道を進もうとしたら、ぽっかり黒い穴が開いている。
覗いてみるとかなり深そうでどこまでも落ちていきそうな穴だ。
そこを通らないとなると少し遠回りしなければならない。

立ち止まって考えていると後から人が来て僕を追い抜かしていった。
その穴に足がかかる。

「!」

なんとその人はまるで地面があるように穴の上を歩いていった。
後からたくさんの人が来てその穴の上を歩いていく。

なんだ、大丈夫なのか・・・。
巧妙に何か細工がしてあるだけかもしれない。

僕はそう思い、穴に向かって一歩を踏み出した・・・。

「うわーーーーっ!」

僕の足はその穴に吸い込まれるように落ちていった!
下に下に落ちる・・・。
「助けてくれーーーーっ!」

ドサッ!ドン!

痛い!
・・・僕はベットから落ちていた。
夢だったのか・・・。
それにしてあの落ちる感覚は結構リアルで今でもドキドキする。

時計を見ると8時前だった。
やばい!遅刻になる!
僕は急いで着替えネクタイを締めて顔を洗うのもそこそこに家を飛び出した。

会社には遅刻寸前で着いた。
今日は大きな商談がある。
努力した結果やっと今日まとまりそうなのである。
僕は急いで用意したため曲がったままのネクタイを締めなおし、資料を出そうとパソコンを開いた。



なんとデータが消えている。
落ち着け・・・データーのバックアップの為にUSBメモリーに入れて置いたはずだ。
だが、机の中を必死で探すが見つからない。
どうしよう時間が・・・焦りばかりつのる。

「どうしたんだ?」同僚のが近づいてきた。
「いや、今日の資料が消えててバックアップにとったメモリーもないんだ」
「俺も探してやるよ」とは一緒に探し始めてくれた。
「ありがとう」と僕はFに礼を言おうとFの方を向いた。

すると、の胸の辺りに黒い穴が見えた。
昨日の夢で見たような穴だ。
なんだか嫌な感じがした。

僕はが僕の机の辺りをかがんで探している隙にの机の引き出しを探した。
あった・・・。
僕が同僚の机から取り上げるとが青い顔をして後に立っていた。
「勝手に人の机を開けるなよ」
そう言うとは去っていった。
幸いにもデーターは暗号がかけてあるため消えてなく、その日の商談に間に合った。

2~3日しては会社を辞めていった。人づてに聞くとどうやらかなり僕の事をねたんでいたようだ。
妬むより自分も努力をすればいいのに・・・。。

それにしてもの胸の辺りに見えたあの黒い穴は・・・。

それから僕は度々、その穴を見ることになった。
商談先の人の足元に見えたこともある。「いい話なのに」と上司からは散々言われたが断ると、その会社がすぐに倒産した。
街に出ると若い綺麗な女の子の口の横に見えるときもあった。
「すいません、少しだけいいですか?」と声をかけられるも相手にしないで通り過ぎると、気の弱そうな男性に声をかけて「そこのビルに宝石店があって入りたいんだけど、一人で入る勇気がないので一緒に行ってもらえますか?」と言ってドギマギしている男性の手を引いて連れて行ってしまった。
あれはデート商法と言う詐欺なのか?

どうやら、僕は僕限定の「落とし穴」が見えるようになったらしい。
他の同僚などが危ない商談をしていてもそれは見えないが、いざ自分の担当になると見える。
うまくそれを利用し僕は着々と成績を上げていった。

ある日の事。僕は専務に呼ばれた。
こんな上の人に呼ばれることはめったにないので緊張して行くとにこやかな顔をした専務が言った。
「君に実はお願いがあってね」

話の内容はこうだった。
専務のお嬢さんが最近、会社に来たときに僕を見かけなんと一目ぼれをしたという。是非、紹介して欲しいとせがまれたので一度あってもらえないか?と。
専務としても僕が最近、メキメキと実力を発揮した有望な若者なので娘と付き合うのは願ってもない事だという。

あまりにもうまい話で僕は専務と専務の周りに落とし穴がないかと目を凝らしてみた。
でも、何もなかった。
あるのはにこやかに笑っている専務だけだ。
もしかするととんでもない不細工なんじゃないか・・・と思いながら僕はとりあえず承知した。

そしてお見合いの当日。
僕は驚いた。専務の娘はかなり綺麗でかなり僕の好みだった。たぬきみたいな顔の専務だが奥様が綺麗な人で幸いな事にそちらに似たらしい。
恥かしげにまぶたを伏せうつむく姿に僕は一目ぼれしてしまった。
と言うことは相思相愛・・・僕の胸は高鳴った。
何か話そうと彼女をふと見ると彼女の胸の辺りにあの「黒い落とし穴」が見えた。

なんと言うことだ!彼女が僕を陥れようとしているのか!

「後は若い二人で」と何かのドラマに出てきそうなお決まりの文句を言われ、僕は彼女と二人になった。

・・・・・・

少しの沈黙の後、僕は口を開いた。
「僕のどこが気に入ったんでしょう?多分、違いますね。話してくれますか?」

すると彼女はポロポロと涙を流して話し出した。
実は以前から彼女には付き合っている男性がいる。その男は売れないミュージシャンで専務が付き合いを反対していると。
そして無理やり別れさせ専務の気に入る人と結婚させられようとしたので、そのミュージシャンとは一旦別れたように見せかけるために僕と見合いをしたらしい。
たまたま会社に来たときに僕が通りかかり「この人ならなんだか後で断っても許してくれそう」だという印象を受けたと言った。
なんとも、プライドを傷つける事を言うものだと苦笑しながらも僕は涙を流し続ける彼女の姿から目が放せないでいた。

彼女の恋愛を成就させるため、僕はしばらくの間、隠れ蓑になる事を承知した。
そして、彼女を傷つけないために1ヵ月後に僕から断るということにした。
交換条件として、彼女はかなりの金額を提示した。
僕は本当はお金などほしくなかったが承知した。
まったく深い落とし穴に落ちたものだ。
・・・ただ、それぐらい彼女は魅力的だった。
断った後の会社の対応はどうなんだろうとかなりの不安はあったが、なんとかなるさとさえ思った。

それから僕達は週に1~2度のデートをした。
ただ、僕が車で迎えに行き彼女をミュージシャンの所まで連れて行くのだ。
とんだピエロのようだが、僕は彼女の顔を見れれば幸せだった。
行き帰りの車の中で彼女の話を聞きく・・・それだけで。
そのミュージシャンと駆け落ちをする計画を彼女はたてていた。
「今日、その話をしに行くわ!」送り迎えを始めて一ヶ月たったとき彼女は言った。
これで僕の役目も終るだろう。

送っていった後、すぐに彼女から携帯に電話がなった。
「迎えに来て欲しいの。すぐに」涙声で・・・。

僕は彼女の指定した場所に行った。
泣きじゃくりながら彼女が駆けて来た。
そして僕の胸に顔をうずめて延々と泣いた。

落ち着いた後、事情を聞いた。

彼女が何もかもを投げ出してあなたの元へ・・・と言った後、そのミュージシャンの男は急に怒り出したらしい。
「君は君の家があっての君なんだ。財産がない君となんか付き合えない」と。
どうやら奴は彼女の家の財産を狙っていたらしい。

今時、流行らない格好悪い話だな・・・と僕はため息をついた。
彼女の「駆け落ち」の話もなんだかレトロ感がある。
それにきっとそのミュージシャンは一生売れないミュージシャンのままだろうな。そんな財産目当てのミュージシャンなんて格好悪すぎだ。

僕がぼんやり考えていると涙で腫れた目の彼女が顔を上げた。
「でも・・・悔しいからこんなに泣いたけど、本当は心の中では少しほっとしてるの・・・だって、私・・・」

見上げた彼女の目の中にハートの黒い穴が見えた。

ふと見るとこの1ヶ月あった胸の黒い穴はふさがっている。
ふさがる事もあるんだ・・・と思った。
でもこのハートの落とし穴ははまってもいいんだろうか?
僕の心が少し警告したが、僕の腕は心に反して彼女を強く抱きしめていた。

・・・そして今日も一人の若者が落とし穴に落ちていった。






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