おはなしきっき堂

引越ししてきました。
お話を中心にのせてます。

欠けている物

2008年03月17日 | ショート・ショート
彼女はいつも何かが足りないと感じていた。
小さい頃の彼女の夢は芸術家だった。
ただ、彼女の夢の前に立ちふさがったのは両親の反対だった。
彼女は違う方向の勉強しか出来ず、夢を諦めざるをえなかった。
それでも一度は夢を諦めかけたが再度実現させようと立ち上がった。

そんな彼女の前に一人の男が現れた。
彼女は恋に落ち、恋しか見えなくなり夢を今度は捨てた。
そして結婚をし、生活に追われる毎日。
思い出すのは、若かった日の夢。
もう一度、挑戦したくても子供も生まれ毎日の生活をするので精一杯。
そして子供も手がかかるが、彼女が結婚した男も手のかかる男だった。
すべての生活を彼女が支えた。
若き日の情熱もはるか夢のまた夢。
夢は夢でしかなくなった。

そんなただ、毎日を家族のためだけに過ごす日々だった彼女だが、子供が一人立ちしやっと自由な時間が持てるようになった。
これからは夫と二人、ゆっくりと過ごしたい・・・そう思う毎日。
ただ、若いころ感じていた物足りなさはいつも隣り合わせ。
今から若いころの夢を追うわけにも行かず忙しくすごしてきた彼女は少し戸惑いを感じる。

多忙な生活から一転してゆっくりした日々。
気が緩んだのか彼女は病気になった。
熱にうかされまどろむ中・・・。

金色の光。

光が彼女に話しかける。

「汝、前世で自分の夢ばかりを追いかけ家族を不幸に追いやった。今世での苦労はすべて前世の報いなり。両親や夫や子供は汝の試練なり。よく、乗り越えた。汝から少しだけ取り上げていた才能を今返そう!」

光から一筋の細い金色の筋が彼女に入ってきた。

そして・・・彼女は・・・。
自分の中に欠けていたものを見つけた。
ただ・・・それと一緒に永遠に上を求め続ける心も一緒に入ってきた。
もっと・・・もっと・・・上を目指せるはず!探すのだ!自分のテーマを!

!!!
他の事は何もいらない。自分のただただ内なる欲望のまま突き進みたくなる。

彼女はわかった。何故自分が前世で家族を不幸に追いやったのか。そして自分自身への終る事のなき苦悩、他の才能への嫉妬や憧れ。

自分を見失う前に彼女は叫んだ。
「こんな才能はいりません!私は・・・私は自分が今まで自分が歩んできた道を誇りに思います!私は夫や子供のいる生活を愛しています!」

すると一度は入ったと思われた金色の光が彼女の胸の辺りからまた出て行った。


・・・  ・・・  ・・・・
誰かに呼ばれ彼女は目をあけた。
夫だった。
今まで何も作った事がなかった夫が手に鍋を持っている。
「おかゆを作った食べるか?」
照れくさそうに笑っている。
『試練』がおかゆを作ってきてくれた。
彼女は小さく笑った。
夢だったのだ。
才能がないとずっと認めることが出来なかった自分自身が見せた。
夫が言う。
「うなされてたぞ。疲れが出たんだな。今まで苦労かけたから。これからはゆっくり過ごそう。お前は好きな事をすればいい」



春、うららかな日々。彼女は作品を作る。
神様からほんの少しだけ取り上げられた才能のままで。
だけど才能のかわりに人生と家族のぬくもりエッセンスのはいったあたたかい作品を。

本誌ぺんきっきへ


コメント
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