おはなしきっき堂

引越ししてきました。
お話を中心にのせてます。

ブラックな神様

2023年02月18日 | 神様シリーズ
以前書いた
ラーメンの神様をシリーズに
これは、その後というかこの主人公の息子の物語から。

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今日も残業。
もしかすると日付がまわるかもしれない。
俺は大きくため息をついた。

俺が勤めている会社は従業員50人の金属加工会社。
最初に勤めた銀行を辞めてこの会社に再就職したのが2年前。
総務関係で雇われたのだが、先月この会社で経理をしていた社長の奥さんが仕事中に倒れて入院したことで、急遽俺がすべての管理を任せられることになった。
小規模の会社の事なので総務と言っても経理や庶務もある程度は携わっている。
ただ、親族にしか帳簿を見せてない部分もありその対応に追われている。
入院中の奥さんは、気が付いてから他に任せることを渋っていたらしいが、もう出てこれる状態じゃなくまた経営者である社長はまったくこういった事が出来ない人だった。
実質の社長はこの奥さんだったのだと思う。
正直、銀行を辞めたのは失敗だったと思わざるをえない。
その時の上司と衝突をして、結局辞めることになったのだが、もう少しうまく立ち回れたのではないかと今になっては思う事ばかりだ。
再就職をと思ったときに、規模の小さなアットホームな会社をと思ったのは大きな間違いだった。

何故ならここはかなりの「ブラック」だから。
今、すべての帳簿関係を見るようになって余計にそう思う。
この会社の役員の名目で毎月結構な金額を入金しているのは、社長の愛人。
繁華街でスナックを経営している。
これは奥さん公認ようだ。
そして娘や息子も今会社にいるが、大した仕事もしてないのに給料はいい。
何より入院している奥さんの給料がすごい。
専務・常務・部長などはほぼ親族でしめている。
また、こいつらが仕事をしない。

だけど平の従業員の給料は安い。
以前、他の企業の人から
「お宅の社長、うちの従業員の給料はどこよりも安いって自慢していたよ」
とあきれる話を聞いた。

ふと思う。
俺の親父の印刷会社。
従業員が数人の小さな会社だった。
でも、親父は従業員を大事にして自分たちは贅沢をしていなかった。
大きな仕事には手を出さない代わりに堅実な仕事ばかり選んでしていた。
俺がどうしてもっと大きな仕事をしないのか?と聞くとよく
「うちには会社の神様がいるんだよ」とよく笑っていた。
神様がいるのだったらもっと儲かるんじゃないかというと、遠い目をして
「まあな。大きく望んだら駄目なんだ」と言った。
でも、従業員の人たちとの関係も良く、子供の頃は俺も遊んでもらったり一緒に旅行などに行ったりした。
そのことを思い出して、規模の小さい会社に再就職をと思ったのが失敗だった。

神様な・・・。
そういえば、この会社離婚率が異常に高い。
残業が多いのと長期出張が多いのが理由だと思う。
数年前、海外に工場を大手の協力企業として一緒に進出した。
少ない従業員の中、数人が半年の期間交代で行くことになった。
若手が少なく家族や子どもがいる家庭の人ばかり。
そりゃあ家庭不和になるわ。
出張じゃなくても残業や休日出勤をしないと給料が少なく、自然とそうなると家に居る時間も少なくなる。
俺のような独身者でも今彼女との仲が微妙になってきている。
35歳。
そろそろけじめをつけないとと思っていたのだが・・・。

「この会社には、『別れの神様』でもいるのかな・・・」とつぶやいた。

「違うよ」

えっ・・・。
どこから声がと思って振り向くと小さい老女がいた。

「私は『ブラックな神様』」

とうとう残業しすぎで幻影が見えるようになったのか?
黒いマントを着た小さなおばあさんだ。


「あの、勝手に入ってきたら困ります」というと

「あんたには私が見えるんだね。ああ、なるほどここの経理を任されたからか。実質ここは経理が会社をまわしているからね。それとあんたは以前は別の神が近くにいた経歴もあるようだ」

なんだ・・・このばあさん。

「私は、この会社を継続させる為にいる。会社を続けさせるために従業員を安い賃金で働かせる必要がある」

なんて事を言うんだこのばあさん。
俺は今月の給与の一覧を思い出していた。
基本給が非常に安く、残業をしないと生活が出来ない。
その残業も、名ばかり管理職や固定残業代などとうまく法をかいくぐり出していない。
課長クラスの管理職や固定で出されている営業職の人たちの離婚率が多いのはこの理由だ。
一定の手当しか出さない。
時給にしたら役職がない人より少ないんじゃないだろうか。
そういえば、俺も経理を任される事で課長になった。
まだ2年目なのに。
この経理を任せるという事で企業の裏側を見せるための昇進だろう。
しかし、びっくりしたのは仕事量が増えたのに、給料が減った事だ。
今までの仕事をして、その上社長の奥さんの仕事までしている。

毎日、毎日の残業で疲弊している。
それでも終らないので持ち帰りしたり、休日出勤したり。
彼女からはSNSの既読がつかないと文句を言われ、もう1か月も会っていない。
このままではやばいと思っていた。
俺は彼女の事がとても好きなのだ。

しかしそれらが、このばあさんのせいだったとは。

ばあさんは、ひひっと笑い
「さあ、どうやったら上手く『経費』を減らせるか教えるからね」
と言った。

ぞっとした。
このばあさんが言っている事は、従業員をどうやって「ただ」で働かせるかって事だ。

「あんたなんか要らない!」

俺は叫んでいた。

「そうかい」

と言ってばあさんはあっさり消えた。

疲れすぎて幻を見たのかもしれない。
でも、なんかすべてがばからしくなった。
俺は、仕事を残してもう帰ることにした。
出来ない事は出来ないのだ。

すっきりした気分なり、帰宅することにした。
帰り道で彼女にSNSで連絡をした。

「会えない?」と

驚いたことにすぐに既読になった。

「今からでも行けるわ」と。

俺たちは深夜営業をしているファミレスで会った。
今まで会えなかったことを詫びて、会社ももうやめることを告げた。

こんな俺でもまだ付き合ってくれるかと聞く。

「良かった。ずっと心配していたのよ。でも、このまますれ違いが続けばもう別れるしかないと思っていた。」

俺たちは手を取り合った。
無職になり再就職をと考えていると言うと彼女は

「それなら一緒にうちの実家で働かない?」と言った。
彼女の実家は農家だ。
今、農園として事業を広げているらしい。
農家としてと言うより、経営にかかわってほしいと。

「婿って事?」って言うと

「今時、そういった事は田舎でも言わないわ」と笑った。

いいかもなと思った。
なんとなく。
あの奇妙なばあさんがいる会社よりは。

翌日、出勤すると社長の奥さんが近く復帰することを聞いた。
それを聞き、奥さんが復帰してきたら退職をしたいという事を伝えた。
案外、あっさり聞き入れられた。
多分、会社内部の事情に詳しくなりすぎないのと役職を与えてしまったのを、復帰後に取り消せない為だろう。

それから1週間後奥さんが復帰してきた。
復帰後の第一声が

「なんで居ないのよ!」だった。

俺はわからないふりをした。

奥さんは俺に慰留をしたが、居ない間の引継ぎを済ませた後、会社を退職した。

その後、彼女の実家に挨拶に行き、結婚と同時に農園の経理や経営に携わる事を正式に決めた。
彼女の実家は、ご両親が何人かのパートの人を雇い農家をしているが、手広くなり経営の事は素人なのでまわらなくなってきて、俺が入る事が非常に喜ばれた。

一緒に住むのではなく、近くで家を借りることして出勤という形をとることにした。

俺の両親にも挨拶に行く。
やっぱり非常に喜んでくれた。
子どもの人生は子どもの人生だから家とか関係なく、自由に生きたらいいと。

印刷会社はすでにたたんでいた。
俺は結構遅くに出来た子だったため両親はもう70歳をこえている。
今は二人で旅行に行ったりと楽しく過ごしているらしい。

俺は親父に聞いた。

「なあ、神様はまだいるの?」と。

「いや、もう居ないんだ。だって会社はもうないからね。でもまたどこかの会社に居るのかもしれない」

無言のまま二人で笑った。
俺は元会社にいた「ブラックな神様」より、親父の会社にいた神様はいい神様だったんじゃないかと思った。

その後ハローワークに離職などの手続きに行ったときに、あの会社の課長職の人に会った。
俺が辞めた後、辞める人が続出したらしい。

手に職がある人が多く、他の企業からの受け入れも結構ありみんなあっさり辞めたのだいと。
その課長職の人も辞めたのだと言った。
数か月前から奥さんと別居状態になっている。

やり直したいと今から行くのだと言う。

「頑張ってください」と俺は言った。

きっと、大丈夫だと思う。
あの会社はどうなるんだろう。
ブラックな神様が居なくなって。

あのあと、すぐに税務署と働基準監督署かの監査がはいったらしい。

あれは、神様なのだろうか?
いや、経営者にとっては神様なんだろうな。
黒いマントでいろんな物からうまく隠していたんだろう。
従業員にとってはそうでなくてもあの一家にとっては、神様だったのだろう。
その神様がいなくなった後はどうなるのか。
自分たちの力でちゃんと経営できるのか、それとも今まで通りブラックなままで終わりを迎えるのか。
それは、俺には分からない。

彼とお互いの連絡先を交換して、俺は彼女と待ち合わせていた喫茶店に向かう。

彼女とコーヒーを飲みながらこの後の事を相談する。

「しかし、まったく素人の俺が大丈夫だろうか?」と言うと彼女が

「大丈夫じゃない?うちの父親が言うにはうちには「農業の神様」がいるらしいから」

とふふっと笑った。

なんだ・・・いろんな所にいるんだなと思った。
ただ、その神様は「いい神様」なんだろうか?
とちょっとだけあの黒マントのばあさん神様の事を思うと不安になった。

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次、また別の話から。
連作になります。

実は最初この話は、以前いた会社の経験から「別れる」「縁切り」にしようかと思っていた。
私がいる頃はそうでもなかったんだけど、辞めた後ぐらいから「えっ?」って感じで壊れる家庭が多いことを聞きびっくりした。
ただ、よく考えるとその原因は、この物語に書いたような事なんだと思い「ブラックな神様」とすることにした。
半分ほどは、本当の事だ。

このシリーズ多分あと4話ぐらい続きます。(多分)
土曜日更新で。
以前に書いたのは、かなり年月がたっているのでこの話と続くようにおいおい訂正をしようかと。

それでは、また来週に。

(何度か読み直して誤字脱字や改稿すると思います)

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