おはなしきっき堂

引越ししてきました。
お話を中心にのせてます。

ラーメンの神様

2008年09月20日 | 神様シリーズ
同僚の神林が急に会社を辞める事になった。
会社での成績も優秀で若手の出世頭になるだろうと評判の男だった。

何故?と思っていると送別会のあと「酔い覚ましにちょっとだけ食べないか?」と言われ一緒にラーメン屋に行った。

「ラーメンとライス!」と神林が頼み俺もそれにならった。

「なあ、なんで会社を辞めるんだ?」俺は神林に聞いた。

「俺、ラーメン屋を始めようと思うんだ」

「へ?」
あまりに唐突なので俺は目を白黒させた。
「お前、ラーメンなんて作れたっけ?」
俺のびっくりした顔が面白いらしく、神林はゲラゲラ笑った。

「いや、作れないし、知識もない。でも、出会っちまったんだ」
神林はおやじが差し出したラーメンを受け取りながら言った。

なんだ、ラーメン屋の娘とでも結婚するのか?俺が首を傾げると神林はニヤッと笑いこう言った。

「ラーメンの神様にな」

おいおい、仕事のしすぎで頭がおかしくなっちゃたのか。

「俺がラーメン好きなの、お前も良く知ってるだろう。
結構、休日とかでもラーメンを食べにあちこち行ってたんだ。
するとあるラーメン屋に入った時にな、小柄なじいさんに声をかけられたんだ。『君、ラーメン作りなさい』ってさ。
不思議なことにそのじいさん宙に足が浮いてるんだ。
『あんた、誰?』って俺が言うと『わしはラーメンの神様じゃ』って言って俺の肩をポンポン叩くんだ。
『馬鹿にするな!』と手を払おうとしたらスカッて感じで手が抜けていくんだ。
ふと周りを見渡すとどうやら他の客には見えないらしく、俺が一人で騒いでいるように見えるようでおかしな奴だって感じでじろじろ見られていた。それで俺は慌てて店を出た。
俺の後にじいさんがついてきて、自宅まで・・・。確かにじいさんの前でドアを閉めたのに何故かじいさんは俺の横にいるんだ。そして『ラーメンを作りなさい』って言い続ける。
俺は観念して材料を買いに出た。じいさんはスーパーであれを買え、これを買えと指示をし、家でその買った材料の調理の仕方を指導してくれた。・・・そして出来たラーメンは驚くほどうまかった。今まで俺が食べたどのラーメンよりも。これを世に出さない事はないと思い、一大決心をして会社を辞めてそのラーメンの店を出すことにしたんだ。」

なんともとんでもないうそをつくものである。
だけど、神林はラーメンの店を出す決意は本物らしく、退職金などで資金を作りもう店舗も押さえてあるといった。

ラーメンを食べ追え、神林と別れた。
神林はまだ気楽な独身だ。俺なんかと違って冒険ができるんだな・・・そう思いながら帰路についた。

それから数ヶ月、ゴロゴロと寝転んで何気なくテレビを見ていると「行列が出来るラーメン店」の特集をしていた。
すごい行列、こんなのに並んでまで食べたくないなと思っていると妻が叫んだ。
「あなた!神林さんがテレビに出てる!」
俺は「えっ?」と思いテレビを良く見た。

本当だ!神林だ!

テレビの神林にレポーターが質問している。
「数ヶ月前まで普通の会社員だったのにどうやったらこんなに繁盛させる店が出来るんですか?会社員でいる間もラーメンの研究をされてたんですか?」

神林は答えた。
「いや、ラーメンの神様がついているですよ」

そしてレポーターと共に笑った。

後日、妻と一緒に神林の店にラーメンを食べに行ったが本当に驚くほどうまかった。
神林に「成功おめでとう!」と心から言ったが、「ありがとう」と言う神林の顔が少し曇って見えたのが気になった。

それからまた数ヶ月がたった時、俺のおやじが倒れた。
俺のおやじは小さい印刷会社をしていた。一命は取り留めたがもう働くのは無理な親父のたっての願いで俺は決心をし跡を継ぐことにした。
なんとか妻も賛成してくれて俺は従業員3人と小さいながらも会社の経営者になった。
この不景気なときに親父の会社は毎月決まった量の仕事が入ってきて月々の暮らしは困らない。
子供の頃から不思議だった。景気のいいときも悪いときも一定量だ。
もう少し手を広げてみればどうだろう・・・と考えていたとき、事務所の隅に小さい貧弱な男の人が見えた。
「どなたですか?勝手に入ってきてはこまりますよ」と俺が言うとその男の人が答えた。

「私はこの会社の神様じゃ」



なんて事だ。神林の妄想が俺にまで移ったのか?一瞬俺はそう思った。
すると少し起き上がれるようになった親父が後から言った。

「ほう、お前に見えるのか。その人はこの会社の神様だよ。大切にしなさい」

驚いて俺は親父のほうを見た。
なんだって?親父にも見えてるのか?

親父の話はこうだった。
昔、何かを始めようと思ったときにこの神様に出会ったそうだ。
そして神様の言うとおり印刷会社を起こした。
大きな仕事は入らないが、一定量の仕事が神様の言うようにしてれば毎月きちんと入ってくると。
だから、あのバブルの崩壊後も生きぬけてこれたと。

俺はなんだかほっぺたを漫画のようにつねりたくなった。
痛い・・・夢じゃないのか。

「もうわしはお前に会社を譲ったから神様がぼんやりとしか見えんが、どうやらお前にははっきり見えているようだな。これで完全に隠居が出来る。よかった、よかった」
親父はそう言って笑った。
ふと見ると神様と言う男もやっぱり貧弱そうに笑っている。
・・・貧乏神じゃないのか?一瞬そう思ったが会社が存続してるし、裕福とはいえなかったが俺の家もまた従業員の家も暮らしがなりたっている。
やはり神様なのか?

それから、親父の支持で営業で取ってくる仕事はすべて神様に相談することになった。
大抵は「受けて良し」と言う返事だがたまに「それは駄目」と言う返事が返ってくる。
それは駄目と言った仕事は他が受けたらお金が回収できなかったり、いい仕事だと思っていてもクレームをつけ値段を下げられたと言う話を聞いたりした。
いい仕事だけがうちに回ってくる。

ただ・・・大きな仕事は回ってこなかった。
それでも、社員の給料と会社の経営に必要な資金は毎月ちゃんと稼げた。
神様がいる限り、安定なのか?

そんなある時、以前勤めていた会社から大きな仕事を頼まれた。
どうやら契約していた印刷会社が急に倒産し、急いでしてくる会社をさがしていると。
急なことなので少し単価を上乗せしてもいいという話だった。
自分が勤めていた会社だから信用もできるし、なにより次からも大きな仕事をもらえる。
経営と言うのが面白くなってきた矢先に舞い込んだ話なので俺は神様に
「これは受けましょう!」と言った。

しかし・・・答えは「それは駄目」だった。

「何故?」と聞いても「それは駄目」と言うばかり。

俺は引き受けたかったがいつものように何か理由があるんだろうと思い「今仕事が立て込んでて引き受けられません」と断った。

しばらくたってその仕事を他社が受けて大きな利益を上げたといううわさを聞いた。

俺は憤慨して神様を怒鳴った。
「何故、駄目って言ったんだ!何にも問題なかったじゃないか!」

するといつもは「それは駄目」しか喋らない神様が

「だって、大きな仕事はわしの能力じゃ無理じゃ。ほどほどがいいんじゃよ」

俺が唖然としていると親父がふっと現れて

「欲を出したらいかん。ほどほどだ」

と言った。

俺はふてくされて街に出た。
あの神様は本当にうちの会社に必要なんだろうか。いない方が会社を大きくすることだって出来るんじゃないだろうか。

ふと顔を上げるとあの神林の店の前に立っていた。
数ヶ月前、あれだけ行列が出来てたのに今は誰もいない。

俺は扉を開けた。

「いらっしゃい!おっ!久しぶり!」

ガランとした店の中で神林が一人ラーメンを作っていた。

「まっ!食べていけよ」

と神林はラーメンをすぐに作って差し出した。

俺は一口すすって「えっ?」と思った。まずくはないが、あの数ヶ月前に食べた衝撃的にうまいラーメンではない。

「どうしたんだ?神様がついていたんじゃないのか?」

すると神林は笑って「追い出した」と言った。

神林の話はこうだった。

確かに神様のおかげで行列が出来る店になったと。ただ、ある日、ふと気がついた。神様の言うとおり作っているラーメンは『俺のラーメンではない』と。それで、神様が言うレシピと違うものを作るようになった。そうするとしばらくすると神様はふいっといなくなってしまったらしい。
そしてその途端に客が激減してしまったらしい。

「でも、これから研究してもっと美味しい「俺のラーメン」を作るから大丈夫さ」

神林はそういって豪快に笑った。
そうだった、この男はいつも努力の男だった。
いつかは自分の味を見つけるんだろう。

俺はラーメンをもう一口すすった。
神林らしい味がした。

ラーメンを食べ終わると俺は神林に「頑張れ」と言って握手をかわし店を出た。


俺のラーメンか・・・。
神林には自分のところにも「神様」がいるといえなかった。
今のままでは俺のところも「俺の会社」とはいえない感じがする。
神様に操られている会社だ。

俺も神様を追い出すか・・・と思ったが、その途端に妻の顔、親父の顔、従業員の顔が目に浮かんだ。

あの神林の店のようなガラガラの状態には出来ないな・・・。

俺はなんだか少し悲しくなって空を見た。

夕焼けで空が燃えているようだった。
自分への挑戦。

俺は首を振ってその考えを振り払うようにして家路を急いだ。


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