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おはなしきっき堂

引越ししてきました。
お話を中心にのせてます。

終の棲家

2006年09月24日 | 雑記
結婚した時、海の近くに住んだ。良くわからないがすごく嫌で嫌でたまらなかった。何故、嫌なところにわざわざ住んだのか・・・それは自分に選択権がなかったから。旦那の両親が勝手に決めてきた住居だった。実はあとから聞いた話なのだが淡路島出身の旦那の父が明石のてっぺんに立っているこの条件が気に入り「いつでも淡路島が見える」と言って即決したらしい。
・・・自分たちが住めばいいのに・・・。
ただ、そこでも自分に合えばよかったのだけど、なんだか分からないが住みにくかった。
海のにおいが毎日漂ってくる。
とても嫌だった。
どう説明していいのか分からないがいつまでたっても慣れなかった。

私は子供の頃は母の田舎の山奥で育った。
毎日祖母と一緒に山に入り、のんびりと田園の風景を見ながら毎日を過ごした。
家は神戸だったが休みになると逃げるように母の実家に帰った。
何をするわけもなく毎日、毎日のんびりと過ごす。祖父が牛の餌を作るとき、いつも祖父の横にいて話を聞いた。畑で直接きゅうりやトマトをかじり、夜になると猫と一緒に寝た。

・・・私は山の風景とにおいがないと駄目なんだ。

そんな時地震がおきて住んでいる建物が1部損壊になった。
チャンスだった。引越しをする・・・。旦那を説き伏せて家を探した。

旦那さんの両親に
「自分たちがせっかく選んだところを!!!」となじられたが、この両親の近くに住むという条件で説き伏せた。
旦那さんの両親が住んでいるところは、私の実家にも近く都会から見るとかなり田舎だ。(それなりに開けてはいるが)何よりも山と田園風景が近くにある。
どこからパワーがわいてきたのか分からないが嫌味を言われながら必死で探した。

・・・それが今の家だ。

すごく気に入っている・・・というかこの土地が好きだ。
やはり小さい頃に育った環境に人は帰りたがるのだろうか。

父がそう言えばなくなる前に、自分の生まれ育った家の近くに引越ししたがった。母がすごく反対して結局はその話はなくなったが・・・。
ただ、お墓を父の実家近くに立てた。そこには父の姉である伯母のお墓もある。
父はそこでやっと落ち着いたのだろうか・・・。

終の棲家・・・私にとって今の家がそうなるのだろうか・・・。
中古で買ったのでそろそろ手直しが必要だ。
終の棲家にするためにも頑張って働かないと・・・ね。ε-(;ーωーA フゥ…


世代交代

2006年09月24日 | 雑記
会社で友人が「最近会社の輪がなくなったような気がする」と言った。
輪って何かな~と思ったが多分「交友関係」のこと。
私たちはほぼ同期になる(どちらも中途のため『ほぼ』という表現をするが)
入って8年。

・・・そうなのかな~と考えた。
彼女が入った時は彼女はまだ20代だった。
他にもいっぱいの20代の仲間がいた。
うちの会社は総数50人ほど。
その中で若い人たちはやはり何をするにしても中心の存在になる。
ひとつ上の世代は、この若い人たちを引っ張っていくリーダー的な存在になる。

私はといえば彼女たちよりお姉さんで結婚していたのでその意味で言えば「輪」から外れていたと言った感じだった。
でも結婚後の再就職で年下の人の下で働くのかもしれないと覚悟していたが上司がかなり年上だったため結構居心地のいい職場になった。

そして8年が経った。
彼女も20代ではなくなり、結局残ったのは私と彼女だけになった。
私は子供も大きくなり、会社で同じ年代の友人も出来た。
彼女は独身のままで会社に残った。

「輪」がなくなったんだろうか?
いや、傍観者としてみていたからかも知れないが、中心になる世代が変わっているし「リーダー」もかわっている。
本来なら彼女自身が「リーダー」になり次の世代を引っ張っていかないといけないのだが・・・。

各部署で彼女と同期ぐらいの人たちが若い人たちの相談にのり、また遊びに連れて行ったりしていることを私はしっている。

小さい会社にもやはりこんな形での「世代交代」ある。
緩やかだが人も成長していく上で役割がかわっていく。
早く彼女に気がついてほしいと思う。


なんと・・・

2006年09月02日 | 雑記
仕事が忙しく、本誌も休んでいたらこっちはもっと休んでいた・・・。

こっちも今日からまあボチボチと更新していこうかと思う。

仕事がばかみたいに忙しい。
残業はせいぜい1時間~1時間半ぐらいだけど、「その一瞬」が忙しい。
雑用の海に沈没しかけている。
やっと5時からぐらいから日常の仕事が出来る。
来客&電話がかかってこない2時間ぐらいで、トイレも我慢してひたすら仕事。
それでなんとかもっているが・・・。

入社以来した事のないミスを連発している。
末は手形の郵送を忘れるところだった。
自分自身は用意したつもりだったのにポカッと忘れ、郵便局の人が回収しに来る手前の時刻でようやく思い出した。
頑張って封したがたくさんあるため時間に間に合わずもう一度来てもらう事に・・・。

なんとか大きくならず今のところ自分の範疇で処理できる事ばかりだけど・・・。
どうするぺんきっき・・・これから益々忙しくなるよ・・・

と自分に問い掛けてみたりする・・・。
このままだとつぶれそうだし、膀胱炎になるかもしれない・・・あぅ・・・。


あふれる言葉

2006年07月02日 | 雑記
少し前からどうも書きたいことがかけずに困っていた。
文章を書くプロでもないのに何を意識しているのだ・・・と自分に問い掛けてみて答えが見つからない。
だから、この別冊を作ってみた。しばらくの間、リハビリに(大げさな!)使ってみようと思って開設したのだが、不思議なもので書きたいことが指先からあふれてくる。
パソコンを打つのを職業としているため、結構打つのは早い。
考えている事がすべて指から出てくる。
もしかしたら、話すのは比較的ゆっくりなので話すより早いのかもしれない。

私は人の話を聞くのが好きだ。
「こういう考え方をこの人はしているのか」と新しい発見がある。
たくさんの情報が頭の中に入る。
ただ、たまに入れすぎて頭が爆発しそうになるときがある。
そんな時に出会ったのがブログの存在だった。
頭の中からあふれ出る言葉を文章に置き換えてみると案外すっきりした。
もちろん、よく考えながら書くことも多いが大抵は行き当たりばったりだ。
それから読んだ本の感想・・・。
身近に本好きな人がいないから読んだ本の話なども出来ない。
こちらも小学生以来の「読書感想文」を書くことによってすっきりした。

人間やはりどこかにプシュっと空気穴のようなものを作っておかなければならないようだ。
ちょっと息が詰まりかけていた。
毎日仕事に追われ、本当なら今日あった出来事を書き込みたいのだがうまく書き込めない・・・。
すっきりしないままの毎日。

2つもブログを作ったが案外こうしたほうが言葉が溢れてくる。

今日の出来事もこれから本誌ぺんきっきの方に書き込もうと思う。

最近「ブログ」って何?って皆が思いかけてる。
検索したら
「ウェブログ(weblog)」「Web上に残される記録」だと出てきた。
記録なんだ私にとって毎日の。
だからやっぱり毎日あったことを気楽に書いていこうと思った。
そしてこっちは私の頭の中の記録。
それならばやっぱり思ったことを素直に。


出来たらいいな♪

2006年06月30日 | 雑記
王子と一緒にドラエモンを見た。
ドラエモンは不思議だらけだ。なぜ過去に干渉してタイムパラドックスが起きないのか。時間が歴史がそれを強制的に修正しているのか・・・。
こんな便利な機械が出来たらお互いに攻撃しあって変なことにならないのか。
・・・あぁ~~不思議。でもドラエモンはドラエモンなのだ。
ただ、今日のおばあちゃんの話を見てうちの王子(小学校6年生)がポツリ
「悲しいな・・・」
・・・うん、確かに私もすごく悲しかった。おばあちゃんは小学生ののび太君の自分に会いに来た事で自分の「死」を知る。なんて悲しくて切ない話だろう。王子にこのことを言うと
「本当だ・・・。」
と言った。
強い人だ。自分がこの「のび太君」の年まで生きられないとわかったのにのび太を受け入れる。
でも前振りに「自分がのび太の小学生まで生きられない」と少し示唆している言葉とかも見受けられる。
何かの病気・・・だったとも考えられるのではないだろうか。やっぱり悲しいな・・・

・・・変なことばっかり考えて「ドラエモン」を見ていた。
まだまだあるぞ!ジャイアンみたいな子は現在にいるのか?
王子に聞くと「そんな子いないよ」だって。
ガキ大将は今の小学生にはいないのだ。もしこんな子がクラスにいたら即問題になって先生の指導が入るだろう。
のび太君のお母さんはもっとも私が不思議とする人物だ。
0点なんて取ってきたら「この子は心に何か悩みを持っているのか?」と考えるぞ。
0点なんて取ろうと思っても取れないぞ!すごいぞのび太!何も書かなかったのか?
王子は小学校に入る前にやたらと私に聞いた。
「0点取ってきても怒らない?」と。
「0点取ってくるのが難しいよ」と答えた。
0点を取ろうと思ったら何も書かないのが1番。
それかわざと間違えた答えを書くのかどっちかだ・・・その場合はどこかに相談しなくてはいけない。

・・・純粋な気持ちで「ドラエモン」を見れない大人になっちまった。
1番、自分が可哀想なのかもしれない。

『あんなこといいな♪出来たらいいな♪』
原点に戻らなければね。