３．春の夢

　ポカポカと春の風が心地よい。近所の桜の木の下で花見の宴会があっていた。
　カラオケのスピーカーから酔っ払いの下手な歌が聞こえてきた。
　今日はいい天気で、花見には最高だった。
　僕は布団を干しながら、下手な演歌の歌を聞いていると、なんだか眠くなりウトウトとしていた。太陽の光が眠気を誘ったのだ。隣の猫も丸くなって寝ていた。
　「私サトル君のお嫁さんになる。」
　「僕もカナちゃんのお婿さんになる。」子供の頃、近くの公園の滑り台の上で約束を交わしていた。
　カナちゃんとは、近所の女の子で、髪はおかっぱで性格も活発だった様な気がする。毎日のように遊んでいた記憶が蘇った。
　学校でもよく遊んでいた。ドッチボールをしている時も、縄跳びをしている時も、鉄棒をしている時も、金魚の糞みたいにいつもくっついていた。
　僕がいじめられている時もカナちゃんが助けてくれた。
　「あんた達ね。大勢でいじめて恥しくないの？」いじめっ子のタケシが５人くらいで、僕をいじめていたのだ。カナちゃんが腕組をして、タケシは気迫に負けているみたいだった。
　タケシが帰った後、「ありがとう」とカナちゃんに言うと、「男の子は、強くなくちゃね。」と笑っていた。
　僕は、そんなカナちゃんが大好きだった。
　窓から少し冷たい風が入って来た。外は暗くなっていた。花見の人たちのにぎやかな声も聞こえなくなっていた。どうやら布団を干していて眠っていたみたいだ。時計を見たら午後六時を回っていた。なんだか懐かしい夢を見ていた様な気がする。
　「ただいま。ご飯できてる？」彼女が仕事から帰ってきて、靴を脱いでいた。同棲して３年、会社をクビになってからは僕が女みたいに家事をしていた。
　「ごめん。少し眠ってて、まだ出来てないよ。」僕が言うと、彼女はしかめた様な顔をして、「もうしょうがないわね。私が作るから待ってて。」と言った。
　僕は、お茶を注いで、ご飯の用意をしているカナちゃんの後ろ姿をずっと見ていた。懐かしさにも似た後ろ姿が健気で愛しかった。