カーマの 日々☆コレどっこいしょっと

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気が付けばアっ!という間に夜なんですよ?もぉーどうしましょ☆

歌舞伎にまつわるエトセトラ

2011年07月11日 | お出かけ♪

先月のことですが、かなり御無沙汰して久しかった歌舞伎を一人で楽しんでまいりました。

六月大歌舞伎。夜の部。楽日。

私が歌舞伎を一番よく見た時期は高校1年から2年生にかけてでした。
当時はちょうど坂東玉三郎(五代目)がメディアで話題をさらっていた頃で(話題の理由はこちらで)、歌舞伎ファンでなくとも玉三郎という名は知っている!という若者も少なくなかったと記憶しております。

それよりも更に遡ること8、9年(?)前、私の人生初の歌舞伎体験は小学校の低学年の頃でした。
母と歌舞伎ファンの叔母に連れて行かれチンプンカンプンだった私。すっごーーく退屈な時間を過ごした思い出しかありませんでした。歌舞伎=退屈(-"-;A
そんなイメージしかなかった私に、サクッとレボリューションを起こしてくれたのが高校に入学して最初にできた友人Hちゃんでした。

Hちゃんはその玉三郎のファンでした。
彼女の家が足袋屋を営んでいた事と歌舞伎に興味を持った事と多少は関係があったと思いますが、そんなHちゃんは可愛いのに大人っぽい魅力も持ち合わせた人でした。
彼女が語る玉さま(Hちゃんはそう呼んでいました)への思いや歌舞伎の面白さを語る言葉は、それまで古典芸能には無関心だった私に少なからずカルチャーショックを与えてくれまして、
ふぅ~ん・・・そうか。Hちゃんがそこまで興味を持つものなら私ももう一度生で観てみようかな?と思うようになったのです。

が実際に見てみると、やはりティーンズの私には理解できない言い回しや表現などは一つの壁で、あの時の演目はもう忘れてしまいましたが、
特に「時代物」ではフワワァ.....( ´0`)ゞ な場面も確かにありました。でもこれが出し物が「世話物」になったとたんにおや!

「世話物とは、江戸時代の人たちにとっては"現代劇"で、町人社会・世相風俗を扱ったもの、町のどこにでもいる大工や魚屋、侠客や遊女、長屋の衆など様々な人たちが登場します。」(歌舞伎美人より)
平たい言葉で交わす市井の人々の人情噺は、TVで見る時代劇とほぼ一緒で、これは楽しくて気が付けば舞台にどっぷりと浸かっておりました。

何より鬘をつけたらゆうに190cmは越えると思われるノッポな玉三郎の可憐な女形っぷりとその佇まいは、女性よりも女性らしくまた凛とした美しさには目を見張りましたが、
その時に共演した片岡仁左衛門(当時は片岡孝夫)の方にビビっとなってしまった私め♪
化粧映えのする顔と、粋で男前な姿に張りと伸びのある声。そして、型が決まった時の美しさは際立っていて、とにかく絵になるお二方でした。
気がつけばすっかり私も歌舞伎ファン(?)(ファンもどきか・・・)

悲しいかなもう一つの壁がまた高くてですね(チケット代です) 当時の私のお小遣いではかなり辛いものがありました。
アルバイト禁止の我が家。高校生の普段のお小遣いではなかなか行けませんでしたから、実際に歌舞伎座などに足を運べたのは3度だけだったと思います。
そんな当時を懐かしく思い返しながら一人楽しんだ六月大歌舞伎でした。

入り口でお弁当を買って、イヤホンガイドを借りて、座席は花道の直ぐ脇でした。お得なチケットをゲットしたので1等A席も半額以下です。
ただ、ぎょっとするほど役者さんのお顔がバッチリ見えてしまうお席でしたから、時の流れもしみじみと感じちゃったり・・・設定と演じる役柄(女形の)との誤差(体型)にモゴモゴ・・・ゴニョゴニョ・・
これを言っちゃあ野暮というものでしょうか。やはり脳にはフィルターを掛けて見るべきですかね?

いやいや。やはりそこは役者がお客の私たちにマジックを掛けて欲しいと思うのですが。

声の張り具合はともかく、仁左衛門さんの体型は当時とほとんど変わっておらず、やはり華のある役者さんでした。
中村吉衛門(も好きです)はTV時代劇の鬼平犯科帳シリーズを見ていたものですから、そのイメージを引きずったまま見てしまい、今回の役柄としっくり来ず困りましたが、二人の絡みは嬉しいものでした。

昔は難しく思えた言葉なども、今の私なら(歳が歳なので)ストンと入ってくるのですから年月を感じますね。またその楽しさは昔の比ではありませんでした。

そして何よりイヤホンガイドのお蔭で数倍も楽しめた気分です。

当時もこれがあったらなあ・・・また行こう!行きたい!と思った次第です。  

     

という事で、来週再び一人で新橋演舞場へ行ってまいります