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お城でグルメ!

ドイツの古城ホテルでグルメな食事を。

リーベンシュタイン城砦

2022年02月06日 | 旅行

ライン渓谷の中流地帯はユネスコの世界遺産になっているが、その右岸の山頂にふたつの城砦が隣り合って建っている。ひとつがシュテレンベルク城砦、もうひとつがリーベンシュタイン城砦で、こちらの方に宿泊することが出来る。 

ライン河沿いのカムプ・ボルンホーフェンという小さな町から、両側からうっそうとした木々が迫る九十九折の山道を走る。城砦が近づくと車一台分の幅しかない急坂である。ボルンホーフェンから急斜面の山道を両古城まで歩いて登る登山道もある。

リーベンシュタイン城砦の全体像

リーベンシュタイン城砦は、おそらく13世紀にシュテレンベルク城砦の前衛城砦として建造されたと考えられている。そして14世紀から15世紀にかけて門塔や防壁塔、そして中心となる17mで7階建の住居塔などで拡充された。さらに17世紀頃には、その住居塔に切妻造りの建物が建て増しされたらしい。その後何度か所有者が代わり、1977年から1978年まで大規模な修復作業が行なわれた。住居塔とその建て増し部分には現在、庭と展望テラスが付いたレストランおよびライン河を望む客室をもつホテルが入っている。

ところで、このふたつの城砦は、本来の名前よりも16世紀の末頃に初めて叙述されたとされる伝説にちなんで 〈敵対する兄弟〉 と呼ばれることの方が多い。この伝説はハインリッヒ・ハイネの詩 〈二人の兄弟〉 のテーマでもある。ハインリッヒとコンラッドという兄弟とヒルデガルトという女性が織り成す、愛と恋煩いと裏切りと和解の話である。隣り合っている両城砦を対岸から見ると睨み合ってるようにも見える。(見えないか。)

 

ライン河の対岸から見たシュテレンベルク城砦 (左)とリーベンシュタイン城砦 (右)

城砦は山頂にあるので、やはり敷地が狭い。元々はもっと大きかったようだが、前の部分は廃墟になっていて幾つかの壁や塔の残骸が残っているだけである。ホテル・レストランは一番奥の部分だ。城砦の周りの急斜面の岩場に、鼻が丸く耳がたれているアフリカ産だというヤギを放牧しているのが面白い。

  

廃墟の部分 ・ ホテルとレストランの部分

今日の月曜日は休日なのでレストランが開く18時からしか部屋に入れない、と知らされていたのでその時間に行くと誰もいない。10分ぐらいしておじさんが二人車で現れた。城の所有者なのか単なるホテル・レストランの経営者なのか分からないが、いずれにせよ一人がかなり以前からここの責任者で、もう一人はコックらしい。

中に入るとすぐ、それ程広くない部屋が2つあるレストランだ。レストランのバーとホテルのレセプションが兼用になっている簡単なシステムで、こじんまりとしているホテルだが意外にも客室が19あるそうだ。

最上階の3階に、狭い急な階段を頭を打たないようにかがんで、よじ登る感じで行く。トランクを自分で運んでいたが、曲がった階段のところで引っかかってうまくいかないので、おじさんが運んでくれる。体の向きや体とトランクの位置関係などのコツがあるらしい。

私の部屋はライン河を望む二部屋のスイートで、それぞれの部屋に窓があって反対側の景色も楽しめる。ライン河の上空を漂っているかのような素晴らしい景色で、日々の慌しさを地上に置いて来たような静けさである。今日は米国人を中心に8部屋埋まっているようだが、アジアの旅行者も結構来るらしく、ゲスト・ブックに書き込みがある。

黒い木の梁がある白色の壁があったり、石があらわになった壁もあり、いろんな大きさの古い絵が沢山かかっている。壁に組み込まれた扉付き収納棚があちこちにあるのは、狭い空間を有効に使う手段であろう。過去の様式を模した家具を設えていて、木目が見える茶色と緑色のベッドと、それと同じデザインの戸棚の調和が心地よい。床は木目あらわな木材で、大小の絨毯をあちこちに敷いている。私の部屋から屋根裏に続く緊急避難階段があり、そこから外に出られるそうである。火を使うレストランが1階なので有意義な造りだと思う。私の二つ目の部屋にソファーとして使っている作り付けのシングルベッドがあり、狭いが構造的には3人で十分泊まれる。しかしバスルームが大変に狭く、もちろんシャワーしかない。窓が無いので沈滞した空気の悪臭がする。備品は必要なものはそろっていて、ドイツでは珍しく歯ブラシと歯磨きがあるのはやはり外国の宿泊客が多いからであろう。ドアの小ささや天井の低さなど、城砦の雰囲気満載の部屋であるが、テレビも冷蔵庫も電話も、もちろんスリッパとバスローヴも置いていない。設備から言うとスイートルームの資格は無い。窓からの景色だけがスイートレベルである。

  

私の部屋 1 & 2 

 

私の部屋 3 & 4

対岸のすぐ近くに私が40年ほど前に住んだボッパルトという町があるのだが、ライン河がカーブしているので見えない。一方の窓からは隣のシュテレンベルク城砦が、呼べば聞こえる程の距離に見える。城砦とラインと河畔の町が一枚の絵になっていて、本当に素晴らしい景観である。

 

シュテレンベルク城砦 ・ ライン渓谷

ここのレストランの夕食に美食への期待はない。パンフレットにもホームページにも食事に力を入れている由の記述がないからである。

おじさんが窓からの景色が一番いい席を教えてくれたので、そこに座る。

「あなたは歴史に興味がありますか。」

そら来た、と思って、

「あまり詳しくはないですが、〈敵対する兄弟〉 の伝説は知っています。」

「いやいや、それはここの話です。私が知りたいのは、なぜ日本は戦争に突入したのか、です。」

などと、第二次世界大戦のことを色々と訊いてきて、日本とドイツは同盟国だった、と言う。この手のおじさんは昔は確かに多かった。最近は居なくなったと思っていたが、まだ居るようである。甥が日本人と結婚しているそうで、結婚式の資料を持って来て色々話しかけてくる。日本人に好感を持っているようだ。城砦にまつわる話の冊子やゲスト・ブックを見せてくれ、

「私が色々質問して邪魔臭いようなら言ってください。」

と、気を使う。

レストランの天井は白色で黒木の梁があり、壁際は絵や陶器などで小奇麗に装飾していて暖か味がある。何と言っても窓からの景色が最高だ。BGMとしてイタリアオペラのアリアやバロック音楽などが流れ、景色と共に良い雰囲気をかもし出している。昔の写真を見ると、100年以上前からここで小さなレストランが営まれていたようだ。

 

レストラン

夕食に 〈城砦レディー〉 という名の料理を注文した。ポークのメダイヨン(フィレ肉などの円形のステーキ)2切れに、付け合わせがクロケット(マッシュポテトを使ったコロッケのような炭水化物)。メダイヨンが少し焼き過ぎている。上に今が旬のアスパラガスが横たわり、オレンデーズ・ソースがかかっている。その他の付け合わせとしてパイナップルとアンズとベリーのコンポートがあるが、これらは明らかに缶詰である。別の皿で野菜サラダが供される。結構美味しく食したが、驚きもないし心に残らない料理である。ところで、どうしてこの料理が 〈城砦レディー〉 という名前なのかは判らない。言うまでもなくこの地域はラインワインの産地であるが、私はドイツワインはあまり好まないので飲まなかった。

朝食部屋は白壁で白天井に黒木の梁が入った綺麗に整備装飾してある、正に中世の部屋だ。暖炉が2つあり、中世のシャンデリアがかかり、鎧兜が飾ってある。ビュッフェではなくて、私の朝食を窓からの景色が一番良い席に設えてくれてあり、ライン河、船の航行、そして対岸のバート・ザルティングの町が眼下に見える。朝食で供される物の種類は多いが、質的には貧しい。市販のものがそのまま並べてあるだけで、暖かい料理は無いし、ゆで卵も無い。

   

朝食部屋 ・ 私のテーブル

 

私のテーブルから見た景色

おじさんから、日本に神話があるか、と質問されて、宗教や、キリスト教と神道の違いについて話をする破目になってしまった。彼は、米国の客が多いので話題として知っておこうと、アメリカを旅行したことがあるそうだ。しかしヨーロッパやアジアに比べて歴史が浅い米国にはあまり興味を持てなくて、古いアジアの国々の方に引かれるらしい。私もアメリカとカナダに行ったことがあるが、このおじさんと同感である。

ライン河沿いに 〈ライン・シュタイク〉 という大変に長いトレッキング・コースが走っているが、それが城砦のそばを通っているので歩いた。トレッキングで着いた町から6km程離れた私の宿がある町のタクシーを呼ぶと、呼んだだけで20ユーロ(約2千円)要求されるらしい。国際的観光地の影の部分であろう。馬鹿馬鹿しいので、列車にひと駅乗ってライン河畔から城砦までフラフラになりながら歩いた。

徒歩で登るとまずシュテレンベルク城砦に着く。我がリーベンシュタイン城砦より大きく立派であるが、ホテル業は営んでおらずレストランだけである。それも夏場は火曜日と水曜日が休みで冬場は週末のみの営業となっている。ユネスコ世界遺産の地域といえども、それ程観光客が多い訳でもないらしい。

 

シュテレンベルク城砦の全体像

2日目の夕食であるが、前菜にオックステイル・スープを食べた。美味しかった。疲れている時は汁物に限る。

メインはウィーン風シュニツェル(薄いトンカツみたいなもの)にレモンをかける簡単な料理にした。私はこれが好きなのである。付け合せはポム・フリッツ(四角柱型のポテトチップ)と葉サラダ一枚と4分の1トマト。別皿で野菜サラダが付いている。過酷なトレッキングのすぐ後だったので、疲れと空腹感で結構美味しく食べられた。が、本来ならあまり旨くないはずである。なぜなら、シュニツェルであるが、衣をつける前にもっと叩いて薄くして繊維質をゆるめた方が柔らかくなるのに、厚いままなので硬い。さらに油を十分に切らないで皿に乗せたため下面の衣がグジャグジャで、皿が油でギトギトになっている 

2日目の朝食も景色の良い特等席にしてくれているのはうれしい。根本的には昨朝と同じだが、果物やハム類など供されるものの種類が微妙に違う。

今朝のおじさんの質問は、1.日本でも朝食にパンを食べるか、2.中国でやっている針治療は日本でもあるか、であった。

おじさんの好奇心はチェックアウトのときまで続き、原発のこと、政治のこと、お辞儀の仕方について話が弾んだのはいいが、うっかりしていて部屋の鍵を持って来てしまった。近くの町からすぐに書留で送り返したので問題は無かったが、こんなことは初めてである。

後で何となく勘定書きを見て気がついたのだが、朝食2食分の15ユーロ(約1500円)をまけてくれていた。いろいろな質問に答えてくれたお礼、ということなのだろうが、それを恩着せがましくなく、さり気なくするのが心憎い。

全体的に評価すると、ここは長期滞在型ではなくて通りすがりの旅行者をターゲットとしたホテル・レストランであるのは、最高の立地条件であることを考えると当然であろう。土産品販売のための小屋もあるし、ライン渓谷の景色、中世の城砦の雰囲気、そしてラインワインが十分に満喫できるお勧めのホテルである。

誰と言葉を交わしても、すぐに

「あなたはドイツ語が良く出来るな。」

とびっくりされるのは、この辺を徘徊する外国人は殆ど皆旅行者であるからだろう。

 

〔2012年6月〕〔2022年2月 加筆・修正〕

 


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