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1036人の命が空に舞散る
昭和17年 知覧(ちらん)の陸軍飛行学校の若き少年が
沖縄戦争で亡くなられた。
出陣前の親に向けた手紙、遺品 記録等、この会館に展示されていた。
少年が出陣する前の手紙などは、涙をもらうような悲しいものである。
これらは再び戦争をおこさないように、
御霊を供養するとともに世界平和を願う根拠地とした会館である。
知覧特効平和会館の詳細はここをクリックしてください。
どこまでも続く灯篭
とこしえに 平和を祈る わが涙
ゴルフで行ったけど同行された方の中に知覧から出撃、散った戦友が居られ遺影を見つけられたときは、声に出し泣いて居られました。
私も兄2人を戦争で亡くしています。
2度といやですね。 戦争は。
純子さんの文を読ましていただいて胸が熱くなりました。特にお兄様も戦死されたとのこと、涙したことでしょう。
戦争を繰り返さないためには、後世に伝えて
いくことが大切ですね。戦後60年にたっても今もなお、、、永遠の課題ですね。
また、寒くなりますね。
お体をおだいじに。
きょうは、母の涙どうでしたか。
わたしの小さい時、こんごうじの田へ母につれられて行った時、飛行機が飛んできた時、山のなかへかくれたことを覚えています。
今でも、覚えているのだからよほどこわっかのでしょうね。母も戦争時代を十分あじわっていると思います。母のお兄さんも戦争に参加されたからいたいほどわかっていたでしょうね。戦争時代をのりきってきた母は大変苦労があったよね。そうなのにさみしい思いをさせてさっていった母にもうしわけなくおもっています。
年始にかけて色々たいへんだった事でしょうが、その後もブログ続けて居られてビックリしたり、感心したりです。
悲しみを越えてゴルフや旅行スゴイと思います。九州のすばらしい写真色々見せていただきありがとうございます。
大変ご無沙汰しております。
お悔やみのお言葉ありがとうございました。
母は去っていきましたが、わたしのこの歳まで生きてくれたこと感謝しております。
いつもありのままの書き方でおはずかしいものです。母と娘の別れってほんとうにつらいものでした。旅は早くから決まっていたので
喪中でしたがいってしまいました。
旅はほんとうに、いろいろ勉強できていいものですね。まとめ方は下手ですが読んでいただいてありがとうございます。
教室でリンクの貼り方を教えていただいたので活用しています。