垣根さんの小説は、
「
光秀の定理」に続いて2作目である。
本作はほとんどビジネス本である。
リーダーやマネジメント職である人は、
是非一度、読んでみた方が良いと思う。
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自分の存在、考え方を疑わぬ人間ほど、
始末に負えないものはない。
戦とは合戦をやること自体が目的ではない。
勝って、領地や利権や富を、
我が物にすることが目的なのだ。
戦はそのための手段に過ぎない。
そして手段であれば、
目的をしっかり見据えたやり方を
取ることが必須ではないのか。
信長は、たとえ自分とは考え方や反りが
合わなくとも、その相手の能力だけは
冷徹なまでの観察眼で見極めている。
そして才幹を認める限りは、自分の好悪を
圧してでも臣下を引き上げていく。
やはり真面目に働く二割と、
漫然と働く六割と、やる気のない二割に、
人間も分かれている。蟻も人間も集団になれば、
その比率は同じなのだ。
負け戦につながる真の敵は、
自軍に潜む怯懦(きょうだ)にある。
戦いの準備や根回しを
しっかりと重ねていくのも当たり前ながら、
その戦で懸命に戦うのも、武士なら当然だ。
大事なことは、いつもその先にある。
ここぞという切所で、捨て身で踏ん張れるかどうか。
その一点が、此度の勝負わ分けたのだ。
(信長は)武官たちの間で相反する戦術について
議論が百出しても、ほとんど口を挟まずに、
最後まで我慢強く聞いている。
議論の途中で大将が下手に意見を挟めば、
それに無意識に阿(おもね)ろうとする
家臣も出てくる。話の全体の方向が、
万一にも間違っているかもしれない自分の意見に
引き摺られることを、恐れているからだ。
恐らく無意識だろうが、
大将とほどうあるべきかを骨の髄まで
分かっている。粘り強く色々な可能性や
方向性を考えられるだけ揃えたうえで、
その中から慎重に決断を下す。
一方で、大局的な戦略 ー
その戦自体をやるのかやらないのか、
やるとしたらいつ始めるのかなど ー は、
誰にも相談せず、自分の中で
長い時間をかけてじっくりと検討する。
それは、大将が己の責任において
一人で決断することだからだ。
(信長は)悩み、苛立ち、躊躇しながらも、
流動的な状況の中で、
いくつかの選択肢の中のどれが最善なのかを、
常に考え抜くことが習慣化している。
(信長は)その執拗さ、神経の太さ、
耐性の強さ。部門の棟梁としては必須である
この三つの資質を、信長はすべて併せて持っている。
およそ人の上に立つ者の資質で、愚かで軽率な
ことほど、悪意よりもはるかに始末が悪い。
救いようがない。悪意は、ある意味で怜悧さの
表れでもある。
そして場面によっては、あるいはそんな自分を
悟りさえすれば、その後は態度や考え方を
改めることが出来る。(中略)だが、愚かさや
軽率さは直らない。いくらその場で猛省しても、
また似たような過ちをしでかす。懲りないからだ。
いったい自分のどこに欠陥があるのかを
自覚できる怜悧さがない。
挙句、一生同じ過ちを繰り返す。
結果として周囲に大いなる災禍をもたらす。
そういう意味で、およそ人の上に立つ人間としては
徹底して無能と言える。
(中略)人は改心することはあっても、性根の資質は直らない。一生持ち越していく。
何かを手にしようとすれば、他の何かは、
手のひらからこぼれ落ちていく・・・。現実として人は、
両手で抱えられるものしか持てないのだ。
すべてを手に入れることは出来ない。
大事なものがあるなら、
他の何かは置き捨ててゆくしかない。
幸運に向かって血の滲むような汗をかいてきた
者にしか、九天神は微笑まないものだ。逆に言えば、必死に勝つための条件を積み重ねてきても、
その労苦の大半は徒労に終わる。
ましてや勝つ努力を何もせぬ者になど、極稀にしか転がっていない運を拾うことは、
到底叶わない。
世の中の人間のほとんどは、
その立場にあまりにも無自覚に生きているのだ。
(中略)
「だから、武士の世界では通常、こうするものだ。」
という行動様式に無自覚に乗っかる。
従来の常識を疑わず、その既存の慣習的思考から
飛躍する発送や言動が一つもない。
新参者いびりなど、自分が育ってきた世界しか
知らない苦労知らずの人間がやることだ。
また、やったところでやがては周りから安く
見られだけで、なんの益えもない。
器用貧乏者は、
結局のところ周囲からいいように便利遣いされ、
その一生を終わる。
生きるとは、選択の連続だ。
夕に何を食すかという小さな判断から、
一軍をいつ、どこ動かせば敵に勝てるかなどの
大きな選択まで、生きるということは、
それら選択の弛みない集積が指し示す軌道だ。
信長は、懸命に仕事をこなし、出来る限り成功に
向けて手を打ってきた人間には、
たとえその結果がうまく行かなくても、
あまり怒ることはない。
その過程をちゃんと評価してくれる。
家来の失敗を容赦なく責め立てるという世評とは、
ずいぶんと違ってくる。
およそ人に仕える身として、
その大将の大局への見切りが的確なことほど、
幸せなことはない。
個の才幹とは、永遠に続くようで、
実はそうでもないようでござる。
根気もまた然り。
その時その時のありようによっては、
儚いものでござる。
(加増分の土地が自分にほとんど残らないことに対して)
それでいいのだ。主君からもらった加増分は、
自らの懐に入れるためにものではない。
それを原資として、さらに兵軍を強くするために
与えられているのだ。
余は、自ら余の死を招いたな。
何故、蟻も人も、働き者ばかり集めては、
やがて働かなくなり、逆に駄目な者ばかり集めても、
やがては働くようにいなるのか。
復元する力だ。他の生き物同士の拮抗を、
常に均して維持しようとする。
ある特定の生き物だけを、この世界に突出させない。
その以前の状態に絶えず戻そうとする。
人もまた、そうだ。
優秀で忠実な人間ばかりが存在する状態を、
常に排除しようとする。
今日のおまけ。