歐亞茶房(ユーラシアのチャイハナ) <ЕВРАЗИЙСКАЯ ЧАЙХАНА> 

「チャイハナ」=中央ユーラシアの町や村の情報交換の場でもある茶店。それらの地域を含む旧ソ連圏各地の掲示板を翻訳。

“ピーター=フランクルになりそびれた男”の母国での評判(7)

2010-01-18 23:49:16 | トルコ関係

→(6)からの続き

日本での“成功”を背景に、来るべき凱旋帰国のため盛んにトルコでの知名度を上げようと努めていた節のあるセルカン氏ですが、前々々回のエントリーで取り上げた2008年8月のミリエット紙の記事でも、最初の方でわざわざ、

>セルカン=アヌルル(35歳)はトルコではさほど知られていないが、近年では日本
>で最も人気のあるトルコ人である…。

みたいな前置きが入っていた所を見るに、トルコ社会での“一般的な知名度”は、実は最近でもそんなに高くはなかったようです。

とはいえ、ある特定の分野に関係する人々の間では、氏は紛うこと無き“日本での成功者”であったわけで。 建築や宇宙関係の研究者や学生といった人々はもちろんのこと、ネット上でとりわけ高い関心を示していたのは、現在、トルコの若い層にも増えつつある日本アニメのファンたちでした。

"詐欺師”と”商業カルト”ならまだしもw、“詐欺師”と“アニメ”のどこに接点があるのかと思われるかもしれません。でも、それがあるんですよ。

実はセルカン氏は、その宇宙飛行士候補という(ただし架空の)肩書きや、“宇宙エレベーター”や“インフラ・フリー住宅”といった(今や大部分が他からの剽窃である可能性が高いとされる)先端技術についての研究実績を買われ、未来の世界を舞台とする2本の日本製アニメの監修や科学考証を任されていたのです。

その内の一つが、東京のお台場にある“日本科学未来館”が製作したプラネタリウム用のアニメ作品、“宇宙エレベータ~科学者の夢みる未来~”でした。セルカン氏は東大の他の2人の教授とともに、監修者の中に名を連ねています。

それを報じた、【やじうまRobot Watch】の2007年8月7日付けの記事は、以下↓の通り。

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未来館、夢の宇宙エレベータを描いたアニメ「宇宙エレベータ~科学者の夢みる未来~」を11日から一般公開
http://robot.watch.impress.co.jp/cda/news/2007/08/07/596.html

● 夢の宇宙エレベータで宇宙ステーションを駆け上る
日本科学未来館は、同館6階のドームシアターガイアにおいて、全天周映画「宇宙エレベータ ~科学者の夢みる未来~」を8月11日より一般公開する 。一般上映に先駆けて、プレス試写会が5日に開催された。

この作品は、「宇宙エレベータ」に関する物語をアニメーションで綴ったもの。企画監修は日本科学未来館、制作は独立行政法人科学技術振興機構、ウォーク、エッグボックス、シブヤテレビジョンが担当している。

宇宙エレベータとは、地球から約3万6千km離れた静止軌道上まで伸びた「新輸送システム」だ。静止軌道上に重心があるため、宙に浮いているよ う見える。ロケットなどよりも安全で、低コストで宇宙ステーションまでの輸送・運搬が可能になるといわれている。現在のところ、この宇宙エレベータは、建 設や運用面などのさまざまな問題から、まだ科学者たちの夢のレベルとして語られている。

とはいえ、このアニメーションの監修として、東京大学のアニリール・セルカン助教(建築学・トルコ人初宇宙飛行士候補)や、青木隆平教授(航空 宇宙工学)、原島博教授(大学院情報学環)が参加しており、細かい部分で専門家の意見も取り入れられている。前述のアニリール・セルカン助教は、NASA において3年間、宇宙エレベータのプロジェクトを担当していたという。

冒頭の挨拶で、セルカン助教は「宇宙エレベータについては、現実不可能なものと思われるかもしれない。しかし研究によって分かったことは、お金 は掛かるけれど現実可能であるということ。もし世界の国々が1年間だけ戦争を止めて、そのお金を建設費用にまわせば、2018年には最初の宇宙エレベータ が作れるかもしれない」と語った。

さて、今回公開 される新コンテンツについてだが、その時代設定は21世紀後半を想定している。主人公の女子中学生(朝永ミク)が手作り弁当を作り、地上4,000kmの 宇宙ステーションで働く父親(朝永秀樹)に会うために、この宇宙エレベータに乗って宇宙へ初めて旅立つというストーリーだ。

物語では宇宙エレベータのほかに、科学者たちが研究を続けている未来の世界も表現されている。

たとえば、1つの生命体のように機能する知能都市 やインテリジェントハウス、家庭用万能ロボットの「エジソン」、未来型バイクの「インテリジェントツーホイール」、3Dホログラムを備えたマネキン人形 「アクションドール」なども登場する

【まだまだ解決しなければならない課題も多く、その実現は先の話になるだろうが、もし軌道上の宇宙ステーションと地球を宇宙エレベータで結べるようになれば、宇宙空間への観光や生活も「夢の夢」ではなくなるかもしれない。

● 科学者たちが研究を続けている未来の世界
配給元となるウォークの小池裕志氏(映像事業部チーフプロデューサー)は、「2年ほど前から、このプロジェクトをス タートした。実際の製作は今年初めになってから。それまで科学的な検証などの前準備に時間が掛かった。技術的なブレークスルー後の世界を描くことで、子供 たちに頑張ってもらいたいという思いを込めて作った」と語る。

とはいえ、このコンテンツはいわゆる解説調の難しい科学アニメーションではく、未来の夢の科学について親子で語れる楽しい内容になっている。半球スクリーンのドームシアターで繰り広げられる映像は、サウンドと相まってライド感にあふれ迫力満点だ。

本コンテンツの一般公開は8月11日から。平日は1回(12:30開始)、土日祝日は2回(12:30および15:00開始)ほど上映される。 上映時間は約30分間。なお未来館で公開後、国内や世界の大型映像館、科学館、プラネタリウム館などにも配給し、順次、上映を開始する予定だ。

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このアニメの公式サイト(http://www.space-elevator.jp/cast/index.html)によれば、主要なキャラクターの一人である宇宙エレベーターの設計者の名前が“へディエ博士”で、トルコ人という設定だったりするのですが、これは監修者であるセルカン氏への配慮らしい。

もう一つは士郎正宗+プロダクションIG共同原作で“攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX”の姉妹編とも言われる“RD(Real Drive) 潜脳調査室”。

2008年の4月から9月にかけて、日本テレビ系各局の地上波で放映されたアニメ作品ですが、セルカン氏はこれの“フューチャースーパーバイザー”と言われても何だかよく分からないのですが、要するに未来社会(2061年)における諸々の設定の科学考証のようなことをやっていたのだとか。

このアニメとセルカン氏の関わりについては、2008年3月8日に東京大学で開かれた“東京大学創立130周年記念事業 公開シンポジウム”でも話題になっています。

アニメ関係のポータルサイト“アニメ!アニメ”に、それについての記事がありました。

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東大シンポジウム 「アニメがみる未来」:「RD 潜脳調査室」も登場
2008年03月15日
http://animeanime.jp/report/archives/2008/03/rd.html

2008年3月8日、東京大学経済学研究科棟で「東京大学創立130周年記念事業 公開シンポジウム」が開催された。テーマは「アニメがみる未来~コンテンツが切り拓く将来~」である。

開会の挨拶は、本シンポジウム全体のコーディネーターであるプロダクションI.Gの石川光久社長が行った。挨拶の中で石川氏はプロデューサーの資質とし て「3つのS」を挙げた。それは「Spirits,Skill,Study」の3点である。石川氏はその中で特に「Spirits」について、「教えて身 に付くものとは違うので、この講演を聞いて持ち帰って欲しい」と、参加者に檄を飛ばした。

「アニメは子供に未来を見せる」セルカン氏

記念講演を行ったのは、東京大学大学院工学系研究科建築学専攻助教アニリール・セルカン氏。「インフラフリーが拓く未来の社会と技術」と題した講演を行った。

「インフラフリー」とは、インフラに依存しないで暮せる空間技術(INFRA-FREE LIFE)のことである。具体的には天変地異などでエネルギー・食料・水が遮断された場合に自給自足できるシステムのことを指す。太陽エネルギーや風力発 電とも違う、ゴミとして出されたものを「社会インフラ」と利用し、循環してエネルギーを作り出すことについての研究を行っている。

未来像における具体例としてロボット技術は多くの国で挙がるが、本田技研の2足歩行ロボット“ASIMO”のように、人間との調和を連想するのは日本独 特の世界観であるという。そこで過去に科学技術が戦争に使われた例を挙げ、「科学者は開発だけが目的ではなく、何のために使うのかというビジョンを持って 研究しなくてはならない」と強調した。

アニリール氏は2008年4月から放送されるアニメ『RD 潜脳調査室』で、未来考証のスーパーバイザーを担当している。アニメは子どもに未来を見せる側面と教育を行う側面から、学者として非常に興味深い経験であったと語った。

「RD 潜脳調査室」アニメと科学のコラボを実現

続いて行われたパネルディスカッションはアニメと科学技術が交錯する未来」をテーマに行われた。司会は東京大学大学院情報学環准教授の七丈直弘氏、パネリ ストはアニリール氏、科学技術振興機構さきがけ研究員の渡邊淳司氏、評論家の東浩紀氏、『RD 潜脳調査室』の古橋一浩監督、同作のシリーズ構成を務める藤咲淳一氏、ウィルコム執行役員副社長の近義起氏という顔ぶれである。

パネルは80分という十分な時間を取って行われ、『RD 潜脳調査室』を軸に未来技術全般に話が及んだ。  この中で、アニリール氏は「大学では近未来しか研究できないので、50年後の世界をアニメスタッフたちと一緒に考える機会が得られて、大変勉強になった」と語る。  シナリオ担当の藤咲氏は「未来を描くのに環境というテーマは外せないので、人工島という舞台で新たなネットワーク社会での探偵物語を進めていく」という 見所を語った。また80歳と15歳のコミュニケーションをもう一つの軸に据えているという。また、環境と技術のバランスが崩れ始めたところで、社会の揺り 戻しが起きたり、人間の根元的なところを描く意図があるようだ。

古橋監督は「演出とは人間の価値観をどう捉えるか」という作品作りの肝に触れる。世界観も人間観も大事なものはバランス感覚で、未来技術を描くにしても人が健全に生きられる「気持ちの良い」ものが何なのかを考えるのが重要だという。

今回は、もう一つ「水」がキーになっており、シンプルで根元的な物質をテーマに描く。表面的には人間ドラマを描くが、裏のテーマとしてはシンプルで永遠不滅なものを盛り込んで、確実に「気持ちの良い」作品にするとと自信を覗かせた。

『RD 潜脳調査室』は2008年4月8日(火)24時59分から日本テレビ系(一部地域除く)で放送開始される。【日詰明嘉】
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とまあ、こんな感じで、急速に増加しつつあるトルコの日本アニメ・ファンにしてみれば、セルカン氏はいわばアニメの“本場”で“作り手”の側に立った初のトルコ人なわけですよ。野球で言えば野茂、サッカーで言えば中田英、医学で言えば北里柴三郎、国際共産主義運動で言ったら片山潜みたいなものです。

注目されないわけが無い。

トルコ語でのアニメ関係サイトの中では最も大きなものの一つ、“アニメ・漫画・トルコ(Anime Manga Türkıye)”にはセルカン氏の紹介ページまでありました。

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「セルカン=アヌルル」
http://www.anime.gen.tr/kisi.php?id=3454

セルカン=アヌルル氏とは

その研究や著書が日本でアニメ化されている、トルコ人の科学者。
アニメの監督も務めている。

(中略)

監督作品:“宇宙エレベータ”

脚本提供:“宇宙エレベータ”

デザイン提供:“RD 潜脳調査室”

原作提供:“宇宙エレベータ”
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あれ???何故かセルカン氏は“宇宙エレベータ”を監修ではなく、監督したことになっています。そればかりか、原作も脚本も書いたことになっている。

また、“RD 潜脳調査室”では、キャラクターのデザインまでやったことになっていますね。何かの間違いか?

念のため、同じサイトの“宇宙エレベータ”についての記事を見てみました。

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「Space Elevator(宇宙エレベータ)」
http://www.anime.gen.tr/animetanitim.php?id=1542

監督:セルカン=アヌルル

脚本:セルカン=アヌルル、マサノリ=イウチ(井内雅倫)

音楽:ススム=ウエダ(上田 益)

キャラクターデザイン:ヨシユキ=モモセ(百瀬ヨシユキ)

原作:セルカン=アヌルル

簡解:21世紀の後半、ミクという名の少女が初めて宇宙エレベーターを使い、地上4000mの位置にある宇宙ステーションで働く父親に弁当を届けようとしていた。彼女はこの興味深い旅行の途中で様々な冒険をしながら、多くのことを学んでいく。

追伸:トルコ人の科学者セルカン=アヌルル氏がJAXAで研究中の“ATA(アタ)宇宙エレベーター”計画と、同名の著作が基になっている。
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監督、脚本、原作の箇所にはっきりとセルカン氏の名前があります。どうも、表記の間違いではなさそうですね。

ちなみに、日本語による“宇宙エレベータ”の公式サイトでは以下↓の通り。

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企画監修:日本科学未来館

脚本:井内雅倫

音楽:上田 益

キャラクターデザイン:百瀬ヨシユキ

製作・著作:日本科学未来館/ウォーク/エッグボックス/シブヤテレビジョン

監修:アニリール・セルカン(東京大学助教 建築学/宇宙飛行士候補)
        青木隆平(東京大学教授 航空宇宙工学)
        原島博(東京大学教授 大学院情報学環)
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監督は存在せず、企画監修は“日本科学未来館”となっています。脚本は井内雅倫氏の名前だけ。セルカン氏の名は、三人居る監修者の内の一人として記されているのみですね。

また、セルカン氏がその一年ほど前に出した著作である“宇宙エレベーター”が原作になっているか否かについてですが、公式サイトの方にそういった記述は一切ありません。

そういえば、“日本宇宙エレベーター協会”のサイトにはセルカン氏の著書である件の“宇宙エレベーター”と、監修作品であるアニメ“宇宙エレベータ”双方のレビューが載っているのですが、それによると、

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3.宇宙エレベータ ~科学者の夢みる未来~ ほか
http://jsea.jp/Review03-Foreseen-by-Scientists

NASAの宇宙飛行士候補と称するアニリール・セルカン氏による、宇宙エレベーター (アニメのタイトルは「エレベータ」。以下SE)を取り上げた書籍と、監修したアニメーション作品。アニメは日本科学未来館をはじめ、全国で上映館を増やしている。

書籍については、「宇宙エレベーター」と題してはいるものの、実際にSEについて割かれているのはほんの数ページで、ほかはセルカン氏の半生やこれ以外の研究などについて述べており、全体としてセルカン氏のエッセイの趣が強い。
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何でも著書の方は、その題名にも拘わらず“宇宙エレベーター”についての具体的な記述は僅かなものらしい。

アニメの方では、そこに登場する宇宙エレベーターの構造には確かにセルカン氏の“ATA宇宙エレベーター”計画の影響が見られたり、また、登場人物の一人がトルコ人という設定になっていたりはするものの、それをもって“原作”を担当した、なんて普通は言わないでしょう。


→(8)に続く