あるタカムラーの墓碑銘

高村薫さんの作品とキャラクターたちをとことん愛し、こよなく愛してくっちゃべります
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キザも身のうちやなあ (文庫版上巻p388)

2007-04-08 23:03:48 | 神の火(新版) 再読日記
「近日中」って、一体いつまでをさすのだろうか。

2007年2月13日(火)の新版『神の火』 (新潮文庫) は、p348から最後まで読了。つまり上巻読了。

そろそろ「笑える」部分がなくなってきました。その部分を探し出すのに、時間を費やす羽目に陥っています。
今回は苦し紛れに堀田さんの台詞を選ぶ。ネクタイ忘れた島田先生が、ハンカチを花型に絞ってジャケットの胸ポケットに差したのを、見ての発言。こんな行為が恥ずかしげもなくサラッと出来るのが先生なのであり、教育授けた江口さんのおかげということですね。


【主な登場人物】

柳瀬裕司 柳瀬律子の兄。つまり日野の大将の義兄。・・・そうか、これも「義兄弟」なのか。 ネタバレ。 この人が《トロイ》。 


【今回のツボ】

・日野草介の過去 大将も壮絶な半生を送っています。 

・パーヴェル・アレクセーイェヴィッチ・イェルギン 良ちゃんの本名。今回も確認しつつ入力。

・島田先生と日野の大将の語らい・その1とその2 今までもそういうシーンは出てましたが、今回分は特にグッとくるので。

・良ちゃんからの手紙・その3 一日一日をいとおしむように生きている良ちゃん・・・。

【今回の音楽】

『インターナショナル』・・・日野の大将も島田先生も歌える。どんな歌か、私は知りません。聴いたら分かるのかな? そういえば ロジェ・マルタン・デュガール 『チボー家の人々』 (白水社) で、ジャック・チボーがある組織に入った時期の描写がありましたが、そこで歌われていたのが、これか?


【今回の書籍】

ヘミングウェイのA Moveable Feast・・・良ちゃんが読みたくて、大将に丸善へ買いに行ってもらった本。「移動祝祭日」というタイトル。岩波書店から出てましたが、現在品切れ状態。復刊の際には、文庫で出して欲しいものです。あるいは新訳か新刊で。


【『神の火』 スパイ講座】

洗顔や歯磨きや排便といった行為は、感情の奔出を防ぐ一番の特効薬だ、と江口は言った。感情に溺れそうになったら、一にトイレ、二に歯磨き。それでも治まらなければ、最後は遊園地のジェットコースター。 (文庫版上巻p392)・・・「用を済ませた直後が、人間の脳が一番空っぽになる瞬間だ」という話を聞いたことがあります。私も仕事中にトイレに行く前は、「あとであれをしないと・・・」と懸案しているのですが、トイレを後にしたらすっかり忘れていた・・・という経験が、たまにあったりします(苦笑) ところで、ジェットコースターに乗っている島田先生が、どうしても想像できない~!! ・・・私だけ?


【今回の名文・名台詞・名場面】

★「やくざというのは、もてるのかも知れません」 (文庫版上巻p351)

島田先生の台詞。この「やくざ」というのは、もちろん日野の大将。・・・これは一般論か? それとも、もてない男のひがみか?

★「ほんまのところ、あの人は私らとは違う世界を見てはるような気がするんです……。バクチもケンカもやりはるけど、目はずっと遠いところを見ているような……」 (文庫版上巻p357)

日野の大将をずっと見つめてきた川端さんの台詞。見ているだけのことは、ありますね。

★「お前やったら、俺の言うこと、分かるやろ。紙の上の理想やのうて、一つの主義が体制になったら、どんなもんかというのは。一人の人間を、どないに変えてしまうもんかというのは」
分かると思う。そう言いたかったが、言えるものではなかった。
 (文庫版上巻p371)

これから日野の大将の口から語られる過去の、前フリ。それを知った後にこの発言に戻っていくと、重いものを感じます。

★「可愛いのは事実やったが、それだけや。犬や猫と一緒。俺の人生にあいてる大穴を埋めるようなもんやとは思わんかった」
「人生の大穴ってなんだ……」
「なんや知らん。とにかくあいとるんや。十代のころから、山ひとつ削って土砂全部放り込んでも埋まらん穴やと思うとった。人間ひとり好いた惚れたでどないかなるんやったら、律子に対して、もうちょっと違った亭主になれたんやないかと思う」
日野の口からそういう抽象的な話が出ると、ほんとうに意外な感じがした。江口の空洞、島田自身の空洞。日野が言う大穴とは、それと似たようなものなのかと戸惑う。
 (文庫版上巻p373~374)

日野の大将の「大穴」=「空洞」は、これ以降にも出てきます。その大穴をあけた原因・・・張本人が戸惑っているのが、何とも言えませんが。

★「ああ。大した命やないけど、柳瀬に借りたもんは、生きて返さなあかん。あの柳瀬には、俺は借りがあるんや。あいつは、人を死なせたらあかんと思うから、《超安全》な原発を造らなあかんて言うとった男や。大型計算機一つにつられて、騙されて《北》へ行って、結局軍事用の核施設の研究はようやらんと、とんでもない資料一つ持ち出して帰ってきてしまいよった男や。理想の霞食うて生きとったから、洗濯機もない生活しとったくせに、このやくざの俺に《プラハの春》の話をしてくれた。俺が柳瀬に借りたんは、小さい希望一つや。人間には理想というものがある。人間は、理想を持つことが出来る動物や、という希望一つ……」
ああ、この男は自分にも言えないことを話している。理想は、自分が遂にもてなかったものの一つだ。その話を、こいつはしている……。そんなことを思いながら、島田は幼なじみの顔を見ていたのだった。
 (文庫版上巻p385)

冷血・島田先生に比べて、ずっと温かい血の通った人間・日野の大将。思わずじーんとしてしまう、大将の台詞です。

★「とはいうても」と日野は言う。「理想いうのは中身のしっかり詰まった心身に育つもんやろ。大穴空いている俺の人生には、ちょっとな……。それでも、人間いうのが理想を持つこと出来る動物やと知っただけで、俺は目から鱗が落ちるいうか……、ほんまにちょっと楽になったんや。律子も、薬漬けになる前は、きっと理想を持っとったんやと思うたら、俺は崇めとうなる」
「崇める……か」
「ああ。仏さんになったからやのうて」
 (文庫版上巻p385~386)

ここの日野の大将の心情は、ちょっと辛いものがありますね・・・。

★「そういえば、良も理想を感じさせる子だ……」
「お前もそう思うたか。そうや、良はほんまに《今》を理想で生きとった。……理想だけでな。理想がなかったら、生きてられへん状況やった」
 (文庫版上巻p386)

良ちゃんの理想は現実よりも、辛くて重くて苦しくて悲しくて哀しくてやるせない理想だ。・・・あかん、自分で入力しておいて、ちょっと苦しくなってきた。

★日野は理想について語ったが、それは十年前に死んだ理想だったのかも知れない。この自分を前に、理想の死骸の話をしていたのかも知れない。 (文庫版上巻p387)

それはそれで辛いものがありますが、律子さんを失ったばかりの日野の大将に乗り越えろというのも、酷なもの。

(前略) 『これで何を買うか決める楽しみはなくなりましたが、新しい本がもうすぐ手に入ると思うと、ぼくは今夜は眠れないかも知れません。
新しい本を読んだら、どんなふうだったか、また書きます。おやすみなさい』
 (文庫版上巻p392)

島田先生へ書き送った、良ちゃんの最後の手紙。本好きな人間なら、良ちゃんの心情はうるうるもんです。「好きな作家の新刊発売日前夜の気持ち」といえば、当たらずと言えども遠からじ?

★日野は、柳瀬裕司という男から、人間は理想を持つことが出来るという希望一つを貰ったという。この俺は、良から、人間は献身ということが出来るという希望一つを貰ったのだ。自分が食べるより、良に食べさせてやりたいと思う。犬一匹可愛いと思ったことのない人間が、ほんとうにそんなことを考えるようになったのだ。罪滅ぼし半分、痛恨半分。 (文庫版上巻p400)

良ちゃんによって変化していく島田先生が、はっきりと判る部分。
これは「親」の発想ですね。それも「母親」が「子供」に向ける愛情です。私も幼い頃、何度も母に同じことを聞かされました。「あんたがたくさん美味しいものを食べるのを見るのは、嬉しいもんやねんで」と・・・。
(だけど未だに言われる。だから太る・笑)

なぜ「母親」と限定したのかといいますと、私の父からは、一度もそんなことを言われたことがないからです。私の父は、子供が食べているものを欲しがる人。この卑しい性分の父のせいで、ホンマに何度泣かされたことか・・・。「アイスクリームを「一口だけちょうだい」事件」とか、「お正月の「桜玉をええとこから食べるな」事件」とか、挙げればキリがない。
まあ、こんな我が家の方が特殊なのでしょうけれど(苦笑) 普通の「父親」の方々は、どうなのでしょう。自分の子供に対して、島田先生のようなことを思うのでしょうか?


次回から下巻に入ります。



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