あるタカムラーの墓碑銘

高村薫さんの作品とキャラクターたちをとことん愛し、こよなく愛してくっちゃべります
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「経理に顔は要らんでしょう」 「君は要らんでも僕は要る」 (文庫版上巻p44)

2007-02-11 17:02:13 | 神の火(新版) 再読日記
2007年2月3日(土)の新版『神の火』 (新潮文庫) は、プロローグからp61まで読了。

今回の再読日記のタイトルも、「ちょっと笑えるところ」と思える部分をピックアップしていく予定。(下巻のあそことあそことあそこは、そういう部分が見つかるかどうか分かりませんが)
今回は島田先生と木村社長の会話。私も仕事で帳簿つけたりしてるので、島田先生のお言葉は非常にありがたく心強い(笑)

今回は普通の「ネタバレ」の他に、「新旧ネタバレ」と称して、旧版と新版の違いをちょこっと記述している部分があります。どちらも隠し字にしてありますが、ご注意下さい。


【主な登場人物】
主要人物四人の紹介は、こちらでしましたので今回はパス。それ以外の登場人物の名前と簡単な紹介。一度紹介した人物は二度はしません。

島田誠二郎 島田先生の父・・・なんですけど(ごにょごにょ) 島田海運の創業者で、江口さんの親友。
島田清子 島田先生の母。既に鬼籍。ネタバレ。 高村作品では、他の男に走る女性の名前は「きよこ」というのが定番なのか? 
島田勲 誠二郎さんの弟。島田海運の代表取締役。
小坂雅彦 というよりは、《ベティさん》というニックネームの方がむちゃくちゃ有名(笑) 本名のフルネーム、忘れますよね。もちろんベテイ・ブープからついた愛称なのは、いわずもがな。その顔に似ず(←失礼な)、なかなか優秀な音海原子力発電所の原子炉主任技術者。しかし高村さんは、こういう「キャラクターもの」がお好きなのですね。
イリーナ 島田先生が、かつてウィーンで知り合った旧ソヴィエト連邦の女性。島田先生の初めての女。新旧ネタバレ。 この人は旧版と新版で、かなり違う。旧版では生きてる(と思われる)し、しかも島田先生の子供まで産んでいる!(ガーン・・・!) 
木村 島田先生の現在の勤務先「木村商会」の社長。下の名前は出てない。
堀田 《木村商会》の従業員でシルバーセンター人材派遣の紹介で勤めている。下の名前は出てない。この人が「島田先生」と呼ぶので、タカムラーさんたちの島田浩二さんの愛称は、これになったものと思われる。
川端美奈子 「木村商会」の新しい経理担当。夫とは死別し、五歳の娘が一人いる。


【今回のツボ】
・プロローグ 現時点での高村薫全作品で、『神の火』の幕開けが一番好きです。良ちゃんが海に浮かぶ船を万感の想いで見つめ、その船に島田先生が乗っているという、場面の切り替えが好きなんです。(ああ、上手く表現出来ない)

・ギリシャ神話に出てくる火の話 島田先生が子供の時に、江口さんが語った。個人的な話ですが、私がギリシア神話を初めて読んだ頃のエピソードの一つが、このプロメテウスの神話でした。

どういう神話なのか、江口さんに代わって簡単に説明。(細かい部分は諸説がありますが)
大神・ゼウスは人間に火を与えるとロクなことがないと思い、与えませんでした。寒さに凍える人間たちを見かねたプロメテウスは、太陽神(アポロンかヘリオス)の操る天を駆ける馬車から火を盗み取り、人間たちに与えます。こうして人間たちは豊かな生活を送ることになったのでした。怒ったゼウスはプロメテウスをコーカサス山に縛りつけ、大鷲に肝臓を食わせるという罰を与えました。肝臓は一日で元通りに戻り(←ホンマかいな?)、プロメテウスは大鷲に肝臓をついばまれるという地獄の責め苦は半永久的に続きました。解放されたのは、所用でプロメテウスを訪ねたヘラクレスが、大鷲を射抜いた時でした。

余談ながら、プロメテウスの名前の意味は「先に考える者」。それから派生し「プロローグ」の語源になっています。また、プロメテウスの弟の名前は「エピメテウス」で「後に考える者」。そこから派生したのが「エピローグ」という言葉。そのオリュンポスの神々がエピメテウスに与えた人間の女性が、「パンドラ」。あらゆる災いを詰め込み、唯一残ったのが《希望》だった、という「パンドラの箱」で有名ですね。
(すみません、ギリシア神話が好きなもので、ついつい長くなって・・・)


【今回の書籍】
キケロ、ヴェルギリウス、ルクレティウス、リヴィウス、セネカ、タキトゥス、フェルナン・ブローデル、エリアーデ・・・全て人名。江口さんが青少年時代の島田先生に読ませたり、講義したり、一緒に読んだりしたもの。
キケロからタキトゥスまでは、古代ローマ時代の人々(さらに細かく時代が分類されるが、やってられない・笑)。
ブローデルはその古代ローマ時代をテーマに著した『地中海』が有名な、20世紀のフランスの歴史学者。
エリアーデは20世紀のルーマニアの宗教学者・宗教史家。『新リア王』 (新潮社)にも出ていたような・・・? 違ったかな?
結論、江口さんは島田先生に徹底的に「歴史」を叩き込ませたわけですね。

《アメリカン・サイエンス》・・・木村商会が取次ぎをしている雑誌。

「放射能汚染測定とシミュレーション技術の応用」・・・良ちゃんが木村商会の一階の書店で立ち読みしていた本。「何のこっちゃ」と、それを聞いた堀田さんの台詞と同じことを思った読み手も多いはず(笑)


【舞鶴地どりスポット】
今夏の舞鶴地どりに備えて、極めて個人的なメモ。舞鶴といっても、「西舞鶴」と「東舞鶴」に大きく分かれるみたいです。

・西舞鶴の聖クレメント教会・・・やはり高村作品にははずせないのが、教会ですね。
・京口の「霞月」・・・島田家がしょっちゅう利用。江口さんの常宿もここ。これからも頻繁に登場。
・田辺城跡、南田辺、舞鶴公園・・・島田先生の実家は、この付近にあるらしい。散策したいですね。
・城屋の雨引神社・・・揚松明の神事は、ここで行われます。子供の頃の島田先生が江口さんと二度目に会ったのが、この祭りの日。金太郎飴、今も売ってるんでしょうか?


【『神の火』 スパイ講座】
なんちゅー見出し(笑) いや、面白いだろうと思いまして、取り上げてみようと。視点を変えて見てみれば、意外と普通の常識的なことを述べているようにも思えるから不思議だ(苦笑) 将来スパイになろうと思っている人には、参考になるかも!?(←冗談だってば)

『目立つことをしてはいけない』 (文庫版上巻p11)・・・これは良ちゃんが叩き込まれた基本の一つ。

『好感をもたれるよう振る舞うこと』 (文庫版上巻p11)・・・同じく良ちゃんが叩き込まれた基本の一つ。


【今回の名文・名台詞・名場面】
今回はオープニングということもあって、主要登場人物の描写がなかなか面白いんです。

★男はときどき船の夢を見る。三年半前に自分をこの国に運んできた船。いつか迎えにくるかもしれない船。どこから来てどこへ行くのかもしれない船。
あの船はどこへ行くのだろう。あの雲の海を行く船は……。
 (文庫版上巻p12)

いきなりネタバレ。 ここで下巻のあの場面を思い浮かべた方も多いのでは? 「いつか迎えにくるかもしれない船。どこから来てどこへ行くのかもしれない船。」なんて、伏線そのもの。しかも良ちゃんが見ている船に乗っているのは、島田先生。ある意味で良ちゃんを「導く」のが島田先生であり、また良ちゃんに導かれるのが島田先生なのだから・・・。  「この場面が好き」と上記に書いたのは、良ちゃんの真摯な眼差しに惹かれたからでもあります。

★多重防護のシステムは、人間工学の部分を除いてほぼ完成の域に達しているが、一〇〇パーセント確実なものなどこの世にはない。事故は百万分の一の確率であっても、起こったら最後なのだから、関係者の心配は真っ当なものだった。故障もテロも、事故は事故だ。 (文庫版上巻p19)

ベティさんの話を聞いた島田さん。またまたネタバレ。 下巻のクライマックスのテーマが、ここで述べられてる~!  再読すると、こういう発見があって楽しいですね。

★「時代は変わります。必ず変わります」 (文庫版上巻p21)

江口さんの口癖。これからも島田先生の回想シーンで何度も出てきます。

★今そこにあるのは、島田には直視に耐えない顔だった。しかし、目を逸らせたところで、その顔とともに会った自分の人生が消えるわけでもない。江口の顔一つを目の当たりにしながら、島田は自分の腹から沸騰水が噴き出すのではないかと思ったが、実際には、熱流束は蒸気の泡でいっぱいの状態だった。噴き出すべきものが噴き出さない。溜まり続ける熱の逃げ場がない。原子炉の炉心では、その泡が飽和状態になるとき、逆に一気に流体抵抗がなくなって、沸騰水の驀進が起こるときがある。 (文庫版上巻p22~23)

江口さんを目の当たりにした時の島田さんの心の動き。「専門用語」がこれでもか、と出てきますが(苦笑)、専門用語の文字の羅列を見ただけで、苫田先生の「怒り」が感じ取れるでしょ? 島田先生も原子力発電に関する技術・知識に関しては、重要文化財クラスですからね。ネタバレ。 (そうでなきゃ、その「知識」を欲しがる他国から狙われることもなかろう) 

★そういえば、白の盛装はいつでも、江口彰彦に一番相応しい姿ではあった。長年の知己の弔いの日に、こんなふうに晴々と白を着ることの出来る人間が、ほかにいるだろうか。 (文庫版上巻p23)

ダンディ・江口!(笑) いやいや、こういうのが似合う人、厭味にならない人のことを「ダンディ」というのですよ。この江口さんに張り合えそうなのは、李歐くらいかなー?

★あっちの屋台を覗き、こっちの屋台を覗き、江口は風狂な紳士風情でさも楽しそうに歩いていたが、島田は江口が本来、そうしたものに一切興味がないことは知っていた。人目を欺き、己を欺き、どんな姿でも演じられるが何ひとつ心から楽しんだことはない。楽しむのは、何ものも受け入れない己の魂の完璧な空洞であり、そこに響く俗世の交響楽を江口は聴いているだけだった。しかも、究極の退屈しのぎのために。 (文庫版上巻p25)

「老獪」という言葉は、江口さんのためにあるのかと思わずにはいられません。語彙力がないので(泣)、他にどんな言葉が当てはまるやら・・・。
さて、『神の火』 の重要なキーワードの一つが出てきましたね。「空洞」。

★江口の白いスーツの肩に、松明の明かりが映っていた。二年前に会ったときより、いくらか小さくなった肩だ。その上で、腐りかけた夢と陰謀が燃やされている、と島田は思った。 (文庫版上巻p26)

島田先生が江口さんに抱く感情は、「愛憎」という言葉では片付けられないものがあるんですが・・・この時は結構高いマイナス値だったんでしょうね。表現に容赦がない(笑)

★「何かが起こっている、どこかで罠が仕掛けられているのだと思った方がいいね……」
「そういうことなら、二人分の墓を用意しておきましょう。僕とおなたの」
「どうせ口にするなら、もう少し気のきいた軽口でないと、君の品格が落ちるよ」
「スパイに品格があるとは知りませんでした」
「君のような、あるいは私のような人間が持ちえる最低限の品格だ」
「もう言いません」
「それがいい」
 (文庫版上巻p27)

江口さんと島田先生の会話。江口さんに太刀打ちするには、まだまだ青い島田先生。一方、「育ての親」である江口さんにしたら、島田先生の物言いは我慢ならんのでしょうけど(苦笑)

★日野も、冬の肌をもつ男だ。 (文庫版上巻p34)

ここの一文で、私は大将に惚れたっ! こんな短い文章で、こんな短い名詞で、これほどまでの官能を感じさせるなんて! 「冬の肌」という表現が艶かしい! しかも女でなくて、男なんだもん!

★母の胎内は人間が生まれるための容器に過ぎず、生まれたと同時に人間は、一人になり、一人で死ぬ。長い間、島田はそういう死生観を持っていたのだった。 (文庫版上巻p36)

母がロシア人の宣教師と密通し、生まれたのが島田先生。複雑な出生からこんな死生観を持っても、仕方ないのかもしれませんが・・・。寂しくない?

★島田は学校で「あいのこ」と呼ばれても平気で、むしろ、鏡の前で自分の碧眼を眺めるのが好きだった。不思議な色を飽きることなく眺め続け、夢想に耽った。自分という一個の生きものが、どうしてこのようにここにあるのか、これからどのような人間になるのか、そうしたことを一人で考え続けた子供には、父も母も、自分を除くすべての人間が他者だったのだ。 (文庫版上巻p36)

(子供時代の)島田先生、ナルシスト!?(ガーン!) ・・・いや、気を取り直して。こんなのが許されるのは、島田先生くらいだ、うんうん。自分の瞳を眺めて、哲学めいたことを考えているのだから。この時点で、そのまま大人になったんだなあと分かってしまいますね。

★これまで、夢でうなされることはあったが、白昼に立ち戻ってくることはなかった過去のひと節が、昨夜に続いて二度までも現れるのは、自分の中で何かがひび割れた証拠だった。島田はそういう物の考え方をする人間だった。では、どこにひびが入ったのかというと、島田は機器を点検する技術者の目でしばらく自分の腹を探り回し、ひび割れたのはまず、感情の蓋だろうと結論を出した。昨日、江口の来訪と同時にひび割れ、恐怖が漏れ出したのだ。痛恨や後悔の念にも増して、やってくるのはいつも、恐怖だった。 (文庫版上巻p38)

島田浩二という男・その1。

★「マキャベリズム的誇大妄想型マゾヒズムですよ」 (文庫版上巻p40)

島田先生の抱える煩悶を、ベティさんならこのひと言で済ますだろうな・・・と、島田先生が思っただけのこと。なかなか秀逸な表現だ。

★自分の人生を思うとき、島田は常に自分の腹で燃える火を連想した。この十数年、自分の腹の炉心がいつ壊れるかと見つめ続けてきた。危険の兆候はそれとなく分かるが、対処方法の選択と判断が難しい。これは原子炉でも同じだった。計測器のはじき出す数値を判断し、いくつもある対処方法のうち、どれが最適かを見極めるのが、技術者の仕事だ。自分も技術者の端くれであったのだから、選択も判断も自分で行わなければならなかった。この炉心はいずれ崩壊することは分かっているが、それを見極めるのは自分であって、江口ではなかった。壊れているなら、安全に止めて見せる。自分が盗んだ火は自分で消し、神に返すのだ。 (文庫版上巻p40)

島田浩二という男・その2。

★似たようなダンボールを見つけるたびに梯子に登ってみた。素手が汚れるのも気にならず、時間が経つのも忘れていた。木村が「五百万やで」と言ったからではない。人間と世間の臭いがない、物言わぬ貨物だけの空間で、神経が休まるのを感じたのだった。 (文庫版上巻p59)

島田浩二という男・その3。これも「人間のいない土地」『黄金を抱いて翔べ』の幸田弘之さん)の、バリエーションの一種かもしれませんね。



2 コメント

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島田先生と謂ふ人 (野鍛冶屋)
2007-02-12 11:45:05
こんにちは。野鍛冶屋です。

島田さんについては、こんなタイトルをつけて見たくなりました。

島田さんの出生というのは運命的なものを感じますね。。

日本では、外国に行くこと=「海」の「外」に行くということですが、この作品は「海」の存在感が大きいですね。

島田さんと良ちゃんって精神的な師弟関係のような感じで、すごく注目しちゃいます。高村さんの愛情が感じられます。

ベティさん。私は恥ずかしながらどんなマンガか知りません。ここでも○二家のペ○ちゃんの顔を代替として使わせて頂き、読みました。(笑)
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ぴったり! (からな)
2007-02-12 13:52:10
野鍛冶屋さん、こんにちは。

>島田先生と謂ふ人

ああ、いいタイトルですね、これ。使用させていただこうかしらん?(笑)

>この作品は「海」の存在感が大きいですね。

そうですね。私も広義の意味で「海洋小説」ではないかと思っています。

>ベティさん。私は恥ずかしながらどんなマンガか知りません。

そうなんですか。では↓こちらをクリックして下さい。

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私も漫画で読んだことはないのですが・・・。このキャラクターがプリントされたTシャツやトレーナーを着た人、見かけたことありませんか?

>○二家のペ○ちゃんの顔

それだと<合田シリーズ>の吾妻主任と同じ顔になってしまいますよー!(笑)

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