2007年2月7日(水)の新版『神の火』 (新潮文庫) は、p201からp251まで読了。
今回のタイトルとほぼ無関係な話ですが、大阪市のゴミ収集車のテーマ曲(♪タリラ リンラン タラ リランリン タララリン ラリラン~♪ ・・・ってやつだ)は、島倉千代子さんの「小鳥が来る街」という曲。
【今回のツボ】
スパイの暗号名とその由来
・《トロイ》の正体は後ほど分かるのでここでは挙げません。ギリシア神話のトロイア戦争の「トロイの木馬」から来ていることはお解かりですね。迷惑な話ですが、某コンピュータ・ウイルスの名前にもつけられていますので、むしろそちらの方で知っているという方が多いかも。
・《ロラン》・・・江口彰彦さんの暗号名。「ROLAN」。最初は「ローランの詩」から名付けられたのか? と思いましたが、下巻に島田先生が船に乗る描写で「ロラン」というのが出てきたので、これが由来だと判明。
こちらのサイトさんに詳しく説明されております。
確かにコントローラーの役目を負う江口さんに、ふさわしい暗号名だ。
・《ゼノン》・・・島田浩二さんの暗号名。原子力工学博士だった先生には、これもふさわしい暗号名でしょう。「XENON」は「キセノン」とも呼ばれます。
『新リア王』 (新潮社) を書籍で初めて読んだ時に出てきた「ゼノン」は、古代ギリシアの哲学者のことなんですね。「何で島田先生の暗号名が出てくるの?」と思ったのはそういうわけなんですよ、Sさん・・・ご指摘ありがとうございました。(ここでお礼を申し上げることをお許し下さい)
こちらのサイトさんでキセノンの「元素周期表」の詳しい成分表を眺めていたら、「島田先生って人間じゃないなあ」・・・と思いました(爆) 何だ、このマイナス値は!
梅田のターミナルにある百貨店 梅田には百貨店が現在3店舗(大丸、阪急、阪神)ありますが、ズバリ「阪急百貨店」でしょう!
一昨年から昨年にかけての某ファンドの絡みで、関西に激震が走った「阪急・阪神の統合問題」で初めて知ったという方も多いでしょうが、この二つの百貨店は昔から「食の阪神、衣類の阪急」と言われています(順不同)
阪神の地下の食料品売場は、確かに凄い。その気になれば、試食だけでおなか一杯になり、一食分浮くかもしれませんよ?(笑)
ということで、島田先生が良ちゃんの衣類を買い揃えたのは、阪急百貨店が妥当。
「敵」にボコボコにされる島田浩二さん・その2 理由は前回と一緒。いじめられている島田先生はツボなんです。
【今回の書籍】
『ワールド・サイエンス』・・・木村社長が日本版を販売しようとしている、アメリカの一般向け科学雑誌。
【『神の火』 スパイ講座】
かつて島田は江口に、スパイは言葉が少ないほうがいいと教わった。スパイの言葉は騙すための言葉であり、一つ話すと、それを裏切るためにもう一つ話さなければならない。そうして際限なく続く虚言の連鎖は、やがて自分自身を食い荒らし始め、空虚に至るから、どうせなら『言葉は少なく、少なく』と江口は言ったのだった。 (文庫版上巻p210)・・・江口さんが島田先生に教えたことの一つ。その反動なのか、先生はさまざまな思考、たくさんの思案を巡らしているようですね。
「スパイの言葉は騙すための言葉」に、重い衝撃、そして納得。「スパイ」でピンとこない方は、「セールスマン」や「セールスレディ」や「ホスト」や「ホステス」や「タラ○」や「コマ○」や「結婚詐欺師」などに代えてみれば、何となく雰囲気が掴めるかもしれません。よく喋るという行為は、相手に反論を与えず、納得させ、言い含めるための手段でもあり、自分をも騙す行為になるからか? 「言葉少ない方が信頼に足る」と世間一般で言われるのは、そのせいか。
島田はかつて、江口に《自白は死だ》と叩きこまれた。楽になるために自白したスパイを待っているのは死しかない。だから、自白だけはするな、と教えられたのだった。訪れることのない救いが訪れると、自己暗示のかけることの出来る者だけが、自分の精神を救うのだとも、江口は言った。どちらかといえば、島田はそうした自己暗示の芸当が出来る方で、江口は《だから、君はスパイに向いているのだ》と言ったのだ。 (文庫版上巻p250)・・・江口さんに見初められ、もとい見込まれ、分析され、教え込まれたスパイの何たるか。肯定的な自己暗示は、日常生活でも役立ちそうですね。
参考までに、島田先生がかけた自己暗示が、前後しますが、これ↓です。
『羊が一匹、羊が二匹……』 (文庫版上巻p250)・・・苦痛を軽くするための島田さんの自己暗示。・・・笑っていいのか迷うところ。
【今回の名文・名台詞・名場面】
★この若者の口から漏れてくる言葉はみな、奇妙に即物的で透明だった。疑念に揺らいでいるが、敵意が感じられない。論理の道筋をつけるための正当な疑問だけとを機械のように発する若者の頭が今、何を思っているのか、島田には理解も及ばなかった。敵意や悪意といった瑣末な感情が一切ないのは分かるが、それがなぜなのか、分からなかった。 (文庫版上巻p203~204)
それが良ちゃんの言葉のマジックというものですよ、島田先生?
当たり前のことですが「言葉」は大切なんだってこと、高村作品では何度でも再確認させられます。
★良の心のうちを、島田は心底掴みかねたが、所詮は他人同士、互いに立ち入れない壁を越えて、通じ合うのは言葉しかないことを思えば、良がこうして真剣に物を語るのは、人間としての一番の誠実さなのかも知れなかった。 (文庫版上巻p210)
この直後に、【スパイ講座】で取り上げた「島田はかつて~」が続きます。
一個人として話をした良ちゃんと、一個人として受け止めた島田先生。初めて信頼関係が結ばれた瞬間なのかもしれません。
★自分という人間は、事態がこんなふうに動き出しても、最終的には、どこか一歩退いて傍観しているようなところがある。舞鶴から飛んで帰ってきたのに、事態を目に収めたあとは、だからどうだという一歩手前でこうして止まっている。 (文庫版上巻p210~211)
島田浩二という男・その13。元スパイの悲しい性なのか。あるいは根っからそういう性分なのか。
★この俺に明日はあるのか。明日という日は多分来るだろうが、仮に来なくても仕方ない明日だろう。十数年間の盗みの日々に訣別して二年、永遠に明日が保証される人生に戻ったと誤解したわけではあるまいに、こののんびりムードはいったい何なのだ。
己の死さえ人ごとのように傍観しかねない自分という人間の少々異様な精神、自分という人間を含めて世界そのものに距離を置くその在り方に、根本的な問題があることを島田は常に知っていた。子供のころから、それとなく分かっていたぐらいだ。しかし、なぜだか分からないが、この良も似たようなところがあるにもかかわらず、良は少なくとも、明日も分からない人生を生き延びることで、それなりに刻々と命を感じさせる。ほんの一日足らず一緒にいただけで、いやというほど伝わってきた一つの命に触発されて、島田は今、余計な思案をし始めたのだった。この俺に明日はあるのか、明日にどういう意味があるのか、と。 (文庫版上巻p221~222)
島田浩二という男・その14。そして自身と良ちゃんを比べて、違いに愕然とする先生。
★「(寝るとき、いつも、このまま二度と目が覚めないかも知れないと思う。今、何でもいいからしたいのです)……」 (文庫版上巻p224)
悲しい歌ならぬ、悲しく切ない言葉ですよ、良ちゃん・・・(うるうる)
( )付なのは、良ちゃんがロシア語で喋っているからです。入力しようかどうか、さんざん迷いました。ヒマな時に入力しようか? 一文字ずつ入力するのは、変換が大変なんだけど・・・。
だけどロシア語の読み方は訊かないで。私も知りませんから。
もしも『神の火』を読んだ影響で、「ロシア文学専攻した」、「第二外国語でロシア語選んだ」という方がいらっしゃいましたら、ぜひ教えて下さいませ!
★そうだ。良も自分も、今、しておかなければならないのだ。保身であれ、手続きであれ、脱線であれ、明日がどうなるか分からない人間は。 (文庫版上巻p224~225)
上記の良ちゃんの言葉を受けての、島田先生の決意。ここでも良ちゃんの存在に触発されていますよ(笑) そうか・・・やっぱりなあ。下巻で島田先生が「○み○とした○○」の要因の一つは、良ちゃんが発した数々の言葉が蓄積して、肥料になって、発芽した結果なんですね・・・。
★世界の原子力プラントは、戦争や破壊活動を想定して造られてはいない。平和が永久に続くという架空の条件なしには、決して造ることの出来なかったものだった。一トンぐらいの弾頭をもつ普通のミサイル一発で、格納容器はおろか圧力容器も破壊される。そんなことは分かりきったことだが、そんな心配をするひまがあったら、戦争をしないよう努力する方がいい。島田はそう話したが、自分でも歯切れの悪い物言いだと思った。普通の人間が素朴に考えることを、為政者も技術者もメーカーも決して考えないのはなぜか、弁解する言葉はなかった。 (文庫版上巻p232)
★元技術者の一人として、ほかにどう応えようがあるだろう。多重防護のシステムがここまで完璧に作られてきたのは、裏を返せば、現実には《絶対》ということなどあり得ないからだった。破断事故など、計算上ではあり得ないことになっているが、とくに蒸気発生器の一次側細管を流れる一次冷却水の挙動特性や細管自体の強度など、計算のためのデータの取り方の次元ですでに、《絶対》だとは言えない部分があるのを、島田は知っていた。いわば、原子力プラントというのは、そうした不安要素の一つ一つを、何重もの防護で覆っているのだ。 (文庫版上巻p233)
★ミサイル一発が命中したら原子炉は壊れると、こともなげに言った良の言葉が、島田の胸を抉り続けていた。この地球が平和だと誰が言ったのか。軍事衛星が飛び交う地球の未来を、どこの誰が信じたというのか。自分の流してきた先端技術が軍事転用されているのを知りつつ、ミサイルを売買するような世界に貸したその手で、島田は原子炉を造ってきたのだった。そのことを、良にも自分自身にも説明する言葉はなかった。 (文庫版上巻p233)
上記3つの引用。良ちゃんの「過激な問いかけ」に、空しい言葉で応じつつも疑念を膨らませていく島田先生。
これで思い出したのは、何年か前に流されていたニュース。「某国の原子力発電所で、テロ対策の訓練が行われた」というものでした。即座に『神の火』 を思い浮かべましたよ・・・。それでなくても原子力発電に関する(悪い)ニュースは、この作品を自然と思い出してしまうんですが・・・。
★鍵をかけながら、遂に少し涙が出た。自分で盗んだ火を、今ごろになって恐れ始めるとは。三十九年の人生の最後になって、巨大な矛盾と不可能をかかえこんだ己の魂の、あまりの脆さにうろたえるばかりだった。 (文庫版上巻p233~234)
島田浩二という男・その15。再三言ってますが、良ちゃんの存在と発言内容が、非常に大きい。そうでなきゃ、こんなにも苦悩する先生ではなかったはずだ。
★自分という男は、何をもってしても補うことの出来ない自分の罪を、当時も物で補おうとしたし、今もこうして人に物を買い与えることで何かを補おうとしている。 (文庫版上巻p236)
島田浩二という男・その16。「当時=離婚した女性」、「今=良ちゃん」です。
「当時」の方は、言葉は悪いが免罪符のように「物を買ってごまかす」という行為。行動はするけど、情がこもっていない。それを自覚している先生は、がんじがらめになっていたんだろうなあ。
「今」は、違うよね? ・・・多分ね?
★「島田先生に買うてもろうたんか? よしよし、こいつは舞鶴に帰ったら腐るほど金のある男やさかい、せいぜい何でも買うてもらえ。この先生はな、金でしか、人とのつながりが持たれへん可哀相な男なんや」 (文庫版上巻p237)
日野の大将が良ちゃんに向かって言った、島田先生評。さすがに幼馴染み、一片の甘さも容赦もない。
★「お前、江口に何て言われて、そういう道に入ったんや……? 目が青かったら、国を売る人間になるしかないとでも言われたんか」
国を売る人間。島田が一瞬唖然とするうちに、続けて日野は吐き捨てた。「極道の方がまだましや。そのうち俺が、性根叩き直したるさかい」 (文庫版上巻p241)
さらに追い討ちかける、大将の言葉。島田先生も絶句です。まあ、大将が怒っている理由は、後に判明するのですが・・・。
今回のタイトルとほぼ無関係な話ですが、大阪市のゴミ収集車のテーマ曲(♪タリラ リンラン タラ リランリン タララリン ラリラン~♪ ・・・ってやつだ)は、島倉千代子さんの「小鳥が来る街」という曲。
【今回のツボ】
スパイの暗号名とその由来
・《トロイ》の正体は後ほど分かるのでここでは挙げません。ギリシア神話のトロイア戦争の「トロイの木馬」から来ていることはお解かりですね。迷惑な話ですが、某コンピュータ・ウイルスの名前にもつけられていますので、むしろそちらの方で知っているという方が多いかも。
・《ロラン》・・・江口彰彦さんの暗号名。「ROLAN」。最初は「ローランの詩」から名付けられたのか? と思いましたが、下巻に島田先生が船に乗る描写で「ロラン」というのが出てきたので、これが由来だと判明。
こちらのサイトさんに詳しく説明されております。
確かにコントローラーの役目を負う江口さんに、ふさわしい暗号名だ。
・《ゼノン》・・・島田浩二さんの暗号名。原子力工学博士だった先生には、これもふさわしい暗号名でしょう。「XENON」は「キセノン」とも呼ばれます。
『新リア王』 (新潮社) を書籍で初めて読んだ時に出てきた「ゼノン」は、古代ギリシアの哲学者のことなんですね。「何で島田先生の暗号名が出てくるの?」と思ったのはそういうわけなんですよ、Sさん・・・ご指摘ありがとうございました。(ここでお礼を申し上げることをお許し下さい)
こちらのサイトさんでキセノンの「元素周期表」の詳しい成分表を眺めていたら、「島田先生って人間じゃないなあ」・・・と思いました(爆) 何だ、このマイナス値は!
梅田のターミナルにある百貨店 梅田には百貨店が現在3店舗(大丸、阪急、阪神)ありますが、ズバリ「阪急百貨店」でしょう!
一昨年から昨年にかけての某ファンドの絡みで、関西に激震が走った「阪急・阪神の統合問題」で初めて知ったという方も多いでしょうが、この二つの百貨店は昔から「食の阪神、衣類の阪急」と言われています(順不同)
阪神の地下の食料品売場は、確かに凄い。その気になれば、試食だけでおなか一杯になり、一食分浮くかもしれませんよ?(笑)
ということで、島田先生が良ちゃんの衣類を買い揃えたのは、阪急百貨店が妥当。
「敵」にボコボコにされる島田浩二さん・その2 理由は前回と一緒。いじめられている島田先生はツボなんです。
【今回の書籍】
『ワールド・サイエンス』・・・木村社長が日本版を販売しようとしている、アメリカの一般向け科学雑誌。
【『神の火』 スパイ講座】
かつて島田は江口に、スパイは言葉が少ないほうがいいと教わった。スパイの言葉は騙すための言葉であり、一つ話すと、それを裏切るためにもう一つ話さなければならない。そうして際限なく続く虚言の連鎖は、やがて自分自身を食い荒らし始め、空虚に至るから、どうせなら『言葉は少なく、少なく』と江口は言ったのだった。 (文庫版上巻p210)・・・江口さんが島田先生に教えたことの一つ。その反動なのか、先生はさまざまな思考、たくさんの思案を巡らしているようですね。
「スパイの言葉は騙すための言葉」に、重い衝撃、そして納得。「スパイ」でピンとこない方は、「セールスマン」や「セールスレディ」や「ホスト」や「ホステス」や「タラ○」や「コマ○」や「結婚詐欺師」などに代えてみれば、何となく雰囲気が掴めるかもしれません。よく喋るという行為は、相手に反論を与えず、納得させ、言い含めるための手段でもあり、自分をも騙す行為になるからか? 「言葉少ない方が信頼に足る」と世間一般で言われるのは、そのせいか。
島田はかつて、江口に《自白は死だ》と叩きこまれた。楽になるために自白したスパイを待っているのは死しかない。だから、自白だけはするな、と教えられたのだった。訪れることのない救いが訪れると、自己暗示のかけることの出来る者だけが、自分の精神を救うのだとも、江口は言った。どちらかといえば、島田はそうした自己暗示の芸当が出来る方で、江口は《だから、君はスパイに向いているのだ》と言ったのだ。 (文庫版上巻p250)・・・江口さんに見初められ、もとい見込まれ、分析され、教え込まれたスパイの何たるか。肯定的な自己暗示は、日常生活でも役立ちそうですね。
参考までに、島田先生がかけた自己暗示が、前後しますが、これ↓です。
『羊が一匹、羊が二匹……』 (文庫版上巻p250)・・・苦痛を軽くするための島田さんの自己暗示。・・・笑っていいのか迷うところ。
【今回の名文・名台詞・名場面】
★この若者の口から漏れてくる言葉はみな、奇妙に即物的で透明だった。疑念に揺らいでいるが、敵意が感じられない。論理の道筋をつけるための正当な疑問だけとを機械のように発する若者の頭が今、何を思っているのか、島田には理解も及ばなかった。敵意や悪意といった瑣末な感情が一切ないのは分かるが、それがなぜなのか、分からなかった。 (文庫版上巻p203~204)
それが良ちゃんの言葉のマジックというものですよ、島田先生?
当たり前のことですが「言葉」は大切なんだってこと、高村作品では何度でも再確認させられます。
★良の心のうちを、島田は心底掴みかねたが、所詮は他人同士、互いに立ち入れない壁を越えて、通じ合うのは言葉しかないことを思えば、良がこうして真剣に物を語るのは、人間としての一番の誠実さなのかも知れなかった。 (文庫版上巻p210)
この直後に、【スパイ講座】で取り上げた「島田はかつて~」が続きます。
一個人として話をした良ちゃんと、一個人として受け止めた島田先生。初めて信頼関係が結ばれた瞬間なのかもしれません。
★自分という人間は、事態がこんなふうに動き出しても、最終的には、どこか一歩退いて傍観しているようなところがある。舞鶴から飛んで帰ってきたのに、事態を目に収めたあとは、だからどうだという一歩手前でこうして止まっている。 (文庫版上巻p210~211)
島田浩二という男・その13。元スパイの悲しい性なのか。あるいは根っからそういう性分なのか。
★この俺に明日はあるのか。明日という日は多分来るだろうが、仮に来なくても仕方ない明日だろう。十数年間の盗みの日々に訣別して二年、永遠に明日が保証される人生に戻ったと誤解したわけではあるまいに、こののんびりムードはいったい何なのだ。
己の死さえ人ごとのように傍観しかねない自分という人間の少々異様な精神、自分という人間を含めて世界そのものに距離を置くその在り方に、根本的な問題があることを島田は常に知っていた。子供のころから、それとなく分かっていたぐらいだ。しかし、なぜだか分からないが、この良も似たようなところがあるにもかかわらず、良は少なくとも、明日も分からない人生を生き延びることで、それなりに刻々と命を感じさせる。ほんの一日足らず一緒にいただけで、いやというほど伝わってきた一つの命に触発されて、島田は今、余計な思案をし始めたのだった。この俺に明日はあるのか、明日にどういう意味があるのか、と。 (文庫版上巻p221~222)
島田浩二という男・その14。そして自身と良ちゃんを比べて、違いに愕然とする先生。
★「(寝るとき、いつも、このまま二度と目が覚めないかも知れないと思う。今、何でもいいからしたいのです)……」 (文庫版上巻p224)
悲しい歌ならぬ、悲しく切ない言葉ですよ、良ちゃん・・・(うるうる)
( )付なのは、良ちゃんがロシア語で喋っているからです。入力しようかどうか、さんざん迷いました。ヒマな時に入力しようか? 一文字ずつ入力するのは、変換が大変なんだけど・・・。
だけどロシア語の読み方は訊かないで。私も知りませんから。
もしも『神の火』を読んだ影響で、「ロシア文学専攻した」、「第二外国語でロシア語選んだ」という方がいらっしゃいましたら、ぜひ教えて下さいませ!
★そうだ。良も自分も、今、しておかなければならないのだ。保身であれ、手続きであれ、脱線であれ、明日がどうなるか分からない人間は。 (文庫版上巻p224~225)
上記の良ちゃんの言葉を受けての、島田先生の決意。ここでも良ちゃんの存在に触発されていますよ(笑) そうか・・・やっぱりなあ。下巻で島田先生が「○み○とした○○」の要因の一つは、良ちゃんが発した数々の言葉が蓄積して、肥料になって、発芽した結果なんですね・・・。
★世界の原子力プラントは、戦争や破壊活動を想定して造られてはいない。平和が永久に続くという架空の条件なしには、決して造ることの出来なかったものだった。一トンぐらいの弾頭をもつ普通のミサイル一発で、格納容器はおろか圧力容器も破壊される。そんなことは分かりきったことだが、そんな心配をするひまがあったら、戦争をしないよう努力する方がいい。島田はそう話したが、自分でも歯切れの悪い物言いだと思った。普通の人間が素朴に考えることを、為政者も技術者もメーカーも決して考えないのはなぜか、弁解する言葉はなかった。 (文庫版上巻p232)
★元技術者の一人として、ほかにどう応えようがあるだろう。多重防護のシステムがここまで完璧に作られてきたのは、裏を返せば、現実には《絶対》ということなどあり得ないからだった。破断事故など、計算上ではあり得ないことになっているが、とくに蒸気発生器の一次側細管を流れる一次冷却水の挙動特性や細管自体の強度など、計算のためのデータの取り方の次元ですでに、《絶対》だとは言えない部分があるのを、島田は知っていた。いわば、原子力プラントというのは、そうした不安要素の一つ一つを、何重もの防護で覆っているのだ。 (文庫版上巻p233)
★ミサイル一発が命中したら原子炉は壊れると、こともなげに言った良の言葉が、島田の胸を抉り続けていた。この地球が平和だと誰が言ったのか。軍事衛星が飛び交う地球の未来を、どこの誰が信じたというのか。自分の流してきた先端技術が軍事転用されているのを知りつつ、ミサイルを売買するような世界に貸したその手で、島田は原子炉を造ってきたのだった。そのことを、良にも自分自身にも説明する言葉はなかった。 (文庫版上巻p233)
上記3つの引用。良ちゃんの「過激な問いかけ」に、空しい言葉で応じつつも疑念を膨らませていく島田先生。
これで思い出したのは、何年か前に流されていたニュース。「某国の原子力発電所で、テロ対策の訓練が行われた」というものでした。即座に『神の火』 を思い浮かべましたよ・・・。それでなくても原子力発電に関する(悪い)ニュースは、この作品を自然と思い出してしまうんですが・・・。
★鍵をかけながら、遂に少し涙が出た。自分で盗んだ火を、今ごろになって恐れ始めるとは。三十九年の人生の最後になって、巨大な矛盾と不可能をかかえこんだ己の魂の、あまりの脆さにうろたえるばかりだった。 (文庫版上巻p233~234)
島田浩二という男・その15。再三言ってますが、良ちゃんの存在と発言内容が、非常に大きい。そうでなきゃ、こんなにも苦悩する先生ではなかったはずだ。
★自分という男は、何をもってしても補うことの出来ない自分の罪を、当時も物で補おうとしたし、今もこうして人に物を買い与えることで何かを補おうとしている。 (文庫版上巻p236)
島田浩二という男・その16。「当時=離婚した女性」、「今=良ちゃん」です。
「当時」の方は、言葉は悪いが免罪符のように「物を買ってごまかす」という行為。行動はするけど、情がこもっていない。それを自覚している先生は、がんじがらめになっていたんだろうなあ。
「今」は、違うよね? ・・・多分ね?
★「島田先生に買うてもろうたんか? よしよし、こいつは舞鶴に帰ったら腐るほど金のある男やさかい、せいぜい何でも買うてもらえ。この先生はな、金でしか、人とのつながりが持たれへん可哀相な男なんや」 (文庫版上巻p237)
日野の大将が良ちゃんに向かって言った、島田先生評。さすがに幼馴染み、一片の甘さも容赦もない。
★「お前、江口に何て言われて、そういう道に入ったんや……? 目が青かったら、国を売る人間になるしかないとでも言われたんか」
国を売る人間。島田が一瞬唖然とするうちに、続けて日野は吐き捨てた。「極道の方がまだましや。そのうち俺が、性根叩き直したるさかい」 (文庫版上巻p241)
さらに追い討ちかける、大将の言葉。島田先生も絶句です。まあ、大将が怒っている理由は、後に判明するのですが・・・。
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