あるタカムラーの墓碑銘

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「何のバクチ」 「丁半。手ホンビキ。オイチョカブ」 (文庫版上巻p183)

2007-02-18 17:05:50 | 神の火(新版) 再読日記
2007年2月6日(火)の新版『神の火』 (新潮文庫) は、p133からp201まで読了。

今回のタイトル。「笑える」というよりは「何で?」という感じが強い、良ちゃんの台詞。日野の大将が相手だからいいけど、手ホンビキの相手が某組長だったら大変ですよ(笑) ○ス○ムや○Pを要求されたらどうするの!? ・・・と思いましたが、良ちゃんなら逆に某組長を縛り上げてしまいそうです。(その理由は下記のどこかにあります)


【主な登場人物】

王さん 十三にある中華料理店《王府》の主人。読んでると王さんの料理が食べたくなる。


【今回のツボ】
「敵」にボコボコにされる島田浩二さん・その1 私がSというわけでもないのだが、いじめられている島田先生が、何となく良いんです(笑) はっきり言って、好き♪ 何か文句あるー!?(←開き直り)

島田誠二郎さんの遺産 推定で 三億円前後 だそうです(下巻では確定して、約四億円くらいに増えていた) そのうちの一億を別れた妻に渡そう とした島田先生。私が「離婚したい高村キャラクター」と言い張ったわけが、これでお解かりでしょ? ああ、こんな冷血であっても慰謝料だけはしっかり払ってくれる男性、どこかにいないかな~(←いるわけない)


【『神の火』 スパイ講座】

軽口を叩いて緊張を紛らし、集中力を維持するのも、どこかでそれなりの訓練を受けた人間だということを窺わせた。 (文庫版上巻p184)・・・これは良ちゃんと会話をした際に、島田先生が感じたこと。

モスクワにあるУДН(注:ウーデーエヌ。パトリシア・ルムンバ記念民族友好大学のこと)の一部の優秀な学生は、КГБ(注:カーゲーベー。KGBのこと)の特殊工作員養成コースで訓練を受ける。組織のエリートはМГИМО(注:ムギモー。モスクワ国立国際関係大学のこと)の出身だが、ルムンバの方は暗殺やテロ専門の工作員になる。入国時、入管当局に拘留されて間もなく、政治難民の認定を受けた理由の一部は、この辺だったのだろう。もちろん、外国語がこんなに達者な理由も。特殊訓練を受ける学生は、一カ月で一つの外国語を習得すると聞いたことがある。 (文庫版上巻p200~201)・・・良ちゃんの経歴を聞いて、驚き呆れた島田先生、並びに読み手の私(たち)。そりゃバクチの勝負に負けても、腕力と技で勝てるわ・・・。


【今回の名文・名台詞・名場面】

★時代は変わる。必ず変わる。そう囁く江口の声が彼方で谺し、脳裏に反響した。
時代は変わる。必ず変わる。核抑止力の基本に立って、原子力技術の公平な分配によって一時の平和を生み、やがて時代が変わるのを待つだけだと江口はかつて説いたのだった。原子力技術と江口が言ったのは、一部の制御技術やその計算システムのことであり、間違いなく軍事転用が目的であることを、島田は初めから知っていた。江口の誘惑に応じたのは、思想信条のためでも、核抑止力を信じたためでもなかったが、ならば、なぜ自分はそんなことをしたのか。
 (文庫版上巻p136)

★十五年間考えてきたが答えが出ない。腹の一番奥深くに刺さったその問いは、こうして腐敗ガスを発し続け、夢であれ正気であれ、意識をかき乱してくるのだった。あれほど恐怖の毎日だったのに、それでも泥棒を辞めなかったのは、いったいなぜなのか。なぜ、罠だと知っていて、こんなところまで足を運ぶのか。なぜ、今でも江口に近づき、ぷらとんに近づくのか。何ひとつ、自分を納得させる理由は見つからない。確かなのは、終わりにしなければならない、盗んだ火は返さなければならないということだけだが、それとて義務感の一種に過ぎなかった。 (文庫版上巻p137)

★島田は何を待っているのでもなかった。江口のように、時代が変わるのを待っているのではなかった。時代が変わろうが変わるまいが、昔から何一つ待つものを持たなかった独りの人間が、今はただ、義務感だけを拠りどころにして己の命を永らえている、この欺瞞。そして義務感さえも、あわよくば逃れられるのではないかとしばしば思うほどに頼りない、このおぞましさ。 (文庫版上巻p137)

上記の3つの引用は、拷問を受けている時の島田先生の思考です。何かもう・・・言葉がないなあ。いくら考えても、何度考えても、「答えが出ない」というのは、技術畑で仕事をしてきた先生にとっては、意外と辛いことなのかもしれません。「理屈じゃない」とか「理由がなくて」とか、そんなものじゃないのよ、と言っても、きっと割り切れない想いを抱いて、通用しないんだろうなあ(苦笑)

★そうして泣いた女が演技をしたのだとは今も思わないが、「さびしい」と泣くことぐらい、世界中の女がすることだろう。初対面であれ、目の前で女に泣かれ、抱きつかれて、突き放す男もいないだろう。個人的な感情など生まれるひまさえなく、島田は女を抱いた。女が何をさびしいというのか、あらためて訝ってみることもなかった。人並みの欲情は備わっているが、自分の心を砕くほど他人に興味を持てない冷血に生まれついた男が、見ず知らずの女の白磁の肌を舐め、女は女で人形のように足を開いて、見ず知らずの男の胸を舐めたのだった。思えば、生理的な条件反射がもたらした快感のほかに、何があっただろう。 (文庫版上巻p138~139)

20代の島田先生、初ベッドシーン。しかしちっとも色っぽくも官能的でもない。島田先生が冷めているせいか、「生々しい」という言葉がピッタリだ。

★紹興酒の湯気ごしに、日野はこちらを覗き込んでいた。目が合った。日野の目は、これが刃物の鋭さを取り外した生の姿なのか、ただ自分の理解の及ばない世界を食い入るように見つめる子供の不安や当惑を感じさせた。他人が何を考えているのか、世界はなぜこんなふうなのか、何とか理解したいという真剣な思いが、その黒い眼球の中から溢れ出している、誰であれ他者に対する愛情が溢れ出している、と島田は思う。自分と違うのは、この他者を見る目の切実さだ。 (文庫版上巻p147)

島田先生の知らなかった、日野の大将の一面。大将にはあって、先生にはない部分。

★島田はどんなときでも、ちゃんとものを食い、ほどよく火の通った青菜の滋味を美味いと感じることは出来た。物が喉を通らないという時期は、もう十年前に過ぎていた。たとえ死刑囚になっても、直前まできちんと物を食える自信はあった。自分の歯で一回また一回と物を噛む行為は、島田にとっては心臓の鼓動と同じであり、自分が生きているという感覚と直に結びついていた。生きていること、すなわち考えることであり、計算機のプロセッサがプログラムを一語一語処理していくように、島田は物を食うのだった。 (文庫版上巻p149)

島田浩二という男・その9。それを差し引いても、この部分は深い深い・・・。「生きていること、すなわち考えること」・・・哲学の命題や思想ずはりそのものでしょ!

★「俺もずっと一人やが、食うもんはしっかり食うとる。人間は、食生活が乱れたら頭もおかしなるんや」 (文庫版上巻p151)

日野の大将の台詞。そうですよね・・・まったくその通りです。心に刻んでおこう。

★この世界に、君自身の命と引き換えにするほどの価値のあるものはない、と叫びたかった。なぜ、見ず知らずの若者一人を前に自分がそんなことを思うのか、自分でも分からなかったが、要するに良の、今のこのありさま、この目つき、この表情を見て、そう思わない者がいるとしたら、それは人間ではないだろう。島田はそう思うことで、かろうじて自分を納得させた。 (文庫版上巻p155)

★なぜか、自分の足に絡みついてきた《北》の手先たちのことはろくに打撃にもならず、ほとんど縁もゆかりもないはずの他人の運命の方が気にかかるというのは、実は不思議な感覚だった。おそらく、そこにはほんの少しの自虐趣味、空っぽの自分を埋める何ものかをみつけた喜び、人のことを思うという行為の甘美さといったものもあったのかも知れない。そんなことを考えるのも、この冷血な自分に、純粋な献身の気持ちがあろうはずがないと思うからだったが、しかし、そんなふうに自分を茶化してみても、それだけでは説明出来ない一抹の切なさ、胸苦しい苛立ち、かすかな動悸などを感じ続けている自分を、やはり不思議に思った。 (文庫版上巻p156~157)

島田浩二という男・その10と11。
上記二つの引用は、自身を「冷血」と言っている島田先生が、初めて他人に対して見せた感情の揺れ動きを自覚した場面。つまり人間らしくなってきたことってこと?
最初の頃は良ちゃんのことを「若造」なんて言っていたのに(苦笑) 良ちゃんのことを考えていて、二度ほど地下鉄を乗り過ごして悪態ついてたのにね。劇的な変化だ。
特に「切なさ」「胸苦しい」「動機」とあれば、そこから導かれる回答は「愛情」だと思いますけれど、先生?

★「これも愚痴やないですけど、話をしたいと思う人間て、なかなかおらへんもんですよ」 (文庫版上巻p171)

ベティさんの台詞。ベティさんは島田先生に対して、技術者としても元同僚としても、尊敬に近い感情を抱いているんでしょうね。

★「せめて、政治家が絡んでないことを祈ってますわ。原子力は、政治の道具にだけはなったらいかんと思いますし……。」 (中略)
島田には応える言葉はなかった。原子力を政治の道具にしてはならないという、当たり前の道理が通らない現実世界の裏を見ないですむものなら、君はその方がいい。ずっとそのままでいてくれと思いながら、島田は笑みだけ返した。 (文庫版上巻p172) 

ベティさんは純粋な技術者なんだなあ・・・。島田先生には欠けたものをずっと持ち続けていることが分かるから、余計に辛い先生です。

★自分は、まだ何かに執着があるのか。この人生を少しでも愛しいと思っているのか。一カ月前ならおぞましさに鳥肌が立っていただろうことを、ちらりと考えて、島田は自分がたしかに少し変わり始めているのだと思った。島田の場合、変化は希望だった。希望へ向かう死というのもあるのだと、自分に言い聞かせてみる。 (文庫版上巻p173)

島田浩二という男・その12。「変化は希望」と思いつつも、「希望へ向かう死」とはねえ・・・。こういうネガティヴなところが、いかにも先生らしいのですが。

★「君、NHKのアナウンサーになれるよ」
「あなたは、МТЦ(エムテーツェー。モスクワテレビセンター)のアナウンサー」
 (文庫版上巻p184)

島田先生と良ちゃんのこの会話、「好き」という方が多いと思うので、サービス♪(笑)

★さっきまで貧血でろくに立つことも出来なかった男が、今はどれほど気分が良くなったというのだろう。もう作り笑いもせず、唇を固く結び、フロントガラスを見つめているその顔からそのとき感じたのは、狡知や悪意とはほど遠い、なにがしかの切実さと生真面目さだけだった。島田の緊張が、憤激にならずに済んだのはそのせいだ。 (文庫版上巻p199~200)

真摯な言葉と表情を見せる良ちゃんに、惹かれずにはいられない島田先生。



4 コメント

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そうか・・・ (パステル)
2007-02-18 19:59:14
離婚だけしたい理由ね!
分かった!
でも、結婚しないと離婚できないですよね?
何年でも別居して、遺産相続すれば丸儲け?
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イタイところを(苦笑) (からな)
2007-02-18 22:09:59
パステルさん、こんばんは。

>結婚しないと離婚できないですよね?

はい、おっしゃるとおりです。分かってます(笑)
そもそも島田海運の御曹司であることを抜きにしても、島田先生は「夫」には向いてませんけどね。
でも、離婚するにはいい方だと思いません? 既婚者の方からすれば、特にそう思われるのではないかと思うのですが、如何です?
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やっぱり (パステル)
2007-02-18 22:38:28
離婚請求されても応じないで、遺産ですよ!

それにしても、高村作品の主人公の男達・・・・
み~んな「夫」にはしたくないですね。
それは魅力はありますよ。
男性としても、人間としても。
愛せると思う。

だけど「夫」は別です!(きっぱり!)
夫は「点」じゃなく「線」だと思う。

おばさんの意見、参考にしなくていいけど、頭の隅にでも入れておいて下さい。
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実感が・・・。 (からな)
2007-02-19 22:39:44
パステルさん、こんばんは。

>離婚請求されても応じないで、遺産ですよ!

島田先生みたいに財産あればいいですが、マイナスの財産(つまり借金)ならば要りません(笑) ま、TPOによるでしょうけど。

>夫は「点」じゃなく「線」だと思う。

奥が深いですね、この言葉・・・。
「紙一枚の重さ」といいましょうか、それを実感してしまいました。
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