あるタカムラーの墓碑銘

高村薫さんの作品とキャラクターたちをとことん愛し、こよなく愛してくっちゃべります
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「客は僕らだけだから、一緒に入りませんか?」 (文庫版下巻p131)

2007-06-27 00:43:53 | 神の火(新版) 再読日記
もう、今さら言い訳はすまい。

2007年2月16日(金)の新版『神の火』 (新潮文庫) は、下巻p127からp186まで読了。

今回は全ての島田浩二さんファンを仰天、悶絶させた台詞から。
以前も述べましたが、適材適所というべきか、「このキャラクターにはこの台詞がふさわしい」というのがあって、今回のタイトルに選んだ台詞も、島田先生以外のキャラクターは決して言わないだろう台詞ですね。そう、島田先生だから許せるんです。許せるんですが・・・。
川端さん! ズルイよー、ひどいよー、先生とお風呂入るなんてー!

そういう私が「先生にお誘い受けたら入るのか?」といえば・・・エステ通って肌を磨き、ダイエットしてそれなりの体型になり、恥ずかしいのでバスタオル巻いて湯船に浸かっていいのであれば、喜んでご一緒します。すっぽんぽんで入る度胸は、さすがにない(笑) ・・・この時点で川端さんに負けてるやん、私・・・。


【今回のツボ】

・島田先生と川端さんの露天風呂入浴。  ネタバレ。 だけどね・・・和やかにお風呂に入っているこの時にはね・・・良ちゃんはね・・・危篤状態で苦しんでいたんだよね・・・。 

・コース3とコース4。 どちらか選べというのなら、マッサージしてもらってゆったり出来るコース4がいいな。

・江口さんと島田先生の対話。 ここで初めて江口さんが「どうしてスパイになったのか。(先生を)スパイにさせたのか」が判明。ここの対話も好き。

・船を操縦しながら、心で良ちゃんに語りかけている島田先生。 この場面は個人的には、『レディ・ジョーカー』 (毎日新聞社) で合田さんがヴァイオリンを弾きながら、心で半田さんに語りかけている場面に匹敵する名場面だと思います。
分からない方は、こちら をご覧あれ。


【今回の音楽】

「王将」・・・ 今は亡き村田英雄さんの名曲。改めて歌詞を見たら、日野の大将にふさわしくありませんか?
「津軽海峡冬景色」・・・ 石川さゆりさんの名曲。文庫の表記ではこうなってますが、正しくは「津軽海峡・冬景色」。改めて歌詞を見てみると、「風の音が胸をゆする 泣けとばかりに」の部分が、これからの展開に重なってしまう・・・。


【宮津・天橋立地どりスポット】
今夏の地どり、3泊4日コースの場合1日費やしていいと思っている宮津と天橋立。2泊3日の場合でも、せめて半日・・・無理かなあ。順不同であっても、行ける限りは行きたいです。

・聖ヨハネ天主堂(カトリック宮津教会)・・・ここでもはずせないのが、教会ですね。島田家も宮津に来た折には、寄っていたそうな。 

・島崎公園・・・島田誠二郎さんが幼い島田先生を連れてきたり、また木村商会ご一行が滞在した高級割烹旅館が、この付近にあります。

・文珠堂、廻旋橋、小天橋、大天橋、天橋立、文珠山の展望遊園地(天橋立ビューランド)・・・木村商会ご一行の観光コース。季節は違えど、辿りたい。

・由良川・・・宮津-舞鶴間に流れる川。百人一首に選ばれている 「由良の門を 渡る舟人 梶を絶え 行方も知らぬ 恋の道かな」 にも、詠われていますね。(「由良」の場所は諸説ありますが)
個人的には、この和歌は加納さんの置かれている情況にふさわしいと思うので(特に「行方も知らぬ 恋の道かな」の部分)、加納さんに捧げたい(笑)


【『神の火』 スパイ講座】

「情報というものは、一に蓄積、二に分析、三に雪だるまだもの」 (文庫版下巻p158)・・・私はスパイではないので当然ですが、「雪だるま」の意味がどうにもこうにも良く分からない・・・。どなたか教えて下さいな。


【今回の名文・名台詞・名場面】

★「父親が残した財産を、あんたは何やと思うてはりますんや」と言い出した。「よう聞きなはれや。誠二郎くんは、生前よう言うてましたんや。息子は自分のあとに金しか残すことの出来ない人生を選んだんやて。どういう意味か私にはよう分かりませんが、そやから息子には出来るだけの金を残してやりたい、親族にむしり取られんようにしっかり見てやってほしい、て私は頼まれましたんや。いくら死んだ後のことやと言うても、何ですねん、これは」 (文庫版下巻p138)

亡き父・誠二郎さんの遺産三億五千万+αを、先妻・沢口由紀子に一億、日野草介に五千万と遊覧船、川端美奈子に五千万、良ちゃんに一億五千万を、島田先生の死後に分配するという遺言状を見た、弁護士・中川晴雄さんの説教。誠二郎さんとは長い付き合いだった弁護士なので、こう言いたくなるのも当然。
しかし先生は別の意味で衝撃受けてます。「自分のあとに金しか残すことの出来ない人生を選んだ」息子が、その通りに行動していることを、誠二郎さんに見抜かれているから。
そりゃあ息子としてはショックでしょうが、父親もこんな息子を持ったら、かなわんもんと思いますよ、先生?

★「海を眺めて物思いに耽るのは非生産的だと分かっているから、漁師も船乗りもそんなことはしない。海については、彼らのほうが正しいですよ」 (文庫版下巻p153)

それは「仕事」に選んだ人と、そうでない人の差だと思いますよ、先生? 江口さんは海が好き、船が好きなんですから。以下を読めば分かります。

★「君は船が好きなんで、商売が好きなんじゃないよ」 (文庫版下巻p156)

★「僕がそんなものを買ったら、絶対に仕事をしなくなる。船は、僕を腑抜けにするんだ。それだけは禁断の果実だ」 (文庫版下巻p156)

上記二つの引用。江口さんが船好きだというエピソード、島田誠二郎さんの発言と江口さん自身の発言。出来るものなら太平洋横断とか、世界一周とかをやりたかったんでしょうかねえ? もちろん先生をお供にして(笑)

★「あなた、なぜソヴィエトのスパイになったんです」
「そういう時代だった、というのが一つ。私という個人の性向がたまたま向いていた、というのが一つ。めぐり合わせが一つ」
「そういうことじゃなくて、あなた自身の動機は」
「日本国の人間として、自分に出来ることをしただけだよ」
「どういうことです……?」
「私の年代はね、皇国日本という強烈な国家意識をもって育ったんだ。小さいころ、外国へ行くたびに私は自分を日本国の人間だと意識もしたし、周りもそうだった。これは当たり前のことだよ。ハロルドが自分を合衆国の人間だというのと同じことだ。だから、敗戦のとき、私はこれで新しい日本国が出来るぞと小躍りしたもんだ。軍人も戦争も大嫌いだったからさ……。ところが、五年待って十年待って、あれれ……だ。国民主権というが、国民の選んだ政治家が、外国から金貰って言うなりになっている国がどこにある。労働団体も社会主義政党も同じ。冷戦構造なんか言い訳にならない。日本人が自分の国と意識するに足る主権を持ってこなかったのは、全部日本人の責任だ。自分で考えず、自腹を切らず、責任も取らず、自分の懐だけ肥やすような国民に、自分の国が持てるはずがない。だから、私は日本人の商人として、自分のやるべきことを決めたのさ。まず人頼みはしないこと。情報は自分で取ること。自分の頭で考え、自分の行動は自分で決めること。借金は必ず返すこと。迷惑をかけた相手には必ず償うこと。これが、始まり」
 (文庫版下巻p157~158)

長い引用になりましたが、これがスパイ《ロラン》江口彰彦の誕生のいきさつ。かなり重要な部分だと思うので、端折りませんでした。

★「対価は必ず支払わなければならないものだからね。しかし、私はいつも、今はまだない日本国の人間として支払ってきた。取るに足らないことだと君は思うかもしれないが、私にとっては何ものにもかえがたい快感なのだよ。たかがスパイでも、日本国の江口彰彦を名乗るというのは……」
「その快感は、あなたがよく言う〈空洞〉を埋めるのに役立ちましたか?」
「〈空洞〉はどこまでも個人の問題。私は今、すべての個人が持たなければならない自分の国の話をしている。理性であれ感情であれ、〈空洞〉であれ、それを持つ個人は同時に家族を持ち、社会を持ち、国を持つ……そういう話だ」
 (文庫版下巻p159)

スパイとしての江口さんの最低限の矜持が、見え隠れしてますね。しかしそれでも、何度読んでも煙に巻いているかのような感覚がするのは、江口さんの語りが理解出来ていないせいかもしれない。理解することと共感することは、別問題ではありますが。

★「君をなぜ、引っ張り込んだということかね?」
「ええ」
「私はこの二十年、君がいつそれを尋ねるだろうとずっと待っていたんだが」
江口は声をかみ殺して肩が揺れるほど笑った後、「君はね、私が見つけた土地だった」と言った。
「この舞鶴にね、草一本生えない、誰も手をつけない土地が一つ、あったと思えばいい。いや……、あの日野草介がひとり、裸足で踏み荒らして遊んでたっけ」
「その土地に地質改良を施して、作物を植えたわけですか」
「まあ、そういうことだ」
「あまり、思いどおりにいかなかったでしょう?」
「いや、いや。実り過ぎて、私の方が困る結果になったさ。他人に目をつけられて、狙われて……。防戦のために、儲けた分以上の出費を強いられた。商売の読み違えだね、これは」
 (文庫版下巻p160)

そりゃあ、島田先生はとっても美味しい「土地」でしょう! 手をかければかけるほど、期待に応えてくれますからね。
ここは見方を変えたら、「愛の告白」でも取れますね・・・。目をつけたと思ったら、違う人間に先を越されていたという、恨み言にも聞こえる(笑)
旧版『神の火』 では、土壇場の土壇場で、とんでもない告白をやってのけ、読み手をのけぞらせた江口さんではありますが、ここではかなりオブラートに包んで、分かりにくくしているのかも。

★江口は、個人の問題と国の問題を切り離して語ったが、実際の人間の行動はそんなふうに割り切れるものではない。島田がどうしても良を取り返さなければという思いに駆られるのと同じように、江口は島田を《北》には渡さないと無条件に決めたのだ。自分の値打ちを省みて、島田はそういう結論を出した。 (文庫版下巻p160~161)

島田先生も自覚しているから、性質が悪い(笑)

★それでも江口は、個人の問題は決して人には漏らさないのだった。ただ、今になって何となく分かるのは、どうやら子供が欲しかったらしいということだけだ。しかし、決して自分の口でそうと言うことはない。島田は、ひょっとしたら、自分がその子供だったのかなとおぼろげに感じることはあったが、そういった話が江口との間で話題になることは、永久にないことはたしかだった。 (文庫版下巻p161)

いや、その通り「江口さんの子供」でしょ? 「スパイ・島田浩二」の生みの親であり、育ての親であるのだから。優秀なのに、今になって反旗を翻すようなことをしている「息子」を持ってしまった「父親」としては、たまったもんではないでしょうが、ね。

実父ではないけれど、育ててくれた誠二郎さん。スパイとして育てた江口さん。二人の「父」とのそれぞれの繋がりによって、今日の島田浩二という人間が形成されたのかと思うと、やるせなくなりますね。

★パーヴェル。少しくらい、物は食ってるかい? 食ってないんだろうな。君はけっこう我の強いところがある。嫌だと思ったら、口をこじあけられても食べな利かん坊だ。そして、そうだな……。頭がよくて、自分の頭で物を考えることが出来るから、忠誠心は今ひとつだろう。君はロボットじゃないということだ。江口は君を兵士だと言ったが、君は、前線で戦況を自分の目と頭で判断して、こうと思ったら上官の命令にも従わない平氏だ。危険文士。どうだ、当たってるだろう? いや、そんなことは小さなことだね。 (文庫版下巻p165)

★……そうだ、僕は君の手紙を読んでいて思ったんだが、君はきっとたくさんのことを腹に溜めたまま、外に出すことを許されないできたんだろう。不満とか、懐疑とか、憤怒だけではない。嬉しいとか楽しいとかいった普通の感情もだ。健康の不安や、君が置かれた状況のせいで、そんなふうになったのだろうと思う。僕も表向きは少し似ているが、僕の場合は、感情の中身がもともとほとんどなかっただけで、本質的には君とは違う。君はほんとうに生身で、その生身がうちに溜まった毒素を放出出来ないまま腐っていくのを、僕は目の当たりにしているような気がした。こんな言い方をして申し訳ない。しかし、君は溢れるほど中身がいっぱい詰まった生身の人間で、もう長い間、閉じ込められていたのだけれど、病気を治したら、きっと花が咲くと思うのだ。才能や感情や意欲や希望や、ありとあらゆるものが君の中から溢れ出すときが来ると思う……。君の十年後は小説家だぞ、きっと。 (文庫版下巻p166)

★ばかなことを行ってるひまがあったら、原子炉の話をしろって? 僕はいつでも話はするつもりだった。知りたいことは何でも教えてあげたかった。しかし、あれやこれやで、遂に時間が取れなかったね。君もとうとう音海発電所は見ずじまいだ……。
……そうそう、僕は今、若狭の海にいる。音海はすぐそこだ。君がほんとうに音海へ行くつもりだったのかどうか、僕は今でも半信半疑だ。出来る、出来ないは別にして、行ってどうするつもりだったのか、僕は君の口をこじあけてでも聞いておくべきだった。どうしてかって? 君の考えていることは、どんなことでも知りたいと思うだけだ。ほかに、考えたいと思うようなこともないし、僕は今、こうしている間も、君のこと以外に何を考えたらいいのかさっぱり分からない……。
 (文庫版下巻p166~167)

島田先生が良ちゃんの本名パーヴェルへ語りかけたことを、取り上げました。
先生から見た良ちゃんの姿・性格は、なかなか興味深い。・・・的確に言い当てているかどうかは、良ちゃんに問いたださないと分かりませんが(笑) そして良ちゃんを介して、先生自身の姿・性格も映し出しているという二重構造にもなっています。再三記してますが、良ちゃんによって、島田先生は変わることが出来たんですよね。

この辺りを再読すると、初めて読んだ時よりも物悲しさが漂って仕方ない。良ちゃんを待ち受けている運命を、既に知っている状態でないと・・・。「花が咲く」との言葉で、良ちゃんの可能性に賭けている先生の思いも・・・。

ここは上記にも記してますが、合田さんの「半田さん3連発」に匹敵する場面。共通点は、「何か別のことをやりながら、相手に語りかけ、自らの姿も省みていること」。

★「腹くくらなあかんときは、腹くくるもんやで、浩二」 (文庫版下巻p176)

数々の修羅場をくぐり抜けてきた男の言葉は、重い。

★この大胆さはどこから来るのだろう。人生にあいているという大穴から来るのか。自分とはまた違った空疎から来るのか。日野のそれが、死の恐怖さえ呑み込むほどの穴だというのなら、自分の穴より大きいということなのだろうか。 (文庫版下巻p182)

未だに日野の大将のことを理解しきれていない島田先生。今は良ちゃんのことでいっぱいいっぱいだものね。



2 コメント

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雪だるまについて (碧い)
2008-10-16 19:53:52
からなさん、こんばんは。
 シンフォニーホール訪問は来週です。
突然のコメントで恐縮いたします。

「情報というものは、一に蓄積、二に分析、三に雪だるまだもの」(文庫版下巻p158)

私は勝手に雪だるま式に増える、と読んでいました。
情報が情報を呼ぶ。初めは集めるのに苦労するけれど、一時期を過ぎれば自然とどんどん集まってくる。
お金がお金を呼ぶ(大富豪の法則)とか、脂肪が脂肪を呼ぶ(肥満の法則)と同じなのかな、と思っていました。

何か深い意味があるのでしょうか。私も知りたいです。




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なるほど・・・。 (からな)
2008-10-17 00:17:40
碧いさん、こんばんは。
うわ~、『紙の火』再読日記、すっかり間が空いておマヌケな・・・(苦笑)

>私は勝手に雪だるま式に増える、と読んでいました。
>情報が情報を呼ぶ。初めは集めるのに苦労するけれど、
>一時期を過ぎれば自然とどんどん集まってくる。

こういう時、ブログやっていて良かったなと思います。いろんなご意見・ご感想を知って、独りよがりにならずにすみますから。

碧いさんのご意見を読んで思ったのは、「雪」の比喩がミソなのか・・・ということ。
情報という名で作られた「雪だるま」は、その時の情勢によって役立つ時もありますが、役立たずに消える時もある。

ともあれ雪だるまを作ってみないと、後々においてダイヤになるのかゴミと化すのか、わからないわけですよね。
それには膨大な情報が必要で、蓄積と分析を繰り返し行い、徐々に「雪だるま」を作っていく。そしてある局面で役立った時は、そのまま溶けてなくなるのがベスト。役立たない時は、無理矢理壊し、残さないようにする。

どちらに転んでも「雪だるま」は溶けてなくなるのですが、溶け方が違うと意味合いも違ってきますよね。

江口さんが万年筆に仕込んだモノも、江口さんの思っていたような溶け方と違う溶け方をしたので、クズになってしまった・・・と解釈していいのかな・・・?

・・・長々とすみません(苦笑)

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